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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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第十一章:VS重火器タイプ戦(決着編)
「……フィーグムンド……生きてる……?」
 大破寸前の状態になったグレイゴースト?のコクピットで目を覚ましたローザマリアは、サブパイロットシートのフィーグムンドへと問いかけた。
 問いかけた自分の声は、もはや自分にすら殆ど聞こえないほど頼りなく、また掠れてもいる為、すぐに消え行ってしまう。
 既に開放型になったコクピットは実に見晴らしが良く、まるで屋外にでもいるかのようだ。つい先程までコクピットハッチと周囲の装甲があった箇所には既に何もなく、スペースが空いたおかげであろう。
 赤々とした土で染め上げられた荒涼とした大地、そしてそれとは対照的に青々としたどこまでも広く遠く、そして高く広がる大空というコントラストに彩られたヒラニプラの荒野の風景がメインパイロットシートから良く見える。
 150mmという規格外のライフル弾がかすめた衝撃で剥がされ、もぎ取られるようにして吹っ飛ばされたコクピットハッチは周囲を見回してみても残骸一つ見当たらない。着弾時の凄まじい衝撃ゆえに遥か彼方へと吹っ飛ばされたか、残骸も残らないほど木端微塵に破壊されたのだろう。
 まるで霞がかかったように思考の定まらない頭で、目の前に広がっている光景を見るともなしに見ながらローザマリアは首を巡らせようとする。
 サブパイロットの様子を確認するべく首を動かそうとするが、ローザマリアの意志に反して彼女の首はろくに動かなかった。首だけではない。彼女の身体は動くのに必要な活力が抜けきってしまったかのように反応が鈍く、彼女の意志に対してうんともすんとも言わない。
 ほんの十数秒であるが時間を置き、少し休んでからローザマリアは反応の鈍い身体を鞭打って顎を僅かに下げ、自身の様子を検査する。
 身体が動きにくいなりに視線だけを下げて検査した自分の身体は惨憺たる有様だった。
 着弾の衝撃で破砕したコクピットブロックや装甲の成れの果てと思しき破片がいくつも突き刺さり、もはや大小も様々なら形も様々な破片が突き刺さるその様は、さながら破片の見本市のようだ。一見してわかるのは破片による負傷だが、それ以外にもローザマリアはあたかも強力な鈍器で殴打されたかのようなダメージが身体を蝕んでいるのを感じていた。
 敵機が放った規格外のライフル弾の擦過――超巨大な物体が超高速で移動したことによるソニックブームを間近で浴びてしまったのかもしれない。幸いにして骨格や筋繊維は、戦闘機が市街地を低空飛行した際のガラス窓のような目に遭ってはいないようだが、それでもソニックブームは十分なダメージを彼女の身体に残していったらしい。
 破片にしろソニックブームにしろ、パイロットスーツを着ていたおかげである程度は防げたようだ。逆に言えば、パイロットスーツがなかったら即死だっただろう。
 少しの間とはいえ休んだのが効いたのだろう。僅かではあるが動くようになった身体に再び鞭打ってローザマリアは腕を動かし、手探りでコクピットの中を探し始める。ややあってシートの横辺りに触れたローザマリアは探していた物の感触をそこに確かめてほっと一息を吐く。また数秒の間だけ休むと、ローザマリアは痛む腕を我慢して探していた物――コクピットのコンパートメントに手をかけた。
 自動車でいうところのダッシュボードにあたるその機構は、運が良いことに先程の砲撃で破壊されていなかったようだ。外装が無事であった以上はその可能性が高かったが、案の定、中身も無事であったようだ。難儀しながら蓋を開け、応急処置用のセットを取り出したローザは無針注射器を掴むと、やはり苦心してパイロットスーツの一部をまくり上げ、鎮痛剤を自らに投与する。
 一連の動作に加えて注射の刺激で再び身体が痛むも、今までそうしてきたように少しの間休んでいると、次第に痛みが引いてくるのがローザマリアには感じられた。
 ほどなくして痛みが治まったのを確かに感じたローザマリアは右手を握って開くのを恐る恐る繰り返す、二度三度そうした動きを繰り返した後、動けなくなるほどの痛みではなくなったのを確信したローザマリアは気合を入れて身体を起こした。
 メインパイロットシートに張り付いたように倒れ込んでいた身体を起こしたローザマリアは改めてサブパイロットシートへと目を向けた。まだ身体の鈍りは少し残っているものの、激しい痛みが治まった分、今度はちゃんと首を巡らせることができた。
 ローザマリアが首を巡らせた先では、ついさっきまでの彼女がそうだったようにフィーグムンドがシートに張り付いたように倒れ込んでいた。それを見て取ったローザマリアはゆっくりと身体をメインパイロットシートから動かすと、サブパイロットシートまで這っていく。間近でじっくりとローザマリアが見た限りでは、医者ではないゆえに断言はできないが、少なくとも見た所気絶しているだけのようだ。
 安堵したローザマリアはフィーグムンドへと再び声をかける。声をかけながらついフィーグムンドを揺らしてしまいそうになるが、途中でそれに気づいてローザマリアは慌てて手を止めた。
「……フィーグムンド……生きてる……?」
 何度か声をかけ続け、辛抱強く待っていると、やがてフィーグムンドは呻き声を上げつつ目を覚ます。
「……うう……生きてる……一応……だけど……ね……」
 シートの位置が良かったのか、気絶こそしていたものの、フィーグムンドの怪我はローザマリアに比べて軽いようだった。
 フィーグムンドの方はひとまず大丈夫そうだと判断したローザマリアはもう一つの相棒――グレイゴースト?の状態をチェックしにかかる。
「……あんたも……よく生きてたわね……」
 グレイゴースト?の状態を一目見て、ローザマリアは思わず苦笑していた。
 ローザマリアの怪我も大概だが、グレイゴースト?の状況はそれに輪をかけてひどい。
 三発――おそらく三点バースト射撃で発射されたのであろう150mmライフル弾。
 一発目は下半身に深刻な損害を与え両脚部を破壊した。両脚部は膝から下を吹っ飛ばされて尻餅をつき、更にはそのまま倒れ込んで起き上がれなくなっているせいで、今や仰向けに寝転がっている状態だ。
 二発目はコクピットハッチを含む上半身の装甲を抉り取るように引き剥がしていった。結果的に現状のコクピットはオープンカー仕様に改造されてしまった。
 三発目は頭部を損壊し、眉間からカメラアイにかけてを破砕した。おかげでカメラアイと額のセンサーは木端微塵の粉砕されて当然ながら使用不能だ。
 まさに戦闘不能の一歩、いや半歩手前の状態。だがこれでも、攻撃のスケールに比して被害は小さく抑えられた方なのだ。
 超電磁バリアによってライフル弾の威力が減衰され、着弾による噴煙や術によって散布した霧によるかく乱効果、そしてローザマリアが熟達した操縦技術によって間一髪で咄嗟に身をかわすように操縦桿を捌いたおかげ――三つの要素が重なったのに加えて、その上で運が良かったこともが重なってようやくこの程度まで抑えられた。
 もしどれか一つの要素でも欠けていればたちまち150mmライフル弾の直撃でグレイゴースト?の機体はこの世に残ってはいなかっただろう。
 もはや満身創痍の極致。唯一の例外といえば、奇跡的に両腕が損傷らしい損傷もないまま健在であることぐらいだ。
 着弾の衝撃で機体が尻餅をついた際、だらりと投げ出されたままの両腕を肉眼による目視で見て取ったローザマリアは再びコクピットに目を落とし、操縦桿やキーボードが並んでいた位置――自分にとって『手元』にあたる部分へと視線を向ける。
 その場にあった機器はコクピットハッチと一緒に150mmライフル弾にもぎ取られて行ったようで、既にそこには操縦桿の一本どころかキーボードのキーたった一つもない。
 本来ならばたっぷり数秒間目を覆った後、パイロットシートに身体を投げ出してふて寝でも決め込みたいところだが、生憎とそうはいかない。
 ローザマリアは『元』コンソールだった部分から目を離すと、フィーグムンドの方に向き直る。
「センサー……それと、最低限の可動……そっちで何とかなりそう……?」
 控えめな調子でのローザマリーの問いかけに、しばらく経ってからフィーグムンドの答えが返ってくる。
「申し訳程度なら……幸い、こっちはまだコンソールの形は残ってるから……でも、ほんのちょっとだけ首や手を振るのがやっとだよ……多分そっちも同じだろうけど、モニターが死んでる」
 案の定、フィーグムンドからの回答は自分でも予想していたものと概ね大差はないことだったせいか、ローザマリアは妙に冷静な心で受け止めることができた。
 むしろ、『ほんのちょっとだけ首や手を振る』ということに微かな安堵と喜びすら感じてさえいる。力なく弱々しいながらも確かに微笑み、ローザマリアはフィーグムンドへと言った。
「それだけ動けば十分よ……今から言う位置と角度に、ちょっとだけ首と手を動かしてくれるかしら……? それと……グレイゴースト?のスナイパーライフルがそこら辺に転がってるはずよ……それも、お願い――」
 ローザマリアがそう頼み込むと、ややあって機体が僅かに揺れる。どうやら、フィーグムンドが僅かに動くグレイゴースト?の腕を操作してライフルを探しているようだった。モニターが機能停止している為、実際の挙動は操縦桿を動かしてみて感覚を掴むしかない。そういった意味では、二重の意味で手探りのライフル探しだった。
 やがて機体が少しばかり大きく揺れると、金属同士のぶつかり合う重量感溢れる音が響き渡る。どうやら、グレイゴースト?の手がライフルに触れたらしい。その後も重々しい音を響かせながら、グレイゴースト?は落ちていたライフルを再びその手に掴む。
 それを感じ取ったローザマリアは自分も作業を始めた。
 先程、応急処置用のセットを取り出したコンパートメントを再び開け、中身を確認するローザマリア。
 一般的なコンパートメントよりも大型であるこのコンパートメントに入っていたのは、応急処置用セットと同じようなサイズとデザインをした幾つかの箱、そして二挺のライフルだった。
 他の機体と比して、グレイゴースト?のコンパートメントは大型の物に換装され、それによって容量を大幅に増設されている。それはなぜか――ひとえに、ローザマリアの得物を収納するには、大型のコンパートメントが必要になるゆえである。
 ――米国のナイツアーマーメント社製スナイパーライフル『SR―25』。元来銃身の長大なスナイパーライフルに長距離暗視スコープ、フラッシュサプレッサーを搭載していることもあって、拳銃や短機関銃を収納することを想定したサイズでは幅が足りないのだった。
 銃全体の高い工作精度に加え、計算によって意図的に重く作られた銃身の重みによって、セミオートでありながらボルトアクションに迫る弾道の安定性の確保によって高い命中精度を実現した傑作ライフルだ。
 狙撃能力もさることながら、装弾数20発をセミオート方式で撃発できるゆえに狙撃中の襲撃に備えて使用するサイドアームを兼用可能。近距離戦闘における攻撃力においても申し分ない。
 その連射力に目が行きがちであるが、れっきとしたスナイパーライフルであり、米国海軍に属する特殊部隊であるSEALsでの運用実績もあるという、まさにプロフェッショナル御用達の名狙撃銃である。
 グレイゴースト?のコンパートメントに収納されていた『SR―25』には小さな傷や射手に触れられ、握られていく中で自然と磨き上げられていくことでできる艶がそこかしこに見て取れる。それもそのはず、この『SR―25』は今まで幾つもの戦場をローザマリアとともに潜り抜けてきた愛銃であり、いわばフィーグムンドやグレイゴースト?と同じかけがえのない戦友なのだ。あるいは、自らの身体の一器官そのものだろうか。
 いずれにせよ、スナイパーにとって愛用の狙撃銃とはそれほどまでに大きな存在なのだ。
 だが、今回はこの『戦友』の出番ではなかった。いかに強力な狙撃銃とはいえ、最新型のイコンを撃墜するには無理がある。
 今ここで出番を迎えるのは、『SR―25』が上に重なるようにして下に収納されていたもう一挺のライフルだ。
(あんたのトリガーを引きたいところだけど……今はそうもいかない。だからせめて……私を見守っていて――)
 心の中で『SR―25』に告げると、ローザマリアは丁重な手つきで愛銃をそっと脇に置く。
 次いでローザマリアが取り出したのは『SR―25』の下に置かれていた一挺のライフル。ローザマリアが取り出したそれは、たった今しがた彼女が脇に置いた『SR―25』と瓜二つだった。
 僅かな傷やへこみなどある種の『個性』と言える損傷の内容や数、そして位置までもがそっくりであり、その似通り具合はもはや同型モデルというレベルを超えている。
 それもそのはず。なぜなら、今、ローザマリアの手にしているもう一挺の『SR―25』は彼女の愛銃である件の『SR―25』を最先端のCAD技術でスキャンし、そして同じく最先端のCAD技術で成形したものだからだ。
 もっとも、このもう一挺の『SR―25』には実弾も装填されていなければ、そもそも撃発機能もない。代わって装填されているのは、複雑かつ精密な電子部品の数々だ。
 この『SR―25』は銃器ではなく、銃器を模したコントローラである。機体の各種センサーに接続して同期した後、トリガーの形に作られたスイッチを引くことによってグレイゴースト?へと射撃コマンドを入力可能な装置だ。
 現代戦における主役であった戦車や戦闘機とは異なり人型――乗り手である人間に近い形をしたサロゲート・エイコーンという兵器の優位性の一つが『人間同様の動きを可能とし、それにより人間と同様の武器を同様に扱える』ことであるのはもはや疑いようのない事実。
 そして、その優位性を活かすべく操縦系統の改良が行われていく中で、結果として技術者も操縦兵も同じ結論に達したのだ。
 ――即ち、身体と機体の一体化――人間が自らの肉体を動かすのに限りなく近い感覚で、あたかも生身のようにサロゲート・エイコーンを操縦することこそ、真にサロゲート・エイコーンという兵器の性能を発揮できるという結論である。
 それを求め、イコンに携わる数多くの人材が日夜研究に明け暮れた。
 ――パラミタに点在する地球資本の学校の数々、パラミタ技術のビッグスリーたる巨大資本、そして鏖殺寺院に共通して進化の道を辿った機体制御用のOS。
 ――天御柱学院が開発したBMI、即ち『ブレイン・マシン・インターフェース』。およびそれによって生み出されたレイヴン。
 ――公には正式実装された記録はまだないが、一説によれば各所にて研究中とされるマスター・スレイヴ方式の操縦システム。
 ――そして、今まさにローザマリアが手にしている実銃型のコントローラ。
 こうした物の数々こそが、サロゲート・エイコーンという兵器をより自身の身体の延長として扱うことを目的として行われた研究の賜物である。
 ローザマリアは実銃型コントローラを取り出すと、それに続いて二つの箱も取り出した。
 膝上に乗せた実銃型コントローラの横に並べた二つの箱にはそれぞれ、コントローラを機体の操縦システムと接続するケーブルと、最低限必要な種類の工具が入っている。
 本来ならば専用のケーブルで機体にコントローラを簡単に接続できるのだが、コクピットのコンピュータ類の大半を消失した現状ではそうもいかない。
 輪っか状に巻き取られ、纏められていた専用ケーブルを伸ばし終えたローザマリアは、ツールボックスからニッパーを取り出すと、しばし考えた後に意を決してケーブルの末端――接続用プラグのすぐ下辺りをニッパーでカットした。続いて彼女はツールボックスからコードストリッパを取り出すと、ケーブルを覆う不導体のコーティングを少しだけはがして末端部部の導線をあらわにする。
 改造の第一工程を終えたローザマリアは専用ケーブルが入っていたボックスにもう一度手を突っ込むと、そこから予備の同一ケーブルを取り出した。そして今度は第一工程とは逆に、コントローラに接続する側のプラグを切り落とし、不導体のコーティングをはがしていく。これで第二工程も終了だ。
 そして、ローザマリアはサブパイロットシートへと向き直ると、フィーグムンドへ問いかけた。
「ねぇ……ライフルコントローラのケーブルと予備の一本……そっちにも入ってる……わよね?」
 ほどなくして返ってきたのはサブパイロットシートのコンパートメントを漁る音と、フィーグムンドの声だ。
「……あったよ……これで……いいよね……?」
 返事の声に続いて、輪っか状に纏められた二本のケーブルがローザマリアのいるメインパイロットシートに投げ込まれた。ゆっくり飛んできたそれを空中でキャッチしたローザマリアは、先程とは違って両端のプラグを切り落とすと、更に両端のコーティングもはがした。
 やがて片側末端の導線が露出したケーブルと両端の導線が露出したケーブルがそれぞれ二本できあがったのをコクピットに並べたローザマリアは露出の導線を慎重により合わせ、ツールボックスに入っていた不導体も兼ねる強力テープを繋ぎ目に当たる部分に幾重にも巻き付けることで、二つのケーブルを接合し固定する。
 こうしてどうにかこうにか一本の長いケーブルができあがった。
 次いでローザマリアはコントローラのソケットへと切り落としていない方のプラグを差し込み、専用ケーブルを接続した。本来ならば弾倉の挿入口である部分に挿入された弾倉を模した接続用パーツ。そのソケットからケーブルを伸ばしたコントローラをコクピットに置き、転がり落ちないように細心の注意を払って確認すると、ローザマリアはプラグを切り落とした方の末端を持ってフィーグムンドのいるサブパイロットシートへと移動を開始した。
 先刻ほどひどくはないものの、やはり身体が思うようには動かない。難儀しながらもローザマリアはケーブルを放さず握ったまま、なんとかサブパイロットシートへとたどり着いた。
 本職の整備兵でもなければ、工具も簡易的、そもそも正規の使用方法でない方法で延長しているのだ。無事に動作する保証はない。だが、現状ではこれ以外に方法が無いのもまた事実だった。
 かろうじて無事だったサブパイロットシートのコンピュータのソケットにプラグを接続するとローザマリアはケーブルが絡まったり外れたりしないように、最新の注意を払って捌きながらメインパイロットシートへと戻った。どうやらローザマリアの懸念は杞憂に終わったようで、ケーブルの長さには十分な余裕が確保できており、これならメインパイロットシートでライフルを構える際に動きが制限されるということはないだろう。
 だが、安心するにはまだ早い。急ごしらえの方法で延長したケーブルが、しっかりと信号を伝導してくれるかどうか、それが問題だ。
「サスペンド状態になっているセンサー類を起動するぞ……いいか?」
 ローザマリアの意図を察したかのようにフィーグムンドが問いかけてくる。
「ええ……お願い」
 そうローザマリアが答えた数秒後、システムの起動音がサブパイロットシートから聞こえてくる。音を聞く限りでは正常に起動したようだが、モニターが機能停止ている以上、シートに座るフィーグムンドにも確かめようがないようだった。
 ややあって、実銃型コントローラからも起動音が鳴り、搭載されたインジゲータが赤色に光る。赤色に光るインジゲータは数度点滅した後、緑色へと光る色を変え、点滅も止まった。
 緑色に光り続けるインジゲータが、機体システムとコントローラが正常に接続されたことを示すのを見て、ようやくローザマリアはほっと一息を吐いた。
 念の為、無事に接続されていることを確かめるべく、ローザマリアは実銃型コントローラをゆっくりと傾けた。するとそれに呼応するようにコクピットの外から重々しい駆動音が聞こえてくる。どうやら、接続は無事成功していたようだ。たった今聞こえてきた音は、コントローラの傾きに応じてグレイゴースト?がライフルとそれを掴んでいる手を動かした音に違いない。
 ひとまず接続を終えたローザマリアは実銃型コントローラを本物のライフルさながらに構える。
 グレイゴースト?の設計思想や運用想定、そしてパイロットであるローザマリアの特技を考慮した上で試作品として開発されたこのコントローラが支給されたのはつい先日。実戦で使うのも初めてなら、ろくに慣れてもいない。それでも自然としっくり来るのは、やはりこのコントローラが幾多の戦場を共にした愛銃をスキャンして成形されているからだろうか。
 初めて実用するコントローラが不思議と手に馴染むのに一瞬だけ複雑な顔をすると、ローザマリアはスコープを覗き込んだ。このコントローラに装着されたスコープも元となった彼女の愛銃と同様に性能、品質ともに最高の物だが、それでもスコープを通して見える敵機は豆粒……いや、砂粒ほどのサイズでしかない。
 実を言うと本来の想定ではコントローラを接続した後、機体のカメラアイから得られる長距離望遠映像がコントローラにフィードバックされる為、スコープを通してそれを見るか、あるいはコクピットのモニターにその表示されるのを見て狙撃を行う為、グレイゴースト?が装備するスナイパーライフルの射程内であれば敵機の姿はそれなりに大きく捉えられるはずなのだ。
 だが、今回はグレイゴースト?がカメラアイを損傷した状態での狙撃。ゆえに、コントローラへやコクピットモニターへのフィードバックは行われず、ローザマリアは人間用のスコープを通して狙わなければならなかった。
 そもそも、人間用の銃器とイコン用の銃器ではサイズも射程距離も大違いだ。今現在、ローザマリアがライフルを構えている位置はイコン用の銃器でも遠距離狙撃に分類される距離。本来ならば人間用の銃器で狙うような距離ではないのだ。いかに砂粒ほどとはいえ、人間用のスコープで敵機の姿が見えているだけでも僥倖というに他ならない。
(……ッ! ……数キロ……いや、数百メートルでいい……後少し……こっちまで、近づいて……くれれば……!)
 一瞬だけぶり返してきた痛みに耐えながらローザマリアは心の中で歯噛みした。もしかすると、少しずつ鎮痛剤が切れ始めているのかもしれない。
 このまま敵機が近付いてこなければ、いずれローザマリアの心身が耐えきれなくなって狙撃は失敗、もとい未遂に終わるだろう。それどころか、それより先にグレイゴースト?が力尽きないとも限らない。
 狙撃前のスコープチェックを終えたローザマリアは実銃型コントローラから手を離すと、応急処置キットから巻物状に纏められた包帯を取り出す。
 ある程度の長さで切ったそれを、ローザマリアはコクピットの縁――建物でいえば軒先にあたる部分に結びつけた。ほどなくして包帯は彼女の意図した通り、ヒラニプラの荒野に吹く風に揺られて動き出す。
 グレイゴースト?が万全の状態であれば機体の各種センサーやデジタル式の風速計が使えるところだが、今は風になびく布という原始的な方法で風向きや速度をチェックする必要があった。
 常に冷静であろうという心がけと、実際に多くの修羅場をくぐってきた経験によっていつも冷静でいられているローザマリアですら、焦燥に手が震え、膝が笑い始める。それを類稀なる精神力で押さえ込み、再び実銃型コントローラを手にしたローザマリアは、時折横目で風になびく包帯を見やりながら狙撃体勢の構築へと入っていく。
 その時だった。時折吹く空っ風の乾いた音以外に音らしい音は何もしないヒラニプラの荒野に荒々しいまでの大音響が響き渡り、それに付随して小さくはない地響きが赤土の大地を揺らす。
(何だっていうの……一体……?)
 困惑するローザマリアがスコープ越しに覗く風景に、突如として一つのシルエットが乱入した。軍用車らしく、ホイールまでもがモスグリーンに塗られた車体と、悪路走破性を極限まで追求したようなタイヤ。そして、10メートルの巨大建造物であるイコンに勝るとも劣らない巨体のシルエット。間違いない――今、この場に乱入しようとしているのは教導団でも使用されている大型輸送用トラックだ。