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白装束の町

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「ひとつ、トラップを解除して……」
 足元にぴんと張られた糸を切ると振り子斧が作動し志方 綾乃(しかた・あやの)に襲いかかる。
 が、至極当たり前のようにそれをよける。
「こういう罠はわざわざ引っかかってあげないとどうしようもないのは面倒ですね」
 綾乃がここまで無効化してきたトラップの数たるや、星の数ほどであった。
 いくつもの落とし穴、踏むと毒ガスが噴霧されるスイッチ、進む方向を惑わす鏡など、綾乃は精根尽きていた。
「あー暴れたいです。もっと派手にどかーんって。エン……難しい名前の人なんてどうでもいいんですよ! やっぱり私に似合うのは戦闘シーン……お?」
 すると綾乃の視線の先には一人の男が。
 手にショットガンを持ち巡回しているものの、綾乃には一切気づいていない。
「これは幸運が訪れたと思ってもよいのでしょうか……。ああ、警備中のお兄さん、あなたに恨みはありませんが行かせてもらいます!」
 音もなく駆けだす綾乃。
 男との距離はたちまちに詰まっていく。
「! しん……っ」
 そして綾乃のミスリルバットが慈悲もなく男の脳天を打ち抜く。
 前のめりに倒れた男は微動だにしない。
「やってしまいました。もうちょっと楽しむつもりだったのに、強すぎましたか」
 男の背中をミスリルバットでちょんちょんとつつきながら意識の有無を確認する。
「しかし張り合いがないですね。みんな陽動に駆り出されてるんですかね」
 それならば……と綾乃は前方へ歩みを進める。
「人質たちが逃げる道のひとつでも作っておきましょうか」
 肩にミスリルバットを担ぎながら綾乃は行く。
 なんとも勇壮な後ろ姿だった。

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の周りには真っ白な山が出来ていた。
 高さにして唯斗の背丈よりやや高いくらいだ。
「まだやる気ですか?」
 唯斗と対峙しているのは数人の耶古の会の男たちだ。
 手に手に武器を持ち唯斗を包囲しているのだが、どうやら形勢は圧倒的に唯斗に傾いているようだ。
「クソ!」
 一人の男が突撃ライフルを唯斗に向ける。
 引き金に力が籠り、さて発射する、というときだった。
「ていや!」
 唯斗の双剣の切っ先がライフルの銃口を撫で、銃倉を切り落とし、弾倉を真っ二つにする。
 バラバラになったライフルに茫然としている間にも、その隣の男が構えていたサブマシンガンをも切り刻んだ。
「もう一度言います。まだやる気ですか? いいですよ、それでも。ただ……」
 再び唯斗が始動する。
 次々と武器が撫で切りにされていく。
 そして遂に丸腰にされてしまったのである。
「……殺すなら殺せ。殉職、さすれば天への道が開かれるだけだ」
 男たちは両手を広げ唯斗に近づく。
 呆気に取らせてそのまま取り押さえようという魂胆なのだろうが、唯斗は怯みもせず言った。
「殺しはしません。ただ、あなたたちに聞きたいことがあります」
 あれだけの鋼鉄を切断したというのに、剣は未だにギラギラと光っている。
 男たちは歩みを止めた。
 唯斗の気迫に押し負けたようだった。
 唯斗はそれを見て男たちに問うた。
「エンヘドゥ・イヌアの居場所はどこですか」

「ここは……?」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は冷たい土の上で目を覚ました。
 あたりを見回しながら恐る恐る上体を起こそうとする。
「くっ……」
 だが体が痛み思うように動かない。
 力果てるように再び倒れこむ。
「そうだ……急に襲われたから誰かと戦って……」
 武骨な鉄格子がグラキエスの目前に出現した、ように見えた。
 グラキエスは牢獄に監禁されていることに気付かないほどに意識が朦朧としていたのだ。
 ふと、グラキエスは袖で口をぬぐった。
 口元に違和感があったからだ。
「やはりか……」
 ぱらぱらと凝固した血液がグラキエスの口から舞い落ちる。
 光の漏れる方向から話し声が聞こえる。
「……処刑?」
 グラキエスの耳にははっきりとそういった言葉が届いた。
 グラキエスはそっと目を閉じる。
「俺は……殺されるのか……?」
 なぜこんなときに動けないんだ、と悔しさがグラキエスの心を覆う。
「我の行く先を妨げるでない!」
 突然、ヘルハウンドの鳴き声と共に怒号が飛んできた。
 巡回警備を行っていたのであろう白装束の男が、攻撃の衝撃のままに壁に叩きつけられる。
「貴様もだ!」
 続けて牢の前には体がくの字に曲がったままの男が転がってきた。
「……キエス」
「……この声は」
「グラキエス様! しっかりしてください!」
「エルデネスト……?」
「我もおるぞ」
 鉄格子を叩き破りゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)がグラキエスの元へ駆け寄る。
「これを飲んでください。すぐに回復しますから」
 エルデネストは悪魔の妙薬をグラキエスに飲ませた。
「どうやってここに……?」
「我がヘルハウンドの群れにグラキエスの匂いを覚えさせ」
「トレジャーセンスを駆使してたどり着いたのです」
 二人の言葉にグラキエスの目頭は熱くなった。
「ぐずぐずせず早く退散するのである」
「グラキエス様、私がおぶりますので」
 しかし、追っ手がその行く手を塞いだのだが、
「クク……。いいだろう、生まれたことを後悔させてやる!」
 途端に追っ手は地面に倒れのたうちまわり始めた。
「残酷なことをするのであるな」
「当然の報いです」
 そして二人は無事グラキエスを救出したのだった。

「ポチの助ー! ポチの助ええ!」
「またかよ……」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は大きくため息を吐いた。
 任務で鈴鳴村の調査に来たはいいのだが、再び忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が行方をくらましたのだ。
 面倒な任務中の上にさらに面倒なことが起き、ベルクはいい加減あきれ返っていた。
「うう……どこへいったのでしょうか……」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は肩を落とし半べそをかいている。
(くそ、フレイをこんなに悲しませやがってあのワン公!)
 ベルクは行き所のない怒りに身を震わせるのであった。
 一方その頃。
「迷ったのです」
 一人……いや一匹で洞窟へ乗り込んで任務をこなし主人であるところのフレンディスに褒めてもらおうと意気込んでいたものの、結局フレンディスに心配をかけているのだ。
 あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、だんだんと心細くなっているポチの助だ。
「で、でも大丈夫です。ドッグフードを道しるべに置いてきました……あれ、ない?」
 洞窟の中は真っ暗でドッグフードを見つけられないのだ。
 鼻を利かせればいいのに、パニックになってしまったポチの助はうろたえるばかり。
「ご、ご主人様ーー!」
「あ、あれは!」
 フレンディスはうすぼんやりとした洞窟の向こうに一粒のドッグフードを見つけた。
 たまらずドッグフードに駆け寄った。
「あそこにも! あっちにも!」
 フレンディスは一粒、また一粒とドッグフードを拾い上げながら暗い洞窟を進む。
「おい、そんなに闇雲に走ると危ないぞ!」
 ベルクの言うとおり警邏にあたっていた男がフレンディスに気がついたようだ。
「フレイ!」
「あそこにもありましたよ!」
 しかしフレンディスは気を向けもしない。
「くそっ! あいつは俺が仕留める!」
 ベルクは男の元へ向かったのだが、フレンディスは相変わらずだ。
「ここにも……! ここにも……!」
「ご主人様?!」
「……ポチの助?!」
 そしてドッグフードの道は途切れた。
「ご主人様ー!」
「ポチの助!」
 フレンディスは大きな声をたてた。
 目には涙が溜まっており今にも決壊しそうだ。
「また一人で黙って行動して! 危ないことをするんじゃありません!」
「ご……ごめんなさい」
「ポチの助!」
 フレンディスはポチの助を抱きしめる。
 とうとう流れてしまった涙がポチの助の頭を湿らせた。
 ポチの助にはその熱い水滴に心が締め付けられた。
「ごめんなさい……」
 ポチの助は心の底から申し訳なく思った。
「帰りますよ」
「はい、ご主人様」
 フレンディスはポチの助を抱えあげ洞窟を後にした。
 ベルクを一人残して。

「大丈夫ですか?」
 エンヘドゥは十字架の向かいの牢に閉じ込められている笹奈 フィーア(ささな・ふぃーあ)に声をかける。
 投獄されてから1日経っただろうか。
 正確な時の流れはもはや失っていたが、エンヘドゥが拘束されて間もなく同じように白装束の男たちに連れてこられた。
「はい……大丈夫です」
 細く掠れた声でフィーアは答えた。
「怖いですか?」
「平気、紅鵡が助けに来てくれるから……」
「紅鵡?」
笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)、私のお姉ちゃん……みたいな人」
「そうですの。心強いですわね」
「うん」
「そしたらわたくしも助け出していただけるでしょうか」
「わからない」
「は、はぁ……」

「これ以上痛い目を見ないうちに、行方不明の人たちがどこにいるか教えてほしいんだけど……」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は白装束の男を壁際に追いやりつつそう言った。
 先ほどから繰り出される蹴りの嵐に白装束に覆われた男の体はあざだらけになっている。
 何度も逃げようと試みるも、美羽がしつこくすばしっこく追いかけてくるのでそれも叶わない。
「ねえ、おじさん。いい加減白状してもいいんじゃない?」
 ついに男は白状した。
 エンヘドゥが拘束されている儀式の場のことを。
 そしてそこに他の契約者たちも監禁していることを。
「ありがとね。大丈夫だよ。命までは奪わない主義だから」
 そう言うと男は安心しきったように気を失った。
「あれ、コハク。わざわざヒプノシスを使ってくれたんだ」
「これ以上痛めつけるのはいくらなんでも可哀そうだ」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が美羽の脇に立つ。
「そんなつもりはなかったんだけどな」
「美羽のことだからハイキックで気絶させようとしたんだろ?」
「へへ、まあね。でもこれで私はすごい情報をゲットしたんだから」
「危ないことはあまりしてほしくないんだけど。それにスカートが短いから……」
「あ、ダーくんみっけ!」
 いろいろな心配をするコハクをよそに、美羽はぴょんぴょんと跳ねながら大鋸に近寄った。
「ダーくん、エンヘドの居場所わかったよ」
「本当か? そいつはお手柄だぜ」
「私とダーくんの間だからね。どんな無理難題でもこなしてみせるよ!」
「そうだな……エンヘドゥたちがここにいるのなら……」
 大鋸は吹雪の手に入れた見取り図を眺めながら、
「畜生、壁がなかったら一直線なんだが」
 と言った。
 すると、それに呼応するように笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が返事をする。
「この壁を壊せばいいんだね?」
「そうだが、出来るのか?」
「厚さにもよるけどさ、大丈夫、壁なら破壊したことがあるんだ」
「そうか。詳しくは聞かないが、よろしく頼む」
 大鋸の言葉に紅鵡は頷く。
「今行くから、フィーア」
 次の瞬間、紅鵡のパワードアームによって強化された拳は洞窟の岩壁を打ち抜いた。
「すごい! すごいよこむりん!」
「こ、こむりん?」
 美羽の考案した珍妙なあだ名にたじろぐが、すぐさま真剣な眼差しで自ら空けた穴を通り抜ける。
「フィーア! 聞こえるかいフィーア!」
 紅鵡は次々と壁を壊していく。
 4枚ほど通過したときだ。
 紅鵡の耳元を弾丸が掠めていった。
「てめえ、派手にやってくれたじゃねえか!」
 ぞろぞろと白装束の男たちが紅鵡を囲む。
 それもそのはず、紅鵡はとうとうエンヘドゥが磔刑にかけられている間に辿りついたからだ。
「フィーアはどこ?」
「フィーア? 誰だそれ知らねえな」
「ならそこをどいてください。股を潰しますよ」
「やれるもんならやってみやがれ」
 男のせせら笑いに紅鵡の顔はみるみる赤くなる。
「そこまでにしておけ」
 紅鵡を宥めるように大鋸が肩に手をかけた。
「コハク、やっちゃって」
「了解」
 男たちがヒプノシスで眠らされるまでには一瞬と時間は要らなかった。
「よし、エンヘドゥを助けてやらねえとな。お前さんのパートナーもな」
 大鋸はにかりと笑うと紅鵡の頭をぽんぽんと叩いた。

「エンヘドゥさん大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか耐えてみせましたわ」
「治療が必要なら回復魔法を使いますのでいつでも言ってください」
「ありがとう。あなた、お名前は?」
杜守 柚(ともり・ゆず)です。以後お見知りおきを」
「柚ね。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
 十字架からエンヘドゥを下ろした柚はエンヘドゥの服についている土ぼこりを払い落とした。
「他の人質も全員無事だ」
「早く逃げましょう」
 大鋸と共に現れた杜守 三月(ともり・みつき)は大勢の人質を連れていた。
 人命救助は遂行されたというわけだ。
「あ、エンヘドゥさん! 大丈夫でしたか?」
「ええ、おかげさまで」
 三月はエンヘドゥの手を取る。
 エンヘドゥは微笑みながら三月の握手に応じた。
「さあエンヘドゥさん。フタバスズキリュウに乗って脱出です!」
 意気込んだ様子の柚だが、エンヘドゥは首を傾げる。
「フタバスズキリュウですの? どこか水場があるのですか?」
「セレンフィリティさんや朱鷺さんが教えてくれたんです。ここを真っ直ぐ行ったところに外の湖と繋がる部屋があるんです」
「なるほど。それは頼もしいですわね」
「今外は大変な騒ぎになっていますから。耶古を救うんだと言って何人かはビルにいるんですよ」
「柚、ゆっくり話してる暇はないようだよ」
「やつら目を覚ましたらしいな。精神力だけは無駄にありやがるぜ」
「エンヘドゥさん、こちらです」
「はい!」
 柚はエンヘドゥの手を引きフタバスズキリュウの元へと向かった。
 大鋸と人質たちもそれに続く。
「じゃあ僕がしんがりだね」
 そして、一団の最後尾を三月が守る。
 大鋸や美羽、紅鵡らの手助けもあり、しんがりが崩されることなく、全員フタバスズキリュウの背に乗り脱出を成功させたのだった。