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第一章 炊き立て! 自由への逃走

「うわあ、結構人数集まったね」
 空京の宮殿前広場に集まった人々を見て、振袖姿のユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)は驚きの声を上げた。
「ああ。ずいぶんと広く告知がなされていたからな」
 大正ロマンを感じさせる袴姿のリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が頷きながら応えた。
「でも、お餅なら家にもあるのに」
「パラミタの餅は単なる保存食なのだ。地球産の最高級もち米で作られた餅は最早スイーツ、雑煮もいいが磯辺餅を砂糖醤油で食べるのがなんとも……」
「なんか美味しそう……!」
 雑煮大会の集客率に首をかしげるユノだったが、リリの話を聞くなりわくわくとした表情になり餅の食べ方を考え始めた。
 直後。

「はーっはっはっはっは! 餅が逃げたぞ!!」
 空京の宮殿前広場に、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)のやたら自信に満ちた声が響き渡った。

「……なんだと?」
「雑煮用の餅を作るのに、餅つきしてたら人数分間に合わないからって、セレスティアーナが横着して勝手に餅になってくれる魔法をかけようとしたらしいんだが」
「なるほど」
「何か手順失敗したらしくて、もち米がモンスターになって逃走したんだとよ」
 思わず疑問を口にしたリリに、横を通りがかったハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が臼を抱えたまま淡々と状況を説明する。
「そういうことか……」
「ねえ、もち米冷めちゃうよ!」
 杵を抱えた鶴 陽子(つる・ようこ)が慌てたようにハインリヒに声をかける。
「ああ。じゃあ、オレらは普通に餅つきに行くぜ」
「そうか。引き止めたようですまなかったな。ありがとう」
「いんや。じゃあな」
 そう言うと、ハインリヒと陽子は人ごみから離れるように歩き去っていった。

 一方、騒動の中心にあるセレスティアーナはなんら悪びれる様子もなく、声高々に宣言した。
「いいか、貴様ら! そのもち米モンスターは、無事餅になれば魔法が解ける。モンスターの魔法と一緒に付着した汚れも落ちるから、安心して食べられるぞ!」

「と、いうわけで。モンスターをみんなでフルボッコだ!!!」

 その声に、参加者たちはそれぞれの思惑を抱えつつ一斉に行動を開始した。

「餅と言えば網がつき物なのだよ。あれを使うのだ」
 リリとユノは近くのテニスコートからネットを持ってくると片側をポールに結びつけた。
「網違いだけどね」
「確かに焼けはしないが、分けられるだろう。さあ、来たのだ。3・2・1、引け〜っ!」
 ユノのツッコミを冷静に返したリリの合図で二人は一斉に網をピンと張った。
「きゃ〜、お、重い……」
 ネットに激突したもち米モンスターは網目で分裂し、もれなくつきやすいサイズになって四方八方へと自由に走りだしていった。参加者たちはそれぞれの武器を携えモンスターの後を追い走り出す。
 一方、もち米の圧力に引きずられた二人は網の中へとズルズルと引きずり込まれてしまった。
「うう、ベトベトで気持ち悪いんだもん」
「うむ、これぞまさしく最高級もち米に間違いないのだよ」
 そう言うとリリはひどく満足げに頷くのだった。

「フハハハ! 我が名は悪の秘密結社オリュンポスの大幹部ドクター・ハデス! 天才科学者であるこの俺が、逃げ出したもち米モンスターを倒す手助けをしてやろう!」
「なあ、なぜ君は袴の上に白衣を着用したんだ?」
 袴の上に白衣を着た独創的なファッションで現れたドクター・ハデス(どくたー・はです)の声に国頭 武尊(くにがみ・たける)は杵を振り上げた体勢のまま、思わずツッコんだ。
「ぬ? 白衣は天才科学者の正装! どんな時も脱ぐわけにはいかん!」
「そうなのか。……っと!」
 話しながらも武尊は気を抜くことなく、走り回るもち米モンスターの動きを予測し、先制攻撃でどつき回していく。金剛力や歴戦の武術などスキルを組み合わせ効率良く餅をつく武尊の姿を見たハデスは叫んだ。
「ククク、こんなこともあろうかと、もち米モンスターに対抗できる新機能を、カリバーンに付けておいて正解だったな。さあカリバーンよ、新たな力に目覚め、新形態に変形するのだっ!」
「俺は聖剣勇者カリバーン! 悪を倒す聖なる剣だ!」
 ハデスの声に応じるように前に出る聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)
「君は……いや、間違ってはいない……な」
 3メートルのロボットの巨体に袴を着たカリバーンの姿に武尊はツッコむことを諦めた。
「もち米モンスターと戦う、勇気ある者よ! 変形した俺を使えっ!」
 いつものように聖剣モードに変形しようとするカリバーン。
「むっ?! 変形シーケンスに異常だとっ?! な、なんだ? この姿はっ!?」
 変形が完了したカリバーンの姿は、その名とは異なり聖杵だった。
「餅つきといえば、杵! 臼が無いのは残念だが、この聖剣……もとい聖杵カリバーンを使って、もち米モンスターを倒すがいいっ!」
「お、おのれ、ドクター・ハデス! 俺の身体を勝手にいじるとはっ!」
「まあ、確かに今回は相手が相手だからな」
 武尊は本来雑煮を食べるために使用するはずだったいさみ箸でモンスターを牽制しながら冷静な判断を下す。
 ハデスの横では振袖姿のアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が嬉しそうに微笑んでいた。
「えへへ、ハデス様に振袖を買っていただいてしまいました。に、似あってますか?」
 普段はオリュンポスの騎士を名乗り鎧を着用しているアルテミスだが、今日はイベントに合わせお洒落な格好ができたのが嬉しいらしく、終始にこにこしている。
「ああ。とてもよく似合っている」
 武尊にもそう言われ、アルテミスは照れくさそうに少し下を向く。
 カリバーンに味方はいなかった。
「くっ……分かった。国頭武尊! 俺を使え!」
「申し出はありがたいが、書初めや調理のメンバーもいるし、そうそう無茶もできないんだよな」
「フハハハ! 安心しろ。カリバーンは優秀だ!」
「そうか……ならば、いくぞ!」
「おう!」
 カリバーンを手にした武尊は周囲に気を配りつつも、次々にモンスターを餅へと片付けてゆくのだった。
「な、何ですか、このモンスターはっ!? オリュンポスの騎士アルテミスがお相手しますっ!」
 アルテミスも、押し寄せてきたモンスターを倒すべくとっさに背中の剣を抜こうとするが、生憎振袖のため武器を持ってきていなかった。
 抵抗する術のないままモンスターの体当たりを受け全身がべとべとになってしまう。
「な、なんですか、これっ?! って、きゃあっ、着物がっ?!」
 ただでさえ慣れない振袖が、べとべとに引っ張られ胸元や裾からはだけていく。
「ど、どうしましょう、ハデス様ー!」
 何とかしようと焦るあまり動きまわるとその分被害も広がることに気付いたアルテミスはそれ以上動くこともできず、カリバーンたちの戦いを見守るのだった。