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【五 ホスト遊びはVIPルームだけじゃない】

 地下闘技場の熱い戦いはまだまだ続くが、バラーハウスで繰り広げられる乙女と美男達の宴も、これからが本番である。
 玄関ホールから少し離れた奥まった箇所に位置するテーブルで、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は指名した黒崎 天音(くろさき・あまね)によるもてなしを受けていた。
「あ、そ、そのっ、こ、こんばんはっ! えっと……い、良い天気ですねっ!」
 夜の挨拶を口にしながら天気の話題を持ち出す辺り、歩の頭の中が如何に混乱しているのかがよく分かる。
 対する天音は、柔和な笑みで歩を静かに眺め、ヘルプについているブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が作った、甘いフルーツ風味のノンアルコールカクテルをテーブル上に置き、そっとコースターごと押し出す形で歩に勧めた。
「さ、どうぞ七瀬さん。まずはひとくち、召し上がれ」
「はっ、はい……じゃあ、頂きます」
 差し出されたグラスを手に取り、二度三度、喉を潤してみる。不思議と、気分が落ち着いてきた。歩がほっとひと息入れるのを、天音は穏やかな表情で見詰めていた。
「それにしても、あたしってホント、緊張したら何いい出すか分かんないですよね。夜なのに、良い天気だなんて……」
 幾分、自己嫌悪に陥っている風のある歩の肩に、天音はそっと手を触れさせて静かに微笑んだ。
「そんなことはないよ。今、七瀬さんという優しい太陽が目の前に現れたから、本当に良い天気だよ。今日も君は、とても可愛いな」
 天音がいえば、どんなに歯の浮くような台詞でも何故か自然と心の中に沁み渡ってくるのだから、大したものである。
 彼は決して相手の心理を必要以上に刺激せず、清流が流れるが如く、褒め言葉を落ち着いた声音でさらりといってのける。天音一流の接待術、ここに極まれりといったところであろう。
 変に気取った話題ではなく、歩が最も話し易いであろう日常の出来事や、百合園での生活などを話題として選ぶ辺りも、歩を落ち着かせるのに一役買っていた。
 天音のポリシーとして、女性は落ち着いた雰囲気の中でこそゆっくり楽しめるのだという考えがある。その考えに従い、天音は歩にとって一番過ごし易い空間を、この場に提供しているのだ。
 ほとんど時間を要さずに、歩が天音との会話を楽しめるようになったのも、その細やかな気遣いがあってこその話であった。
「天音さんは飲み物、要らないんですか?」
「そうだね……もし許されるなら、バイオレット・ギムレットなどを頂いても良いかな?」
 一応歩も、ホストクラブの何たるかについて、自分なりに調べてきてはいる。
 指名したホストにドリンクを勧める場合、その代金は客、この場では歩の財布から出るのが暗黙の了解となっている。
 しかし歩は、最初から多少の出費は覚悟してきているし、少しぐらいは羽目を外したいとも考えていたので、ここは天音に良いお酒を飲んで貰いたいと本気で願っていた。
 歩からの気遣いは、勿論天音とて心得ている。
 目線でブルーズに合図を出し、歩のプライドを傷つけない程度に安めのジンをベースにして、ギムレットを手早く仕上げて貰う。
 ブルーズは、もしかするとバーテンダーが本職なのではないかと思わせる程の手際の良さで、天音の前にギムレットを注いだグラスを静かに押し出してきた。
「それじゃあ、乾杯だね」
「あ、は、はいっ!」
 優雅な仕草でグラスを掲げる天音の艶然とした笑みに一瞬見惚れてしまっていた歩だが、慌てて自身のグラスを取って、天音の持つグラスと飲み口を軽く触れ合わせた。
 心地良い無機質の響きが、自ずと歩の笑みを誘った。

 別のテーブルでは、どう見ても子供にしか見えない柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)を指名してホスト遊びに興じていた。
 元々、氷藍と雫澄は友人同士であり、ホストとしての雫澄を指名している今も、氷藍はなすみんと呼び、随分と砕けた様子で接している。
 指名を受けた雫澄は最初、自分が選ばれるとは思っても見なかったらしく、相当に驚き、照れた表情を浮かべていたのだが、指名客が氷藍であると知ると、今度は別の意味で驚愕の念を抱いてしまった。
「いや、まさか……君が指名してくれるなんてねぇ……まぁ、僕としては嬉しい限り、なんだけど……」
「そいつぁこっちの台詞だぜ。まっさかお前までぶち込まれてるたぁなぁ〜……ま、何にせよ、ここでは俺はお客さんなんだからな。しっかり頑張って、精々おもてなししてくれよな」
 子供の外観でシャンパンをがぶがぶ飲み倒す氷藍に、雫澄はいささか引きつった笑みを浮かべつつ、それでも何とか頑張ってもてなそうと努力している。
 ホストの仕事に関しては、まだあまり知識らしい知識を持っていない雫澄ではあったが、もてなしの心を持って接すれば何とかなるとの信念で、とにかく氷藍には楽しい時間を過ごして貰おうと頑張る決意であった。
 しばらく他愛無い日常会話を交わしていたふたりだが、ややあって、氷藍が何かを思い出したかのように話題を変えてきた。
「そういえばさぁ、幸村の奴はどうしたんだ? 確かあいつ、何か面白いパフォーマンスを見せてくれる、っていう話だったんだが?」
「あぁ、それなら……」
 氷藍からの問いかけを受けて、雫澄は玄関ホール近くの控えスペースで、手持ち無沙汰な様子でストゥールに腰掛けている真田 幸村(さなだ・ゆきむら)に視線を転じた。
 雫澄の目線を追いかける格好で氷藍もその方角に顔を向けると、幸村もふたりの視線に気づいたらしく、仏頂面のまま、小さく手を振り返してきた。
 そんな幸村に会釈を返しつつ、僅かに苦笑を浮かべて雫澄が氷藍に説明を加える。
「何でも、拳を交えるチャンバラ的なパフォーマンスでお客様を楽しませる、っていってたんだけど……店側からOKが出なかったらしいね」
 曰く、ホストクラブでは無骨さを思わせる一切の行動が禁じられている。
 バラーハウスはあくまでも、酒と会話を楽しむ場であり、ホスト個人の勝手な解釈で乱暴的な行為を働いて良い場所ではない。仮にそれが客を楽しませることを目的としたパフォーマンスであっても、である。
 こうなってしまうと、幸村の出番は完全になくなってしまう。
 恐らくこのまま指名がなければ、バラーハウスでのホスト業務を延々と続けさせられる破目に陥ってしまうのだろう。
「武芸以外に能がねぇ奴は、ここでは生き残れねぇって話だが、どうやら本当だったみたいだな」
 出来たての料理をトレイに乗せて運んできた須佐之男 命(すさのをの・みこと)が、厨房と店内を隔てる通用口からのっそり姿を現して、困ったように小さくかぶりを振りながら、氷藍と雫澄のテーブル上に、次々と皿を並べてゆく。
 幸村と違い、命には料理という、世で生き残るに値する立派な芸があり、そういう意味ではホストである幸村よりもひと足早く、このバラーハウスから解放される可能性を持っているひとりであった。
「よぉ雫澄。すまんが、しばらく糞餓鬼の相手ぇしてやってくれ。気ィ悪くするようなことがあったら、後で謝るからよ……」
「あのなぁ。ひと聞きの悪いことべらべらいってんじゃねぇよ。こちとら、なすみんの社会勉強に一役買ってやってんだぜぇ」
 命のあんまりないい草に、氷藍が露骨に気分を害して唇を尖らせた。
 勿論、命には氷藍の抗議の声など馬の耳に念仏であり、全く意に介した風もなく、料理を乗せたトレイを掲げて他のテーブルへと足を運んでいった。
「全く……こちとらぁ、客だぞぉ?」
「は、ははは……」
 去り行く命に尚も悪態をつく氷藍に、雫澄はただ、乾いた笑いでその場を凌ぐしかなかった。

 更に別の一角では、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)浦安 三鬼(うらやす・みつき)を指名して、自身のテーブルで奉仕させていた。
 リカインの当初の目的は、ホストとして働いている空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)の様子を見ることであったのだが、どうやら思った以上に狐樹廊がそつなく女性客の相手をこなしているらしく、別段これといった大きな失敗もなかった為、リカイン自身も適当に遊んで帰ろう、と考えた末に、指名したのが三鬼であった。
 これに対し、三鬼は酷くやり辛そうであった。それはもう、見ている方が気の毒に思えてくる程に、三鬼の接待下手は目に余るものがあった。
「ねぇ、三鬼君さ……やり難いんなら、いつもの調子でも良いよ。何なら、風紀委員相手に立ち回った武勇伝とかでも何でも良いからさ」
 客であるリカインの方が気を遣う程に、三鬼は心底困り果てた様子で、しかしそれでも何とか頑張ってホストとしての任務を全うしようと頑張っている。
 だが、優雅さとは程遠い仕草のまま、グラスを差し出したりテーブル上を片付けたりなど、やること為すことがことごとく雑であるにも関わらず、三鬼にとっては精一杯の集中力を投入してしまっている為、武勇伝を語るだけの余裕など微塵にもなかった。
(あちゃぁ……こりゃ、駄目だわね)
 ホストとして指名してやることで、少しでも三鬼の売り上げに貢献し、彼がバラーハウスを脱出する為の手助けとしてやりたいというリカインの親心(?)は、皮肉にも、三鬼を精神的な窮地に追いやるという結果に繋がってしまっていたのである。
 このまま下手な接待を続けさせると、店側の印象が悪くなって、折角の指名による売り上げアップが帳消しになってしまうかも知れない。
 と、そこへ。
「おやおや……これでは何の為にご指名を受けたのか、分からぬ始末となってしまってますなぁ」
 狐樹廊が、店側の指示でヘルプに廻ってきた。
 流石に三鬼はばつが悪そうな表情で、店内でただひとり、雅な和装をすらりと着こなしている狐樹廊の端整な面立ちをテーブルに迎え入れざるを得ない。
「いや、面目ねぇ……やっぱ慣れねぇ仕事ってのは、駄目だな」
「己の得手不得手を認めるのも、立派な器量です。さぁ、手前がひとつひとつ、心得を伝授して参ります故、御気を楽にして臨んでくださいな」
 しかし、である。
 狐樹廊がヘルプに駆けつけてきたことで、今度はリカインが居心地の悪さを覚え始めてしまうという、ホストクラブにあってはあるまじき事態が発生しようとしていた。
 これでは完全に、本末転倒である。
 勿論、リカインの心理を読み取れない狐樹廊ではない。彼は料理を配り歩いていた命を呼び止めると、更なるヘルプの増員を店側に伝えるよう依頼した。
「おうし、そういうことなら任せとけ」
 命の対応は、早かった。
 ほとんど間を置かずして、幸村にレギオンという、見事な程に閑古鳥が鳴いていた両名を連れて戻ってきたのである。
 いずれも、三鬼に優るとも劣らない、接待下手の面々であった。
「いや……火に油を注いで貰っても困るのですが」
 狐樹廊が幾分、頭の痛そうな表情で額に手を当ててみせたが、しかし命はというと、はははと豪快に笑い、全く異なる発想を狐樹廊にぶつけてきた。
「赤信号、皆で渡れば怖くない、ってぇ訳じゃねぇが、同じがさつなのを寄せ集めりゃあ、そこのにぃちゃんもちったぁ要らねぇプレッシャーを感じなくて済むんじゃぁねぇかって思ってな」
 命のこの論理には、リカインが内心で成る程、と相槌を打った。
 三鬼ひとりが下手な接待を続ければ、そこだけが妙にクローズアップされてどうしようもなくなってしまうのだが、他にも同じようなのが揃っていれば、ひとりだけが浮きまくるという話ではなくなる。
 但し、客であるリカインが、変な損害を被ってしまう、という最大の問題が浮上してくるのだが、ここはもうリカインが腹を括るしかなかった。
「しょうがないわね……三鬼君を指名しちゃった者の宿命ってやつかしら」
「いや、本当に済まねぇ……客に我慢を強いるなんざ、本来あっちゃいけねぇんだが……」
 実は三鬼自身も、よく分かっている様子だった。
 もうこうなったらどうにでもなれ、の心境である。リカインは敢えてがさつな連中をはべらせることで、ちょっとしたどんちゃん騒ぎを堪能してやるしかないと腹を括った。