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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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第1章 良き出会いを奇跡と呼び、悪しき出会いを運命と呼ぶなら、その口唇は諦念に縁どられている


レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が親指を痛めながらアナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)に送ったメールより一部抜粋

『infinity 〜記憶螺旋の巫女たち〜』登場人物紹介


巫女王アルマ……数多の巫女の中から見出され、神の信託を受け王国を治めていた少女。魔王とは相打ちのように封印され、また封印した。
魔王……魔族の平凡な青年に過ぎなかったが、ある日を境に軍に志願。一代にして国を築き上げた魔族の皇帝。世界の支配が目的かと思われたが、黙して真意は語らない。
 自身の娘や妹すら死地に送り込むことを厭わない冷徹さを持つ。封印が緩むことにより、各地に転生した魔族たちが記憶と力を取り戻しつつある。

青年……前世では巫女王アルマの兄、廃王子エルヴァート・ガタナソア。超一流の魔術師だが、妹への愛故に狂気に囚われ、魔王軍に寝返る。現世でも妹に強い執着を見せる。
柘植灯……帰国子女の普通の女子高生だが、前世は夜の魔術師ユーフォルビア。巫女王の政治の場である蒼角殿を守護していた宮廷魔術師の一人。魔族の男を愛し、王国の秘宝を彼に渡してしまった。
来栖花菜……灯のクラスメイト。前世では蒼角殿の巫女の一人ヤリスカで、ユーフォルビアの友人だった。
堀田冬汰……灯のクラスメイト。前世では蒼角殿を守護する剣士隊「ブレイド」の一員。一時はユーフォルビアの従者ホリダであり片思いをしていた。逃亡後の彼女を殺し秘宝を取り戻した後、自ら命を絶つ。
乾 巽……灯のクラスメイト。彼女に密かな片思いをしている。前世では魔族の帝国の魔剣士・白夜の魔狼ツァン=ダーソック。一時はとある魔族に洗脳され、彼女から秘宝を奪ってしまい……。
ナイト……謎の少年。かつては王国に仕える暗殺部族の一員だった。しかしユーフォルビアの完全な記憶の復活には、現世の恋人・月夜の犠牲が必要だと知り、彼女の命を狙う。

ストーリー要約
 時は現代日本。主人公の少年は高校の部活からの帰宅途中、同年代の少年と少女が険悪な言い争いをしているのを目にする。少年が殴りかかるように見え、慌てて仲裁少女を助けに入る主人公は、彼から炎の矢を受け倒れる。追い打ちを賭けようとする少年から少女は主人公を庇い、大怪我を負う。少年はそのまま去ったが、主人公を不思議な力で癒した少女は、「結界」の中に入ることのみならず動け、しかも攻撃を受けても死ななかった主人公に衝撃を受けていた。
 少女は主人公を自分たちの隠れ家へと案内し、少年はやがて真実を知る。
 過去、この世界では巫女王の治める王国と、魔王の治める帝国が争ったこと。巫女王と魔王は互いに相打ちのように封印されて、どちらの国も滅びたこと。
 だが巫女王が命を懸けた魔王の封印が時を超えて解けつつある。同時に転生していた王国の住民に、互いの記憶と能力が戻りつつある──。
 主人公はそんな「転生者」の一人として、過去の因縁と記憶、現在の家族や友人との関係に葛藤しながらも、戦いに巻き込まれていく。

(メール中略)
 話の要約としてはこんなところかな。問題は、アナスタシアさんが「認定」された「ユーフォルビア」っていうキャラが、結構殺したりされたりっていう関係にあること。レギュラーで結構出番があって、話の中でも何度かピンチに陥ってるよ。
 特にナイトってキャラには注意だね。あと、「昼の子」が禁句だよ。「恋人」「愛してる」とか恋愛関係の言葉もなるべく避けて。
 あと、妄想を否定しすぎると思いださせてあげるとか言われるかもしれない。頑張ってユーフォルビアになってね。演劇だと思って!



「……つ、疲れた〜」
 携帯電話をテーブルに放り出し、思わず両手を上げて大きな伸びをしたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の前に、
「お疲れ様」
 の声とともに、オレンジジュースのグラスが置かれた。
「あ、校長先生。ありがとうございます」
 グラスを置いた人物──百合園校長桜井静香(さくらい・しずか)に、椅子に座ったままレキはぴょこんと頭を下げた。
 ジュースをちゅるると吸い上げて一気に飲み干す。
 それからノートパソコンと分厚い本の山、ルーズリーフ、ボールペンの散らばったテーブルをぱたぱたと積み上げて、テーブルの天板をあらかた発掘すると、立ち上がった。ぴきぴきっと背筋が、膝の裏が伸びる感触は気持ちがいい。
「僕が言えることじゃないかもしれないけど……もう少し、ゆっくりしていってもいいんだよ?」
「ありがとうございます。でも、動いてる方がボクには合ってるんですよね。──チムチム、行こう!」
「チムチムがんばるアル! 校長先生もビデオを楽しみに待っててくださいアル」
「二人とも、気を付けてね」
 静香の声を背に、飛び出すようにホテルを出たレキを、彼女のパートナー・もふもふ黒猫ゆる族のチムチム・リー(ちむちむ・りー)がとっとこ追った。
 二人が向かう先は、件の百合園女学院周辺だ。
 ──2022年1月7日。時間は、お昼過ぎ。
 三が日が終わって七草粥を食べ、でも成人式の前で、まだお正月気分がそこかしこのドアのしめ飾りと一緒に残っている、そんな空気の日本と新百合ヶ丘。
 学生にとっては、クリスマス後で気分も良いうちに年越しそば食べてゴロ寝して、お年玉も入って、まだまだ続けていたい遊んでいたい、名残惜しい冬休みの終り頃。
「……だからなのかぁ」
 レキは商店街を歩きながら、何もない空間──“光学迷彩”で姿を消しながらビデオを構えているチムチム──に話しかけた。
「黒史病なら見たことあるけど、前より患者さんが増えてて、病気が重くなってるような気がするんだよね」
 もしかしたらその時よりあの子の力が増大したのかもしれないけどね、とレキは呟く。
 あの子。それは原因となった人物のこと。黒史病は、名前こそ病気と付いているが、実はれっきとした(?)魔道書の魔法によるものだ、ということは、前回のパラミタランドで起きた事件で判明していた。
「黒史病にはまだまだ謎が多いアル。しっかり記録するアル。そうそう、生徒会長さんの晴れ姿もしっかり撮影するアルよ!」
「晴れ姿?」
「いつもツンツンしているから、逆にこういう風にはっちゃけた姿を見せれば、百合園だけでなく他校生からも親しみのある生徒会長だと写るんじゃないアルか?
 ああ、あれも撮っておくアルよ。前回一部女子に好評だったアル」
 チムチムのカメラが捕えた映像は、フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)が早速、病気に罹った少年と対峙しているところだった。
「よし、ボクも頑張ろう! 『ああ、この世界はどうなってしまうの?お助け下さい、巫女様ぁぁ!!』」
 レキは巫女に救いを求めている一般人のフリをして、巫女王の陣営──ユーフォルビア(に認定されたアナスタシア)へと近づく努力をするのだった。


「残念ですが、今日の私は余り機嫌が良くないのです」
 フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)は、素でそんな中学二年生みたいなことを言った。
 それは演技か本心か、ただいつも微笑を浮かべているその目に、口元にそれはない。
 服も普段着ているあの青い、貴族のような衣装ではなく、セーターと細身のデニムの上から黒いピーコートをラフに着ていた。
「ですから、被害者の方に大変申し訳ありませんが、拒否権はありません」
 百合園の本校を訪れた後、彼はパートナーの村上 琴理(むらかみ・ことり)やヴァイシャリーから連れてきた魔術師・技術者らと共に日本やヴェネツィアの建築技術を視察して回ることになっていた。パラミタ内海で暮らす、ハーララという族長が治めるイルカ獣人の部族、彼らの土地が沈みかけているため、それを救うためだった。
 それから、姉三人から頼まれた地球土産リストを埋めるため、スケジュールがぎっしり詰まっていた。
 イライラの元は、だが、本当はそれではなかった。
 今、地球とパラミタで盛り上がっている話題──“新世界”ニルヴァーナへの道のことだ。盛り上がっている原因が、パラミタが滅びに瀕しているからだなどと考えたくもなかった。
(内海どころか、パラミタもヴァイシャリーも滅びる。おそらくその前に、人を救うためにニルヴァーナに移住する。
 でも、ニルヴァーナにも住人がいて生活があるでしょう。
 俺は地球人をヴァイシャリーに受け入れたかった、けれど……逆の立場になってみれば、俺や大勢の人間がニルヴァーナに行って、受け入れてもらえる確証はありません。そしてそれは、侵略にならないのでしょうか。
 移住後だって、地球に琴理さんは、百合園や他校の友人たちは、また今までのように時折は帰れるのでしょうか。地球へ戻るのでしょうか。それとも、契約者たちは故郷と永遠の別れを──)
 だから、フェルナンには、病気とはいえその本の設定があまりに不謹慎に思えていた。自身の勝手な感情だということを理解してもいたけれど。
「拒否権がないだと? その物言いは、まさか貴様魔族の魔術師──」
「遊びに付き合っている暇がないのです。速やかにおいでいただけないのであれば、こちらを」
 いきり立つ少年の目の前に、フェルナンは透明の小瓶を差し出し、蓋を開けた。
 すると。すぐさま「うっ」、とうめいて、少年は地面に倒れた。
 フェルナンは彼を肩に背負うと、近くのベンチに座らせた。これで一人解決だ。
「……すごいな、それは」
 鼻を摘まみながら感心したのは、彼の隣にいたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。
 エヴァルトは、フェルナンが瓶の蓋を閉めたのを確認して、やっと手を離す。
「どういう仕組みなんだ?」
「黒史病から目覚めさせる方法は幾つかあります。まずは魔法的な影響を取り除くため、魔法や魔法の薬を用いる方法。ですが、限りがありますし、校長たちのいるホテルに置いてありますので……」
 本来ならそこで手当てをして、怪我や後遺症の有無を調べた方がいいのだが、いちいち運ぶ手間もある。
「うむ」
「そしてもう一つ。嗅覚は他の五感と違い、記憶を司る脳に直結すると言われているそうです。たとえば、ある香水の香りがある女性を思い出させたり、パンの焼ける香りで実家の朝食を思い出したりしますよね。そして食べ物の腐敗を調べるときにも使います。つまりそれだけ本来の記憶や本能に近いというわけです。実はこれは」
 フェルナンは、手にしていた鞄から一つの缶詰を取り出した。
「一部では化学兵器・戦略物資だと噂の『シュール・レミングス』という、魚の発酵食品です。匂いが半径10メートルの人類の嗅覚を数日間再起不能にするそうで──」
 缶の中央に「飛び込むうまさ!」というキャッチコピーが躍っていて、ふわふわ毛皮のネズミ(これがレミングだろう)が魚を求めて、絶壁から海に飛び込んでいる。
「そうか……もっとマイルドな匂いなら使ってみたいが」
「これは如何でしょう」
 それは、ドロップの缶詰だった。蓋を取ってガラガラ掌に振るタイプのものだ。表面に、やけに見覚えのある逆三角形をした緑色の小さな虫が描かれている。
「一粒で効き目絶大だそうですよ」
「……カメムシ味……いや、やめておこう」
 エヴァルトが首を振ると、では何かあったら遠慮なくホテルか私にご連絡ください、とフェルナンは再び他の患者を探しに歩いて行った。
 そう、エヴァルトは旅行で地球を訪れていて、車窓から眺めた新百合ヶ丘駅のホームで、良く知っている顔にものすごく良く似た人物を見つけた、ような気がして。嫌な記憶と共に降り立った新百合ヶ丘駅で、フェルナンから事情を聞かされて。
 だから大勢の患者の中で、ただ一人の人物を探していたのだ。嫌な予感に突き動かされて──。