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バラーハウスと地下闘技場へようこそ!

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【七 愛すべきプロ根性】

 地下闘技場の戦いは、後半戦に入ろうとしている。
 そんな中、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)ルイ・フリード(るい・ふりーど)の一戦は、異様な盛り上がりを見せていた。
 この試合が始まる直前まで、場内実況のマイクに乗せて涼介のコメンテーターとしての声が流れていた。
 彼はヘッドセットとスーツを着用して、アナウンサーと一緒になって実況席に陣取るカラーコメンテーターであるが、一夜限定でレスラー復帰するというギミックを用いて、リングに上がっていた。
 ちなみに、この時のリングネームは涼介・H・フォレスト、である。
 レスラーとしては随分と優しげな風貌を見せる涼介は、この地下闘技場内では典型的なベビーフェイスであった。
 歓声を上げる観客席に向かって愛想を振り撒き、リングサイドの鉄柵脇を駆け回りながら、観客達が差し出す手に流れるようなタッチを連続させてゆく。
 そうして再びマットに上がった時には、既にルイの姿がそこにあった。
 漆黒のショートタイツとレスリングブーツ、意匠のよく分からないプロレスマスクを着用したルイは、山のように盛り上がる美しい筋肉の峰を観衆にアピールしながら両の拳を突き上げる。
 そして涼介に向けて、喉を掻き切る仕草を見せた。
 かたやベビーフェイス、かたやマッチョなパワーファイター。
 いずれも観客へのアピールと魅せる試合展開を心がけ、勝敗は二の次という、まさに本物のプロレスラーであった。
「さあ、盛り上げていきますよ!」
「OK! このマッスル・ルイが、皆さんを大いに沸かせて差し上げようじゃありませんか!」
 スタイルは全く異なる両者であるが、試合そのものは見事に噛み合い、お互いに相手の良いところを引き出そうと懸命に努めた。
 展開としては、涼介がアッパーエルボーやドロップキックを多用してルイを翻弄するも、ルイは全ての技を真っ向から受け止めつつ、時折ローキックで反撃して涼介の動きを止めては、ブレーンバスターで放り投げ、或いはその巨躯を活かしての三十二文人間ロケット砲を繰り出すなどの大技を絡める、といった按配である。
 涼介の攻撃には、随所に明るさが見られる。
 ただ黙々と技を仕掛けるのではなく、派手にアピールしてから技に入ることを忘れない。
 勿論ルイも心得たもので、涼介のアピールから技に入るまでの流れを中断するような無粋な真似はせずに、最後まで技を受け切ってみせる。
 時には場外に於いて、涼介のノータッチトペでさえ敢えてかわさず、まともに食らってみせるということまでやってのけた。
 ふたりの白熱した試合展開に、場内は惜しみなく歓声を送り続け、場合によっては客席全体で両脚を踏み鳴らして、凄まじいまでの震動がリング上にまで伝わってくる、ということもあった。
 しかし、どんな試合でも必ず終焉の時は訪れる。
「よし、これで決まりだ!」
 跳躍した勢いのまま高く振り上げられた涼介の右踵が、前屈みとなっていたルイの後頭部に炸裂した。
 必殺のシザースキックが決まったところで、受身を取って倒れ込んでいた涼介が、足を突き上げるようにして錐揉み上に跳ね上がり、トリッキーな動きで着地を決めるスピンルーニーで、この試合最大といって良い歓声を浴びた。
 この後、ひと息置いてから片エビ固めに入ったが、ルイはまだ余力を残していたらしく、涼介の上体を派手に突き飛ばして宙に舞わせた。
 ここでルイは器用に四肢を操り、宙に舞う涼介の体躯を絡め取って、ロメロ・スペシャルを完成した。
 ぐいぐいと突き上げるルイの圧倒的なパワーに、しばらくは耐えていた涼介だったが、ここでレフェリーの正子が本部に向けて、頭上に掲げた両手を左右に大きく振った。
 レフェリーストップである。
 実はこの後、ルイはロメロ・スペシャルで相手がギブアップしなかった場合に、更なるフィニッシュホールドを用意していたのであるが、涼介の肉体では耐え切れず、怪我をしてしまう可能性があることを、正子は見抜いていたのである。
 であれば、ここでレフェリーストップにして試合を止めた方が良い、との判断で、正子はルイに勝利を宣告することにしたのだ。
 勝ち名乗りを受けて両腕を突き上げるルイに、涼介がやっとの思いで立ち上がって、握手を求めた。
「いやぁ、お見事。また、対戦したいね」
「こちらこそ、御見それしました。また機会があれば、カードを組んで貰おうじゃありませんか」
 互いに健闘を讃え合う姿に、場内から盛大な拍手が送られた。

 涼介対ルイの一戦は、客席を大いに沸かせた。
 続くルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)の試合は、どうか。
 ふたりとも、プロレスラーと呼ぶにはあまりにも華奢な体躯の持ち主であり、迫力あるファイトが展開されるかどうかは、いささか眉唾物ではあった。
「皆さぁ〜ん! 応援、宜しくお願いしますぅ!」
 リング上で大きく手を振り、客席にアピールしながら笑顔を振り撒くルーシェリア。
 対するフィーアは、妙に獰猛な勢いでコーナーに駆け上がり、小さな体躯からは想像も出来ない程の大音声でリングサイドの客席へと、吼えに吼えまくった。
「うぉらぁ! 時は、来たぁ!」
 ふたりして、それぞれ何がしかのアピールはしてみるものの、矢張り観客からの反応はいまいち鈍い。
 ところが実際にゴングが鳴ってみると、なかなかどうして、ふたりとも客席を魅了するに足るだけの技量を発揮し始めたのである。場内はすぐに、大歓声の渦に巻き込まれ始めた。
 序盤はルーシェリアのナックルパートに、フィーアが袈裟切りチョップやパンチなどのラフファイトで応戦するという、極オーソドックスな展開から入ったが、しかし両者共に結構な持ち味を供えていることが、程無くして露呈した。
 中盤に入る頃、まずフィーアがやらかした。
 ジャンピングネックブリーカーでルーシェリアの動きを止め、リング中央でダウンを奪うと、素早くコーナー最上段に駆け上がり、ここで首を掻き切る仕草で派手なアピールを決めてから、ダイビングヘッドバッドを敢行した。
「どっせぇーい!」
 妙な雄叫びが後を引きながら、宙に舞う。
 往年のダイナマイトキッドを彷彿とさせる、美しいダイブであった。
 ところが、この折角の一撃も、ルーシェリアにすんでのところで逃げられ、フィーアは顔面からマット中央に豪快なキスを決める破目となった。しかもその際、額を強烈に打ち付けたらしく、眉間のすぐ上辺りがぱっくりと割れて、鮮血が噴き出してしまっていた。
 意外な話だが、実はフィーアが、この夜最初の流血レスラーであった。
 元々、人間の頭部は血管が多い上に、頭蓋骨で覆われている構造上、意外と血が出やすい。フィーアの見た目派手な流血も、顔面を真っ赤に染める異様な迫力を見せてはいるが、実際のところ、然程大したダメージは受けていない。
 だが流石に視界は大きく損なわれ、この後しばらくは、ルーシェリアによる一方的な展開となった。
 ルーシェリアがチョークスラムでフィーアをマットに叩きつけ、そのまま足首を取り、スタンディングポジションで捩じ上げるアンクルホールドに極めると、フィーアは堪らずロープに逃れた。
 更に、ルーシェリアの攻撃パートは続く。
 フィーアを強引に引きずり上げる形で立たせてから片腕を捻り上げると、そのままルーシェリアは器用にトップロープ上へと立った。
 そのまま、フィーアの片腕を取ったまま、トップロープ上を綱渡りの要領で歩いて行く。所謂、オールドスクールを完成させた格好となった。
 リングを半周する形でコーナー対角線上までトップロープ上を進むと、ルーシェリアは飛び降りざまに、捩じ上げていたフィーアの腕の肩口にチョップを叩き込んだ。
 そしてここから仕上げのヘルズ・ゲートに入ろうかという態勢に及んだその瞬間、フィーアはルーシェリアの後方に倒れ込みながら、何と、ルーシェリアのタイツを掴んで無理矢理引き倒そうとしたのである。
 フィーアは、狙ってやっていた。
 ルーシェリアのタイツが僅かに引き摺り下ろされ、可愛いお尻がぺろんと顔を出した。
「あっ……きゃあぁぁ!」
 悲鳴を上げながら、慌ててタイツを引き上げるルーシェリアだが、場内は大きなどよめきに覆われ、無数の視線がルーシェリアのヒップへと集中している。
 ここが、フィーアにとって唯一の勝機であった。
 自分のタイツに気を取られているルーシェリアの片腕を取り、そのまま引き込むような形で腕折固めへと入った――そこまでは良かったのだが、問題は、フィーアの表情にある。
 顔面を自身の鮮血で真っ赤に染めつつ、白目を剥く程の勢いで渾身の力を込めていたのである。
 これを見て、レフェリー正子はすぐさま試合を止めた。
 レフェリーストップ。勝ち名乗りを受けたのは、訳の分からないうちに試合が終わってしまったルーシェリアである。
「えっ……あの、私の、勝ちですかぁ?」
 勝利宣告を受けた当のルーシェリアは、何が何だかさっぱり分からず、ただ戸惑うのみである。
 一方、別に意識を失っていた訳ではないフィーアは、この時猛然と立ち上がり、ルーシェリアを勝者としたレフェリー正子に、火を噴くような勢いで食ってかかった。
「テメェ! 何故止めたァ!?」
「怪我人は、大人しく寝ておれぃ」
 正子は飛びついてきたフィーアの小さな体躯をあっという間に逆さに抱え込み、フィーアの体を自身の横に位置をずらしながらコーナー最上段へと飛び乗った。
 そしてそのまま自由落下の法則に任せて、フィーアを脳天からマットに叩きつける。
 エメラルド・フロウジョンの完成であった。
 フィーアは今度こそ気を失って、白目を剥いたままストレッチャーで搬送されていった。

 次の試合に入る前に、リングサイド付近で大きな櫓が出現し、観客達の度肝を抜いた。
 この巨大な櫓を抱えているのは、マグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)であった。
 当初マグナは、3メートルという自身の巨躯を考慮して、地下闘技場には足を踏み入れない考えを示していたのだが、この地下闘技場はイコン同士による格闘戦をも可能とする程の強度と広さを誇っており、マグナ程度の体格と重量であれば、全く問題無く収容出来る余裕があった。
 そして、マグナが抱える巨大櫓の上には、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)、そして近衛 栞(このえ・しおり)達の姿があった。
 いずれもレオタードのようなデザインのアイドル風コスチュームに身を包み、試合の合間ごとに、マグナの担ぐ櫓と一緒に現れて、手を振ったり、軽いダンスのようなパフォーマンスを披露しては、観客達の目を楽しませている。
 実のところ、この三人は当初、ラウンドガールとして登場する腹積もりだったらしいのだが、残念なことに、プロレスは総合格闘技とは興行のスタイルからして全く異なる。
 基本的に、プロレスはラウンド制を採用していない。
 つまり、この地下闘技場ではラウンドガールなどという仕事そのものが、存在していなかったのだ。
 しかしながら、折角こうして地下闘技場に現れた三人を、このまま帰してしまうのも惜しいということで、アンズーサンタと靴下マンが協議した結果、ディーバとして登場して貰おう、という運びになったのだ。
 ここでいうディーバとは、コントラクターのクラスとしてのそれではなく、アメリカンプロレスでは極一般的に存在する、興行中の女性タレントという立ち位置を指していた。
 さゆみと栞は、最初からこのディーバとしての登場にはやる気十分の気合を見せた。
 まずさゆみだが、彼女は元々コスプレイヤーであり、特殊な衣装で衆目に晒されるのは、寧ろ十八番といって良かった。
 靴下マンから、やたら露出度の高い衣装を着るよう求められても、然程の抵抗感も無くすんなり着こなしてみせたのは、そういう下地があっての話であった。
 同様に栞もまた、ボディーラインがくっきり浮き出るディーバ衣装に身を包むに際して、ほとんど抵抗感らしい抵抗感を見せずに着用に至った。
 彼女の場合も、最初から露出度の高いラウンドガール衣装を着ることを前提としてこの地下闘技場に現れたという経緯があった為、靴下マンに求められた際にも、何もいわずに更衣室へと足を運んでいった。
 ところが、アデリーヌだけは少々勝手が違った。
 元々、ホストクラブへ遊びに行くといってバラーハウスを訪れたさゆみが心配で、仕方なく同伴してきたアデリーヌであったが、どういういきさつでこうなったのか本人でも説明出来ない程に複雑な経緯を経て、現在この巨大な櫓の上で、さゆみと同じく際どいデザインのディーバ衣装に身を包んで佇んでいる。
「う〜ん……ホスト遊びに来てた筈なのになぁ〜……ま、いっかぁ」
 己の身に起きた顛末に対し、さゆみは周りが驚く程にあっけらかんとした態度でこれを受け入れ、今や地下闘技場のディーバとして愛想を振り撒く仕事に熱中している。
「んもう……どうなっても、知りませんわ!」
 アデリーヌは当初、半ばやけくそ気味にディーバ衣装を身に纏い、さゆみの隣で硬い表情を浮かべていた。
 さゆみは別段アデリーヌをリラックスさせて、ディーバとしての仕事に専念させてやろう、という腹積もりはなかった。
 しかしつい調子に乗って、アデリーヌ相手にディープキスを演じるというパフォーマンスを披露してみたところ、それまでかたくなにディーバ役を拒絶していたアデリーヌの態度が、目に見えて変化したのである。
 ひと口でいえば、緊張感や変な拒絶心が消えて、自然体のままでディーバ役に身を投じるようになっていたのだが、それがさゆみによるディープキスによって心を溶かされたからというのは、恐らく本人も気付いていないであろう。
 そして栞の場合は、最初からその気で櫓に登っている為、大きな問題も無く、さゆみと並んで客席に愛想を振り撒いている。
「何ていいますか……もっとこう、地味ぃ〜な展開を予想してたんですけど、こういうのも悪くないですね」
 観客に手を振りながら、何気無く放った栞のそのひと言に、さゆみは敏感に反応して、首を大きく楯に振って曰く。
「そりゃそうよ〜。やるからには、自分も楽しまないとねっ」
 実際、さゆみは心底、今の立場を楽しんでいるようであった。