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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 三章 地下室と花畑

 刻命城、地下室。
 あらゆる魔法陣が描かれていた壁に囲まれ、突き刺さるような冷気が充満した薄暗い部屋。
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は光術を発動。魔法の明かりを灯して、手がかかりを探していた。

「ねーよなねーよな、棺の名前は城主の名前であってるよな。何でここに死体がねーんだ?」

 アキラは蓋の開かれた棺の隅々まで目を通して、首をかしげた。
 そして自分の肩に乗るアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)に声をかける。

「なあ、アリス。トレジャーセンスで死体を探してくれないか?」
「エエー」

(それってもうお宝じゃないジャン)

 アリスはそう思いながらも、アキラの頼みで仕方なくトレジャーセンスを発揮。

(お願イ、神サマ。どうか見つかりませんヨウニ……!)

 アリスの願いが通じたのか、辺りに死体がないか探したが、第六感に反応するものはなにもない。
 両目を静かに閉じて安堵のため息をつき、アリスはアキラに報告した。

「何もないみたいだネ」
「そーなのかー。もしかして、このメモの地図が間違ってるのか? ……ないよなぁ、現にここに立派な棺が置いてあるんだし」

 アキラはますます首をかしげ、神妙な表情をしながら思考する。

「魔剣の力ですでに蘇った……でもそしたら愚者が剣の効力をあんな曖昧な言い方はしないだろうし。
 と、なると……最初から死んでなかった? では、なぜ死を偽装する必要があったのか?」

 アキラはそう一人ごちながら考えるが、何も思いつくことがなく、片手で頭を掻きむしった。

「んーわからん。全てが語られるクライマックスにゃあまだ早いってか」

 アキラはそう呟くと、立派な棺にもう一度目を向けた。
 途端、妙案が思いついたのだろうか。手の平に握り締めた片手をポンと置き、口を開いた。

「そうだ。よし、棺の中で寝てみよう」
「エエー!」

 その提案に、アリスが心底嫌そうに表情をゆがめた。
 アキラの肩の上で小さな身体を目一杯使い、必死に抗議する。

「それはないヨ! ダメだヨ! 絶対イヤだヨ!」
「んー? じゃあ、アリスは外で待ってってよ」

 アキラは肩の上のアリスを優しく掴み、ひょいっと持ち上げる。
 持ち上げられたアリスは手足をじたばたと動かして、猛抗議。

「こんなところで一人にされるほうが逆に怖いヨ!」
「じゃあ、一緒に入るしかないじゃないか」
「ウー……」

 アリスは変な呻き声をあげるが、観念したのかゆっくりと首を縦に振る。
 それを見たアキラはアリスをもう一度肩の上に乗せ、棺に片足を踏み入れた。

「……なにをやっていらっしゃるのですか。貴方様方は」

 不意に、後方から声をかけられアキラは振り返る。
 そこには黒いローブに身を包む夜のような男――愚者が立っていた。

「もしかして、愚者?」

 アキラの問いに、愚者は小さく頷く。
 そして開けられた棺を見つめ、静かに呟いた。

「――貴方様は、ひとつの真実にたどり着きました。その真実を貴方様はどう致しますか?」
「どうって……どういうこと?」
「従者達が恋焦がれる城主の遺体が無くなっていたことを、従者に話すか否か、ということです」
「んー、そういうことかー」

 愚者は視線を棺から外し、アキラを注視する。
 塗りつぶしたかの如く真っ黒な双眸に見つめられるアキラは、頬を人差し指で掻きながら口を開いた。

「残念だけど、真相を語るのは自分の役目じゃーない」

 アキラの答えに、愚者は少しばかり目を見開けた。

「伝えない……と?」
「ああ。死体がなかったことは最後まで黙ってる」
「なるほど。貴方様はそう選択致しますか。……それは、私にとってありがたい選択だ」

 そう呟くと愚者は二人に丁寧にお辞儀をして、闇に溶け込み消えていく。
 愚者の居なくなったあと、アリスは何かに気づいたのか、地下室の壁を指差した。

「? アキラ、壁のほうを見テ」

 アリスに言われるまま、アキラは視線を移す。

「反応、してる……?」

 地下室の壁に描かれたあらゆる魔法陣は、先ほどより強く輝いていた。

 ――――――――――

 刻命城、外苑の花畑。
 見る影もなく荒れ果てていた花畑は、皆川 陽(みなかわ・よう)のお陰で徐々に元の姿を取り戻していっていた。

「そーいえば」

 園芸用スコップで土を弄くる手を止め、陽は何か思いついたのか口を開いた。

「愚者さんは魔剣を渡して刻命城の人達をそそのかしておきながら、わざわざ山葉校長に事件を知らせに行ってる。
 刻命城の人達と契約者達との間に、戦いを起こすことが目的としか思えないなー」

 陽は土で汚れた顔を片腕を使って拭いながら、言葉を紡いでいく。

「で、劇、劇、って劇にこだわってるみたい?」
「んー、そうかもね。でも、なんで愚者は劇に固執しているんだろ?」

 陽の言葉に反応したのは、花畑の手入れを手伝うパートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)だ。
 テディの問いに、陽はしばし考える。そして、言葉を発した。

「あー、あれかも、劇というか物語って山場で必ず戦いが起きて、その後終わりがくるもんね。
 そんで劇が終わったら、役者は舞台から降りるもんだなぁ。って、ふと思ったよ」
「そりゃ、普通の物語は『王様は寿命で死にました』で終わらないかも。それ、話全然終わってないよね。
 だから、登場人物の彼らは満足出来なくて、いつまでも舞台に残ってるのかもね」

 テディの言う登場人物とは刻命城の従者達のこと。舞台とは刻命城のことだ。

「愚者さんが誰かはしんないけど。刻命城の人達がこの戦いで死ぬにせよ、生き残ってどこかに行くにせよ、刻命城から解放してあげたかったんでないかなー。……とか?」
「……僕に聞かれても分からないよ」
「そうだよねー……」

 二人の会話はそこで途切れ、もう一度花畑の手入れに戻ろうとした。
 が、陽はなにを思ったのか園芸用スコップを地面に勢い良く突き刺し、また作業する手を止めて呟いた。

「……関係ないけど、役者さん大歓迎みたいな事言っておきながら、劇に出してもらえない山葉校長かわいそう。いらない役者認定。薔薇園の中に紛れてしまったぺんぺん草のボクみたいだね」

 どこか悲しげなその呟きに、テディが陽のほうへ顔をむける。

「でも、愚者さんのお話に乗らずにお花育ててるボクも役者でない気がしますねそうですね。うおおおおお! どーせどーせボクなんか全然役者様の器じゃありませんよ庶民ですよ」

 突然の大声に、テディはびくっと驚いた。
 陽はというと、頭を両腕で掴み、掻きむしっている。
 やばい、落ち込んでいる。そう思ったテディは陽を励まそうと必死に声をかけた。

「ぺんぺん草の花、僕はけっこう可愛いと思うよ! 僕は好きだよ!」
「うるさいよぺんぺん草に生まれついちゃったんだよ!」
「もうね、花壇の片隅にぺんぺん草コーナー作っちゃうぞ!」
「くおおおお!」

 陽は頭を抱え、服を汚すことなど微塵も考えず、地面にごろごろと転がる。
 そうしてしばらくの時が経ち――転がることを止めた陽は起き上がり、泥だらけの顔のままテディじとーっと半目で睨み口を開いた。

「テディは騎士とかゆっちゃう美少年だから、劇行ってきたらー?」

 陽のその言葉に、テディは先ほどまでとはうって変わり真剣な表情になった。
 そして陽の前で片膝をつき、その土塗れの手を両手で優しく握る。

「そこが舞台の上であろうがなかろうが、貴方を守るのが騎士たる僕の役目なのです。我が君よ」

 誠意をこめたその言葉に、陽は目を見開いた。
 そしてテディに表情を見せまいと顔を背け、ぽつりと言葉を洩らす。

「うるさいよ……ばか」

 どうやら落ち込みんでいた機嫌は元に戻ったらしい。
 テディはそう思い、静かに微笑んだ。