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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ

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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ
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リアクション

 2人が絆を強め合っていたころ、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は2人の通った道とはまた違う遊歩道から礼拝堂へと向かっていた。
 彼の耳にその声が届いたのは、ちょうど礼拝堂の裏手にあるハダド家霊廟に差しかかったときだった。
 何を言っているかまでは分からなかったが、柵の向こう側から人の話し声がする。片方はどこか怒っているような話し方だ。その聞き覚えのある声が気になって門をくぐる。前をふさぐ木の枝を払った先にいたのは、高柳 陣(たかやなぎ・じん)とそのパートナーティエン・シア(てぃえん・しあ)だった。
「だーかーらー、さっきから言ってんだろ? 幽霊なんてモンはいやしねーんだよ!」
「そんなこと分かんないじゃないっ。お兄ちゃんが見たことないからって、いないってことにはならないんだよっ」
「じゃあおまえ見たことあんのか?」
「……うーーーっ」
 にらみ合う2人だが、険悪な雰囲気はない。
 ティエンは涙をにじませていて、陣はそんなティエンを、しかたないやつとでも言いたげに見下ろしている。
「一体何事ですか」
「よぉ、遙遠。おまえも来てたのか」
 わざとガサガサ音をたてて出て行った遙遠を振り向いて、陣が場所を開ける。
「おまえも墓参りか?」
「墓参り?」
 一拍の間考え込み、遙遠は「ああ」と思いあたった。バァルの弟、エリヤだ。見れば、エリヤの墓碑の前には今供えられたばかりの花束があり、ティエンは天使の像をきれいにしている最中だった。
「まだ時間があるからな。せっかく空中庭園へ来たんだ、ここに顔出してもいいかと思ってな」
「なるほど」
 話し込む彼らの前、ティエンはせっせと手を動かして真鍮製の像を磨き、まるで新品のような輝きを取り戻させる。
 そして満足そうにふうと息を吐いて笑顔になった。
「それで、幽霊というのは何です?」
「ああ。こいつがな、エリヤの幽霊に会うんだ、って」
「えっ?」
 驚いた顔で自分を見た遙遠に、思わずかあぁとほおを赤らめてティエンは必死に反ばくした。
「だって、僕、エリヤくんといろいろお話ししたいんだものっ」
「それで夜、ここで寝ずの番するってか? 暖かくなってきたとはいえまだまだ夜は冷え込むし、真っ暗になるんだぞ?」
 うらうらうら、と人差し指でつむじをつつく。
「大丈夫だよ! ちゃんとランタンだって、毛布だって持ってきてるもん!」
「ここ、霊廟だぞ? エリヤ以外の者が出てきたらどうするんだ? 怖くないのか?」
 ちなみに俺はつき合わねーからな、と胸を張る。
 あきらめさせようと口にしているだけで、彼女を1人にさせておく気なんか全然ないくせに、と第三者はすぐ見抜けるのだが、言われたティエン本人は全く気付けないようで、「うーっ」とうなりながら見上げている。
 そんな2人の姿に、遙遠はプッと吹き出しかけた口元を覆った。
 自分と霞憐もこんなふうに見えているんだろうか? そう思うと、なんだかますますほほ笑ましくなってくる。
「お兄ちゃんの意地悪!
 怖くないよ! だって出てくるの、バァルお兄ちゃんのお父さんやお母さんかもしれないでしょ! おじいさんとか、おばあさんとか! だったら僕、その人たちともお話ししたいもん!!」
「――この頑固者! 勝手にしろ! 泣いたって知らないからな!」
「泣いたりなんかしないよ!」
 ぷん、とそっぽを向いて、今度は墓碑の清掃にとりかかった。
 そして心のなかで話しかける。
(エリヤくん。僕ね、バァルお兄ちゃんに会えてとっても幸せなの。そう思えるくらい、僕にとってもバァルお兄ちゃんは大切な人なんだ。だからバァルお兄ちゃんには幸せになってほしい。そのために頑張るからね!
 でも……精霊の僕は人といろいろ違うし、いつか困らせちゃうんじゃないかなって不安……って、ごめんなさい。こんなこと言ったらエリヤくん、不安になっちゃうよね。そうならないように頑張らなくちゃいけないんだよねっ。
 ……うん。分かってる。でも……怖いよ。エリヤくんも知ってるとおり、バァルお兄ちゃんは優しいから……だから……)
 キュッと唇を噛む。
(このこと、みんなには内緒だよ。特に後ろのうるさいお兄ちゃんには!
 ……あ、そうだ! あのね、僕、歌を歌おうと思ってたんだ。これしか取り柄ないけど、霊廟にいるひとたちもみんな聴いてくれたら嬉しいな。
 夜は長いし。いっぱい歌っちゃおっと ♪ )
「ったく。一度言い出したら意地でもひとの話をききゃしねぇ」
 陣はぶつぶつ言いながら脇にどけてあったもう1つの花束を拾い上げた。
 レース模様の白紙とつややかなサテンでくるまれた、白いユリをメインにして作られたそれはとても華やかで美しく、墓参り用というよりむしろ祝事用のものに見える。
「おいティエン、そろそろ行くぞ。これ届けに行くんだろ?」
「あ、はーーいっ」
 乾拭きまで終えたティエンはもろもろの掃除道具と一緒にそれを道具入れに放り込んで、ぱたぱた駆け戻ってくる。陣が無言で差し出した手に道具入れを渡すと、軍手をはずした手でその花束を受け取った。
「いいにおーい」
「そういうのはいいから。ほらとっとと行け。
 遙遠、おまえも行くだろ?」
「ええ」
 陣に促されるまま2人は門へと向かう。陣は開いた片手をポケットに突っ込み、後ろについて行こうとし――ふと横を見た。
「……エリヤ。おまえの兄貴たちにはよく厄介事につき合わされてる。よくもまぁあれだけ次から次へと問題事を招くもんだと感心してるよ。
 けど、安心しろ。その厄介事に立ち向かえるだけの仲間にも恵まれてるからな」
「お兄ちゃーーーん!」
「ああ、すぐ行く」
 木々と柵の隙間からちらちら見えるティエンに向かい、歩を進める。
 彼らの背後で、天使の像がチカッとほおを光らせた。



「お兄ちゃん、早く早く! お兄ちゃんが一番遅れてるよっ!!」
 ティエンの少し高めの声はよく響く。
 背にしたくさむらの向こう側、遊歩道を通りすぎていく彼らの声に、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)は思わず振り返っていた。
「あちらはなにやら騒々しいようで」
「活気があるのはいいことですよ。ここで元気な子どもの声がすることなど、ここ数年ありませんでしたから」
 答えたのはネイト・タイフォン。東カナンにおいては領主家に継ぐ権力の持ち主・12騎士の騎士長であり、バァルの親友で側近のセテカの父である。
「じきにまた子どもたちの声でいっぱいになりますよ。ご領主さまがご成婚なさったのですから」
「ああ、そうですね。それはとても楽しみです」
 同じベンチに腰かけて半時。天気の話からここ最近の出来事やシャンバラでの事など、なんてことのない日常会話を楽しんできた。大分打ち解けあった今、そろそろころ合いか。
 召使いに運ばせた飲み物を手に、にこにこと笑って日光浴を楽しんでいる彼へと向き直り、少しひざを詰めた。
「バァルさまのお子さまもそうですが、そろそろセテカさまもお子さまを持ってよいお歳ではありませんか?」
「あれがですか?」
 ネイトは少し驚いたような表情になったものの、すぐにこやかな笑みを浮かべる。
「ああ、そうするとわたしはおじいちゃんになるわけですか。それもいいですねぇ。
 しかしその前に、あれには良い相手を見つけてもらわなくてはいけませんね。いくらリージュが嫁に行くまでは行かないと決めているとはいえ、いつまでもふらふらとしていては――」
「はあ??」
「え?」
「あ、いえ。それは手前には初耳でしたので」
「リージュのことですか? 昔、あの2人が婚約していたのはご存じですか?」
「へぇ、それは」
「あの子の病が治ったのを機に2人は婚約を解消したのですが、やはり噂は立ちます。互いにそういう相手としては見れないと話し合った末の円満解消だったのですけれど、それは体裁をつくろっているだけで、あれがほかの女性のために捨てたに違いないと。
 婚約解消という行為には、ほとんどの場合女性側に非があると見られます。捨てられた女性というのは厄介なスキャンダルです。ですからあれは、リージュが嫁に行くまで自分は結婚しないと決めているのだと、以前言っていました」
 ――いや、それは違う、と狐樹廊は扇の裏でつぶやく。
 どうやらネイトはセテカの恋愛事情を知らないらしい。ネイトは20で結婚して22でセテカが生まれている。セテカは今26。結婚、孫、とうるさく言われたくなくて、予防線を張っていたのだろう。
 狐樹廊の目がきらりと光った。
「……手前が思いますに、セテカさまはネイトさまをお1人にして自分が家族を持つことにためらいがあるではないでしょうか?」
「1人? わたしが?」
「へぇ。ひょっとしてご再婚されるご予定などはございませんか」
 そのぶしつけにも思える質問にもネイトは動じた様子はなく、笑みを絶やさなかった。そして手元の飲み物に口づける。
「そういえば、あなたには一度お話ししたことがありましたね。あれの母、コランのことを…。
 わたしがコランと会ったのは、19のときでした。ひと目見てわたしは悟りました、彼女がわたしの生涯の女性だと。そして絶望しました。なぜ彼女なのか、と。
 わたしは当時準騎士扱いでしたがタイフォン家当主となることは確定していましたし、騎士長となることも有力視されていました」
「奥さまは領母つきの召使いであられたとか」
「そうです。でもそういったことは関係ありません。あれの性質です。騎士長の妻となるには、あれはあまりに弱すぎたのです」
 ただの騎士の妻ならあるいは耐えられたかもしれない。だが12騎士で騎士長という職責を持つ彼の妻になるには弱かった。
 不幸になるのは目に見えていた。なぜ彼女なのか、と何度も思った。なぜ彼女でなくてはならないのか、と。
 それでも彼はコランと結婚し、想像していたとおりの結婚生活を送った。彼女は嘆きの日々を送り、幾度となく彼をうらんだ。
「狐樹廊さん、ああなるのは目に見えていたんです。それでも彼女をあきらめられなかった……あれ以上の想いをわたしはだれにも持ったことはありません。そんなわたしとでは、その女性の方がかわいそうですよ」
 向けられた笑顔は迷いのない、毅然としたものだった。代案や腹案のようなものは一切不要、と目が言っている。
(ああこれは見抜かれていますね)
 さすがにリカインか河馬吸虎を仮の再婚相手にして、セテカに「私がお義母さんになるから大丈夫よ」作戦をしよう、というところまでは見抜いていないと思うが――策士のネイトなら見抜いていそうではあるが――いらぬお節介は無用です、と、どう見ても言外に告げていた。
 もはやこれまで。
 思い切りよくあきらめ、それから狐樹廊は話題を無難なものへと変えた。カナンとシャンバラの姉妹都市を提案したり、地球のスポーツとして野球やサッカーを紹介したり。それをネイトはにこにこ笑って聞き、ときに質問を加えつつ、時間が来るまで和気あいあいと2人は会話を楽しんで過ごした。


 一方、そのころリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、狐樹廊のとんでもない作戦の共犯者にされそうになっていたことなどつゆ知らず、北カナンの光の宮殿の庭園へとやって来ていた。
 以前ここを訪ねた際、彼女の大切な友人ニンフルサグに無礼をはたらこうとした罰として、石をくくりつけて噴水に沈めた禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)の様子を見にきたのだ。
「よし。ちゃんといたわね」
 噴水を覗き込み、満足そうにうなずく。
 河馬吸虎はリカインの記憶にあるとおりの場所に沈んでいた。ずっと水中にいたためか、早くも苔がつき始めており、周囲を魚にパクつかれている。
『おおリカイン、やっと来てくれたのか〜〜〜っ! 待っていたぞ! 助けてくれ! 早くここから出してくれっ』
 ぶくぶく、ごぽごぽ。必死に水のなかから訴える。けれどリカインは噴水に横座わりしたまま動かない。ほとんど聞こえていないのかもしれない。水中からだから当然かもしれないが。
『……くっそー!! ここに沈めたっきり何十日経つと思ってるんだ、まだ怒っているっていうのか、この執念深いヘビ女め! ちょーっと女神官に女の悦びを伝授してやろうとしただけではないか。うーむ、やはり今でもあれは俺様の方が正しかったと思うぞ。
 そうか、単に嫉妬しただけなんだろ? 俺様がやろうとしたから! いいかリカイン、それは考えつかなかったおまえが悪い。だが、しかたない、断腸の思いだがあの女神官をせいぎのすばらしさに目覚めさせる役目はおまえに譲ってやろう! 今からでも遅くない、いくらでもいそしめ!! なんなら赤鼻の天狗面も貸してやるぞ! ほら、持っていけ!
 ……なっ? だからリカイン、早くここから――』
 ようやく河馬吸虎の熱意が伝わったのか。せつせつと訴える河馬吸虎の前、ついにリカインがにっこり笑って動いた。――石を放り込むというやり方で。
『……グァボッ!? ガボガボガボガボッ!!』
「〜〜〜〜 ♪ 」
 一切何も聞こえません、というように鼻歌を歌いつつ。リカインは、容赦なく水中の河馬吸虎に向けて石の爆撃を行ったのだった。