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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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 イベントがあるらしい、と言う情報を聞きつけて、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は友人のフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)を誘って公園へ訪れている。
 二人のお目当ては、中央広場で見られるという人工の雪。
――チラシに追加されている文言のことは、二人とも知らないようだが。
「夜になったらイルミネーションも綺麗なんだろうね」
 中央広場に向かう最中、すれ違う木々にはとりどりのライトが取り付けられていて、点った姿を想像させる。
 そうね、と返すフリューネもまた穏やかに微笑んで、クリスマス色に飾り付けられた公園の雰囲気を楽しんでいるようだった。
 誘ったリネンは、それだけで少し嬉しくなる。
 目当ての中央広場では、ちょうど降雪機が動き出しているところだった。
 少し粒の大きな雪の結晶が、昼の光を浴びてきらきらと光りながら舞い降りている。
 空は快晴、その光の下で見る雪というのは、人工の雪ならではの景色だ。
「うわあ……」
 綺麗だね、とリネンは微笑む。
 手を伸ばせば、大きな粒は簡単に手のひらに捕まえられる。
 フリューネもまた、日の光を浴びる雪の結晶という珍しい景色に、目を奪われている様だ。
 今日、彼女を誘って本当に良かった、とリネンは心から思う。
 こうして隣に並び立てることが、嬉しい。
 横顔を眺めているだけで、心の奥がふわふわと幸せな気持ちで満たされてくる。
 本当に、自分は彼女が大好きなのだと……改めて実感する。
 と同時に、嫌われたくない、という思いも大きくなる。
 普段は胸の奥にしまい込んでいるはずの、不安。
 それがみるみる膨らんで、膨らんで、リネンの心をぎゅうっと押しつぶす。
 フリューネは、みんなのあこがれの空賊だ。自分なんかが隣にいて、本当に良いのだろうか。
 だって、一度契約を断られている。
 もしかして、本当は、嫌われているのではない?
 このまま離れていってしまったら、私は――そんなの、絶対に嫌だ。
 彼女のことが大好きだと、自覚すればするほどに、心の弱い部分も大きくなっていく。
 どうしよう――
 リネンは高まる動悸を押さえきれず、その場に立ち尽くす。けれどフリューネは、景色の方に夢中になっていて、リネンの様子に気づかない。
「寒くなってきたわね。暖かい飲み物でも、買ってくるわ」
 それはフリューネなりに気を遣ったつもりの行動だったのだけれど、不安に包まれているリネンには、一人にされると言うことが耐えられなかった。
 もしかして、という不安ばかりが胸にあふれて、それは液体となってリネンの目からあふれ出す。
「待って、フリューネ……」
 必死で、歩き出そうとするフリューネの洋服に手を伸ばして裾を掴む。
 いかないで、とかすれた声で懇願するのが精一杯だった。
「ど、どうしたの、リネン?」
 先ほどまで明るい笑顔を浮かべていたリネンの突然の様子の変化に、フリューネは思わず戸惑う。
 慌ててリネンの方を向き直って、震えている肩にそっと両手を乗せ、顔を覗き込む。
「何かあったの?」
 フリューネの言葉に、リネンはうわぁあと声を上げて泣き出した。
 予想外の反応にフリューネは驚きながらも、落ち着いて、と優しく背中をさすってなだめてやる。
 暫くしゃくり上げていたリネンだったが、徐々に落ち着いてくると涙混じりの鼻声で、小さく口を開いた。
「いつも……いつも、怖いの」
 はじめはとても、小さな声だった。
 いつも凛として空を飛び回っているリネンの姿からは想像も付かない。
「フリューネみたいになりたいって、空賊になって、『天空騎士』なんて呼ばれて……でも、フリューネはどんどん離れてく……ねえ、私、追いつけてる? フリューネと、同じ空を飛んでも良い?」
 しかし、語るうちに気持ちが昂ぶってきたのか、声も少しずつ大きくなる。
 フリューネの胸元にすがるように握りしめた拳を預け、うう、とその胸元に顔を埋めた。

「……フリューネのこと、好きになってもいい……?」
 
 最後の一言、それはもう消え入りそうな告白だった。
 フリューネは少し驚いたように、一瞬手を止めた。
 けれど、短い沈黙の後にすぅと息を吸うと、再びリネンの背をゆっくりと撫でる。
「人を好きになるのって、許可したり、されたりするものとは違うんじゃないかな。リネンが私のこと好きって言ってくれるなら――私がそれを止めさせることはできないよ」
 ありがとう、と言ってリネンの体を抱き寄せるフリューネに、リネンはまた声を上げて泣いてしまう。
 けれど、今度の涙はきっと、安堵の涙だろう。
「フリューネ……」
 泣いてしまってごめんなさいと、肩を貸してくれてありがとうと、それから、大好きと。
 三つの思いを込めて、リネンはぎゅっとフリューネに抱きついた。
 よしよし、とフリューネが頭を撫でてくれる。
 リネンの涙が止まるまで、暫くそうして二人は抱き合って居た。


■■■


 さてその頃。朝野 未沙(あさの・みさ)は、自宅で裁縫に精を出していた。
 以前約束した、フリューネのためのメイド服の仕上げをしていたのだ。
 採寸はばっちり済ませている。サイズはぴったりのはずだ。
 今作っているのはエプロンの部分。
 真っ白いハリ感の在る布に、糸調子を緩めたミシンを掛けて糸を引けば、贅沢感あふれるフリルのできあがり。
 それを肩紐に挟み込んで縁をミシンで叩いてやると、クラシカルな雰囲気のメイドエプロンが姿を現す。
 あとは、ボタンホールを作って、ボタンを縫い付け、糸の始末をしてやれば、エプロンは完成。
 それに、既に作ってある黒いワンピースを合わせれば、完璧なメイド衣装のできあがりだ。
 ばさっと机の上に広げる瞬間の達成感と言ったら。未沙は上々の仕上がりにへへっ、と笑顔を浮かべる。
 きっとフリューネにぴったりだろう。折角なら自分の手で着せ付けてあげたい。
 その瞬間を思いながら未沙は、約束の品物が完成したという旨を連絡しようと、携帯電話を取りだした。
 登録からフリューネの番号を呼び出して、数回コールする。

『はい、もしもし?』

 回線越しに、確かにフリューネの声が聞こえてくる。
 さらにその背後では、クリスマスソングが流れているようだ。屋外にいるのだろうか、騒がしい。

「フリューネさんですか? こんにちは。あの、お約束していたメイド服が完成したので、お渡ししたくて」

 緊張と興奮が入り交じったような声で未沙が告げると、フリューネは、本当? と弾んだ声を返す。

「折角クリスマスですし……これから、お会いできませんか?」

 期待を込めて問いかける。しかし返ってきたのは、フリューネの申し訳なさそうな声だった。

『ごめんなさい……今日はちょっと、友人とお出かけしているのよ。また今度、都合の良い日にゆっくり受け取りに行かせて貰うわ』
「そう……いえ、こちらも急でしたから、すみません。また都合の良い日が分かったら、連絡下さいね。必ずですよ」

 未沙は後ろ髪を引かれる思いで返事をすると、名残惜しそうに電話を切った。
 机の上には今し方完成したばかりのメイド服。
 いち早くフリューネに着せてあげたかったけれど、仕方が無い。
 ならばせめて、ラッピングにもこだわって、最高の状態でフリューネに手渡せるようにしよう――
 未沙はそう決めて、机の上の片付けを始めるのだった。