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早苗月のエメラルド

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早苗月のエメラルド
早苗月のエメラルド 早苗月のエメラルド

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Moonlight-2


 ハンモック村の一つで、小さな明るい声が響いていた。 
「うふふっ祥子さん!」
 イオテス・サイフォードは宇都宮 祥子の頭を抱きしめる。
 眠りに落ちようとしていた祥子は、片目を開けてイオテスに振り返った。
「なぁにイオテス、やけに甘えるわね」
 イオテスは何も言わない。
 けれど祥子には分かっていた。
 皆が同じ様に、明日戦いの中で祥子を待たなければならない事に不安を覚えているのだろうと。
 ――やっぱり不安なのかしらね。まぁ無理も無いか。
  何も見えない所で待ってるなんて私には耐えられないもの。
 祥子はイオテスの頬をそっと撫でていた。
 ふと、イオテスが半身を置きあがらせたので、ハンモックが揺れる。
「あら、ジゼルさん」
 ジゼルがハンモック村を抜けて海岸を歩いていたのを見つけたのだ。
 二人はジゼルの元へ向かった。

「雅羅のとこ行かないの?」
 祥子の質問に、ジゼルは 「ん、ん〜……」と曖昧に笑って返す。
「ジゼル。
 何してるの、寝なきゃ」
 三人を見つけた雅羅がこちらへ来たのだ。
「雅羅、でも私もう少し……」
「駄目よもう遅いから」
「じゃあ一緒に楽しみましょ!」
 祥子は明るく言って二人の言葉を遮りジゼルと雅羅を引っぱった。
 三人は転ぶように海岸に倒れ込む。
「ちょっと!」
「ふふふ雅羅さん可愛いですわ」
「そんなとこ触るなー!!」
 倒れたままの雅羅の上に乗っかったイオテスを見て、ジゼルは頭の上にクエスチョンマークを乗せている。
「ジゼルって本当に何も知らないの?」
 祥子はジゼルの背中にしなだれかかった。
「本当かなー、本当に知らないのかなー」
 言いながらジゼルのワンピースの背のホックに手を掛け、そのままジッパーを下ろしていく。
「さっ、さちこ!? 何してっ!!」
 わたわたと慌てるジゼルに、祥子は耐えきれず笑い転げた。
「嘘よ嘘!!」
「ふふっ祥子さんったら」
「でも半分本当。
 こういう時は親しい相手と一緒にいるのもいいものよ。
 肌のぬくもりっってそれだけで安らげるし、心強いもの」
「……親しい人」
「好きな人ってことよ!」
 祥子はジゼルと雅羅に飛びついて二人を抱きしめた。
 イオテスも三人をそっと抱きしめる。
「ジゼル、昼間の事、ごめんね」
「いいよ雅羅、分かってるから」
 ジゼルと雅羅の二人を見ながら、祥子とイオテスは密かに目配せし合った。
「あ、あの祥子……」
「何?」
「嬉しいけど……
 で、でも……ちょっと恥ずかしいっていうか……」
 顔を赤くするジゼルに、イオテスは怪しく微笑み、背中に指を這わせる。
「ひゃ!」
「ぷぷぷ、お顔が真っ赤よぉ?」
 今度は祥子が前から腹部に指を這わせた。
 身をよじらせていやいやしているジゼルに、雅羅はこれはまずいと思いつつも暫く真剣に見入ってしまってから、やっと我に返った。
「ちょっと待――」

「さて、おふざけもその辺にしておいた方がいいかしらね」
 リカインの声が四人の上に落ちると、祥子とイオテスが急に船をこぎ始めた。
「あ……れ……?」
「なんだか急に眠く……、
 祥子さ……ん、おゃすみなぁいぃ……」
 イオテスが祥子の頬にキスをすると、二人はそのまま砂の上に倒れ込み寝てしまった。
 すると、祥子の肩に、一匹の鳥が降り立った。
 リカインのペットのディーバードだ。
 美しい声でさえずり、軽やかに踊るこの珍しい鳥は、睡眠の効果のある声を持っているのだ。
 リカインは雅羅の協力を促し、二人で寝てしまった祥子とイオテスを背負ってハンモック村へ戻って行く。
「ジゼル、あなたも」
「ごめんね雅羅、やっぱりもうちょっと散歩してたいの」
「わかったわ」
 二人の背中を見送って、ジゼルは海岸を歩き出した。





 ベルク・ウェルナートは見張り当番になる前に、ハンモック村に行ってパートナーのフレンディスティラを探していた。
 女性達の寝場所に行くのは憚られたから、なるべく息をひそめて。
 そんな訳で結構な時間を掛けて漸く見つけたフレンディスの眠姿に、ベルクは思わず息を飲んだ。
 ――かわいい!
 だが今はそんな場合では無いのだ。
 眠る彼女の腕を指先で少し揺すると、フレンディスが薄目を開けて彼の姿を見つける。
「ふぇ、ますたぁ?」
「ちょっと話が有る」


 海岸に二人、海を前にベルクとフレンディスは座っている。
 ただ彼等が見ているのは海では無く、お互いの目だった。
「なあフレイ、考え直してくれないか
 明日は俺が戦場に立つ、だからフレイは――」
「マスター。あなたの気持ちはとても嬉しいです。
 けれど……私は決めたのです。
 ジゼルさん達を、此の手で守りたいと」
「負い目に感じているのか?」
 ベルクの問いに、フレンディスは考えている。
 それはかつて彼女が、海底の城に囚われたもの達を、そしてジゼル自身を解き放つ為に
 やむ負えずした決断の事だった。
「そうでないといえば嘘になりますね。
 確かにかつて私はジゼルさんの命の源をこの剣で断ちました」
「でもそれにはちゃんと理由が――」
「だからこそ、今度こそ私は本当の意味で彼女の命を守りたいのです。
 マスター、貴方の事も」
 フレンディスの目は、残酷な程真実しか告げてこない。
 世間知らずで、素直で。守ってあげたいと思う様な女の子なのに、彼女は逆に自分が人を守ろうとする。
 けれどもそれが、ベルクの好きになったフレンディスという少女なのだ。
「……分かった」
「マスター――」
「もー好きにしろ!!」
「はい!」
 微笑んだフレンディスは、何かを思い出したように懐へ手を入れ探った。
「……それとマスターこれを……」
 フレンディスが取り出したのは月光龍のネックレスだった。
「私の故郷で作られたアミュレットです。
 約束の代わりに。
 マスター、私は必ず、無事に帰ります」
 見つめてくる目に、ベルクは照れ隠しにフレンディスの頬をつねる。
 慌てているフレンディスを見ながら、ベルクは笑いだした。
 ――フレイ、それでこそ俺の惚れた女だ