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アキレウス先生の熱血水泳教室

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アキレウス先生の熱血水泳教室

リアクション



【三時間目!】


「要は慣れだ。慣れ」
「か、簡単にい、言うわね」
「俺なら簡単だからな」
 アキレウスとぶるぶる震えているジゼルが言い合っているのは、どういう仕組みかは分からないが、地上4000メートルに設置された飛び込み台である。
「落ちたら確実に死ぬわよ」
 ともっともな事を言うジゼルに、
「大丈夫だ、今見本を見せてやる」
 と謎の自信を見せたアキレウスがフィンガースナップをすると、ジゼルの後ろから屈強なバンカラ男と、小柄な女性が現れた。
「先にいいか?」
「あ、はい。どうぞ」
 威圧感のある声に緊張しつつジゼルが場所を譲ると、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)はパートナーの草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)と共に飛び込み台のへりに立つ。
 完璧に鍛え上げられた肉体を見せつけるかのように仁王立ちする姿は堂々たるものだった。
――凄いわあの人、こんな所から飛び降りるのに躊躇しないなんて!
 ジゼルが尊敬の眼差しを向ける事、数分。
――きっと集中しているんだわ。如何にも手だれ!って感じの人だもの
 その十分後。――長いわね。
 更に十分後。
「あの……飛び込まないの?」
「…………恐怖ならすでに克服したぞ、問題は無い。
 ただ、体が動かんだけだ」
「は?」
 驚いたジゼルが、甚五郎の足下を見てみると、彼の筋肉に覆われた足が、ジゼルよりも高速でブルブルガクガクと揺れていた。
「……もしかして……」
「高所恐怖症、というやつじゃな」
 冷静に言ったのは暫く様子を見ていた草薙だった。
「よく見ておくがよいぞ。
 これからやることはまぁ、少しでも慣れさせてやる事と、さらなる恐怖による上書きじゃ」
 言い終わる前に、草薙は甚五郎の足を己の足でほいっと払った。
 断末魔と共に落ちて行く甚五郎を追いかける様に、草薙も飛び込む。
「うわーこわいー」
 偉く棒読みの演技をしながら、草薙はこっそりとサイコキネシスによる位置調整を行っている。
 右に揺れたり、左に揺れたり。
 まるで飛び込むべきプールからどんどん外れていくようで、正直高所恐怖症を抜きにしても耐えられるものでは無かった。
「こわいなー、でも気合いでなんとかするしかないなー」
「き、気合い!?
 そうか、気合いだな!!!」
 甚五郎が「気合い」の言葉にカッと目を見開き、何時もの自分を取り戻した瞬間。

 草薙の手が甚五郎の両足首を唐突に捉えた。

「おぬし一体なにを!?」
 戸惑う甚五郎の股に頭を入れると、草薙は己の両脚で甚五郎の両腕の動きを封じ、プールに向かって落下してゆく。
 某プロレス漫画の技の形で甚五郎は下へ、下へ……。
 ザッパーン。
 と文字に書いたような波飛沫と音がプールにこだました。 



「ほぅら、大丈夫だろ♪」
「全然大丈夫じゃないわよ!」
「いいえ! 大丈夫よ!!」
 突然の声と銃声に振り返ると、笑顔で煙を吐いたマシンピストルを持った女性二人組と、彼女達に追いつめられている男がこちらへ向かってきた。
「私はセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
 こっちはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)よ。
 飛び込み台の第一教官をするわ」
「き、聞きたいのはそこじゃないんだけど……」
 聞こえるか聞こえないか程度の声でジゼルが言うと、セレアナの方が軍人らしい締まった表情で口を開いた。
「この状況下をしのげたら、水中での生存率は常人の3倍になるわよ!」
「い、いえ、私は生存率を上げたいんじゃなくって赤点を……」
「この程度の障害を乗り切れずに生き残れると思ってんの!?」
 今度はセレンフィリティの方だ。
「あの……だから生き残るんじゃなくて再テストに……」
「無駄だ。あの二人に何を言っても聞きやしねぇ」
 こっそり耳打ちしてきたのは、銃弾で追いつめられてきた男、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。
「俺なんてただ泳ぎに来ただけなのにいつの間にかこんな所に……」
「そ、そんな……」
 言いかけた所で、再び銃声がなる。
「さあ、飛びなさい!
 この程度の高さ、ぽーんと一気に飛んじゃえば怖く無いわよ」
「俺は泳げるのに……」
「だって皆この飛び込み台にはびびっちゃって誰も来ないんだもの!」
「だだっ子か!」
「たった一人飛び込むだけじゃ面白くないでしょ!」
「いやいやいや、意味分かんねぇから! 面白くないからとか――」
「セレンがへそを曲げないうちに大人しく飛び込んでおいた方がいいわ」
 そっと近付いたセレアナがそう忠告するが、恭也はなおも抵抗する。
 ジゼルはそんな様子を唖然として傍観するしか出来ない。
 その数分のやり取りの間も、ダンダンダンと台の上に銃弾が打ち込まれていた。
 衝撃で台が揺れるので、ジゼルは恐怖で顔が引きつっていた。
「ちょっ、待てオイ! マジでヤル気かテメェ等!
 だぁぁぁぁ!? マジで突き落としやがったぁぁぁ!」
「あら、派手に飛び込んだわねあの男」
 だんだんと小さくなる恭也の声を聞きながら、セレンフィリティはうふふと微笑んでいる。
――銃で小突いて突き落としたのはあなたよセレン。
  と言うか……前から思ってたけど、セレンってもしかしてドS?

 セレアナがそんな事を考えている間にも、恭也は刻一刻と地面に近付いて行く。 恭也はマシンピストルで脅されて、4000メートルへ向かう間に慌てて装着した装備に手をかけた。
「バードマンアヴァターラ・ウィング展開! 間に合……
 って、ジゼルゥゥゥ!?」
 恭也のテンションがマックスまで振り切る。
「何で落ちてくるんだよ!」
「わかんないいいいいいいいい」
 足下に打ち込まれる銃弾から逃れようとしたジゼルがバランスを崩し、台から落ちてきたのだ。
 スタートも早い、まして体重だって男の恭也の方が重いのだが、装備で半分滑空状態にあった彼よりも、ジゼルの落ちてくるスピードが早いらしい。
「ぶつかっちゃううううどおおおいいいいいてえええええええ!!!」
「うわああああああああ」
「ありがごふぉっごぼぼぼぼぼ」
「やった! ギリギリ避けられごぼっ」
 やけくそで接触避けた恭也はバランスを失い、わざわざ飛行ユニットを装備しているにも関わらず、
ギリギリで山葉 加夜の空飛ぶ魔法の加護をうけて水に叩き付けられなかった笑顔のジゼルと顔を見合わせて 水中に落っこちた。


「ほがっへうっはううごぼぼ」
 プールサイドで二人が落ちてくるのを固唾をのんで見守っていた美羽は、落ちてきたジゼルの様子に気づいてコハクの腕を掴む。
「ねえ……コハク、あれ溺れてない!?」
「きっとさっきの衝撃でウォーターブリージングリングが抜けたんだ!」
 コハクの声を合図に、鬼龍 貴仁と蔵部 食人が水中に飛び込む。 
「ジゼルー! 掴まって!!」
 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が清楚な外見からは想像もつかない大声を出して叫ぶと、
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がジゼルに向かって浮き輪を投げる。
「落ち着いて! 今救助がくる!」
 エースの声と浮き輪がジゼルの元へ届くか届かないかタッチ程度の差で、貴仁は彼女の元へたどり着いていた。
「大丈夫ですよ、怖いでしょうがライフセーバーがここにいますから。 一度沈んで、浮き輪の中に収まって下さいね」
 貴仁に言われて、ジゼルは落ち着きを取り戻り浮き輪の中に入った。
「う……ごほっごほっ」
「そうです。ロープがあるから、不安だったらそこに掴まって…… 偉いですね」
 貴仁が要救護者の安全を確保した所で、反対側のプールサイドから泳いできた食人も彼らの元へとやってきた。
「ジゼル! 大丈夫――」
「ありが……と、だいじょぉぶ……よ」
 ジゼルは友人に精一杯の力で大丈夫だと告げたつもりだったのだが、状況的に大丈夫じゃないのは食人のほうだった。
 憂いを帯びたような表情と肩で息をする脱力した身体。
 何より学校指定にしてはやたら露出度の高い蒼空学園のセパレート水着はすっかりズレてしまっていて、胸の下半分が見える格好になっていたのだ。
 男が好きな女性の胸の部位、ナンバーワン(らしい)下乳丸出し状態になってしまっていたジゼルをうっかり見てしまった女体に初心な男食人は、
大体の皆さんが想像ついただろう通りに、赤い血溜まりを作りながら水の中へと沈んで行ったのである。
「あっちからもう一人助けにきてくれているようですし、救命ボートを出すまでも無さそうですね。
 さ、ジゼルさん。 プールから上がる迄俺が引っ張りますからしっかり掴まってて下さいね」
「うん。でもあの……上から落ちた人とそれから――」
「あ、失礼。 水着が少しずれているみたいですよ。
 大丈夫、今の位置だったらプールサイドの皆からは見えないはずです」
「ほんとだ! 恥ずかしいなぁ私。えへへありがとうー、今気づけて良かったぁ」
「そうですね、彼のような被害者を増やさない為に直しておいて下さいね」

 こうして、 ライフセーバーとして紳士的に振る舞ってみた貴仁とジゼルは何かを忘れ、途中から合流したコハクの助けを借りて無事にプールサイドにたどり着いたのである。

 一つの血溜まりと、一つの飛行ユニットの残骸を水面に残して。