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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ
SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

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【六 終盤の攻防】

 終盤に至っても尚、一点を巡る攻防は続いている。
 フリューネの後を継いだティセラが走者を出しながらも何とか無失点に抑えると、迎えた七回、ワルキューレが誇るリーグ屈指のセットアッパールカルカ・ルー(るかるか・るー)が登板した。
 打席には、投手の打順で代打の蚕 サナギ(かいこ・さなぎ)が入っている。
「サナギ! 絶対出ろ! 当たってでも出ろ!」
 ベンチから、四条 輪廻(しじょう・りんね)の声援、というよりもほとんど野次に近い声が上がる。するとサナギは血相を変えて怒鳴り返した。
「ア、アホいいな! あっちはわしらと違て、実績バリバリのプロなんやでぇ!?」
「何をいう! こちらもプロだ! プロならプロらしく、お客が求めるシチュエーションを演出せねばならんだろう!」
 いいながら、我ながら無茶ぶりをするもんだと、輪廻は内心で自嘲気味に笑っていた。
 正直なところ、アイドルチームなどにプロチームが引けを取るなどとは全く思ってもいなかったが、ここまでの展開を見るに全くの互角である。
 よくよく考えれば、ハイブリッズには一流どころの名プレイヤーが数多く参加しているのであり、そんなチームを人気取りのアイドルチームなどと断じていた時点で、既に大きな考え違いを起こしていたに等しい。
 実際、今ハイブリッズのリリーフとして登板しているルカルカは、リーグ屈指のセットアッパーであり、今季からは先発をも窺おうかという勢いを見せる投手である。
 よもやこの期に及んで、アイドルチームに実力差を見せつけてやろう、などと考えていては、逆に手痛いしっぺ返しを食うことになるだろう。
 そういう危機感が、サナギへの死球出塁指令となって飛び出した訳だが、いわれた方のサナギにしてみれば、堪ったものではない。
(ほんまにもう、洒落ならんわ。大体わし、他の皆さんともっとお近づきになりたかったのに……あのルカルカさんなんて、お友達になりたいひとリストの筆頭みたいなもんやんか)
 そんな相手に、死球になるコースに投げてくださいなどと、どの面下げていえようか――サナギはもう、輪廻の声を意識してシャットアウトしようと心がけて打席に入った。
 対するマウンド上のルカルカは、打席に入るサナギの幾分青ざめた顔を、不思議そうに眺めながら別のことを考えていた。
(同じ捕手でも、真一郎さんは今日は出ないのかぁ……ん〜、残念)
 だが、私情はここまで。
 ルカルカはプロに入ってまだ実績がひとつもないサナギをまるで寄せ付けない投球を披露し、実に三球三振に切って取ったのである。
「えぇい、何をやっとるのだサナギィ! 顔面死球で男前になってこんか!」
「やかましわっ!」
 三塁側ダッグアウトとファウルゾーン間で繰り広げられる壮絶な罵倒合戦の傍ら、ルカルカは次打者がまだネクストバッターズサークルに出てきていないことに小首を傾げた。
(あれ? 次は誰かな?)
 すると、しばらくして三塁側ダッグアウト裏の廊下へと続く扉の奥から、弁天屋 菊(べんてんや・きく)が慌てて飛び出してきた。
「どわぁ! す、済まねぇ! 今準備するから、もうちょっと待っててくれぇ!」
 実のところ、菊はつい先程まで、スタンド席の間で売り子をやっていたのである。というのも、彼女は一応、SPB代表チーム入りを希望してそれなりに練習を積んできてはいたが、恐らくベンチ入りすら出来ないだろうと勝手に判断し、自らスタンド席での売り子バイトを志願していたのである。
 ところがいざ試合が始まると、菊の名がベンチ入りメンバーの中にしっかり記されていたのである。その事実を知ったのがつい数分前のことであり、代打として出場が求められ、慌ててユニフォームに着替えて飛び出してきた――というのが事の顛末であった。
 結局、ほとんど準備らしい準備も出来ぬままに打席に入った為、あっさり内野フライに打ち取られた菊。
 続くソルランもフルカウントからの見逃し三振に抑えられ、この回、SPB代表チームはバタバタとした落ち着かない攻撃で、無得点に終わってしまった。
 攻守交代で一塁側ダッグアウトに戻る途中、レオンが苦笑めいた笑い声をルカルカの背中にぶつけてきた。
「妙な回だったなぁ」
「うん……何か、野球した気がしないよ」
 同じ教導団員としてレオンを勇気づけるつもりが、逆に気の毒がられる展開になってしまい、ルカルカはばつの悪そうな笑みを浮かべて頭を掻いた。
「ま、第二戦も登板の機会があるかも知れないから、気合入れるのはその時にってことで」
「あはは……ほんと、そうだね」
 ルカルカも、この時ばかりは笑って済ますしかなかった。

 話は少し、時間を遡る。
 七回の表が始まる前、プロ野球では恒例のストレッチタイムが間に挿入された。
 ここでワイヴァーンズのマスコットガール五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)、更には臨時マスコットキャラ補助としてチムチム・リー(ちむちむ・りー)が参加して、ファウルゾーンでのパフォーマンスが披露された。
 勿論、この時はレポーターとしてスタンド席を行き来していたセレンフィリティとセレアナのふたりも、ワルキューレのマスコットガールとして途中から乱入し、客席を大いに沸かせていた。
 踊ったり歌ったりなどのショーステージは理沙、セレンフィリティ、チムチムの三人が担当し、セレスティアとセレアナは、グッズ販売の案内告知等の実務面を担当していた。
 後で聞いた話だが、交流戦限定グッズの売り上げは、七回のストレッチタイムまでもそれなりに数字が出ていたのだが、このストレッチタイムを境にして、その売り上げ総額がほぼ倍近くにまで跳ね上がったらしい。
 これは矢張り、マスコットガール四人衆+マスコットキャラ候補チムチム達の貢献によるものと考えて良いだろう。
 ストレッチタイム終了後、一塁側ダッグアウト裏の廊下で休憩を取っていた理沙は、観客の反応がすこぶる良かったことに気を良くしていた。
「いやー、あんなに喜んで貰えると、踊った甲斐があったってものねぇ」
「……っていうか理沙、仕事っていうより、楽しんでなかったですか?」
 ベンチに腰掛け、充実感たっぷりの表情でスポーツドリンクを飲み干している理沙に、セレスティアは苦笑めいた笑みを向けて小さく肩をすくめた。
 同じく、理沙達と一緒にファウルゾーンで派手なパフォーマンスを演じていたチムチムは休憩もそこそこに、早くも腰を浮かそうとしていた。
「あら、もう行っちゃうの? まだお疲れなんじゃない?」
「ん〜……疲れてるのは確かだけど、チムチムはレキのサポートもしないといけないアル」
 ひと言でいってしまえば、チムチムはマスコットキャラとレキのサポート役という二足の草鞋を履こうとしている訳だが、マスコットキャラだけでも結構なエネルギーを消耗するものであり、これに尚、スコアブックのチェックやレキ用のタオル・スポーツドリンクの用意などが加われば、相当な仕事量に達する筈である。
 理沙とセレスティアは流石に驚いた様子で、互いの顔を見合わせていた。
「うわぁ……そりゃ大変ね。でも、無理はしないでね。折角またひとり、新しいマスコットキャラが誕生しようかっていうのに、過労で倒れられたら、勿体ないもんね」
「本当に、理沙のいう通りですわ……どうか、無理なさらないでくださいね」
 ふたりの気遣いが、チムチムは素直に嬉しかった。
「感謝するアル……またレギュラーシーズンに入ったら、一緒に踊ろうアル」
 それだけいい残して、チムチムは足早に三塁側ダッグアウト方向へと去って行った。
 そのチムチムと半ば入れ替わるようにして、今度はフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が理沙達の前に姿を現した。
「お疲れ様でした。相変わらず、見事なパフォーマンスでしたね」
「フィリシアさんこそ、色々お疲れ様です。今回はハイブリッズ側のマスコミ対応で、かなりお忙しいそうですわね」
 セレスティアが指摘する通り、ハイブリッズは参加している面子が面子だけに、スポーツ紙のみならず、様々な新聞や雑誌などの取材申し込みが殺到しており、それらを逐一フィリシアが対応して、少しでもハイブリッズの選手達に負担がかからないようにと頑張っていたのである。
 既にプロ選手として一年を過ごした者であれば少々の取材なども簡単にこなすであろうが、ハイブリッズに加わっている十二星華や有名人などは、直接マスコミの対応をするというのは、それだけで相当な負担を強いられるものである。
 そこで、フィリシアの出番となる。
 彼女のマスコミ対応術は、今や芸術の域に達しているといっても過言ではない程に、実によくスケジューリングされており、無駄と余計な負担の双方が見事に削減されるに至っていた。
「そういえば……」
 ここでふと、フィリシアは急に何かを思い出したように、右の人差し指をつんと尖った顎先に触れさせて、小首を傾げた。
「今日はあの……ヴァイシャリーのヅラーGMを見てませんけど、珍しく静かですね」
「あ……いわれてみれば」
 理沙も、指摘されるまではすっかり忘れてしまっていたが、いわれるまで気づかないということは、理沙の中では至極どうでも良い存在なのだろう。

 再び、交流戦に視点を戻す。
 七回の表をルカルカがきっちり三者凡退で抑えると、その裏、再びゲームが動く気配を見せ始めた。
 それまで、巡の後を継いで好投していた三人目の投手鳴神 裁(なるかみ・さい)だったが、この回の先頭打者ゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)を迎えたところで、打ち取った筈の当たりがポテンヒットになる不運で、無死一塁のチャンスをハイブリッズに与えてしまった。
 次は垂の打順だが、ここで代打に正子が登場。
 普通に考えればピンチの場面だが、裁は寧ろ正子を相手に迎えたことで、俄然燃えてくるタイプだった。
「ごにゃ〜ぽ☆ 正子の姉御と勝負出来るなんて、燃える燃えるぅ!」
 両腕を車輪のようにぶんぶん振り回しながら、裁は心底嬉しそうな笑顔を見せた。
 一方、この回からあゆみに代わってマスクを被っている輪廻は、ただそこに立っているだけで異様な圧力を感じさせる正子の迫力に、息を呑む思いだった。
(うむ……これは下手なリードをすると、一発で持って行かれるな……)
 何となく嫌な予感が、脳裏をかすめる。
 ここはまず、大きいのを打たれにくいとされる外角低めで様子を見るか――輪廻は裁の持ち味である緩急で翻弄してやろうと、超スローカーブをボールゾーンに要求した。
 これに対して裁は、幾分弱気なリードに不満を抱いたが、ここは輪廻の顔を立てるべく要求されたコースに、いつも以上の遅いカーブを投じた。
 ところが。
「あっ!」
「うにゃぁ!」
 思わず、輪廻と裁が同時に叫んだ。
 正子は裁のスローカーブを待っていたかの如く、初球から轟音が唸る程のフルスイングを見せた。乾いた打撃音が鳴ると同時に、白球は鮮やかな放物線を描いてレフトスタンド中段へと消えて行った。
 逆転の、ツーランホームランであった。
 一塁からゲイルがゆったりとした足取りでホームインすると、続いて正子の巨体が三塁線上を小走りに近づいてきて、のっそりと本塁を踏んだ。
「速球に目の慣れていない代打相手にスローカーブは、却って大博打だったな」
「……肝に銘じておくよ」
 正子の低い声音に、輪廻は幾分、意気消沈して頷いた。
 そこへ、打たれた当の本人である裁が近づいてきて、太陽のように明るい笑顔を輪廻に向けた。
「どんまいどんまい☆ 長いシーズン、こういうこともあるよ!」
「いや、申し訳ない……」
 ここで裁はお役御免となり、四人目の投手として葉月 エリィ(はづき・えりぃ)がコールされた。
 すると三塁側ベンチは、先程代打で入り、そのまま一塁の守備に入っていたサナギと輪廻の守備位置を交代させ、エリィとサナギにバッテリーを組ませるという選択を取ってきた。
「うぉ〜! ベンチよぉ分かっとるや〜ん! そうやそうや、わしはこういうシチュエーションを待っとったんやで〜!」
「……何だか、随分気に入られちゃったみたいだね」
 ひとり大興奮に陥っているサナギを横目に、エリィはグラブで口元を隠しながら、つい苦笑を浮かべた。
 しかし逆転を許した今、決して安穏と笑っていられる局面ではない。
「大丈夫大丈夫、わしのメロディア〜ンなリードで、野球も人生もバラ色にしてみせまっせ〜」
 流石にここまで浮かれている姿を見せつけられると、エリィも幾分引き気味になってしまったが、しかし肝心のリードの方は、決して悪くなかった。
 輪廻とは異なり、能天気とさえ思える程の強気の配球で、代打に出てきた強打者マイケル・マグワイアを三振に切って取ると、更にはカールハインツへの代打として登場してきた王 大鋸(わん・だーじゅ)をも続けて空振り三振に仕留め、本格的な捕手デビューとしてはなかなかに鮮烈な結果を叩き出したのである。
「……やるじゃねぇか。てめぇ、この俺様相手にあれだけ直球を続けるなんざ、良い度胸してるぜ」
「いやいや〜、それもこれも、あちらのお嬢さんのバラ色人生が全てでおまっせ〜」
 大鋸の評価に対し、サナギは相変わらず意味不明の台詞を並べてけらけらと笑う。
 これには大鋸の方がすっかり呆れてしまい、マウンド上のエリィも訳が分からぬと肩を竦める始末である。
 サナギにとっては、今この瞬間こそが常世の春といって差し支えないであろう。