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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ
SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

リアクション


【一 その盛り上がりは本物か否か】

 ヒラニプラの街の郊外に、ヒラニプラ・ブルトレインズのホームであるマーシャル・ピーク・ラウンド球場がその威容をどっしりと構えている。
 全天候型のドーム球場であり、最新型の可動式屋根を備える、ヒラニプラ自慢の施設のひとつであった。
 このマーシャル・ピーク・ラウンド内には、選手用のクラブハウスや練習施設の他、球団事務所や大小幾つかの会議室が設けられており、いわゆるフロント組の活動拠点ともなっている。
 そして今回、プロ・アマ混成チームであるシャンバラ・ハイブリッズとの交流戦実施に際しては、マーシャル・ピーク・ラウンド内の第一会議室と第三会議室が、第一戦の実行本部として割り当てられている。
 というのも、全部で二試合が実施される交流戦のうち、第一戦はここ、マーシャル・ピーク・ラウンドが試合会場として選定されていたのである。
 その為、各球団のフロント組が交流戦対応の為に集まってきており、両会議室は運び込まれた機材でごった返していた。
 折り畳み式の長卓上にノートパソコンや各種資料を広げ、交流戦限定の特別なホームページを立ち上げようと奮闘していた桐生 円(きりゅう・まどか)は、従来のツァンダ・ワイヴァーンズ広報とは随分と勝手が違う部分が多く、ひとり眉間に皺を寄せて、何度も作業の手を止めながらうんうんと唸っていた。
「まあ珍しい……随分と苦戦してらっしゃるみたいですわね」
 腕を組んだまま凝然としている円の傍らに、幾分驚いた様子で、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が静かに佇んでいた。
 そのすぐ後ろには、崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)崩城 理紗(くずしろ・りさ)の姿も見える。
 三人はつい今の今まで、前日練習に入る前のSPB代表チームの様子を見学してきたところであった。
 一方の円はバナーの作成や各球団、及びSPB公式ホームページへのリンクといった機械的な作業は既に終えていたのだが、問題は、肝心の告知内容である。
 実のところ、先に亜璃珠が完成させていたパンフレットやポスターの出来が余りにも良過ぎ、しかもその内容が極めて充実していた為、同じことを書かないようにとオリジナリティを出そうと考えたのだが、それが却って仇となってしまっていたのである。
「なぁんていうかさぁ……このパンフレットに大概のこと書かれちゃってるから、ホームページで何書こうかって、すっごく頭痛いんですけどぉ」
「あら……少し、頑張り過ぎたかしら」
 可愛らしい唇を尖らせて小さく頬を膨らませる円に、亜璃珠は上品な仕草で口元を軽く押さえながら、それでも苦笑を禁じ得ない。
 実際、亜璃珠が中心となって作成したパンフレットは、各球団のみならず、SPB事務局も率先して配布しようとする程の完成度を誇っていた。
 ポスターを流用した表紙は美麗を極め、交流戦の概要から、両チームの選手紹介や取材風景ページ、試合の目玉となるポイントのチェック、更にはオーナー陣による解説など盛り沢山の内容となっており、しかも裏表紙は会場案内とスケジュールリストという親切な構成での締めくくりとなっている。
 正直なところ、ここまで見事な仕事ぶりを見せつけられてしまっては、球団事務の先達である円としては、妙な敗北感を覚えてしまうという有様であった。
「亜璃珠さん、仕事良過ぎだよぉ。これじゃあ、ボクの出る幕無いじゃん」
「そんなことはありませんわ。ネット媒体での広報技術は、円さんの独壇場ではありませんか」
「う〜ん……それでも内容が借り物じゃあ、素直に喜べないんだよねぇ」
 今や円は、SPB内でも屈指の広報担当として頭角を現しつつある。そのフロント組としてのプロ意識が、己に妥協を許さぬ厳しい態度を、知らずのうちに求めるようになってしまっているのかも知れない。
「でもぶっちゃけ、ハイナとラズィーヤのコメントよりも、ブルドッグおじさんの方が面白かったかなー」
 オーナー達へのインタビューを担当していたがちび亜璃珠が、半ば爆弾発言にも等しいひと言を発して、円の渋面を誘った。
 パンフレットに載っているハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)のオーナーコメントは、どちらかといえば優等生的な内容に終始しており、刺激的な内容は皆無であるといって良い。
 ところがワイヴァーンズオーナーのジェロッド・スタインブレナーはというと、色々物議を醸しそうな台詞がてんこ盛りである。
 特に、ハイブリッズに参戦する素人選手の中で、素質がありそうだと判断すればその場でスカウトすることも厭わないというコメントは、各方面に様々な波紋を投げかけそうな内容であった。
 物議を醸す、という意味では、理紗が集めてきた選手コメントはもっと過激であった。特に、ハイブリッズに助っ人参戦しているアレックス・ペタジーニの、美女・美少女に対する半ばナンパに近い賛辞の羅列は、それぞれのファンや関係者を挑発するかのような内容でもあった。
「円ちゃん、気を付けた方が良いよー。あのペタっちってひと、もしかしたらパッフェルちゃんにも手を出すかも知れないしね〜」
「うっ……それは多分、大丈夫、じゃないかな……」
 理紗の忠告に強気な反応を示してみた円だが、内心は決して穏やかではない。
 勿論、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)が同じチームのプロ選手からナンパされた程度でそう簡単に心を動かすなどとは到底思えないが、かつて同じ球団に所属していたペタジーニが軽い気持ちでパッフェルに手を出そうとするという図は、想像するだけでも気分の良いものではなかった。
(ま……大丈夫だとは思うけど……後で様子、見に行こうかな)
 複雑な思いを抱えながら、円は滞りがちとなっていた作業の手を、再び進め始めた。

 広報の仕事というものは、何も球団から外部に対して行うものだけを指すだけには留まらない。
 特に今回は、ややお祭り的な趣向で開催される交流戦であり、必ずしも勝負にこだわった試合展開が要求される訳でもないのである。
 そういう意味では、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が掻き集めてきたスタメン希望アンケートというものは、非常に大きな意味を持っているといって良い。
 その内容は、いってしまえばチケットを購入した観客が、どのようなチーム構成を希望しているかを示すものであり、興行としてのプロスポーツである以上、その意向を無視する訳にはいかない。
 ハイブリッズの監督を務めるのは、今季から蒼空ワルキューレのプレーイングマネージャー、即ち選手兼任監督に就任した福本 百合亜(ふくもと ゆりあ)である。
 ふくもっさん、という愛称で呼び親しまれている百合亜のもとを訪れた歩は、集計済みのアンケート結果をクラブハウス横の監督室で直接手渡し、その反応を窺ってみた。
「ほぅ……こら意外やね。お客さん、結構エエ線いっとるわいな」
 ふくもっさんは受け取った集計結果を、傍らに座す山脈のような巨躯の人物にも見せた。
 いわずもがなの、馬場 正子(ばんば・しょうこ)である。彼女は助っ人選手として、ハイブリッズへの参加を義務付けられていたのであるが、シーズン開幕前ということもあり、正直なところ、本気でプレーする意気込みはほとんど持ち合わせていなかった。
 だがその一方で、コーチングにはそれなりの本気度で臨んでおり、そういう意味ではチーム編成に関する話題は正子の興味を大いにそそるようであった。
「成る程、これは案外、良い編成だな。観客は単に、十二星華や人気の実力者達を眺めに来るだけではなく、しっかりとした野球を観戦することを望んでいるという訳か」
 正子が唸った通り、アンケートが示していた各守備位置や打順、或いはブルペンの編成などは、単なる人気投票では収まらず、それなりに戦術を考慮した内容が反映されているようであった。
「へぇ……観客の方が、オレなんかよりも余程、野球に詳しいってことか」
 監督室に居合わせた裏椿 理王(うらつばき・りおう)が、興味深そうに正子の手元を覗き込んできた。パートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)も、同じように横から顔を突き出してきている。
 今回このふたりは、臨時のスポーツドクター補助として、裏方役を買って出ていた。
 正式なSPB専属スポーツドクターは既に存在しているのだが、今回の交流戦は場合が場合だけに、人手は多いに越したことはない。
 その為、理王と屍鬼乃の参加はSPB事務局としても願ったり叶ったりではあったのだが、ひとつだけ、問題があった。
 実は理王のライフワークともいえる『お姫様抱っこ』は、今回に限っていえば、完全に却下されていたのである。
 理由は至極単純で、例え僅かでも選手に怪我を負わせる可能性がある行為は、一切厳禁である、というのである。
 幾ら理王が純粋なデータ収集を目的にしているなどと主張してみても、SPB事務局にしてみれば全く論外の話であり、まるで取り付く島もなかった。
「選手は体が資本だ。どこの馬の骨とも知れぬ輩に、おいそれと肉体を委ねて怪我でもされた日には、目も当てられん。これはSPB事務局だけではなく、各球団とも同じスタンスだ。もう少し場を考えよ」
 正子に懇々と説教されて、すっかり項垂れた様子の理王ではあったが、スポーツドクター補助という役割については応諾が得られた為、気を取り直して裏方役に参加することが決まった。
 そうして何とかモチベーションを高めた理王とは対照的に、屍鬼乃はデータ収集そのものを拒否された訳ではなく、その手段に問題があったと判断しており、相変わらず淡々と、各選手のプロフィールや体調情報などを端末に入力し続けていた。
 ともあれ、歩の持参したアンケート集計結果は、ふくもっさんと正子の共感を少なからず得ることに成功したようである。
「まぁ、オーダーと先発マウンドは開始一時間前にならんと公開出来んけど、スタメン候補としては、このアンケートそのまま使ってもろてエエよ」
「はい、ありがとうございます!」
 監督から了承を得られたことで、歩はつい頬が上気し、いつも以上に気分が高揚してきた。
「ところでゲストの皆さんはほとんど野球の素人さんが多いみたいですけど、試合になりそうですか?」
「そこら辺は心配せんでエエよ。色々手伝ってくれてるひと多いから」
 歩の疑念に、ふくもっさんは呑気な笑みで応じた。

 ふくもっさんが歩に心配無用と応じたのは、嘘ではない。
 例えば野球そのものの基礎を学ぶに於いては、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)の両名が用意した公認野球規則や技術習得資料などは、ハイブリッズに参加する野球素人達には、大いに役立っていた。
 コーチングの為にハイブリッズの一員として選手登録されたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)にしてみれば、教える手間が省けたということで、これらの資料の存在は非常に有り難かった。
 いや、単にそれだけならば問題はなかったが、ミネルバの場合、千歳とイルマを仰天させる発言が当たり前のよう飛び出してきたものだから、思わぬ展開がふたりを待ち受ける格好となっていた。
「へぇ〜、ほぉ〜、ふぅ〜ん……こんなルールがあったんだぁー」
 室内練習場で、千歳から受け取った公認野球規則の最初の数ページを眺めながら、ミネルバはまるで他人事のように、感心した声を漏らした。
 プロとして一年戦ったきた筈のミネルバから、よもやこのような台詞を聞くことになろうとは思っても見なかったらしく、千歳とイルマは一瞬、愕然たる思いで互いの顔を見合わせる。
「いや……ていうか、選手として1シーズン、戦った、んだよね?」
「えぇー、だってミネルバちゃん、二軍とか代打とかの方が多かったしぃー」
 千歳の問いかけに、ミネルバはすっとぼけた笑顔でえへへと笑う。
「そうはいいましても、打席や走塁の時などは、ちゃんとルールがある訳でございましょう?」
「んーと、そういのは全部、審判さんとかコーチャーボックスのひとにお任せだったしぃ」
 イルマの問いかけにも、矢張り緊張の欠片もない笑顔で応じるミネルバ。
 これは、素人選手達以上に、色んな意味で危ないかも知れない――千歳とイルマは空恐ろしいものを感じてしまった。
 流石にオリヴィアは見かねたのか、苦笑交じりですかさずフォローを入れてくる。
「皆が皆、ミネルバみたいな連中じゃないから、安心してね……っていうか、MLBやNPB出身のひとも大勢居るし、そこんとこは大丈夫よ」
 自身も全くの素人から始めたとあり、あまり大きな声で自慢話は出来ないオリヴィアだったが、しかし実際にプロとして経験を積んできている選手達が頼りになるという部分は、自信を持っていい切れる。
 他人の褌で相撲を取るようで、あまり格好の良い話ではなかったが、千歳とイルマを納得させるには、こういう方向で話を持っていく以外になかった。
 尤も、千歳とイルマが用意した資料の恩恵を受けているのは、十二星華や名の知れた実力者ばかりには収まらない。
 例えばブルペン捕手としてハイブリッズの補助に参加している雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)や、打撃投手としての役割に自らを任じているベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)にとっても、これらの資料は大いに有用であった。
「良いわ良いわ。こういうルールがある中での戦いって、すっごくゾクゾクしちゃうわぁ。何かに縛られて、自由に出来ないところを攻略するっていうのかしら? もう、想像しただけで体が熱くなりそう!」
 妙に倒錯した部分で悦に入っているリナリエッタだが、ベファーナはかなり真剣な面持ちでこれらの資料を食い入るように眺めており、どうやら単なる打撃投手には収まらず、本気で野球の道に足を踏み入れようかと検討しているようなきらいすらあった。
「こういうのを見ながら、馬場正子さん辺りに指導してもらえたら、十二星華のひと達とも上手くやっていけそうな気がするんだけどね……」
 ベファーナの独り言に対し、すぐ傍らで聞いていたティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が妙に納得した様子で
何度も頷き返してきた。
「おっしゃる通りですわね。わたくしどもは十二星華としてはそれなりに実績はございますけど、こと野球に関していえば、全くの素人ですものね」
「あらん。そんなに謙遜する必要もないわよぉ。ずっと練習見てたけど、結構早いうちからそれらしい動きが出来るようになってきてるんじゃないかしらぁ?」
 リナリエッタに褒められ、若干照れた様子ではにかんだ笑みを浮かべるティセラ。
 だが矢張り、チームとしてはまだまだ纏まっていない感が強いのは否めない。
 ベファーナとしては、何とか正子をコーチングの輪の中に引きずり込んで、十二星華やその他の面々との繋ぎ役になるしかない、との強い決意を固めていた。
 勿論、オリヴィアやミネルバでもある程度のところまでは指導は出来るだろうが、矢張り蒼空ワルキューレの四番を打つ正子でなければ気づかない部分というのもあるだろう。
「矢張り、あの御仁を何とか引っ張り出すしかないかな」
「馬場正子さん、のことをおっしゃっているのですね? でしたら、わたくしからも是非にお願い致しますわ。あの方は色んな意味で、わたくしどもにとって良い刺激となってくださる方ですし……」
 ティセラのこのひと言には、ベファーナも内心で苦笑を禁じ得ない。
 確かに彼女がいうように、正子は相当に特殊な人材であるといって良かった。