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リアクション
第七章 ストラトス・チェロ攻防戦 1
邸宅北で始まった小競り合いは、いまや邸宅の周囲全面に拡大していた。
とはいえ、それは正面切っての衝突といった感じではなく、お互いにどこか戸惑いながら、ためらいながらといった感じになった。
黒幕の存在を意識していたものは多かったので、対人戦の準備がなかった、ということはない。
しかし、お互いに「あくまでメインは対モンスター戦」との想定だったので、契約者同士の大規模戦闘までは想定していなかった。
加えて、どちらにも「あまり本気で相手に攻撃を仕掛けられない理由」があった。
三姉妹サイドとすれば、むやみにセニエ氏側に被害を出せばますます心証を損なうことになり、例え真犯人が別にいたと判明しても、まともな交渉は不可能になるかもしれない、という懸念がある。
また、セニエ氏に直接雇われた面々の中にも、「三姉妹黒幕説」に疑念を抱いているものが少なからずおり、そうした面々のためらいがちな戦い方が、それ以外の契約者の士気も引き下げていたのである。
けれども、三姉妹側としては「自分たちの濡れ衣を晴らすためにも、犯人が仕掛けてくる可能性が高い今引き下がるわけにはいかない」し、セニエ氏側としては「信憑性はどうあれ、犯人の可能性がある三姉妹とそれに与する者を邸宅に近づけるわけにはいかない」ため、お互い攻めることも退くこともできないという泥沼の膠着状態に落ち入ってしまったのである。
そして、この膠着状態は一部の人間にとってはチャンスであった。
すなわち――「誰のもとに」かを問わず、この隙をついてチェロを持ち去ろうとする者たちである。
「ふふふ、今のうちに……」
小競り合いの合間を縫って、自ら作り出した闇に隠れて屋敷に近づくのはイリスとクラウン。
クラウンの背には、本物とすり替えるための偽物のチェロが背負われている。
三姉妹はこの期に及んでもあくまで「誤解を解いた後に交渉して譲ってもらう」という考えを崩してはいなかったが、彼女たちに協力する者全員がその考えを共有していたわけではないのだ。
だが、そんな彼女たちの目の前に、突然数本の矢が突き刺さった。
「誰!?」
イリスが矢の飛んできた方向に目を向けると、そこには怒りの表情を浮かべた五月葉 終夏(さつきば・おりが)と、次の矢を構えているニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)の姿があった。
「君たちだね、ストラトス・チェロを盗み出そうとしてる悪者は!」
自らもヴァイオリン奏者であり、またそれ以上に音楽を愛する終夏にしてみれば、このような卑劣な手段でチェロを盗み出そうとすることはまさに「音楽」を貶める行為であり、絶対に許すことのできない所行なのである。
「絶対に黒幕が動くと踏んで、ここで待ち伏せていて正解だったようだな。
ここで降伏してくれないのであれば、この矢を放たねばならなくなるが、どうする?」
弓を構えたまま、冷やかにニコラが降伏を勧告する。
皮肉なことに、このニコラも三姉妹の知り合いであり、本当は彼女たちに協力するつもりだったのだが……イリスは途中で三姉妹側に合流していたため、お互いに相手が三姉妹の側に立っていることを知らないのである。
ともあれ、ここで捕まりなどしては本当にチェロ泥棒にされてしまいかねない。
「イリス、合図で下がって」
小声で囁くクラウンに、イリスは一度小さく応え。
合図と同時に、イリスがクラウンの後ろに走った。
それを見たニコラが、とっさに矢を放とうとしたが……。
「……っ!?」
なんと、クラウンは自分が背負っていたチェロケースを盾に使ったのだ。
もちろん、イリスとクラウンはこの中に入っているのがストラトス・チェロではないことを知っている。
しかし、そのことを知らないニコラや終夏にとっては、これは十分な牽制になった。
「退くよ、イリスっ!」
すかさずイリスが闇を作り出し、二人はそれに紛れて後退する。
しかし、この行為は完全に終夏を怒らせる結果となってしまった。
「楽器を盾に使うだなんて……フラメル! 絶対に捕まえるよ!!」
猛々しい、という言葉すら軽く超えるような、聴いた者が怒りを感じるどころか震えあがりそうなほどの迫力の「怒りの歌」が響く。
「あ、ああ、わかった!」
そんな終夏に強烈に背中を押されつつ、ニコラは急いでイリスたちを追ったのだった。
同じ頃、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)も怪しげな人影を発見していた。
普段は匿名 某(とくな・なにがし)と一緒に行動しているフェイであるが、今回は諸般の事情で個人行動である。
「怪しい……あの二人、すごく怪しい」
フェイが「怪しい」と判断した根拠は、「他の契約者を避けて邸宅の方へ向かっている」ということ。
現状ではその人影が三姉妹に与するものなのか、それとも全く別の勢力に属する者なのかを知る由はないが、「敵」である可能性があるのであれば放置しておくわけにはいかない。
そう考えて、フェイはその二人組を尾行してみることにした。
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