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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 『私、お母さんになりますー』

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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 『私、お母さんになりますー』

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●昼:空京

 澄み切った空から、十分温もりを感じさせる日差しが降り注ぐ、そんなある日。
 ここ空京の一角にある公園では、飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)が代表を務める魔法少女組織『豊浦宮』主催のイベントが執り行われようとしていた――。

「……公園の利用時間は、ええと、9時から15時……出入り口はこことここ……飲食物を販売するブースへは、許可証を配布した……。
 ホント、あいかわらず計画性がないんだから。必要な申請とか全部、私の所にしわ寄せでやって来るのよね。ついうっかり祟りそうになっちゃうじゃない」
 本部、と描かれた天幕の下、菅原 道真(すがわらの・みちざね)が何やらブツブツと愚痴をこぼしながら書類に目を通し、イベントが滞りなく行われるよう準備をしていた。その姿はいわゆる『お局様』を彷彿とさせる。元の意味は『皇室や公卿・将軍家などに仕えた重要な地位にある女性への敬称』なので概ね正しいのだが、このように称されることに本人はどのような感情を抱くであろうか。今の道真なら言葉通りに祟ってしまいかねないように思われる。
「ま、今日一日乗り切れば、しばらくは落ち着くわよね。
 私としても、イベントそのものがダメって言うつもりはないし」
 ふぅ、と息をついて、道真が周りに視線を向ける。そこには既に多くの人(いわゆる人間から、亜人、機晶姫、果ては天使から悪魔まで)の姿があり、そして笑顔に溢れていた。日々、大小様々な事件が繰り返される中、こうした瞬間は尊まれるべきだと思う。
「……ま、後始末はちゃんとつけてもらうけど」
 一瞬緩みかけた表情をごまかすように、道真は呟いて再び書類に目を落とす。

「すみません、こちらでうちの子を預っているって……」
「ママー!」
 園内放送を聞きつけてやって来た母親を見つけて、子供ががばっ、と抱きつく。
「来てくれてよかったねー。イベント、楽しんでってね」
「うん! ありがとう、おねえちゃん!」
 ばいばい、と手を振る子供に、イベントの放送係を務めている崇徳院 顕仁(すとくいん・あきひと)も笑顔で返す。
「……ふむ。今回、わしは何をしようかと思っておったのだが……良い案が思いついた。
 というわけで大伯母さま、子供たちにコスプレ……もとい、衣装を着てもらう体験コーナーを設けるというのはどうだろうか」
「ウマヤドー、今日も小次郎さんが意地悪してきますー」
「子供の真似をして泣きつかないで下さい、おば……豊美ちゃん。だいたいそんな年でもない……失礼しました」
 顕仁と共に本部に詰めていた相馬 小次郎(そうま・こじろう)が、母親を連れて来た豊美ちゃんをいつものようにからかう。泣きつかれた挙句、ちょっと口を滑らせただけでお仕置きされそうになった馬宿は待遇の違いを切に感じていた。
「? おおおばさま?」
 そして、そんないつもの光景に新しく加わった人物、鵜野 讃良がきょとん、と首を傾げる。すると向こうから顕仁がやって来て、讃良の前で深々と頭を下げる。
「お話は伺っております。ボクは崇徳院 顕仁です。大伯母さまが大伯母さまであるなら、同じくボクの大伯母さまになるのですよね。よろしくお願いいたします」
「あ、あの、うののさらら、です!」
 讃良もぺこり、と頭を下げる。地球では決して顔を合わせられなかった二人が出会える場所が、パラミタである。
「顕仁さん小次郎さん、讃良ちゃんに変なこと吹き込んじゃダメですよ?」
「そんなことしませんよ。大伯母さまと同じく偉大なご先祖様ですからね」
「うむ。先祖は大事にしないとな」
 うんうん、と頷く二人。なんだかとっても無礼に見えるが、これも彼女たちなりの愛情表現である……多分。おそらく。
「あー、こんな所にいた。豊美ちゃん、そろそろ時間になるってば。
 ステージで開会宣言するの、まさか忘れてないわよね?」
 そこに、イベントのスタッフと分かるように腕章を付けた茅野 菫(ちの・すみれ)がやって来る。公園の時計はそろそろ10時を指そうとしていた。
「ごめんなさい菫さん、案内に時間がかかっちゃいました」
「ほら、言い訳はいいから、早く支度して。こういうのは最初が肝心だから、ビシッと決めてよ?
 讃良ちゃんにもいいとこ見せたいんでしょ?」
 視線の先、期待に目を輝かせている讃良を見、豊美ちゃんがはい、と気持ちを新たにする。
「では、行きましょう!」

 ――そして、豊美ちゃんの開会宣言がなされ、イベントが幕を開ける。
 設けられた特設ステージを中心として、飲食物を取り扱う出店、あるいはちょっとした催し物を企画するスペースが並ぶちょっとしたお祭りのようなものだった。
「わー、きれー!」
「すごいすごーい! まほーしょーじょってなんでもできるんだー!」
 早速、会場のあちこちで企画者となった魔法少女たちが、自らの『魔法』を披露して子供たちを喜ばせ、それを見た大人たちが和んだ表情を浮かべる。
 公園に、あたたかな時間が流れ始める。

「はい、どうぞ。お姉ちゃんからのプレゼントだよ」
「ありがとう、まほーしょーじょのおねえちゃん!」
 風船を渡された子供がとてとて、と駆けていくのを、一条 ましば(いちじょう・ましば)が微笑みを浮かべて見送る。
「あぁ、やっと見つけた。ましばはふらふらしそうだ、って思った矢先にこれなんだから」
 背後から、泉 鈴香(いずみ・りんか)を連れた渡部 融(わたべ・とおる)が近づいてくるのに気付き、ましばがあっ、とバツの悪そうな表情を浮かべる。
「ごめんね融くん、でもね、なんだかとても心が軽いの。
 不思議だよね、ちょっとお化粧して、いつもと違う服を着てるだけなのに」
 ふわり、と服の裾をはためかせ、ましばが顔を綻ばせる。その、普段見ない表情に心動かされたのをごまかすように、融は話題を逸らす。
「そういえばましば、歌、歌ってたね。キミが考えたの?」
「やだ、融くん、聞いてたの? 恥ずかしいなぁ、もう……」
 頬を朱に染めることで融の質問に答えるましば。と、視界の隅に出店の方へ行こうとする鈴香の姿が見える。
「鈴香、一人でどこ行こうとしてるのかな?」
「え、えーと……ほら、アタシ、こんな賑やかな場所まだ慣れてないから、色々と見て回りたいなーって」
 あはは、と愛想笑いを浮かべてその場を凌ごうとする鈴香に、融が残酷な現実を突きつける。
「鈴香、出店に行ってもお金がないと、物は買えないんだよ」
「…………う」
 しょんぼりとうなだれる鈴香。……実際はそこまでお金に窮しているわけではなく、さらに言えばイベントの出店は無料かもしくは相場から言えば破格の値段なのだが、鈴香は言及することなくましばと融の元に帰って来た。
「そういえば、アタシの作った福結び、ここに使ってるんだ。
 今日初めて知ったけど、うん、可愛い」
 ましばの持つ風船に目を向けて、鈴香が口を開く。ましばと融がふくらませた風船に、鈴香が作った福結びが括りつけられていた。
「つまりこの風船は、三人の合作なんだ」
 言った鈴香自身は、その言葉をそれほど重要とは考えていなかった。しかし、言葉を耳にしたましばと融はあっ、と目を見開く。
「……合作……そっか、そうだね。
 ねぇ、あたしたちの合作、みんな喜んでくれるかな」
「喜んでくれるよ、きっと。何せ僕たちの合作なんだから。
 ……そうだな、そこにましばの歌を加えれば、もっと喜んでくれると思うな。キミもそう思うだろう?」
「うーん、よくわかんない」
 言ってそっぽを向く鈴香に、融はやれやれ、といった表情を浮かべ、からかわれたと勘違いしたましばに翻弄される。
「もう、融くんっ!」
「ちょ、落ち着いてましば、風船が――」
 賑やかなやり取りが続く横で、鈴香がくすり、と笑みを浮かべて心に思う。
(……綺麗だよ、ましばの歌。今日のイベントが終わるまでは、ずっと聞いててもいいって思えるかな)
 公園をぶらぶらとするだけの、そんな他愛のない時間を、鈴香は心地いいと思えるようになっていた。

「さあ、マギカ☆エイボンのクッキングスクール、開講ですわ☆」
 『クッキングウィッチマギカ☆エイボン』に変身したエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が目の前の調理台に『魔法』をかけると、色とりどりにトッピングされたクレープが出来上がる。
「はい、どうぞ」
「ありがとー! ……はむ、はむ……おいしー!」
 クレープを頬張る子供の顔が瞬く間に笑顔に変わり、それを見た他の子供たちがエイボンの周りに輪を作る。
「わたしにもつくれるかな?」
「ええ、出来ますわ。一緒に作りましょう」
 興味津々の子供たちを調理台に招いて、エイボンは一からクレープの作り方を丁寧に教えていく。料理の師匠である涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の教えをよく学んだエイボンの指導は、子供たちにもすんなりと飲み込まれていった。
「くるくるー、くるくるー……あわわ、めがまわるよー」
「うーん、うまくひろがらないー」
 初めての作業に、子供たちは失敗を重ねつつそれでも一生懸命、クレープ作りに励んでいた。
「んしょ、んしょ……できたー!」
 そして、ついに子供たちは自力で(もちろん、エイボンがその都度フォローをしてはいたものの、基本的には)クレープを作ることが出来た。それぞれ独創的なトッピングを施されたクレープは、まるでキラキラと輝く宝石のようにも見える。
「ふふ、素敵なクレープが出来ましたね。じゃあ、向こうにお茶を用意しましたから、皆さんでお茶会を開きましょうか」
 わーい、と喜ぶ子供たちを先導するは、まさに子供たちにとっての『魔法少女』であった。
(この時間が皆様にとって、楽しいものになるように。
 ……ふふ、わたくしまで楽しませてもらってますわね)

「あら、涼介さん。クレープですか?」
 料理をする涼介の手元を覗き込んで、ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が上目遣いで問いかける。
「ああ。きっと今頃はエイボンが、張り切ってるだろうと思ってね」
 答えながら、生地をひっくり返す。流石エイボンの師匠、手付きは慣れたものである。
「うふふ。じゃあ私も、涼介さんにクレープ、作ってあげますね♪」
 微笑み、かけてあったエプロンを手に取り、ミリアがキッチンに立つ。
「おやおや、では私も、ミリアさんにお一つ。
 トッピングは何がお好みかな?」
「涼介さんのお任せで。涼介さんはどうします?」
「私も、ミリアさんのお任せで」
「あらあら。うふふ♪」

 思いを込めて作られたクレープが、多くの者たちに幸せを与える――。