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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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戦火に包まれし街≪ヴィ・デ・クル≫

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第三章 避難開始

 けたたましいサイレンが鳴り響く≪ヴィ・デ・クル≫。
 住民の多くが我先にと停泊している飛空艇に詰めかけた。

「おい、さっさと進めよ!」

「そんな荷物乗せられるわけないだろ!」

「こっちは子供がいるのよ!」

 飛び交う怒声。微かに聞こえる子供の泣き声。天に祈る声。
 そんな中、街を大きく回り込んで、空峡側から小型飛空艇の乗った≪氷像の空賊≫達が左右両サイドから攻めてきた。
 ≪氷像の空賊≫を目撃した住民は恐怖の色を浮かべ逃げ出し、それは瞬く間に周囲の人に広がった。
 停泊中に飛空艇を狙って先端に火のついた弓を絞る≪氷像の空賊≫。
 すると――

「させない!!」

 ワイルドペガサスに跨ったリネン・エルフト(りねん・えるふと)が、高速でのすれ違いざまに弓矢ごと≪氷像の空賊≫の身体を斜めに斬り裂いた。
「『シャーウッドの森』空賊団・副長 リネン・エルフト!
 これ以上あなた達の好きにはさせないわ!!」

 さらにその周囲にいた≪氷像の空賊≫の一体がヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の放った弓で撃ち抜かれる。
「『シャーウッドの森』空賊団・団長 ヘイリー・ウェイク!!
 これよりヴィ・デ・クルの民を救出するため、この戦に介入させてもらうわよ!!」

 残りの≪氷像の空賊≫を飛装兵が掃討にかかる。
 一方、突然のことに手を止めていた反対側から強襲をしかけた≪氷像の空賊≫達の前には、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)とオルトリンデ少女遊撃隊が立ちはだかっていた。
「『シャーウッドの森』空賊団所属 フェイミィ・オルトリンデ!!
 オレ達の庭を荒そうなんて1000年経っても早いぜ! 今からそれを教えてやる……覚悟しろ!!」

 フェイミィはペガサス“ナハトグランツ”の手綱を引きながら大斧を振り回して≪氷像の空賊≫の首を狩っていく。
 慌てて対応しようした≪氷像の空賊≫をオルトリンデ少女遊撃隊が倒していく。

 ――急襲してきた≪氷像の空賊≫は『シャーウッドの森』空賊団によって次々と迎撃されていった。

 リネンとフェイミィ達がヘイリーの傍に集まる。
「……フェイミィ」
「はいよ!」
 ヘイリーの指示でフェイミィが徽章の旗を高らかに掲げる。
 それは自由と誇りを示す翼と、狩猟の力を示す弓を組み合わせた『シャーウッドの森』空賊団の紋章だった。
「リネン、頑張りなさい」
「うん……みんな、聞いて!!
 ヘイリーに励まされて、リネンが住民達に呼びかける。
「全員脱出するだけの飛空艇はあるから。だからみんな、落ち着いて順番に乗り込んで!
 大丈夫。ここからはこの……『シャーウッドの森』空賊団の御旗にかけて、街も人も私達が守って見せるわ!!
 リネンが旗を示して言いきる。
 すると、住民の間から動揺とざわめきが起こった。
 そして――

 ……ぱちぱちぱち

 遠慮気味の誰かの小さな拍手が港に鳴り響く。
 その一つの音から拍手は住民に伝染し、戦闘の中とは思えない幾重もの拍手喝采と歓迎の意志を示す口笛の音が港に満ちた。
 ホッと胸を撫で下ろすリネンの肩をヘイリーが叩く。
「まずはうまくいったわね、リネン」
「うん。でも、ここからが本番だわ。急いで避難を行わないと時間がないわね」
 街中では既に戦闘が始まっている。他の生徒達を信じていないわけではなかったが、用心するに越したことはないとリネンは思っていた。
 その気持ちはヘイリーも一緒で、少しでも避難を早く完了させるためにテキパキと指示を出し始める。
「リネンは飛装兵を連れて空峡側の警戒。
 フェイミィは遊撃隊と一緒に街の方を……逃げ遅れた人達がいないか注意して。それとあまり離れすぎないようにもしなさい。くれぐれ勝手なことはしないこと、いいわね!」
「「了解」」
 ヘイリーの指示に従って、リネンとフェイミィが仲間を引きつれてそれぞれの役目を果たしに向かう。
 その場に残ったヘイリーは、飛空艇に乗り込む人々に声をかけてまわった。
「一人でも多くの人を乗せるため、できるだけ荷物は減らすのよ!」
 住民を説得したり、荷物を運んだり……
「大丈夫! 落ち着いて順番に!
 ああ、もういい子だから泣かないの……」
 列を乱す住民に怒声を飛ばして、泣き出した子供をあやしたり……
「ちょっとそこ何やってるの! 今はみんなで助け合う時よ! 自分だけ助かろうなんて――ああ、もうっ! あんたのせいでまた泣き出したでしょうが!」
 自分一人で逃げ出そうとした富豪を弓で脅して、みんなで脱出できるように奮闘した。
 ヘイリーの額には自然と大量の汗がたまっていき、その成果もあって飛空艇への乗り込みは順調に進んでいた。
 それと同時に、空峡からの強襲も勢いを増してきた。
「そこっ!!」
 リネンは近接ではカナンの剣を、距離が開けば空賊王の魔銃を使い分けながら空中戦を行っていた。
「さすがに数が多いわね。近いうちにフェイミィに援護を頼んだ方がよさそうね……」
 【バーストダッシュ】で密集した≪氷像の空賊≫の中に飛び込むと、【歴戦の武術】を駆使して攻撃を与えていった。
 その光景は離れていても飛空艇からばっちり見えていた。
「なんか騒がしいと思ったら敵が結構近くまで来てたんだな」
 整備を手伝っていた玖純 飛都(くすみ・ひさと)は、飛空艇内部から出てくるとあまり興味がなさそうにリネンを見上げていた。
「くっ――」
 交戦中のリネンと飛装兵を抜けて≪氷像の空賊≫が一体飛空艇に向かってくる。
 住民達が叫び声を上げ始めた。
 すると飛都は――
「整備を手伝っていたかったんだけど……仕方ない」
 取り出したグレネードランチャーを構えると、おもむろに引き金を引いた。
 飛び出した弾は、≪氷像の空賊≫に当たると派手に弾けて周囲に火花を散らした。
「……完了」
「ちょっとあんた!」
 飛都が敵の撃墜を確認してグレネードランチャーを降ろすと、飛竜“デファイアント”に乗ったヘイリーが怒った様子で近づいてきた。
 なぜ怒っているのかわからず、飛都は首を傾げた。
「どうかしました?」
「どうかしたじゃないわよ。ここでそんな物騒な物を撃ったら、街の人達が怖がるでしょう!」
 ヘイリーがすぐ傍の子供連れを指さす。
 どうやら先ほどの攻撃に驚いて転んだらしく、子供が膝をすりむいて泣いていた。
「わかった?」
「…………」
 飛都が子供に近づく。
 そして、しゃがみ込んで傷口の応急手当を始めた。
「ごめんなさい。今、手当てをしますから」
 手当が終わると、母親がお礼を述べて飛空艇の内部へと入って行った。
 ヘイリーが嘆息を吐く。
「もし戦うなら、飛空艇からできるだけ離れた所でやったほうがいいわよ」
「わかりました」
「リネン! 一人援護の追加よ!」
 飛都はヘイリー指示を受け、小型飛空艇ヘリファルテを使って空中に上がる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。陣形ですが、私達が主に前線を担当しますので、後方支援をお願いします。もし、抜けても飛空艇にはヘイリーがいますのである程度は大丈夫ですから」
 リネンの説明に対して飛都は首肯する。
「それでは行きましょうか!」
 リネン達は飛都をくわえて、新たに向かってきた≪氷像の空賊≫との交戦に入った。


「みんな、港はすぐそこよ! 飛空艇が待っているから。ほらっ、泣かないで頑張って!!」
 飛空艇が停泊中の港から離れた場所では、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が避難を行っている住民に【激励】をかけた。
 すると通りの向こうに小型飛空艇に乗った≪氷像の空賊≫の姿を捕えた。
「来ましたね。ここは一発【咆哮】で……」
「ちょっと待て、バカ女!!」
「ぅ――!?」
 大きく息を吸いこんでいたリカインは、いきなり背後からアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)に怒鳴られむせてしまった。
「げほっげほっ……い、いきなりなんですか!? 心臓が飛び出るかと思いましたよ!!」
「アホか!? あんた、さっきまで「氷像の空賊には【咆哮】は効かなそうだし、街の人にも被害が出そうだからやめておこうかな」、とか言ってたばかりだろうがっ!?」
「……あ、そうだった。ついいつもの癖で、あはは」
 笑ってごまかそうとするリカインに、アストライトはやれやれと首を振っていた。
「いいからあんたはそいつらを守っておけ。あいつは俺がなんとかする」
 アストライトは住民の護衛をリカインに任せて、≪氷像の空賊≫に向かっていった。
「出来るだけ街への被害は抑えないとな……」
 ラスターブーメランを構えたアストライトは、≪氷像の空賊≫が乗る小型飛空艇に向けて攻撃をしかける。
 小型飛空艇がそのまま住居に墜落して、余計な被害が広がらないようにするアストライトなりの配慮だった。
 光り輝くブーメランは回転しながら駆けぬけ、下から小型飛空艇ごと≪氷像の空賊≫を斬り裂いた。
「まずは一つ!」
 アストライトはさらに向かってくる≪氷像の空賊≫に向けて戻ってきたラスターブーメランは放つ。
 その時――後方から叫び声がした。
「くっ、あっちからもか!?」
 避難をする住民へ、民家の間を抜けて四本脚の機械兵器が迫る。
 アストライトは助けに向かおうとするが、近づいてきた≪氷像の空賊≫に邪魔される。
「ここは私が――!!」
 リカインは住民の前に立つと、機械兵器の振り降ろされる脚爪を七神官の盾で防いだ。
「こっ、のぉぉぉぉぉ!!」
 叫ぶことによってレゾナント・アームズの効果が発揮され、リカインは盾で機械兵器を思いっきり叩きつけた。

 ――ベコン!!

 盾を叩きつけられた部分が大きくへこみ、機械兵器は二・三回跳ねながら吹き飛ばされる。
 ようやく止まると、痙攣を起こしたように脚を動かし、やがて機能を完全に停止した。
「よっし! 歌姫の勝利ね!」
「盾で殴りつけるとか、歌姫のやることじゃないだろう……」
 ≪氷像の空賊≫を倒し終えたアストライトが、リカインの傍で地面に座り込む住民に近づく。
 住民は機械兵器の出現に驚いた拍子に足を捻ったようだった。
「これは歩けそうにないな」
「じゃあアストライトくんはその人を連れて避難ね。私はこいつらの相手をするから」
 リカインの見つめる通りの先には、機械兵器が民家の間から次々と躍り出てきていた。
「戦闘経験は私の方が多いし、それにアストライトくんが戻ってくるまで耐えるくらいなら楽勝なんだから!」
「ふ〜ん。じゃ、頼むわ」
「え、ええ!? 少しくらい心配しないの!?」
「しねぇよ。アルバトロス借りてくぞ」
 アストライトは住民を背負うと、リカインの小型飛空艇アルバトロスを強引に借りて港へ向かった。
 残されたリカインは唖然と過ぎ去っていくアストライトの姿を見送っていた。
「…………って、私、使用を許可してなーーーーーーい!!」
 叫ぶリカイン。
 だが、怒り散らす間もなく、機械兵器はリカインに攻撃を仕掛けてくる。
「邪魔しないでよ!」
 容赦なく攻撃をしかける機械兵器。
 攻撃を防いで反撃しようとするが、次から次と襲いかかってくる敵に守りきりので精一杯のリカイン。
「ああ、もうっ! 厳しいわ、ねっ! 
 ……アストライトくんまだかぁ!?」
「オレ達が手伝うぜ! それぇ!」
「――!?」
 リカインの吹き飛ばした機械兵器の一体が、飛んできた大斧によって真っ二つに切断される。
「援護するぜ!」
 リカインが振り返ると、いつの間にかフェイミィとオルトリンデ少女遊撃隊、それとアストライトが立っていた。
「あれ? アストライトくん、もう送り届けてきたの?」
「いや……」
「街の人ならうちの遊撃隊の一人が送り届けているから安心しろ」
 フェイミィがリカインに対して親指を立てる。
「それじゃあ、ここからは協力して街を守ろうか!」
「……了解したわ」
「オレ達が前線を担当するから、そっちは後方支援を――」
「てぇぇぇぇぇぇい!!」
 フェイミィが話している途中で、リカインが向かって来ていた機械兵器を盾で粉砕した。
 戸惑った様子でフェイミィが問いかける。
「あのリカイン。そっち歌姫だよね?」
「そうですけど?」
「じゃあ、なんで前衛なんだ?」
「前衛? 何言っているんですか? バリバリの後衛ですよ。ほら攻撃の武器なんて持ってないですよ」
「今、相手を殴りつけてたのは?」
「盾です。自分の身を守るための道具です」
 当然という様子で自身は後衛だと訴えるリカインに、フェイミィはわけがわからないと頭が痛そうにしていた。

 飛空艇への避難が少しずつ進む。
 しかし、完全避難にはまだまだ時間がかかりそうだった。