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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 七章 魔剣の所有者

 刻命城、フローラの部屋。そのなかでは、フローラと要が激しい戦闘を繰り広げていた。
 右、左。零コンマ数秒で切り返される人間離れした魔剣の斬撃。要は先の斬撃を忘却の槍で受け流し、次の攻撃を可変する義手で受け止めた。

「……ッ、はぁッ!!」

 要は呼気を破裂させ、蠢く魔剣を弾いた。
 そして、フローラが怯む隙に鬼神力を発動。熱風の如きエネルギーが全身に流れ込んでいく。
 身体中の血液が入れ替わるような興奮。身体中の細胞が生まれ変わるような興奮。込み上げる鬼の力が要に膨大な力を与える。
 しかし、まだまだ要の強化は終わらない。

「アンボーン・テクニック!」

 未来で開発された戦闘技術は、要のサイコキネシスを基として身体の動きを早める。
 超能力により操作された肉体は反射速度を上げ、身体の動き無駄を極限まで減らす。
 鬼神力とアンボーン・テクニックを併せたおかげで、要はフローラと同じ人間離れした身体能力を手に入れた。

「さあ、壊させてもらうよ。その剣を」

 要は先ほどまでとはうって変わった異常な速度でフローラの懐に潜り込む。
 忘却の槍の石突きと流体金属の義手を用いて、狙うはフローラの制圧。

「やってみなさい、侵入者」

 フローラも負けじとアルティマ・トゥーレを発動。
 片手で構える魔剣から膨れ上がった冷気は近づくだけでも物体を凍らせることが出来る絶対零度。

「「ッ!」」

 両者の呼気が爆発。
 キィィッ……ンと氷の鐘を打つような余韻を残し、流体金属の義手と凍てつく刃が交錯。
 義手が魔剣により凍りつきそうになる瞬間、要は魔剣の横腹を忘却の槍の石突きで打った。
 魔剣が大きく横に流される。要はこの隙を逃がすまいと流体金属の義手を槌に可変させ、魔剣を打ち砕こうと打ち下ろす。
 しかし、それはフローラの予想の範疇。魔剣を掴む反対の手で漆黒の魔法陣を素早く展開。陰府の毒杯を発動。

「眠ってなさい……!」

 呼応するかのように魔法陣から飛び出たおぞましい邪気が要に衝突。
 闇黒属性の魔法攻撃が炸裂。要は勢い良く吹き飛ばされて部屋の壁に激突。
 フローラは追撃をかけようと魔剣を両手で掴み、駆けた。彼女は瞬く間に間合いを詰め、魔剣を振り上げて止めを刺そうとし――。
 一際甲高い金属音がフローラの部屋に反響した。

「すまない。遅くなった」

 打ち下ろされた魔剣の刃を受け止めたのは鬼院 尋人(きいん・ひろと)
 流体金属の天馬の槍を操作し延ばして、絶体絶命の一撃から要を守りきったのだ。
 要は素早く立ち上がり、横に飛びのいて、扉の近くの尋人の傍へと退避した。

「遅いねぇ。まったく」
「するべきことをしていて遅くなった。今からあんたの加勢に回る」
「他の契約者さんは?」
「まもなく来るだろう。それまでは俺達で持ちこたえるぞ」

 二人は短く会話をすると、それぞれの武器を構え、フローラと対峙した。

「侵入者がまた一人。……まあ、いいわ。今の私なら誰にも負ける気はしない」

 フローラは呟き終えると共に魔剣を抱え疾走。
 要は横へと飛びのき、尋人は天馬の槍で斬撃を受け止める。
 鍔迫り合いを行い、至近距離で睨み合いをしつつ、フローラは尋人に向けて吐き捨てた。

「もっと刺し違えるつもりでかかって来ないと、私は殺せないわよ?」
「残念だけど、今はもうあんたらとは戦いたくないんでね」

 フローラは尋人の言葉を聞いて、より一層目を険しくさせた。

「殺す覚悟も、戦う意思もない。その程度の気概で私の前に立ち塞がらないで」
「……気概なら、あるさ」

 尋人は渾身の力で魔剣を弾いた。フローラは大きく弾かれた魔剣の力の流れを殺さず、後方に大きく跳躍。
 尋人は意思のこもった強い瞳で退避したフローラを見据えつつ言い放った。

「従士の姿勢は非常に騎士として立派だった。
 さぞかし、志の真っ直ぐな素晴らしい城主だったんだろうな」
「……何よ、いきなり」
「そんな城主が、自分のために他の地を襲うことなど望むわけがない。あんたも、それはわかっているだろう?」
「…………」

 その問いかけに、フローラは押し黙る。
 尋人は構わず、自分の思いを伝えるために言葉を続けていく。

「もしも本当にタシガンに攻め込むならその時に闘うが、その必要をなくしたい。
 自分が城主だったら残された者達がどんなに悲しむか想像できる。ただ、新しい良い主人に仕えて欲しいものだと思う。
 だから俺は、あんたらが魔剣があることで魂が惑わされるであれば、その魔剣を破壊する」
「……言いたいことはそれだけ? ご立派な精神の持ち主ね、あなた。まるで騎士だわ」

 フローラの皮肉混じりのその言葉に、尋人は表情を引き締め言い放つ。
 一人の騎士としての矜持を、フローラに知ってもらうために。

「ああ、騎士さ。騎士だから――薔薇の学舍の騎士だから――俺はなにものも恐れない。
 望むべき結末をあんたらが迎えるために、誰もが笑ってすむラストにするために。いかなる危険が振りかかろうとも、恐れず俺はその道を突き進む!」

 尋人の言葉はどこまでも気高い。その高潔な思いはフローラの心を少し、ほんの少しだけ揺さぶった。
 百年以上晴れることのなかった心を、城主を失い失意のどん底だったその心を、確実に動かしたのだ。

「けど、私は――」

 フローラの瞳に少しだけ感情の色が戻る。
 そして、自分の感情を聞いてもらおうと口を開いた、が――。

「――魔剣を、渡せぇぇッ!」

 不意に乱入してきたグラキエスにより、フローラの言葉は遮られた。
 彼は油断していて反応の遅れた彼女の細い腕を掴み、万力の如き力で離すまいと締め付ける。

「!? ……ッ!」

 腕に走る苦痛に、フローラは顔を歪めた。
 彼女はその腕を払おうと魔剣を奔らせるが、それよりも早くグラキエスは青の魔法陣を展開。
 狂った魔力を込めて、煌々と輝く魔法陣は、桁違いのブリザードを発動。二人を中心として氷の嵐が巻き起こる。
 二人は勢い良く吹き飛び、周りの家具に激突。けたたましい音を鳴らし家具や調度が壊れて崩れ落ちる。

「あああああああッ!!」

 グラキエスは素早く立ち上がり、フローラに向けて飛び掛る。
 彼が狙うは魔剣を持つ片腕。奈落の鉄鎖を行使して、動きを鈍らせて、片腕を切り落とそうとレーザーマインゴーシュを奔らせた。

「こんのぉ……ッ!」

 しかし、フローラはグラキエスが刃を振り下ろすより先に裂帛の気合のこもった蹴りを放つ。
 彼女の蹴撃を脇腹に直撃した彼は、あばら骨が折れる重い音と共に、真横に打ち落とされた。
 それでも彼はまた立ち上がろうとする。圧倒的狂気。暴走とも呼べるそれは、もはや獣じみていた。

「さっきからうるさいのよ、あなた」

 フローラの紅い瞳がまた、感情のこもっていない冷めた色に変わる。
 彼女は魔剣に絶対零度を放出させ、グラキエスの息の根を止めようとした。が。

「――悪いが、グラキエスには指一本触れさせない」

 グラキエスを追いかけてきたレリウスが二人の間に身を割り込み、逵龍丸で魔剣を受け止めた。
 激しい剣戟、咲く火花。二人は高速の斬り合いを行う。
 そんな二人に向けてグラキエスがもう一度、ブリザードを放とうとした、がそれよりも早く。

「強烈な魔力を感じて来てみたが……少しだけ眠ってもらうぞ」

 ウルディカが魔法陣に身を割り込み、魔法の発動を阻止。
 グラキエスは彼に向けて狂った魔力を解放するが、アンボーン・テクニックで余波を避け、凌ぐ。
 そして無防備になったグラキエスの懐に潜り込み、フューチャー・アーティファクトを発射。
 零距離でその銃撃を受けたグラキエスは意識を刈り取られ、その場に両膝をつき力無く倒れこむ。

「エンド!」
「主!」

 気絶したグラキエスのもとに、ロアとアウレウスが駆け寄った。