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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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    ★    ★    ★
 
「総員配置につけ。これより、HMS・テメレーアの潜水テストを行う」
 HMS・テメレーアの艦橋で、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)が艦内放送で全艦に告げた。
 巨大な戦艦の形をしているが、HMS・テメレーアは分類上は機動要塞である。正確に言い表すのであれば、超大型要塞艦とでも呼ぶべきだろうか。機動力はほとんどない分、その威容は圧倒的である。後方旗艦としては申し分ないだろう。逆に、前線に出てしまっては、目立ちすぎて集中砲火を浴びかねないという危険性もはらんでいる。
 要塞の特徴としては全域対応となっており、後部の四基の大型ジェットエンジンでこの巨体を進めることができる。
 地上や宇宙では機晶フィールドによる慣性推進となる。そうすると、残るは水中での推進と言うことになる。そのため、そのテストをこれから行おうというのだ。主に海上航行と、潜水航行のテストである。
 主機関があくまでもジェットエンジンであるため、大気中でインテークから空気を吸い込んで燃焼させているエンジンをウォータージェットエンジンとして流用している。インテークをウォーターインテークとして利用し、バイパスを通じてエンジン外周に送る。タービン外周のブレードをメインブレードの回転と接続して水流加速を得、メインのノズル外周からベクターノズルに水流を送り出す方式である。エネルギー効率は悪いが、舵を使わずに方向転換ができ、低速から高速までの幅広いスピード、素早い後退などができるメリットがある。本来水中でも機晶フィールドでの加速減速が基本ではあるが、HMS・テメレーアの巨体をある程度のスピードで運用するための補助推進機関として利用されている。それが、うまく動くかのテストも兼ねてはいるわけだ。
 試験場所は、ヒラニプラ山中の比較的大きな湖が選ばれている。ヴァイシャリー湖かパラミタ内海で試験できればいいのだが、それでは衆目の目に晒されてしまうので、現時点での機密保持のためからここが選ばれた。問題は、やはり湖の大きさと比べるとHMS・テメレーアが大きすぎるということである。
「全隔壁閉鎖。これより、着水してテストに入る。総員、データ収集に努めよ」
 オペレータ席に座ったローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、艦内各部所に告げた。各種センサー総動員で、艦内外の状況のモニターを開始する。
「内燃機関閉鎖。水中モードへストリームバイパス変更。……確認」
「降下開始」
 艦長であるホレーショ・ネルソンが命令を発した。
 ゆっくりとHMS・テメレーアが高度を下げていく。
「水面まで、あと100。50。30。10……着水します」
 艦底部フィンが水面を斬り裂き、HMS・テメレーアがゆっくりと着水していった。だが、その巨体ゆえに大きな波が発生する。広がる波紋は易々と湖畔に押し寄せた。
「周囲の状況を確認せよ」
「水面の高低差1メートル」
「やはり、離着水は難があるな……」
 低速での着水でこれである。急速の離着水は、周囲に及ぼす影響が無視できないであろう。
「微速前進。湖中央へ進む」
「タービン接続。微速前進。メインエンジン、推力1。ヨーソロー」
 復唱が行われ、ウォータージェットエンジンが始動する。
 艦首両脇のインテークから大量の水が吸い込まれ、後部エンジンから勢いよく噴き出していった。
 低速ながら、なめらかにHMS・テメレーアが移動していく。
「予定ポイントで停止せよ」
「リバーサー展開。減速開始。停止します」
 エンジンノズル前にカバーがおり、水流が反転されてブレーキとなる。HMS・テメレーアがゆっくりと停止した。
「うむ、実にいい気分だ。これ程の高揚は、いつ以来か……。そう、あのときと同じだ。初めて戦列艦アガメムノンの艦長に任ぜられ舵輪を握ったときと……。女王陛下より賜りし機動戦艦テメレーアに神の祝福あれ!」
 ちょっと感極まってホレーショ・ネルソンがつぶやいた。再び船の艦長として動けることは、ホレーショ・ネルソンにとっても本懐なのだろう。
「続いて、潜航試験を行う。各部再チェックせよ」
「隔壁再チェック。各部ハッチチェック。気密チェック。独立換気システムチェック。オールグリーン」
「潜航開始」
「両舷バラストタンク注水開始」
「急速に潜ってはならん。これだけの巨体で急速潜航などしようものなら先ほどのように湖畔の住民に被害を及ぼそう。慎重に――そうだ。ゆっくりと、デートプランの様に確実に、だ」
 ゆっくりとHMS・テメレーアが湖水に沈み始めた。その大きさから、結構時間がかかる。
「艦内気圧正常。水面下60パーセント。湖底への距離40メートル」
 やはり、さすがにHMS・テメレーアの高さでは、全てを水中に没するのは難しそうだ。湖底に接触しないように注意しながら、潜航を続けていく。
「水面下80パーセント、湖底への距離10メートル」
「潜水停止。現深度を維持せよ」
 これ以上の潜航は危険だと判断したホレーショ・ネルソンが停止命令をだした。ちょうど艦橋部分が水面から飛び出した状態となっている。
「水質は?」
「あまりよくはありません。インテークのフィルターが詰まる恐れがあります」
 これだけ大きな艦になると、推進用の給排水も膨大な量となる。水面近くでも、魚群などは問題となるが、海底や湖底近くでは水流が巻きあげた土砂や、植物類なども障害となる。
「インテーク閉鎖。機晶エンジンによる移動に切り替える」
 ホレーショ・ネルソンが判断を下した。推力は落ちるが、異物を吸い込んで故障することもない。
「前方に浅瀬」
「フィールド偏向方向修正。取り舵」
 ホレーショ・ネルソンの指示で、HMS・テメレーアが障害を避けて行く。大きさの割りに、機動性は悪くはない。
「そろそろ、限界のようだな。ここでは、試せることは少ない」
「浮上する?」
 ローザマリア・クライツァールがホレーショ・ネルソンに訊ねた。
「そうしよう。バラストタンクブロー。浮上する」
「バラストタンクブロー。浮上開始」
 両舷からタンク内の水が排水され、浮力によってゆっくりとHMS・テメレーアが浮上していった。やがて、元通りの喫水線の位置まで浮上した。
「各部、報告せよ」
「浸水、なし。各ハッチ損傷なし。砲塔内排水完了。各部カバー開放。オールグリーン」
「よし、今回の試験は終了する。しかし、大した試験はできなかったな。しょせん、湖は湖か。やはり、この艦には大海が似合う。次は、パラミタ内海で試験だ」
 ホレーショ・ネルソンはすでに次の航海に心をはせていた。