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リアクション
第2章 brother or love
窓枠に置かれ、ささやかな花をつけた鉢植えが、しとどに濡れて陽光を照り返す。
「リュー兄、公園に散歩に行こうよ」
小さなじょうろで水遣りをしていたブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)にそう言われ、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は驚いた。兄と妹、のような関係である2人が散歩をするというのは、そう変なことではない。でも、ブルックスの言葉には僅かに力が込もっていた。それが、特別なことのように。
間を空けたリュースに、彼女は不思議そうに小首を傾げる。サイドテールが、軽く揺れた。
「? どうしたの?」
「いえ……そうですね、行きましょうか」
内心の迷いを表情に出さぬまま、リュースは彼女に微笑んだ。
うら暖かい陽気の下で、時間はゆっくりと、のんびりと流れていく。
春から夏へと変遷していく中、様々な花で彩られていた公園は新緑の色を濃くしていて。
風に揺れる木々の音を聞きながら、ブルックスはリュースに話しかけてくる。楽しそうな笑顔の彼女は、恐らく、デートをしているつもりなのだろう。本人が言ったわけではないし、あからさまにそう、という感じでもない。だが、きっとその考えは当たっていて、リュースはそれに気付くふりをしていいのか分からないまま、彼女の隣を歩いていた。
――ブルックスはオレに、片思いをしている。
そう気付いてから日増しに強くなっていくその種の予感に、リュースは非常に動揺していた。
ブルックスの兄、という意識は抜けない。本当に彼女が好いてくれている場合――自分はどう応じればいいのか、答えはまだ出ないままだ。
(……妹のつもりで接していたオレは、接し方を間違えていたのでしょうか)
妹だと思っていた。ブルックスも、兄と思ってくれていると。
だから、彼女の本気が判らない……確証が持てない。
「それでね、この間はお店でね……」
そんなことをつらつらと考えている間にも、ブルックスの話は続いていた。花屋での出来事、大学での話、何気ない、他愛ない日常の話。でも、内容は殆ど頭を素通りしてしまって残っていなかった。半分ほど自動的に、相槌だけを打つ。
その彼の様子を見て、ブルックスの笑顔が少しだけ、翳る。
(リュー兄、どうしたんだろう)
思い切って公園の散歩に誘ってみたけれど、ずっと上の空で。
(私と一緒なの、楽しくないのかな?)
その時、リュースが彼女に話しかけてきた。公園に来てから初めてのことだ。
「ブルックス、どうして、オレと散歩したかったんですか?」
「え? だって」
考えるまでもない問いだった。ブルックスは質問の理由について考える間もなく、思ったままを言葉に乗せる。
「私リュー兄がリュー兄だから一緒に来たかったんだよ? それじゃダメかな?」
「オレがオレだから……ですか?」
リュースは考える。それが、傍に居たい理由。だが、この言葉からは“どういう意味”で彼を捉えているのか解りにくい。
兄として正しい、と断言できる選択ではないかもしれない。それでも、ブルックスが本気なのか見極めたい。そう思って出した、問い。
「私はね、リュー兄の傍だととっても楽しい。……だから、一緒にいたいよ!」
「…………」
曇りのない笑顔に見上げられ、視線を合わせ。
そして、リュースは確信した。
――ああ、分かってしまった。
――この子は、本気だ。
自分のことをもう、兄としては見ていない。
(……どうすれば、いいのでしょう)
どう応えるべきか、真剣に考えなくてはならないだろう。それには……こうして、少しずつ2人で出かけるしかなさそうだ。
「どうしたの? リュー兄」
考えに耽り、また黙り込み。ブルックスがどこか不安そうに声をかけてくる。安心させるように、彼は彼女の手を包み込んだ。曇りの見えた表情にまた、笑顔が戻る。全面的な信頼さえ感じられる、そんな笑顔。
劇薬は、使いたくない。
この子は、大事なパートナーでもあるのだから。