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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 八章 それぞれの傍観者

 刻命城、今は亡き城主の豪華な部屋。
 数多の剣戟、魔法の派手な轟音。愚者は絢爛なベッドに座り、城内で打ち鳴らされる戦いの音に耳を傾けていた。
 その愚者を部屋の家具や調度の陰にカモフラージュしてずっと隠れながら観察する者がいた。それは佐野 和輝(さの・かずき)だ。

「はてさて、愚者と名乗る者は傍観者だと公言しつつも、影でよく動くことだ。
 まあ、他の奴らの手で半ば強制的に舞台に上げられてしまっているみたいだが……」

 和輝は誰にも聞こえない小さな声でそう一人ごちながら、愚者の一挙手一投足に注視する。

「しかし、そうなると此方に不利益が発生するかもしれないか……。
 保険として、今回の件を記録として残す準備をしておいたほうがいいな……『嘘偽りのない、真実』として……」

 そうして集中する和輝の隣で同じく潜伏するアニス・パラス(あにす・ぱらす)は考えていた。
 それは愚者と初めて対面したときのこと。極度の人見知りのはずの自分が、何故か初対面の彼を怖く感じなかったこと。

(う〜ん。やっぱり気になるなぁ……なんで愚者って名乗る人には、何も感じ――ううん。なんか懐かしい感じがしたんだろう?)

 アニスはその可愛らしいラインを描く顎に手を添え、思考を巡らせていたが、途中で我に帰り首をぶんぶんと振った。

(っと、考え事しながらのお仕事はダメだよね。集中、集中)

 アニスは両手を握り拳を作り、表情をキリッと引き締めて自分に気合を入れた。
 そうこうしている間に、愚者がいるその部屋の扉が不意に開いた。
 扉を開けて部屋へ入ってきたのはウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)だ。

「ヴィナから連絡を受けて駆けつけてみれば……何とも胡散臭い傍観者がいたものですね」
「おやおや、これは手厳しい」

 開口早々の辛辣な言葉に、愚者は苦笑いを浮かべた。
 ウィリアムに続き、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が部屋へ足を踏み入れる。

「こんばんは、愚者」
「おや、貴方様は……また、お会いしましたね。私に何かご用でしょうか?」

 愚者の問いかけに、ヴィナは穏やかな笑みを浮かべながら返答した。

「ええ。貴方を傍観しようと思ってね」
「私を傍観……ですか?」

 ヴィナのその言葉に、愚者は首を小さくかしげた。

「傍観するにも目的と言うものがあるだろう? 他に傍観したい舞台がないというのも変な話だしねぇ。ということで、俺はあなたを傍観させていただこう」
「なるほど……それで私を傍観してどうするおつもりでしょうか?」
「いや、あなたがどういうつもりで傍観をしたいのか、何を知り、何を知らないのかを突き止めさせていただこうと思って。……その先にあるものが悲劇の場合は、容赦ない対応をさせていただくことになるけどね」

 そしてヴィナは愚者が口を開くより先に、言葉を発した。

「ああ、言っておくけど、拒否権はないから。俺達を拒否権なく舞台に上げたうえ、あなたにも拒否権は存在しない」

 ヴィナのその言葉に愚者は小さく目を見開いた。
 そして表情をいつもの気味の悪い微笑に戻してくく、と笑う。

「……貴方様は強引なお方だ。拒否権がない以上、応じるしかありませんね」

 愚者のその余裕のある返事を聞き、ウィリアムは厳しい表情で呟いた。

「ヴィナはあなたを傍観すると言っておりますが、私は監視と捉えております」
「監視でしょうか? 容赦がありませんね、貴方様は」
「ええ。事情は大方ヴィナから聞きましたが、平地に乱を起こすやり方で私達の戦いを劇とし、楽しまれては困ります。迷惑ですからね」
「これは辛辣なお言葉ですね。以後、お気をつけましょう」

 愚者の芝居がかった口調に、ウィリアムは大して反応しない。
 その代わりに愚者を値踏みするような視線で見つめ、静かな声を発した。

「……もっとも、あなたを泳がせて目的を知るのも大事かと。あなたが本当は何者なのか、分かっていませんから」
「でも、案外あなたがナラカから来たそのご主人だったりしてね。……まぁ、それは冗談だけど」

 二人の言葉に、愚者の表情の筋肉がぴくりと動いた。
 それは誰にも分からないほど些細なものだったが、ヴィナはそれを見逃さなかった。

「……既に舞台は整っていると言うのなら、さて、あなたはどう傍観して見せるのだろうね? さ、遠慮なく傍観してください。俺もあなたを遠慮なく傍観するから」
「ええ、どうぞ。私は一向に構いません。……そちらの貴方様方も、いい加減隠れるのを止めて出てきたらどうでしょうか?」

 愚者はヴィナから視線を外し、和輝とアニスが陰に隠れている家具に目を向けた。
 その様子を見たアニスはびくっと身体を震わせ、精神感応で和輝に相談する。

『ど、どうしよ〜! バレてるみたいだよ、和輝!!』
『落ち着け。愚者にバレてることは予想の範疇だ』
『そ、そーなのかー。で、でもどうするの、和輝?』
『別にここまで泳がせてもらえたんだから無視して隠れ続けてもいいが……。こう誘いがあっちゃあ、断れないか』
『そ、そーなの――って、ええぇぇぇっ!?』

 頭のなかで響くアニスの絶叫に我慢しつつ、和輝は隠れていた家具から姿を現した。

「おや。隠れていたのは魔術師さんでしたか。先ほど傍におりましたあの可愛らしいお嬢さんはどこに?」
「ああ、ここで隠れているよ。出て来いよ、アニス」
「こ……こんばんは……」

 和輝に促がされ、家具の陰から出てきたアニスはどもりながらも愚者に挨拶する。
 愚者はそれを受けて、アニスに近寄りその小さな手を握って、淑女に対する正式な礼法を披露。
 場違いなほど丁寧なその挨拶を受けて、アニスは小さく吹き出した。

「あ……笑って……ご、ごめんなさ……い」
「いいえ、結構ですよ。このような可愛らしいお嬢さんに笑っていただけたのなら、それだけで報われますので」

 愚者は謝るアニスに穏やかな笑みを返してから、和輝に顔を向けた。

「それで、貴方様方のご用件はなにでしょうか」
「用件もなにも……ただ、刻命城の歴史記録を残そうと思ってね」
「刻命城の歴史記録ですか。……けれど、それならば私ではなく他の従者達を観察したほうがよろしいのでは?」

 愚者の忠告を和輝は丁寧に断る。そして、にやりと口元を綻ばしながら、言葉を紡いでいく。

「いいや、愚者の傍観を続けさせてもらうよ。……俺の予想が正しければ、あなたが刻命城の重要人物だからね」