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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持

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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持
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〜 第四楽章 tempo rubato 〜 
 
 
 「………どうしてこうなった?」

多くの者が知恵と手段を駆使してその場所を捜し求めている【ガイナス空賊団】のアジト
そのどことも知れぬ拠点の一角にてフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は誰ともなく呟いた

その言葉と共に、心情を表すかのごとくぴこんぴこんと動く頭の犬耳の前にはフリルの頭飾り
首から下はいつもの【シャンバラ教導団】の制服ではなく
トレードマークの『はいてない』と物議を醸し出している黒タイツ
……もとい【アトラスレギンス】一枚の下半身も含め、可憐なエプロンドレスに包まれ
手にはなぜか銀の装飾で彩られたお盆などを手にしていた

誰がどう見ても、そして仲間の戸次 道雪(べつき・どうせつ)が見たら腹を抱えて笑い転げ
ヴァルトルート・フィーア・ケスラー(う゛ぁるとるーと・ふぃーあけすらー)あたりだと恐らく
目の色とおかしなスイッチが入って飛び掛られかねない……いわゆる【メイド】姿である

ちょっとした出来心で懐の金どころか
道雪がランチにとんこつラーメンをコンスタントに食べる為に貯めたヘソクリ(?)を偶然見つけ
ちょこっとのつもりが結構使ってしまい『更正のため旅に出ます』という書置きと共に
『働いたら負け』という己が矜持に反してアルバイトに来たのが数日前

何となく声をかけてくれた連中が空賊というのもわかりつつ
破格の金で【雑務、時々用心棒】という仕事に首を縦に振ったはいいが、蓋を開けてみれば唯のメイド
しかも仕事仲間の可憐なメイド姿に気をとられて、うっかり大事な装飾に傷をつけ
自分の金を得るはずが、完全に弁償まで帰してあげない流れになってしまっている
そんなわけで、見事に首に電撃を放つ首輪がついてしまって飼い犬度が増している状態である

それでも持ち前の能天気さでせこせこと働き、ふと我に返って見聞きして知ったのだが
どうやら他の仕事仲間と思われたメイド達は、この空賊連中によって捕まえられた【囚人】らしい
一応これでも教導団の端くれなので頭を捻って考えてみると
このサロンでの【囚人メイド】は立派な【人身売買】と【商品教育】の場だという事だと気がついた

 「そうなると、僕もいずれ売られる可能性が高いというわけか
  どうしよう、この僕の犬耳と尻尾が放つ禁断の可愛らしさの虜になったヒトが現れたら……
  できれば遊ばれるより遊んであげるほうが好きなんだけどなぁ〜〜〜ぴゃっ!?」

などと仲間不在な事をいい事につぶやき放題で身悶えしていたら
ぱっかーんと後頭部を誰かに勢い良く叩かれ、その場にしゃがみこむ羽目になった

 「この状況でよくもまぁそこまで能天気でいられるね、あなたは……」

顔を上げるとそこには五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)がお盆を片手に立っている
どうやら手に持っている銀製のそれで叩かれたらしい、頭をさすりながらフィーアは涙目で抗議した

 「心外だなぁ、これでも計算はしてるのだ
  シオラシクなんてしたらいつ連中の嗜虐心を煽って指名されるかわからないだろう?
  大体いいのか?その君のミスマッチはエモイワレヌ色香満載だぞ?
  そんな格好して実際はりっぱなオトコ……むぐわっ!?」
 「…………今この場で連中にばらしたら、別の意味であなたをバラす!」
 「ふぁい、ほめんははい……ほうひひはへん……」
 「お、落ち着きなよ東雲、まだ仕事中だよ!」

そこまで言っていたフィーアの口にお盆を無理やりねじ込む
その微笑みと真逆の殺意と暴力にあふれた目に、お盆の4分の1を咥えながらフィーアが謝る
そんな東雲を仲間のリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)がどうどうと宥めはじめた

フィーア達と一緒に働いている辺りで察すると思うが、東雲もその中身に反しメイド姿
ちなみにこちらは正統な【囚人メイド】の一行である
パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)の【ストラトス楽団の楽器】を探すのを手伝うため
リキュカリアに変装という理由で女装をさせられ、家族という偽装で空船に乗っていた東雲達だったが
先に積荷の調査に行ったパフュームが戻ってこないのを案じていた所に別の空賊の襲撃にあい
パフュームの無事を確認しようと動き回っていた所を捕まってしまったのだ

 「本当は連中が立ち去った後、こっそり追跡しようと思ったんだけどなぁ
  まさか人攫いのターゲットにされるなんて予想外だよ、ホント何で俺達だったんだろう?」
 「そりゃぁ東雲のその格好がもうたまんな……ハイスミマセン」

東雲の疑問に迷いなく答えるつもりが、逆に睨まれテヘペロと下を出すリキュカリア
ここまでやって、部屋長が不振な眼差しを向けているのに気がつき、3人は与えられた作業にとりかかる
その手を休めずに東雲は二人にだけ聞えるように話を続けた

 「でも、俺達だけじゃなく捕まった人がいるのは事実なんだ
  それにあの時聞いただろう?奴等が恰好の獲物を手に入れたって
  それがパフュームさんかどうか確かめられてもいない、それを確認しない限り
  俺達は強行突破で脱出をするわけにはいかないんだ……まずはそれを確認しないと」


 「………その事だがな、どうやら捕まったのはヴァルキリーらしいぞ」
 「「シロ!?」」

不意にサロンの暖炉から聞えた声に東雲達が振り向くと
暖炉の煙突穴からンガイ・ウッド(んがい・うっど)が顔を出した
銀色の猫という容姿で、捕まった際引き離されたまま行方不明だったのだが
今現れた姿は悪趣味な猫用のベストとリボンで派手に着飾られ、そのまま煤にまみれた状態
思わず名と共に大声で笑いそうななるのを東雲達は口を押さえて必死に我慢する

 「ヒトが必死に逃げてきたのにその歓迎は失礼であろう、安心とかはないのか!?」
 「ご……ごめん
  で、一体どこでどうなって……そんなになったわけ?あと今の話の事もどういう事だい?」
 「うむ……話せば長くなるのだがな……」

東雲の質問に軽い咳払いと共にンガイ・ウッド……こと『シロ』は経緯を話し出した

東雲達のペットと認識された彼はそのままアジトにて引き離された後
ガイナスの妻の所に引き取られ、まんまペット的な一方的な寵愛を受けていたらしい
思わぬ組織の中枢へのコンタクトを果たした彼は、そのまま不本意ながらも猫を装い
しばらくそこに居座って、部屋を訪れる連中から情報を収集する事にした

まぁ大概の賊の女など、金品が目当てなので
自分の所属する空賊がどのような仕事をしているのかなど興味はないらしく
聞いてて彼がウンザリするほど他愛ない話ばかりが続いていたのだが
ようやくフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)捕獲の情報を得る事が出来たのである
しかも彼女を助けるために
捕まっていたかの【シャーウッドの天空騎士】リネン・エルフト(りねん・えるふと)と仲間が脱走
強行突破および救出を試みて失敗し、この館の拷問牢に移送されたらしいという

 「ちなみにフリューネは二日後の【魔獣ショー】に強制参加させられるそうだ」
 「そうか……ロスヴァイセさんが……」

シロの言葉に東雲はここで働かされていた数日の記憶を蘇らせる
数日後に大規模な囚人を巻き込んでの【魔獣ショー】が行われる事は
サロンに訪れる連中の会話で何となく理解していた
それに対し、かつてない規模の賭博が縁の空賊や闇商達の間で行われている事
そして、そのイベントの一環で【人身売買】の商品プレゼンを行う為に
自分達【囚人メイド】が働きに出される事も聞いていた

何となく想像していたとはいえ、予想を越えた物事の流れに思考が停止しそうになる
だが、捕われた人を含め情報がある程度明確になったのも事実だ

 「確か有名な義賊の人だよね。こりゃー助けなくちゃ、どうする東雲?」
 「とにかく、もう少し様子を見よう……今の事を軸に色々出来る範囲で調べれば見えてくる
  シロ、すまないけどもう少し潜入して情報を聞き出してくれないか?」
 「それはかまわぬが……我にどうしろというのだ」
 「それはね……」

東雲に対するシロの質問にリキュカリアが滅多に見せない優しげな笑みを見せた刹那
『だ、だめです奥様!お待ちくだ……お待ちください』という声とドタドタという足音
そして目の前の扉が勢いよく開け放たれ、一人のケバいおばちゃ……もとい女性が姿を見せた

 「お前達!アタイの【ミルフィーユちゃん】を見なかったかしら!?」

その態度や身につけた装飾で人目で全員がガイナスの妻だという事を理解すると同時に
奥に控えるおどおどとしたメイドを放置したまま彼女が声も高らかに叫ぶ
見れば当の【ミルフィーユちゃん】らしきシロは物陰で必死に気配を消している
そんな健気な仲間を見て、微笑と共にリキュカリアが妻らしき女性に声をかけた

 「こちらでございます奥様♪元気の良い猫ちゃんでいらっしゃいますね☆」
(「は!?」)

彼女の言葉に毛を逆立てて硬直する当の【ミルフィーユちゃん】
それを摘み上げると、リキュカリアが小声で心の底から楽しそうに彼に囁きかけた

(「……というわけで、またミッションよろしく♪ミルフィーユち・ゃ・ん」)
(「滅多に見せない笑顔がやたら多いと思っていたら!……またであるか、またなのであるか!?」)

彼の言葉が終わらないうちに、鞠球を投げるように彼を妻の方に投げるリキュカリア

 「あら〜?この子ボクの手からこんなに元気に飛んでいくなんて
  奥様の事が大好きなんだと思います、素敵ですわ〜☆」

使用人とはいえ囚人なので、その言葉に答えず妻らしき女性はフンと鼻を鳴らして一瞥する
とはいえその言葉は嬉しかったらしく上機嫌にシロ……もとい【ミルフィーユちゃん】を抱きしめた

 「あらあら〜煙突で遊んだんでちゅか?
  きたないきたないでちゅね〜、これから一緒にお風呂入ってきれいにしないとね〜ほほほほほほ」

そう言って往き以上の勢いで立ち去っていく
残念ながら抱きしめられたその姿は見る事は出来なかったが
これから起こるシロことンガイ・ウッドの新たなる試練にそっと合掌する東雲達である

 「えっと……大丈夫、なのでしょうか?あの猫ちゃん」
 「気にするほどか弱くないから大丈夫だよ、それより君は……?」

去っていった女性に取り残され、シロを案ずる同業……
もとい【囚人メイド】の子の言葉に返事をし東雲は彼女に質問する
おさげ姿の愛らしい姿でたどたどしく彼女は頭を下げた

 「あ……は、はじめまして!何か色々あってここで働けって言われちゃって」
 「新人かぁ……でもなんかさっきの様子見ると慣れてる感じだね?言葉遣いとか」
 「それは私が百合園生だからだと思います……すみません……」

上目遣いに控えめに話しかけてくる彼女の姿にによによと笑顔満面のフィーア
しかし、そこで妙な違和感に気がつく……自分の犬耳と尻尾……つまり本能が可憐さに反応しない事に

 「で、すみません……質問しても良いですか?」
 「?なんだい」

そのまま続く新人メイドの言葉に返事をする東雲
だがその容姿に優しげに返していた表情が、次の言葉で固まった

(「今していた話の事なんですけど……
  フリューネさだけでなく、リネンさんもここにいるって本当ですか?」)

状況を理解している抑えられた声、そして遠くから扉越しに聞き取った耳の良さを理解し
そばにいたフィーアとリキュカリアも改めて彼女を見つめなおした
そしてフィーアは自分の本能にその可憐さが反応しなかった理由に気がつく
彼女の顔からは可憐さが消え、逆に勝気にあふれていた

(「ごめんね、いわゆる【潜入】って奴なの。みんなを助けるためにね☆」)

口調までをガラリと変え彼女……伏見 明子(ふしみ・めいこ)はニッコリと彼等に微笑み返した