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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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 それを聞いて乱世は弾かれたようにマイクを掴むと、腹の底から大声を出して叫ぶ。
「こんな時に冗談言ってんじゃねえ! とっとと離脱しねえと、ソイツと一緒に墜落して共倒れだぞ!」
 しかし、鉄心の決意は変わらないようで、声音には微塵の揺らぎもない。
『見ての通り、まだこの敵機は僅かではあるが動き続けている。捕縛している状態でもこれだけ動いているんだ。ここで捕縛を解いたばかりに、万が一のことがあってはならない。その為にも、最低一機はこの敵機を継続して捕縛する必要がある』
 そう言われては頭ごなしには反論できない。ひとまず黙り込んだ後、乱世はもう一度マイクに向けて叫んだ。
「だったらせめて脱出しろ! あんたの機体を組みつかせたままポッドで脱出すりゃあ、あたいがキャッチする!」
 しかし、それにも鉄心は応じない。
『残念だが、それはできない』
 鉄心の返事の理由が理解できず、無意識のうちに乱世は身を乗り出してマイクを掴みかかると、マイクにほぼ口を付けるような体勢で問いかけた。
「どうしてだよ! どうし――」
 音割れしても不思議ではないほどの大声。それとは対照的に鉄心は静かな声で、乱世の叫びを制するように告げた。
『サルーキに無理をさせ過ぎたようでな。もう、脱出装置も動かないんだ。だから俺とティーは最後までここに残る』
 それを知った乱世は絶句し、歯を食いしばりながら、それでもなお鉄心へと問いかける。
「どうしてだよ……どうしてなんだよ……どうしてあんたみたいなマトモな人がこんなことを……」
 問いかけてくる乱世に応じる鉄心の声はどこまでも穏やかだった。
『キミが気に病む必要はない。これが軍人としての務めであり、最後の最後まで無理をさせた愛機への俺やティーができる侘びと償いだ。そして俺たちはただ、それを全うするだけだから』
 そう言い残し、鉄心は通信を切った。
 しばし無言の静寂が支配するバイラヴァのコクピットで、乱世は再び叫びを上げる。
「グレアム! 今すぐブースターをふかせ! 鉄心たちを助けに行くぞ! こうなりゃサルーキの装甲をひっぺがして、鉄心とティーを手づかみで助け出してから着地すりゃあいい!」
 対するグレアムも声を荒げる。いつも冷静で淡々とした彼にしては珍しいことだ。
「無理言うなよ! 今のバイラヴァは墜落してるようなものなんだ! だから今のバイラヴァには1ミリだって上昇するパワーは残ってない!」
 そう聞かされ、乱世は怒りに任せてコンソールを叩いた。
「クソォッ! どうしてこんな時に! ダチがヤバい状況だってのに!」
 自らの手が壊れんばかりに、握った拳でコンソールに怒りをぶつける乱世の見ている前で、敵機とサルーキは自由落下を始める。
『あの、今さらって気はしますけど、そんなに凄い速さで飛び回るイコンに乗ってて……大丈夫なんですか? その……体とか』
 通信帯域を通してティーの声が聞こえてくる。どうやら、敵機へと通信を入れて語りかけているらしい。
『その……余計なお世話かもしれませんけど、もしそちらのイコンの脱出装置が動くなら、脱出してください。投降してくれれば、身柄は保障できますから。あなたまで、死ぬことは……ないです』
 こんな状況にも関わらず、ティーの声は鉄心と同じく穏やかだ。
『あなたがどんな人か分かりませんけど空が嫌いじゃなかったら良いなと思います。生きてればきっとまた飛べるから、まだ飛べるから……』
 敵機のパイロットへそう語りかけると、ティーは回線を開いたまま、呑気に歌い始める。その歌声は明るい調子に反して、どこまでも物哀しく響いていく。
「ティー……」
 歯を食いしばって耐えるも、涙の滴が乱世の目に浮かぶ。自らの手を握り潰してしまわんばかりに握りしめて乱世がぐっと耐えていると、唐突に広域通信が入る。
『そこのプラヴァーのパイロットさーん! まだ間に合ううちにハッチを開けて! 死にたくなかったら早く開けてねー! もし故障とかしてて開かないんだったらこっちで開けるよー!』
 広域通信から聞こえてくるのは明朗快活な少女の声。その声に聞き覚えのあった乱世は、思わず驚きの声を上げる。
「裁ッ!? まさかテメェなのか!?」
 すると明朗快活な少女は乱世に気づいたようで水を向けてくる。
『お! そのワイルドなようでいて時折女の子らしさを垣間見せる声はランちゃんだね! そのとーり! 戦慄の蒼汁(アジュール)――鳴神 裁(なるかみ・さい)とはボクのことさぁ!』
 裁の名乗りに合わせるかのように、バイラヴァのモニターにはどうみてもバニースーツにしか見えない着衣を着た少女と、同じくバニースーツのようなものを着用した妙齢の妖艶な女性が空中を飛んでいるのが映る。
 バニースーツの少女――裁と彼女が普段着兼パイロットスーツとして纏っている魔鎧ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)はイコンほどではないにしろ、それなりにはあるスーツの高機動性でサルーキの機体表面に取りつくと、力を込めてコクピットハッチをこじあけにかかる。
 同じくバニースーツを纏った妙齢の女性――メフォスト・フィレス(めふぉすと・ふぃれす)と彼女の身体に憑依している奈落人である物部 九十九(もののべ・つくも)も裁と同じくコクピットハッチに手をかけ、彼女を手伝うようにして一緒にこじ開けにかかった。
 手際の良い作業で順調にコクピットハッチをこじ開けながら、裁は無線で乱世へと問いかける。
『てかランちゃん! 何でバトル終わってるわけ!? 機動特化でチューンしたパワードスーツだから装甲は紙同然だし、1発もらったら終わりだから、そのために神出鬼行のワープも駆使した加速しての高速機動での曲芸飛行で飛びまわって的を絞らせないようにしながら敵を翻弄して「ボクは風、風(ボク)の動きを捉えきれるかな?」とかカッコ良く決め台詞を言ってみたり、敵に「うるさいカトンボめ」とか言わしめたりして、こう――ビューンとドカッと激戦を繰り広げた後にビューワードカーン! ってな感じに敵を倒す、風か嵐か蒼い汁……じゃなかった閃光なボクたちが最高にカッコ良く活躍する予定だったんだけどなぁ!』
 早口に語る裁に対して、乱世は思わずツッコミを入れる。
「だったら早く来いっての! だいたい……あたい達と同じタイミングで救援要請受けて、天学を出発したんじゃなかったのかよ!?」
 すると裁はどこか拗ねたように答える。その口調のおかげで裁が口を尖らせているのが目に浮かぶようだ。
『だって、確かにスピードはそれなりに出るけどさ、人間サイズだから移動距離は通常のイコンには及ばないんだもん』
 口を尖らせたようにそう答えた裁に苦笑しながらも、乱世は次第にその苦笑を微笑に変えて裁に言う。
「ま、確かにバトルは終わってたけどよ、最高にカッコ良く活躍したって点では間違ってねえぜ。てか、今まさに最高にカッコ良く活躍してる最中じゃねえか――まったく、テメェはホントに最高だぜ、裁! なんたって、このタイミングで来てくれたんだからなぁ!」
 もはや微笑は満面の笑みとなり、乱世は喝采に近い叫び声を上げる。そして、それに応える裁も満更ではなさそうだ。
『ごにゃ〜ぽ! さっすがボクたち! そして、それがボクたち{ICN0003296#BS隊アジュールユニオン}!』
 同じく喝采を上げた裁は、それと同時にサルーキのコクピットハッチを遂に全開までこじ開けた。
 すぐさま鉄心とティーの二人をしっかりと抱えると、即座にサルーキの機体表面から飛び立って安全圏へと退避する。
 裁に抱えられたまま鉄心は、敵機に組みついたまま落下していく愛機を一瞬たりとも目を離さず、それこそ瞬きもせずに見つめ続ける。そして、この状況で可能な限り姿勢を正すと、他ならぬ自分の愛機であるサルーキへと最敬礼を贈った。
「最後まで無理をさせてすまない。そして、最後まで俺たちに付き合ってくれて感謝する。キミは最高の機体だった――我が愛機よ、さらば」
 最敬礼とともに詫びと感謝、そして別れの言葉を鉄心が贈った数秒後、サルーキは敵機に組みついたまま地上に激突する。
 敵機に組み込まれた機密保持用の自爆装置が作動したのだろう。墜落地点では凄まじい爆発が起こり、尋常ならざる爆炎と爆風、そして閃光が敵機とサルーキを呑みこんでいく。
 ややあって閃光と爆煙が晴れた後、そこに完全に消滅した敵機の姿はなく、奇跡的に残っていたサルーキの残骸が散らばっているだけだった。