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白装束の町

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白装束の町

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 白柳 利瑠(しらやなぎ・りる)安芸津 梢路(あきつ・しょうじ)は、目抜き通りのガラス細工工房の前にいた。
 出店のテントの下、具合のいい高さに切り出した切り株に工房の主人はどっかりと座り、いかにも気のよさそうな御仁だった。
「あの、初めてこの町に来たのですが、今日はなんのお祭なんですか?」
 おそるおそる切り出した利瑠を主人の視線が品定めするかのように舐める。
「どうかしましたか、ご主人」
「いや、なんでもねぇ」
 梢路の言葉に、工房の主人は利瑠から目を離した。
 別に主人は利瑠に劣情を催していたわけではないし、梢路もそれは重々承知の上だろう。
 ただ、梢路がこの町に入ってから気を抜くことは一切なかった。
 背中に殺気を感じることも何度かあったのだ。
「今日は始蘇祭だ。耶古様の降臨を祝うってんで、町を挙げて祝ってるんだ」
「耶古様とは、あの可愛らしいお方……」
「滅多なことを言うんじゃねぇ!」
 突然目を開き怒鳴り声を上げた主人に気圧され、利瑠は「ひっ」と後ずさる。
「耶古様は俺らを救ってくれた命の恩人だ。軽々しく名を口にするのもおこがましい」
「す、すみません。……ところで、命の恩人って?」
「ああ、あれは……」
 主人は滔々と昔語りを始めた。
 その話はまるで英雄伝で、鼻息荒く耶古の功績が挙げられるのであった。
 要約するに、
「腐った水を耶古様が清めたのですね?」
 という利瑠の台詞に集約されるのであった。
 湖で漁を営み、湖から飲み水を得、湖に水を帰す。
 湖と共に生きてきた鈴鳴村の住民にとっては水は人々の生殺与奪を握っているのだ。
 その水が腐り、魚を殺し疫病を流行らせ、鈴鳴村の子どもらは命をいくつも奪われた。
「確かに、耶古様は偉大な方ですね」
 利瑠はどこか光悦とした表情を浮かべたが、急に頭の中に梢路の言葉が響いた。
(殺気を感じます。ここから立ち去ったほうがよさそうです)
(そ、そうですか。やはり私たちは招かれざる客ということですね)
(逃げますよ。ボクについて来てください)
 はっとした利瑠は、挨拶もそこそこに梢路と共にガラス細工工房を去った。
 主人はその後姿をじっと見つめていた。

「随分町から離れたな」
「町の人に危害が及んだら危ないのだ。だから人気のないところじゃないといけないのだ」
「ほう。優しいな。その優しさが仇にならなければいいがな」
 静かに湖を眺める天禰 薫(あまね・かおる)に対し、何か企んだような笑顔で天王 神楽(てんおう・かぐら)は言った。
 実際に薫と神楽の周りには人の気配はない。
 背中に武器を突きつけ連れてきた白装束の男は神楽に後ろでを締め上げられ身動きがとれない。
 しかし、苦悶の声を上げることもなく、実に穏やかに薫に連行されているのである。
「不気味なのだ。どうしてこの男は何も喋らないのだ?」
「それほどやつらの意思が強固なんだろう。なに、喋らないのなら殺せばいい。用済みだろう、この男?」
 神楽の冷たい言葉にも関わらず、男は身じろぎひとつせず拘束に甘んじていた。
「安心してほしいのだ。殺したりはしないのだ。ただ、知りたいことがあるだけなんだよねぇ」
 反面、薫は男を落ち着かせるように優しい声色で話しかける。
 鞭に屈する様子がなければ飴を差し出す。
 懐柔術のひとつではあるが、薫の場合は根底からの思いやりなのかもしれない。
「…………」
「ダメなのだ?」
 それでもまだ薫は耶古の会の正体を知ることはできなかった。
 洞窟の場所を得ずとも、せめてビルの警備体系だけでもと考えていたが、それは甘かったのだ。
「それだけ信仰の心は手ごわいということだ。そして、鬱陶しい」
 神楽がにやり、と笑う。
「だから、殺そう」
 そのとき、薫の胸が急に痛み出した。
 思わず胸を手で押さえようとするも、神楽を視界に捉えると薫はその動きを止めた。
(何度か我慢してたけど、今回のは大きいねぇ)
 しかし、薫を嘲笑うかのように、神楽は言った。
「胸が痛いのか?」
 と。
「…………そんなことはないのだ」
 薫は顔を寸分も歪めることなく答えた。
(なぜ痛みのことを知っているのだ?!)
 それは精一杯の動揺をひた隠しにした仮面だった。
「くくく、面白い。この町で何かヒントを得られるといいな」
「…………」
 男を解放し、町へと戻る神楽を見送りながら薫は立ち尽くす。
(我の胸が痛んだとき……)
 薫は胸に手を置いた。

「そこの素敵なお嬢さん。ちょっと伺いたいことが……」
「何かしら」
 町で唯一の酒場、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は薔薇を一輪うら若き女性に手渡した。
「まあ、ナンパ?」
「そんなもんです。どうです? 酒をもう一杯。注ぎますよ」
「じゃあお言葉に甘えて……」
 女性に酌をするエース。
 グラスが乾けばあの手この手で酒を飲ませる。
「私を酔わせてどうするつもり?」
 そんな台詞と妖艶な笑みを湛え、女性はエースに寄りかかる。
 女性の紅顔から放たれるアルコール臭に鼻を摘みたくなる気持ちを抑え、エースは聞き込みを続ける。
「この町にとある巫女が来ていると聞いたんですが」
「巫女……? 耶古様のこと?」
「いや、ピンクの髪の毛の……」
「ああ、それなら……」
 女性はところどころぼんやりとしながらも、エンヘドゥが鈴鳴村を訪れていることを供述した。
 数日前、耶古の会の者たちと共にいたのを目撃していたらしい。
 しかしエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)と男たちの行方は知らず、とうとう女性はテーブルに突っ伏し眠りこけてしまった。
「……ということだ」
「ほう。エンヘドゥは間違いなくこの町におるのじゃな」
 エースは女性を酔わせ聞き出した証言をルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)に伝える。
「ちょっと酔わせすぎたかもしれないが、確かだろう。あんな派手な女性を見間違えるとは考えにくい」
「ならば私は王 大鋸(わん・だーじゅ)に教えてやるのである。飛んで喜ぶぞ」
「いつからおったのじゃ」
 木陰から突如現れた長尾 顕景(ながお・あきかげ)にルファンは驚く。
「影に紛れて動いてみるのも面白いものだ」
「同行すればよいのに」
「皆の動向を裏から見ていることこそ私の享楽なのだ。なかなか私の希望が叶っていて楽しいぞ。それに白装束の町に黒装束の私が入り込むのはいかがかな。周りを白に囲まれてしまうと私も裏返って白くなりそうである」
「早着替えかのう」
「どちらかというと腹積もりの話である」
「なるほど……。うむ? ならば顕景の腹の内は黒いということか?」
「さて、それは君の心持次第であろうよ。心配は無用である。きちんと情報は伝える」
 そう言い残すと顕景は再び影に姿を消した。
「じゃが、ようやくエンヘドゥの存在が認められただけじゃ。なかなかにこの町の者どもは口が堅いのう」
「やつらは重大な国際問題になるってことを分かっているんだろうか」
「それだけ厄介な相手ってこった」
 飴屋での聞き込みから引き上げてきたウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)が会話に入ってくる。
「どいつもこいつもすっとぼけやがって。そんなに耶古様が大事かよ」
「まあまあ落ち着くのじゃ。あまり声を荒立てるでない」
「すまねぇ」
 ウォーレンは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「うむ。となると、あとは居場所か」
「それなら私に任せてください」
 すると、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が一声名乗り出た。
「テレパシーでエンヘドゥとコンタクトが取れるかやってみます」
「便利な能力を持っておるのじゃな」
「頼んだぞ、メシエ」
 エースとルファンの頼みを受け、メシエは目を閉じる。
『エンヘドゥ様』
『…………』
『エンヘドゥ様、聞こえますか』
『……こえ……す』
『エンヘドゥ様?』
「どうじゃ?」
 眉間に皺を寄せているメシエにルファンは思わず声をかけた。
「返事はありましたが……。はっきりとは聞こえません」
「よほど衰弱しておるのじゃろうな……」
 その場にいる全員の顔に焦燥が走る。
「あんたら……何者だ?」
「あ? 俺らか? えっと……」
 すると、襤褸を纏った物乞いが話しかけてきた。
 怪しまれてはまずい、と緊張に包まれる。
「俺らは旅の者だぜ。こいつは……そう! 妹だ! 今妹とパラミタ行脚の最中なんだよ。こいつ、美人だろ?」
「な、なんじゃと?!」
 ウォーレンの言い分に、なるほど、ルファンは美形で女性とも見紛わんばかりだ、とエースとメシエは頷いた。
「気にしなくていいさ。俺はやつらに属していない。だからこんなしけた真似をしなきゃ生きていけないんだ」
 物乞いははっきりとした口調で話を続けた。
「あんたら、契約者か?」
「ま、まあな……」
「そうか。巫女さまか?」
「そうです……」
 メシエの答えに物乞いは頷く。
 皆の注目が物乞いに集まった。
「恐らく巫女さまは、洞窟に作られた牢にいる。その牢には耶古の会に反抗した者が投獄されているのさ」
「場所は……」
「かの本拠ビルの地下に入り口がある」
 物乞いの指差す先、天守を戴くビルがまがまがしく聳え立っていた。