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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

リアクション

「マズいね……。一応、友軍機の状態は可能な限りこちらでもモニターしてるけど、計算上だと不知火・弐型の稼働可能時間は持って後数分が限度。ことビームサーベルだけに限って言えば、もう数十秒も持たなそうだよ……!」
 バイラヴァの電子戦兵装を操作しながらグレアムは更に告げていく。
「それと、交戦開始してから敵機をずっと熱感知センサーで探査してるんだけど何一つ反応がない。パイロットの体温はもちろん、その他の熱源も殆ど探知されない――おそらく、熱感知センサーで探査されることを想定して、ある程度の断熱加工が機体に施されてるのかもしれないよ。幸い、プラズマライフルの発射や背部の大出力ジェネレーターがフル稼働する際ともなれば熱源が探知できるから、完全にレーダーが欺瞞されてる……ってわけじゃないけど」
 グレアムからの報告を受け、乱世は救援要請をかけてきた鋭峰の言葉を思い出していた。
「金鋭鋒の発言から考えて、パイロットは『人間ではない』可能性もある……AIや機晶姫等だね。熱感知センサーに反応がなければその確率は高い――そう思ったんだけど、どうやら熱源から真偽を判断するのは難しそうだよ」
 鋭峰の言葉を思い出した乱世の胸中をまるで見透かしたかのようにグレアムはそう告げた。真偽が判断できないことに多少なりとも悔しさを覚えながらも、今はそれを振り払って乱世は気持ちを切り替える。
「了解だ……っ! ひとまず今は……あいつにトドメを刺さねえといけねえ! グレアム、探査はもういい! 代わりにコンピュータの処理を射撃サポートシステムに全部回してくれ、けど肝心の部分はマニュアル操作できるように頼む! 残りは一発……トリガーはあたい自身の手で引くッ!」
 気迫とともにそう叫ぶと、乱世はパイロットシートの背もたれの裏側へと右手を伸ばし、収納されていたアームを自分の眼前へと引き寄せる。アームの先端には大型のゴーグルを思わせる形をした精密射撃オペレーション専用のサブモニターが取り付けられている。乱世はゴーグル部分を右手で掴むと、目線の高さに合わせるようにしてそのアームを動かし、最適な位置へとサブモニターを設置する。
 この精密射撃用サブモニターはバイラヴァのカメラアイとリンクしており、スナイパーライフルを構えたバイラヴァの目が覗き込んだスコープの映像をパイロットである乱世が、あたかも自分の肉体でスナイパーライフルを構えた状態からスコープを覗き込んでいるかのように見ることができる優れものだ。イコン研究開発の中で生まれたこのデバイスは、人型であるゆえに人と同様の動きができることが強みのイコンという兵器ならではのサポートデバイスと言えるだろう。
 パイロットシートの背もたれに背中と後頭部を張り付けるようにして深く腰掛けると、乱世は再び右手で操縦桿を握る。
 操縦桿を通して発せられた指令を受け、バイラヴァは右手に持ったままだったエネルギーの切れたビームサーベルの柄を思い切り良く放り投げると、空いた手で背部のラッチに懸架してあったスナイパーライフルを掴み取り、左手を添えてしっかりと構えることで狙撃体勢に入る。
 狙撃である以上、本来ならば確実に仕留められる千載一遇の好機が来るまでじっくりと狙いたい所ではあるが、生憎とバイラヴァのエネルギー残量ももう残り少ない。このままじっと狙いをつけているうちにエネルギー残量が底をつけばたちまち推進機構が停止し、機体はヒラニプラの荒野へと自由落下を始めてしまう。敵を落とすことはおろか、そのような形で自機が落ちてしまってはまさに本末転倒だ。
 だが、乱世おかれたそんな状況とは裏腹に敵機は左右の相手と押し合いへし合いを繰り返しており、そのせいで右に左に揺れ続けている。こんな状態では狙撃したところで当たり所が浅くなる可能性が決して低くはない。バイラヴァの射撃サポートシステムは優秀なシステムだが、それでも左右にゆらりゆらりと動き続けている標的を前に、なかなかロックオンサイトを固定できずにいた。
(せめて数秒……いや、たったの一秒でもいい。何とかあのユラユラした動きがピタッと止まってくれりゃあな……!)
 まるで双眼鏡のように目の周囲をゴーグル状のサブモニターに密着させて望遠映像を覗き込みながら、胸中で焦りの独白ととともに歯噛みする乱世だったが、この際、贅沢も言ってられない。腹をくくった乱世は背後のサブパイロットシートに座るグレアムに言い放った。
「グレアム、もういい。射撃サポートシステムは全部切っちまって構わねえ。もうこうなりゃ……全部マニュアル操作であたいが狙うしかねぇッ!」
 それに対する返事のように背後のサブパイロットシートからはキーボードのタイプ音が凄まじい速度で聞こえてくる。
「僕の方でもリアルタイムに補正をかけてみる。そうすれば何とか照準は固定できるはずだよ」
 説明するグレアムの声はいつもに比べて早口だ。さしもの彼も、どうやらこの時ばかりは少なからず焦っているらしい。
「んなこと言ってもよ、いくらグレアムがメカに強ぇからって……もうバイラヴァが浮いてられんのは後数十秒くれえしかねえぞ!?」
 焦る乱世の言葉を裏付けるようにコクピットではエネルギー残量を示すバーグラフがどんどん短くなっていく。棒状だったグラフは今や板状となり、グラフ全体が赤く点滅してエネルギー残量が危険域になっていることを示している。
 必死に焦る心を抑えつけ、乱世が狙撃に意識を集中させようとしている中、それは起こった。
 激戦の中で武装はすべて喪失し、機体自体も満足に動けるだけのコンディションを喪失したことでまだ満足に動ける機体同士が繰り広げる戦闘に置いて行かれつつあったサルーキが、左右からの攻撃に対処することに精一杯だった敵機の隙を突いて背後から忍び寄り、残った力すべてを結集して飛行ユニットごと羽交い絞めにしたのだ。
 当初の予定通り、サルーキは飛行ユニットを破壊しようと試みる。しかしながら、飛行ユニットがこの敵機の要であり強さの秘訣である以上、これを設計した者もここを攻撃されるのを想定し、おいそれとは破壊できないようになっているらしく、見た所重要なケーブルやパイプなどは外部からおいそれと触れられる場所には無く、ならばと飛行ユニットそのものを引き剥がそうにも、かなりの堅牢性がそれをさせない。
 けれども、それで諦める鉄心ではない。飛行ユニットの破壊や無力化が困難だと判断するや否や、サルーキの四肢すべてを活かして敵機にしっかりと組み付き、機体重量をも活かして動きを封じる。
『みんな……今だ!』
 サルーキがしっかりと組みついた瞬間、友軍の共通通信帯域に向けて鉄心が号令をかける。その号令に糾合されたように他の機体も一斉に敵機へと殺到した。鍔迫り合い続ける強力なビーム刃同士に巻き込まれぬよう細心の注意を払いながら、利瑠と理堵のキクリヒメが敵機の右腕を、朋美たちのウィンダムが同じく左腕を、ザカコとヘルのアルマイン・ハーミットが両脚を身体全体を使ってしがみつくように押さえ込む。
「ちょ……てめぇ等、何やって……!?」
 驚きのあまり口をついて出た乱世の疑問に、冷静な声で鉄心が答えた。
『万が一にも無線を傍受される危険性があったからな……それに……できればこんな事は言いたくないが……天貴さんの機体とも通信帯域が一部共通している以上、リークされる危険性がゼロとも言い切れなかった。だから、作戦を友軍機一機一機に接触回線で伝えて回っていたせいで敵機を押さえ込むのが遅くなってすまない』
 鉄心が伝えたその言葉に続くようにして、他の仲間たちも口々に言う。
『間違いなく、この機体のパイロットは天才でしょうね。これだけのハイスペック機でありながら、ただの一部として宝の持ち腐れにせずに、機体の持つ潜在能力を最大まで引き出せている、同じイコンパイロットとして敵でありながら敬服せざるを得ません』
 いつも通りの上品さを感じさせる口調で、まずはザカコが口を開いた。それに続いて口を開いたのは理堵だ。
『機体性能云々だけじゃねえ。コイツ自身のトンデモねえ空戦センスなら、たとえ型落ちの機体に乗ってたった俺らを圧倒できただろうよ。そうでもなきゃ、こんな扱いのクソ難しそうなピーキー暴れ馬機体を実戦で使えるわけないよな』
 冷静でありながら、どこか戦慄しているようにも感じる理堵の声。それに続いて通信機から流れてきたのは利瑠の声。
『これだけの天才パイロットを相手に、『相手の余裕に付け入ってエネルギー切れを狙う作戦』は難しいんじゃないかと思ったりもしました……でも、本部のシャーレットさんが言っていたこと……やっぱり、間違ってなかったみたいです』
 利瑠がそう呟いた数秒後、今度は朋美が口火を切った。
『この天才パイロットは間違いなくエリートとしての道を歩んできたのね。それはボクにもわかるよ、だからこそ……さ』
 朋美が何か含みを持った言い方をすると、同じようにトメも何かを含んだ言い方で呟いた。
『ええ。そうどすなぁ。『だからこそ』……どすぇ。おまけに、周りには天才さんやエリートさん方ばっかり居てはったでしょうなぁ』
 トメが言い終えた後、ウィンダムの三人目のパイロットであるウルスラーディもそれに同調する。
『だろうな。だからこそ、オペ子のシャーレットが言っていた『付け入る隙』が確かにある』
 そして、ウルスラーディの言葉を引き継ぐように、ヘルが自嘲するように語り出す。
『曲がりなりにも実戦経験のあるパイロットが第二世代機、それもカスタム仕様を持ち出してるってのに揃いも揃っていいようにあしらわれた挙句、撃墜寸前のボロボロ状態。自分たちの事ながらカッコ悪くて仕方ねえなこりゃ。おまけにやるに事欠いて敵さんにしがみついてる。みっともないったらありゃしねえぜ。もうこれよりみっともないのなんてねぇかもな……けどよ――』
 そこでヘルは敢えて言葉を切った。万感の思いを込めるようにして一度言葉を溜めると、まるで吼え立てるようにして敵機のパイロットへと叩きつけるかのごとく言い放つ。
『――俺らにも意地がある。んでもって、ずっとエリート街道を突っ走ってきた天才様のおまえには……天才でも、エリートでもねぇ、俺らみたいなのが使うこんな泥臭い戦い方あることも知らなけりゃ、ましてやこんな泥臭くてみっともねぇ戦い方が実戦で使われるなんて思いもしなかったみてぇだなぁ……! どうしたぁ! いかに天才様でも初めてくらった攻撃には文字通り手も足も出ねぇってか! それともあれか! 一度もピンチらしいピンチになったことがないから、どうしていいか判らないんでございますかぁ! えぇ、天才様よぉ!』
 ヘルの指摘は実に正鵠を得ていた。
 一瞬の隙を突いた不意打ちにより、大勢で群がってただひたすらしがみついて動きを封じる。実に原始的な戦法であり、ヘルが自ら称したのに違わず、実に泥臭い戦い方だ。
 だが、当の敵機は先程から無駄にもがくだけだ。機体をじたばたと動かし続けるその挙動は一見すれば、しがみついた相手を振り払おうとしている有益な動きに見えるが、その実、ただ無駄にもがいているだけに過ぎない。現に、先刻鍔迫り合いをしていた時は膠着状態であるとはいえ、いくらか動けていたのに対し、今の敵機は全く動けていない。
 今や敵機のパイロットは、天才の自分からすれば思いもしなかった戦法を受け、更には天才ゆえに苦境に陥ったことがないせいで、完全に取るべき手段を見失って右往左往していた。
「なるほど……天才ゆえの無知か! 考えたね!」
 いつもは無機質でドライなグレアムもこればかりは感嘆の声を上げた。
 グレアムのそんな声を聞きながらほくそ笑むと、乱世はマイクに向けて語りかけた。
「ああ、まさにその通りだ。けどな、ヘル。一つだけ違ってることがあるぜ――」
 マイクに向けて語りかけながら、今や完全に押さえ込まれて微動だにできない敵機へと容易に固定されたロックオンサイトを見据え、乱世はトリガーに指をかけた。
「――もうこれよりみっともないのなんてねぇ……それは違うぜ。確かにカッコ良いかどうかって聞かれりゃ微妙だけどよ、一番みっともねぇのは……」
 緑色だったロックオンサイトが、完全に照準がロックオンされたことを示す赤色に変わったのと同時、乱世はヘルと同じく敵機へと叩きつけるように叫びながら、すべての力を注ぎ込むかのごとく勢いでトリガーを引き絞った。
「……そんな泥臭ぇ攻撃の前に手も足も出ねえ上に、肝心な時に何一つマトモに動けない天才様に決まってんだろうがよ!」
 コクピットで引き絞られたトリガーからの信号を受けて、バイラヴァの構えるスナイパーライフルから最後の一発が発射される。
 スナイパーライフルから放たれた弾丸は狙い過たず敵機を貫き、強固な装甲に覆われていたで機体はもちろん、背負った飛行ユニットも諸共に破壊する。
 それを見届けたのに満足したのか、スクリーチャー・オウルはいち早く敵機と鍔迫り合っていた蛇腹剣を納刀すると、鳥のような形態に変形していずこかへと飛び去っていこうとする。
 飛び去っていく背に鉄心は再び無線を通して問いかけた。
『もう一度聞く、天貴さん……君はそれで良いのか?』
 すると彩羽はそう聞かれることを予測していたかのように躊躇なく、あたかも予め用意していた言葉を読み上げるかのように淡々と答える。
『私は信じる道を進むわ。あなたが信じるものは本当に信じていいのか――あなたは確かめる必要があると思うわよ。それでも道がぶつかるのなら……仕方ないことだわ』
 彩羽がそう言い放ってスクリーチャー・オウルを加速させた次の瞬間には、彼女と愛機は遥か遠くに飛び去り、姿は豆粒ほども見えなくなっていた。
 一方、敵機は機動性だけではなく装甲も一級品だったのだろう。中破以上の損傷は間違いなく受けているようだが、まだかろうじて敵機は原型を留めていた。
 そして、恐るべきことにまだ敵機はあからさまに虫の息ではあるが、まだもがき続けていた。
『今更だが、まだ一つ残っていたのに気づいてな――もはや出し惜しみなどしまい。手土産に、持って行け』
 打刀の光刃がエネルギー切れで消失した直後、不知火・弐型は最後に残ったカットアウトグレネードの一個を、たった今の狙撃で開いた穴から飛行ユニットの中へと投げ入れる。
 カットアウトグレネードの爆発ダメージも付随する効果も間違いなく効いているはずだ。にも関わらず、敵機はまだもがいている。その執念めいた尋常ならざるしぶとさは、乱世たちを驚愕せしめ、そして戦慄せしめた。
『サルーキより各機へ、もうじきこの敵機は墜落するだろう。それに、各機例外なくエネルギーは枯渇寸前だ。すぐに離脱するとともに安全な場所に着地されたし。繰り返す。サルーキより各機へ、もうじきこの敵機は墜落するだろう。それに、各機例外なくエネルギーは枯渇寸前だ。すぐに離脱するとともに安全な場所に着地されたし』
 鉄心からの勧告を受けて、敵機にしがみついていた機体は次々と手を放して着地していく。皆一様に、着地と同時にくずおれるように停止したり、尻餅をつくように着地したままへたりこんでいるのを見るに、どの機体も墜落寸前のいっぱいいっぱいな状況だったのだろう。
 仲間たちと同じくいっぱいいっぱいの状態で、今にも消え入りそうに微弱なエネルギーを推進機構から放出して申し訳程度の減速をしながら降りていくバイラヴァのコクピットで、乱世は安堵した柔らかな表情で微笑みを浮かべながら、マイク越しに鉄心に語りかけた。
「鉄心、あんたもとっとと着地しなよ。まさかこのままずっとソイツにしがみついてるつもりじゃないだろ?」
 どこか冗談めかしたように気楽な調子で問いかけた乱世に対する鉄心の返事は真剣そのものだった。
『サルーキは……俺とティーは、ここに残る』