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クリスマスの魔法

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クリスマスの魔法
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「ね、見て見てシャーロット、あの露店の人形!」
 少し先を歩くセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)を追いかけながら、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は複雑な気持ちで歩みを進めていた。
「どれですか?」
「ほら、あれ、面白くない?」
 無邪気に見える笑顔を浮かべて、はしゃぐ様子を見せるセイニィ。その表情には、普段と違う様子は見られない。
 シャーロットが彼女にプロポーズをしてから、二人は少しずつ、その距離を縮めているはずだ。
 そろそろ、決着を付けたい――そう思っているのは、自分だけなのだろうか。
 こうして一緒に出かけてくれ、楽しそうな様子を見せてくれるということはきっと、好意を持ってくれているのだろう。
 けれど、明確な返事はまだ、貰っていない。
 友達以上恋人未満――まさにそんな状態。
 愛するセイニィと時間を刻めることはこの上ない幸せ、だけれども、幸せな分、苦しい。
「あの、セイニィ、良かったら雪を見に行きませんか?」
 一通り市を回りおわってから、シャーロットはそう切り出した。
 このままお別れするのは、寂しかったから。少しでも長く、一緒に居るために。
 いいわよ、とあっさり頷くセイニィと並んで、シャーロットは中央広場へと向かった。
 少しずつ日が落ちて、二人が広場に着いた頃には、イルミネーションにも火が入っていた。
 電球色の、暖かい光が辺りを照らし出す。
 はらはらと人工の雪が舞っている広場には、多くのカップルの姿があった。
 同性カップルを応援しているとかで、男性同士、女性同士のカップルが多いようだ。
 寄り添っている人々に対して、自分たちはまだ、遠い。
 本当なら、手を繋いで、抱きしめ合って、もっともっと近くに在る、そんな関係になりたいと願っている。
 けれど、セイニィに無理強いをすることは嫌だった。
 セイニィの意思を尊重したいと、思っている。
 その二律背反は苦しいけれど、待つ覚悟はできていた。だからこそ、自分の気持ちがセイニィに伝わるような行動はしないでいたつもりだった。けれど。
「ねえ、シャーロット」
 くるり、と振り向いたセイニィが、シャーロットの瞳をまっすぐに覗き込む。
「……この間のこと……そろそろ、ちゃんと答えを出さないとね」
 セイニィの表情は固くて、シャーロットは息を呑む。
 やっと答えが聞けるという安堵と、聞きたくないという、不安と。
 いろいろな感情がない交ぜになって、頭を渦巻く。

「……でもやっぱり、シャンバラが落ち着くまでは待ってほしい。ニルヴァーナ探索隊が帰ってきたら……返事をするよ」

 そう言って、セイニィは再びシャーロットに背を向けた。
――答えを聞かせてくれなかったことに対する落胆。
――答えを聞かずに済んだという、安堵。
――次、この話をするときには――という、覚悟。
 そのすべてがシャーロットの中を、一陣の風のように駆け抜けていく。
 長い呼吸の後、シャーロットはただ、はい、とだけ答えた。
「それから……私が裏切りを嫌いだってこと、知ってる……よね?」
 セイニィの言葉に、シャーロットの顔からサッと血の気が引く。
 心当たりが無いわけでは、無い。もしかしてそのことを言っているのだろうか。だとしたら……嫌われてしまう?
 悪い予感が一気に頭の中を駆け巡り、シャーロットは何も言えなくなってしまう。
 短いような、長いような沈黙が落ちる。
 しかしそれを破ったのは、セイニィの方だった。
「ごめん、夜に約束があるんだ。今日は、行くね」
「……はい……分かりました」
 セイニィが行ってしまう。
 引き留めたかったけれど――それは、シャーロットにはできなかった。
 絞り出すように頷くのが、精一杯で。

 ただ、振り向いたセイニィはいつものように笑っていたから。
「じゃ、またね、シャーロット!」
「はい、また今度」
 シャーロットもいつものように笑って、手を振った。

 手を振るしか、できなかった。


■■■


 シャーロットと別れたセイニィは、少しの間クリスマス市で時間をつぶしてから、公園の入り口へと戻った。
 そこには、門に凭れている武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の姿があった。
「セイニィ」
 手を上げて呼びかけてくる牙竜に、セイニィもまた軽く手を上げて応える。
「メリークリスマス」
 牙竜は優しく微笑んで見せると、首にリボンを掛けたテディベアを差し出した。
「べ、別にこんなの、嬉しくなんてないんだから。貰ってあげないことも無いけど」
 ミニチュアサイズの薔薇の花束を抱えたもふもふのくまさんに、乙女心をくすぐられたのだろう。
 思わず素直でない反応を返してしまうが、ちゃっかりテディは受け取って、抱きかかえる。
「少し歩こう」
 言って歩き出す牙竜に、セイニィは頷いて後を追う。
 つかず離れずの距離を保ちながら、ゆっくりとイルミネーションを見て回る。
 牙竜もまた、一年ほど前にセイニィに告白をしていた。
 しかし、返事はまだもらえていない。
 イルミネーションを楽しんでいるカップル達を見るにつけ、羨望が募る。
 こうして一緒に歩いてくれるし、贈り物も嬉しそうに(ツンツンしてるが)受け取ってくれる。
 けれどまだ、恋人同士では無い。
 いつかそうなりたいと、思っている。けれど、まだセイニィの心は決まらないらしい。
 いつの間にか、中央広場に足が向いていた。
 雪の魔法は、同性同士にしか効果が無いそうだけれど、自己暗示という名の少しの勇気くらいは分けてくれるかもしれない。
 思いは、言葉にしなければ伝わらないから。
「セイニィ、話がある」
「……何?」
 牙竜は、改めてセイニィに向き直った。
 山猫の様なアーモンドアイを見つめて、すぅっと息を吸う。
「改めて、君に伝えたい。一年前に告げた思いは、今も変わっていない……愛している」
 言い切ってしまうと、ふっと肩から重たい物が降りたような気がした。
「返事は、セイニィの心が決まったときに、伝えてくれればいい。俺はそれまで、セイニィの隣に立っても恥ずかしくない男になるよう、自分を磨いて――」
「あのさ」
 牙竜の言葉を遮るように、セイニィが小さな、しかしよく通る声で呟いた。
「私が権力者を嫌いだってこと、知ってるよね?」
 その言葉に、牙竜は閉口する。
 自分が、権力を求めているように見える――そういう意味だろうか?
 セイニィの本心を計りかね、ただじっとセイニィの瞳を見つめる。
「……シャンバラが落ち着いたら――ニルヴァーナ探索隊が帰ってきたら、返事をするよ」
 ぎゅっと、手にしたテディを抱きしめるようにして、セイニィは続けた。
「……ああ、分かった」
 決意のこもったセイニィの言葉に、牙竜はただ頷くしか無い。
 あとは、自分の気持ちが伝わっていることを祈るばかりだ。
「夜更けに1人で出歩くのはセイニィを大切に想う人達に心配をかけることになる。せめて今夜は、セイニィを家まで送る名誉ある役をさせてくれないか?」
「送り狼にならないならね」
「当たり前だ。家の近くまで行ったら、失礼するよ」
 それなら構わないわ、とセイニィは歩き出す。
 嫌われたという訳では無さそうだ。……けれど、セイニィは何かしら、自分の行動に不満を持っているのかもしれない。
――来年は、恋人同士としてイルミネーションを見たいものだ。
 複雑な思いにとらわれながらも、牙竜は改めて心に誓うのだった。