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リアクション
chapter.2 女帝コンテスト(2)
横たわっている端義の隣でティフォンが見守る中、いよいよコンテストが開始された。
まず最初に行われたのは、ナガンによる出場者の紹介である。
「それではエントリーナンバー1番! 下に何もはいてない沙幸!!」
「えっ!?」
ナガンに呼ばれた久世 沙幸(くぜ・さゆき)が、物凄い速度でナガンの方を向いた。
「わ、わたしちゃんとはいてるもんっ!」
恥ずかしそうに沙幸が言うと、ギャラリーのおっさんたちから「見せろ見せろ」と小汚い野次が飛んできた。それは次第に「見せろ」から「脱げ」になり、開始早々脱衣コールが会場に響いた。最低な大会だ。
「ぬ、脱げって……しょうがないなぁ……」
勢いに押されたのか、沙幸はその両手をゆっくりスカートへと伸ばし……降ろす、かと思いきや、ぴたりと動きを止めてギャラリーを叱り飛ばした。
「って、淑女が人前で下着なんて晒すわけないんだもん!!」
大声で沙幸がそう言うと、あまりの正論にギャラリーがしんと静まった。
「……はっ」
沙幸は、その静けさを感じてやばいと思った。これから審査が始まるのに、こんなに盛り下げちゃうのはアウトかなと不安になったのだ。
かといって、ギャラリーの期待通り脱ぐわけにもいかない。
そこで彼女がとった苦肉の策は、アイドルらしく、かわいさをアピールすることだった。
「レ、レディを困らせる子はお仕置きだぞ」
語尾にハートマークでもついていそうな可愛い言い方で、ウインクをする沙幸。当然次に起こるのは、ギャラリーからのブーイングである。
俺らが見たいのはそういうことじゃねえんだよ、のブーイングだ。
再び脱げ脱げコールが起こり始めると、さすがに司会のナガンも収拾がつかなくなると判断したのか、次の紹介へと強引に移った。
なお、あまりの脱げ脱げコールのせいか、この時点で沙幸は涙目になっていた。
「エントリナンバー2番! 毎日バターのサクラコ!!」
「なんですか毎日バターって! 好きは好きですけどっ!」
まともやナガンが素っ頓狂な紹介をすると、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)はノリよく合いの手を入れた。
サクラコが一歩前に出て軽く一礼すると、ギャラリーはまたしても下衆な野次を飛ばしてきた。
「バター塗らせて! バター!」
「僕のバター舐めて!!」
間違いなく、歴代のイベントで最低レベルの観客だった。
あまりの酷さに、ナガンの近くで見守っていたサクラコの契約者、白砂 司(しらすな・つかさ)は眉をしかめた。
「この観客たちは……誰が集めたんだ?」
ナガンに問いかける司だったが、ナガンは首を傾げるだけだった。
集客したるるは何も悪くない――むしろ軽く被害者側なのだが、女子大生のコンテスト情報をネット上で仕入れて集まってくるおっさんなんて、所詮こんなものである。
ナガンは一切の野次を無視し、次の出場者を紹介する。
「エントリーナンバー3番! 磯臭いるる!!」
名前を呼ばれ、すっと前に出たるるだったが、その表情はどこか元気がない。磯臭いなどというナガンのからかいにも無反応だ。
「……あれ? 磯臭いるる? おーい、生臭るる?」
「るる、どうせ臭いから……」
「え、いやそんなこと、ていうかそのテンションなんだ」
るるが覇気なく答えると、ナガンは思わぬ彼女の反応に不安を感じ思わず素に戻ってしまった。しかしるるがこうなったのも無理はない、彼女はここ数日、ネット上や現実世界、あらゆる場所で数多の男に付きまとわれていたのだから。
「るるちゃーん! 空京大学の二年生なんだよねー!? 今度大学まで会いに行くからね!!」
「るるちゃん、写真で見るより実物の方がかわいいよ!! 今日の写真、つぶやきサイトに流していい!?」
当然、ギャラリーの声もこんなようなものばかりだ。
落ち込むるると盛り上がるギャラリーを見たナガンは、これはさすがにまずいとるるのくだりを早々と終わらせた。
「さあそして最後、エントリーナンバー4番! ボールのように契約者を蹴り殺すのが得意、ハンニバル!!」
ナガンが紹介する……が、反応はない。というより、本人がいない。
「……あれ?」
ナガンがきょろきょろと辺りを見回す。すると、前方に何やら空を飛ぶ影が見えた。それは凄まじい勢いで、自分たちのいるステージ上へと向かっている。
「アレは、まさか」
ハンニバルか。空からかっこよく登場するのか。
しかし、そうではなかった。
その飛行物は、空気抵抗を限りなく減らした体勢――横向き状態のクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だった。
「?」
誰だこいつ、なんで女帝コンテストに男が、という視線を四方八方から浴びたクドは、そのままステージに頭から突っ込み、首までめりこんだ。
ざわつくギャラリー、その中からゆっくりと現れたのは、クドのパートナーで今回の出演者のひとりであるハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)だった。
「イケてる女ならば男をうまく乗りこなせると思ったが、さすがに無理だったのだ」
どうやらハンニバルは、クドを投げ飛ばし、その背中に乗った形で颯爽と出てきたかったらしい。が、本人も言う通り、飛行能力も持っていないクドにそんな芸当は物理的に不可能であった。いくらコメディめいた雰囲気の中でも、実現不可能なことはある。
ともあれ、これで無事、四名の出演者がステージ上に並んだ。既に半数近くが戦意を失いかけているが、ともあれ彼女らは、競技へと移っていった。
「さあそれでは、とりあえず形式的なものは置いといて、各自アピールをしてもらいましょう!」
ナガンが言うと、いつの間にか墜落から復活していたクドが口を開いた。
「皆さん、どうも、お兄さんですよ」
ギャラリーに向かって挨拶をするクド。しかしギャラリーからすると「男は引っ込んでろ」としかならず、クドは大きなブーイングを受けた。
「ま、待ってください。お兄さんは、このハンニバルさんの魅力を伝えたいだけです!」
言って、クドがハンニバルを指差した。少しギャラリーの声が小さくなったところで、クドは再度口を開く。
「女帝とは、国を治める君主の尊称です。ならば女帝である前提条件とは、まず一国の君主である事に他なりません。そう考えた時、このハンニバルさんはしっかりと己が国をお持ちになっているのです」
「ほう、クド公にしては真っ当なことを言う」
隣で聞いていたハンニバルがうんうんと頷く。よく分からないが、とりあえず褒められてるっぽいので悪い気はしなかったのだ。
が、クドのご高説はここからちょっとおかしな方向へと進んでしまった。
「こちらをご覧ください」
クドがそう言って指したのは、ハンニバルの太ももだった。スカートとソックスの間で絶妙な露出度を保っているその生太ももは、小汚いオヤジたちの息を荒くした。気持ち悪いことこの上ない。
しかし、これがなぜ国なのか。答えは、クドの言葉にあった。
「ここには、神秘の具現ともいうべきエロティシズムがあります。その道に通ずる方なら、この領域がいかに素晴らしいものか、一目でお分かりになるはずです」
「おい、クド公……」
「そう、これこそがハンニバルさんの治める王国――ハンニバルキングダムっ!!」
クドがそう言い切ったその瞬間。
新しい国が生まれた――。
さらにクドは続けた。
「この領域を確固たるものとして成り立たせているのは、ずばり黄金比です。肌の露出、スカートやニーソの丈、これらすべての要素が絶妙なる比率によって合わさり、黄金の時代を築き上げている……! 見えますか、この王国の崇高なる輝きが!!」
「……クド公」
「ふふ、これこそがハンニバルさんが誰よりも優れた女帝である証!!」
「クド公」
「皆さんも感じるでしょう、この王国の繁栄、そして栄え続けげぶっ」
完全に周りが見えなくなったクドの脇腹に、ハンニバルのボディブローがジャストミートした。
「もう中盤あたりからずっと、何言ってるかさっぱり分からなかったのだ」
「……かた……を」
「ん?」
呼吸が出来ないほど重い一撃を食らったクドは、がくりと膝から崩れ落ちながら何かを伝えようとしていた。ハンニバルが耳を澄ませると、クドの最後の言葉が聞こえた。
「さあ、他の女帝の方々……勝利を……その先の栄華を求めるのなら……この輝きに劣らぬあなた方の『黄金』を……見せ……」
「しつこいのだ」
ずごん、とかかと落としを頭に受け、クドは倒れた。今際の際に言い残した言葉が他の参加者へのエールとは、なんという気高き精神だろう。
この時クドには確かに、黄金の精神が宿っていたに違いない。
まあ、いろんな女の子のいろんな姿を見たかっただけかもしれないけど。