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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

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第1章 遅れてのスタート、の意図

 自分も房から結界の様子を監視しなくてはならないからと、リピカが去った後、エリザベートのもとにルカルカ・ルー(るかるか・るー)が寄ってきた。半日前、この書庫の開放のために『石の学派』に利用され、重傷を負った上にパートナーロストして倒れた杠 鷹勢(ゆずりは・たかせ)を空京の病院に搬送したメンバーの一人である彼女は、搬送の次第や患者の容体をエリザベートに報告しにきたのだった。幸い、患者は快方に向かっているということだった。
 そこへ、
「あのよ、ちょっといいか?」
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)がエリザベートに声をかけてきた。
「ちょっと気になってることがあるんだが……」
 そのことで一言エリザベートに意見を聞いてみたくて、トレイルに入るのを遅らせていたらしい。
「何ですぅ?」
「さっき聞いた話に出てた『パレット』って魔道書、表紙がなくて本当の名前分からねえんだろ? まさか……ってこと、ないか?」
「“まさか”?」
「いや、例の野郎が捜してる無限宇宙のナンタラ云う魔導書が実は奴だった、ってことないか、ってことだ」
 その本がどんなものかは知らないが、片や表紙のない本、片や表紙しかない本、それが同時に存在した時に嗅ぎつけられたという符号が、考えすぎかもしれないとは思いながらも甚五郎は気になっていた。侵入者がその存在を探知できたのは、表紙と中身が同じ空間に揃ったことで魔道書としての力が完全になったからではないか……などと。的外れな考えだとは思うんだけどな、と、自分でも訝っているように付け加えて、彼はエリザベートの返事を待った。
 その言葉を受けて、エリザベートは少し考えたが、すぐに明快に答えた。
「大丈夫ですぅ。多分このタイミングは偶然ですぅ。その心配は十中八九ないと思いますぅ」


 というのも、リピカと話した時に、パレットの素性について聞いたエリザベートは、ごく単純な質問をしたのだ。
「表紙がなくて本当の名前が分からない本が、どうして『パレット』なんて呼ばれてるですかぁ?」
 それに対して、リピカはこう答えていた。
「表紙はなくても本文は残っています。ただ、彼の内容は、誰にも読み取れなかったのですが」
「読み取れなかった、ですかぁ?」
「特に何の説明もなく、ページ一杯に様々な古い言語の文字がびっしり書いてあるのですが、普通に読んでも全く意味が通らないのです。
 ただ、時々、斜め読みしたり何文字か飛ばしたりと変則的な読み方をすると、意味のある単語が現れることがあります。
 おそらく、訓練を積んで奥義を受け取った術師だけが、それを読むルールを知っているのでしょう。
 文字を混ぜて言葉を作るパレット板のような書だから、彼は自らそう名乗り、私たちもそう呼ぶようになったのです」


「――その通りの内容なら、おおよそ占星学派生の魔術とは結びつくものとは考えられないですぅ。
 言葉遊びの類……カバラ秘術か何か、その辺りの書物かも知れませんねぇ」
 エリザベートの言葉に、甚五郎は懸念げに寄せていた眉間の皺をようやく少し緩めた。
「それを聞いて安心したぜ。まぁ考えすぎだろうとは自分でも思ってたが、万が一にもそんな事態になったら最悪だろうからな。……じゃ、急ぐか」
 そして、甚五郎はパートナーたちを率いてトレイルの入口に向かった。
「じゃ、私もそろそろ出発しようかな。大丈夫よエリザベート、悪い奴にちょっちお仕置きしてくるからね」
 ルカルカは明快な調子で言って、心配はいらないという風に、エリザベートにひらひらと手を振った。
「頼むですぅ。……あ! 先に行った連中に会ったら、あのヤローがなにやら追跡対策かましてるかもしれないから重々注意しろ、って言ってくれですぅ!」
 エリザベートは慌てて、先程多くの契約者が出発した後になってリピカとの対話で明らかになった危険の可能性を、皆に伝えて注意を促すよう、二人とそのパートナーたちの背中に呼びかけた。分かった、という頼もしい声が聞こえ、彼らの姿はトレイルの中に消えていった。

「……占星学、ねぇ」
 エリザベートらから少し離れたところに佇んでいた天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、装着している『籠手型HC弐式』を手早く操作しながら呟いた。
「これは何かの鍵になるのかしらね。ま、今の状況じゃまだ、どの情報がどう役立つか、分からないし」
 彩羽は魔導師エルドの排除のため、出来るだけ多くの情報を集めてHCで分析し、何をすべきか見極めながら進もうと考えている。
「魔道書の意思を無視しようとする魔導師は私の敵、だけど……何をどうすればいいのか、よく考えながら進みましょう」
 出発をわざと遅らせたのも、もしかしたらその分より多くの情報が聞き出せるかもしれないと思ったからである。その甲斐があったのかなかったのかは今の時点では判別しがたいが、エリザベートがリピカから聞いた話などを聞くことができた。あとは実際にトレイルに入り、現場で情報を集めた方がよいだろうと考えた彩羽は、パートナーのアルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)に出発を促す声をかけた。
「いよいよ出発だね! 魔道書の敵はボクがぶっ殺してあげるよっ!」
 『アル・アジフ』は朗々と意気込んで請け合い、二人もまたトレイルに入っていった。

 そうして、トレイルに向かう者も、扉を開けて魔道書達の房に向かう者もあらかたいなくなった書庫入口前にて。
「……さぁ、今度こそ、完膚なきまでに奇麗にしてやるぜ!!」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)が、常人には理解できないかもしれないほどの清掃への意欲の炎を目に宿して、雄叫びを上げていた。
 半日以上前にも、意欲的にこの地下書庫の入庫可能範囲をせっせと清掃していた垂だったが、魔道書によって作られていた幻想世界が解除された瞬間に訳の分からない砲撃(?)で入り口が崩れるわ、その後書棚が倒れて天井が落ちるわと、埃臭い地下書庫を奇麗にしようとした尽力の結果は悉く蹂躙されて無残なものだった。だが、それがどうやら垂のリベンジ魂に火をつけたらしい。
「いけ、メイドロボ! どんな攻撃にも負けないぐらい磨き上げるぞ!」
 鼻息荒くメイドロボたちに指示を出す垂をよそに、エリザベートはひとり、アゾートからの着信を知らせる携帯電話を取り出した。