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アキレウス先生の熱血水泳教室

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アキレウス先生の熱血水泳教室

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【休み時間!】


「随分酷い目にあったみたいだね」
 プールサイドに置かれたテーブルに死んだ魚の目をしながら突っ伏しているジゼルに、エース・ラグランツは苦笑している。
 せめてお茶でもと訓練が始まる時に準備していたティーポットに茶葉を入れようと、細かい絵柄が描かれた缶にメジャースプーンを入れようとして、
エースはふと手を止めた。
「あ。紅茶――よりもこっちの方がいいかな?」
 スポーツドリンクを差し出すと、ジゼルは逡巡して答える。
「確かに良いかもしれないけど、温かいのが飲みたいにゃ〜」
 ――エースと居ると兄さまが出来た見たい くふくふと笑いならが甘えるジゼルに、エースは「はいはい」と
返事する。 作業に戻って行ったエースと入れ替わりに、彼のパートナーリリア・オーランソートがジゼルの隣に腰掛けた。
 視界の端に淡いグリーンのパレオが揺らめいて、ジゼルは「綺麗だなー」と思ったが、よく見てみると腰には剣が刺しっぱなしでリリアの性格を物語っているようだった。
「キツそうね。今日はもうこの位に…… したらテストは明日なのよね」
「うん。それに心配なのはこれだけやっても全然出来てきてる気がしないって所なのよ。
 さっきも飛び込んだ後に救助されちゃったし…… こんなにやっても少しも上達しないなんて私ってダメダメだー」
 テーブルに額を押し付けた所で、エースが頭をぽんぽんと叩いて合図する。
「ポット置くから気をつけてね」
「はーい」
「そんなに思い詰めなくても、俺も以前は泳げなかったよ」
「何でも出来そうなのに」
「ははは。友人達の特訓で泳げる様になったんだ。
 割と荒療治でつまり”命が掛かったら嫌でも泳げる様になるでしょ”って。
 今と近い状況だよね」
 リリアとジゼルは吹き出していると、エースはテーブルに乗せたミニブーケを指差した。
「さて、この花を知っているかな?」
「ううん?」
「デルフィニウム。名前の由来を知っているかい?」
 ジゼルが首を横に振るのを見て、エースは続ける。
「ギリシア語でイルカの意味なんだ。
 練習すれば、またイルカのように華麗な泳ぎが出来る様になるよ」
 デルフィニウムの花言葉は”誰もがあなたを慰める”。 その言葉のようにエースはジゼルに優しい微笑みを向けていた。
「それとまずは浮けるようにならないと泳げないよね。
 さっき渡した浮き輪なんかでもいいと思うけど――」
「もっといいのがあるよ!」
 青い板の後ろから、金色の髪がひらめいた。
 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)がビート板の後ろから現れると、ジゼル達に向けてウィンクする。
「ビート板か。確かにバタ足の練習には良いね」
「うんうんっ。
 それに折角プールにきたのに練習ばっかじゃ面白くないって」
「よ、良かったら一緒にやりませんか?」
「あたしが審判するからゲームみたいに練習してみよぉ」
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)もやってくる。
「うん。やってみる!」
「あ、あっちで準備してくるので、も、もう少ししたらあそこのプールにきて下さい」
「ありがとう! このお茶頂いたらすぐ行くね」
 注いだばかりの紅茶を必死にフーフーしているジゼルを見ながら、「あんまり根を詰めすぎない様にね」とエースは再び微笑んだ。



 少ししてから、リースらの元へ向かうジゼルは見知った顔を見て足を止めた。 五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)が、通称シロこと猫型ポータラカ人のンガイ・ウッド(んがい・うっど)を抱いて歩いている。
「東雲、シロにゃん。二人も泳ぐの練習にきたの?」
「うむ、なんとも理不尽な話だが、我も学校の水泳のテストを再度受ける事になったのである。 これは何かの陰謀である!」
「シロが猫的な本能に負けちゃったみたいで」
「ホントはポータラカ人なのに?」
「……シロだから」
 ジゼルが何となく納得してふむふむと頷いていると、ンガイは東雲の腕からひょいと降りた。
「逃げたと思われるのは癪である。やってやろうではないか、特訓を!」
 そう言い残して、ンガイは流れるプールの方へ向かって行った。
 ジゼルは東雲を振り返り、「東雲は?」と口に出してから、彼の顔色が以前より優れない事に気づく。
 元々身体が弱いのだと知ってはいたが、どうにもおかしい。
「俺は、先生たちが身体の事気遣ってくれて。
 だから今回はシロの付き添い……かな。どうだろう……」
 曖昧に話す東雲に、ジゼルはいても立ってもいられない。
 力になりたい! と、その一心で「あの……よかったら」と切り出して、ジゼルは東雲の線の細い手を取り、歌を伝える。
「これが何かの足しっていうか力になるのか私にも曖昧なんだけど、少しでも元気を……」
 妙にぎくしゃくしてしまうのは嫌なのだが、何と伝えたものか分からない。
 言うべき言葉を懸命に考えているジゼルの様子に、東雲は微笑みを返す。
「ありがとう。
 本当は今日もね、ジゼルさんにお礼を言いたかったんだ。
 あの戦いの時、ジゼルさんは歌で、俺に手を差し伸べてくれた。
 一緒に伝えようって。
 それがとても嬉しかった……。
 ありがとう、ジゼルさん」
「わ、私そんな――」
「それから……元気になってくれて、ありがとう。

 本当に、ありがとう」
 東雲の真摯な視線を受けて、ジゼルの目からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出した。
 流石に東雲も慌ててしまう。
「……え、ええぇええ? あの、俺なにか余計な事言っ」
「違うの! あのね、東雲。 私頑張る。頑張るから! 見てて!!」
「う、うん」
 呆気に取られている東雲を残して、ジゼルは両腕を振り上げてあちこちに”走らないで下さい”と書かれた張り紙のあるプールサイドを走って行く。
 ――知らなかった!
 私が元気になる事で、喜んでくれる人が居るんだわ!

「ううううううっ! 頑張るぞー!!」



「では、マーガレットちゃんの水遊び ……じゃなかった水泳特訓、初級講座”ビート板に乗る練習”でーす。ぱちぱちぱち」
 マーガレットの指示に従って、ジゼルとセリーナはパチパチと拍手をする。
 リースは目が悪い人が眼鏡を外した時特有の、眉間に皺を寄せつつ目を細めた状態で可愛い顔を台無しにしながら、「恐らくあれがマーガレット」な
青灰色と白と金色のもやもやを見ていた。
「水の中でビート板に乗るにはね、両手でビート板を真っ直ぐ自分の足が乗せられるくらいの高さに沈めて……」
 言いながらマーガレットは器用に片足ずつ足を乗せて行く。
「こう!」
 びしっとポーズを決めたマーガレットに、ジゼルとセリーナは
「おおおおすごいマーガレット」
「かっこいいよぉ」
 と歓声を上げた。
 その間もリースは頭痛がするんじゃないかと言う程、真剣に目を細めている。
「え、えっと、こっちの白っぽくてプラチナにキラキラしてるのがジゼルさんで、
 プールサイドのなんとなく緑っぽいもやもやがセリーナさん?」
「リースちゃん違うよぉ、それは何処からか現れたカエルさんだよぉ?」
 今にも明後日の方向へ歩き出さんばかりのリースに、セリーナが声をかけている。
「そしてそのままひっくり返らない様にバランスを取りながら乗る! 以上!」
 そこまでレクチャーした所で、マーガレットは顔面からプールに戻った――というより実は時間切れでバランスを崩して落ちたのだが。
「と、このように乗ってる最中にバランスを崩すと顔面から水の中にダイブしたり、 ビート板が飛んじゃったりするから気をつけてね」
「それじゃぁタイムを計るねぇ

 スタートぉ♪」
 セリーナのかけ声で、リースとジゼル、そしてついでのマーガレットがビート板に乗り始めた。
「はわ、わわわわ」
 両足を乗せたジゼルがバランスを崩して前に落ちそうになっているところへ、セリーナの声が飛ぶ。
「ジゼルちゃん、助太刀しちゃうねぇ」
 セリーナはビート板をジゼルの居る水面に向かって投げて行く。
 ジゼルは新しいビート板に落ちそうになった片足を乗せたが、そのまま前のめりの姿勢になるので再び水面に落ちて行きそうだ。
「もう一枚えーい」
「わわわわ」
「もう一枚」
「う、うわああああああああ」
 セリーナに投げてもらうビート板に乗ってジゼルは水面を走って進んで行く。
「とっても上手〜」
 セリーナの声援を受けながら走っているジゼル。
「ふぐっ」「へぶっ」「ひでぶっ」
 必死に走るジゼルの耳にはこの声は届かない。
「あ、あれ? ジゼルさんですか? なんだか白いものが飛んで……ぷぎゃ!!」
 飛んできた白いビート板を顔面にもろに食らって水に沈んで行くパートナーを見て、マーガレットは遥か遠くのジゼルに話しかけた。
「はぁ……ビート板飛んじゃったりするから気をつけてねって言ったのに……」