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リアクション
プロローグ
「まさか……こんなに人が来てくれるなんて思いもよらなかったよ……」
そう言いながら店長は目元の涙をそっと拭う。
目の前にはメイド服の従業員が所狭しと店長の前に並んでいる。
「皆さん、今日はお手伝いありがとうございます! どうか頑張ってお店の建て直しをしていただければと思います」
店長はよろしくお願いしますと頭を下げると、従業員となった冒険者たちは各々の仕事を始めた。
一話 勘違いのガレット(850円)
「いや〜後輩の頼みには答えないといけないよね〜先輩として」
桐生 円(きりゅう・まどか)は満足そうに目の前の喫茶店を眺めている。
「でも、いくらなんでも変なお願いじゃないかしら?」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)はそんなことを訊ねてくる。
「そんなこと無いよ! ……確かに又聞きの又聞きだったけど、楊霞くんがメイド喫茶を募集してるのは間違いないよ! だからこうしてメイド喫茶を楊霞くんのお店の前に立てたんだから。それにお店の経営をすれば夏休みの自由研究も問題ないしね!」
円はビシッと親指をグッと突き出してくる。
「メイド喫茶を建てた時点で十分自由研究だと思うけど」
オリヴィアは少し呆れていると、
「これは……一体どういうことですか?」
楊霞がバーボンハウスから出て来て、円の建てたメイド喫茶を見つめた。
「やあ、楊霞くん! お願い通りメイド喫茶を作ってみたよ! その名も『カサブランカ』どう? ボクを先輩を尊敬してもいいんだよ」
円はふふんと胸を張るが、楊霞は楽しそうに口元に笑顔を浮かべる。
「円様、僕が頼んだのはメイド喫茶の従業員でメイド喫茶そのものじゃありませんよ?」
「ええ!? 違いの!?」
「やっぱり円の勘違いだったわね」
やれやれとため息をつきながら、オリヴィアは楊霞の前に立つ。
「初めまして楊霞さん、私はシクニカ姉妹校で校長をしているオリヴィアです」
「こちらこそ初めまして、お噂は聞いております」
「あら、どんな噂をされてるのが聞くのが怖いわね……楊霞さんの一人称は『妾』だと認識してたけど、間違いだったかしら?」
「店長に距離を感じると言われたから僕にしてみました。……おかしいでしょうか?」
「ううん、いいと思うわ。うちの円もボクだし」
「うう……二人で世間話しないでよ! くそぅこうなったら売り上げで勝負だ! 楊霞くん、負けないよ!」
円は一人で勝手に話を進めてカサブランカの中に入ってしまう。
「ごめんなさい、お手伝いに来たのに帰って邪魔になってるわね」
「いいんです、お気になさらないでください。円様に伝えて下さい。負けませんよ、って」
オリヴィアはその言葉を聞いて少し微笑んだ。
「いいわ、伝えてあげる。お互い頑張りましょう?」
「はい、ありがとうございます」
楊霞はオリヴィアが店に入るのまで、頭を下げ続けた。
「うう……やっぱり、なにかおかしいと思ったら円さんの勘違いでしたか……」
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はため息をつくと、やる気を出すように顔を上げる。
「いやいや、落ち込んでいてはダメですね? こちらが頑張ればクレーマーの人たちも分散するかもしれないし……それじゃあ、私はお料理の方を頑張りますね?」
「それだけは止めて下さい」
ロザリンドの行動を止めたのは冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だった。
ロザリンドはそのまま振り返って小夜子に抗議しようとするが、
「うわ〜……小夜子さん綺麗〜!」
思わず声を上げる。
「そ、そうですか? 褒められると少し恥ずかしいものですね」
小夜子はうっすらと化粧を施した顔に手を当てて、自分の出で立ちに目をやる。
着ているものはメイド服ではなく、執事を思わせるものだったがそれが瀟洒な雰囲気と共に妙な色っぽさを演出していた。
「と、ともかく、ロザリンドさんは料理を控えて下さい。本物のクレーマーが出現するかもしれませんから」
「あ、ひどい! 大丈夫ですよ、ちゃんと消毒して食中毒にも注意しますから」
「私が心配しているのは消毒後に出てくる食中毒の方です」
「……? トンチ?」
ロザリンドは言葉の意味が分からず、はて? と小首を傾げている。
これ以上の追求は非難になると感じた小夜子はコホンとわざとらしく咳払いをして話を強引に逸らしにかかる。
「ここは向こうのバーボンハウスと違って厨房にそんあ人は必要無いですから、私たちはお客様の対応を頑張りましょう?」
「そういうことなら……」
ロザリンドはまだ腑に落ちてないといった顔で小夜子の後ろを歩いて、お客様入口の横に立った。
しばらくすると、入口のドアが開き来店を告げるドアベルが乾いた音を鳴らす。
「「おかえりなさいませ、ご主人さま」」
二人は同時にお客様に向かって頭を下げた。
「へえ……どんなものかと思って来てみれば……可愛い子がいるじゃないの」
「執事の格好も結構いいもんだね……」
来店した男二人はそんなことを話し合っていると、
「お客様は二名様でよろしいですか?」
ロザリンドは貴賓への対応を使ってお客様に失礼のないように笑顔を向ける。
「あ、はい……」
「それでは、こちらにご案内致します」
そう言いながらロザリンドは二人を席へと誘導していく。
「……多分、普通のメイド喫茶ってもっと可愛らしい対応をすると思うけど……本格的なのもありかもね」
小夜子は独りごちながら初めて来店したお客様のためにお冷やを用意するために厨房へと向かった。
数時間経つと、カサブランカの中はそこそこの賑わいを見せた。
が、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)の顔色は思いの他暗いものになっている。
「やっぱり、根回しで食材や機材の確保をしてもお客の確保には限界があるわね」
そんなことを呟きながらお客の流れをジッと観察していた。
客は多いように見えるが、普通の店より規模が小さいからそう見えるだけで実際の売り上げはバーボンハウスに一歩遅れを取ると亜璃珠は考えていた。
「これ以上の過剰サービスは百合園学園のイメージを崩しかねないし……どうしたら」
「おい! 姉ちゃん、こりゃどういうことだよ!」
騒いでいるお客の声が耳に届き、亜璃珠はそちらに視線を向ける。
視線の先では椅子に座っている客にマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が頭を下げていた。
「俺が頼んだのコーヒーに虫が入ってたんだよ! どうしてくれるんだこの野郎!」
「も、申し訳ございません!」
マリカは目にうっすらと涙を溜めながらペコペコと頭を何度も下げている。
「謝って片付く問題じゃねえだろ!」
「ほ、本当に申し訳ございません……」
「謝るならさ、もっと誠意の見せ方とかあるだろ?」
そう言いながら男はマリカの腰に手を回してグイッと引き寄せてくる。
「や、やめてください……」
マリカは顔を紅潮させ、目に涙を溜めながら震えて抵抗する。
亜璃珠はやれやれとため息をつきながら、マリカのいる方に近づいていくと、
「ぶぇ!?」
男の顔を全力でひっぱたいた。
男はそのまま椅子ごとひっくり返ると、亜璃珠はその虫を手に取ってみせる。
「この虫は秋から冬にかけて活動する虫で夏にはいない。なんなら図鑑でも見せましょうか?」
「ぐ……」
「それに、あなた向こうの隣の店でも問題起こしてるでしょ? 話はちゃんと聞いてるわ」
亜璃珠は男の胸倉を掴むと、自分の顔に引き寄せてニイッと口角を吊り上げる。
「ここだと他のお客様に迷惑だから別室でお話しましょう? ……ゆっくりとね」
「や、やめろ! 離せぇえええ!」
男は騒ぎ散らすが亜璃珠は別室と呼ばれた部屋に男と入っていく。
入った途端、男の声はまるで部屋に喰われたように聞こえなくなった。
店でそんな事が起こってるとは知らず、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)はバーボンハウスの店長と会話していた。
「だから、両方のお店に行った方には景品をプレゼントしたり、一方の割引券を出せば売り上げ向上も望めると思うんです」
店長はその話を真面目に聞いていたかと思うと、
「あっはっはっはっは! ただでさえ経営が火の車なのにそんなことしたら本当に店が潰れちゃうよ。あっはっはっはっは!」
豪快に笑い始めた。
「それに、僕は店長だけど今回の運営だけは楊霞くんだからね。僕はいるだけのお飾りなんだよ」
そう言って店長は朗らかに笑っている。
「あの……言ってて悲しくなりませんか?」
「まあ、お店が助かればいいんだよ僕は。ほら、よく言うだろ過程や方法などどうでもよいのだ! って」
「はあ……」
歩はなんとなく店が潰れかけた理由を理解しながら店長に向かって頭を下げる。
「あの……お話聞いていただいてありがとうございました」
「うん、そっちもお店頑張ってね」
店長は手を振って笑顔で歩を送り出す。
スタッフルームを出て、店内に出た歩は疲れを吐き出すようにため息をついた。
「なんだかなぁ……ん?」
歩は、ふと視線を向けると、
「ん〜……これは、しょっぱかった……と」
テーブルにこれでもかと料理を乗せて貪り食っているパートナー、七瀬 巡(ななせ・めぐる)を見つける。
「えっと、何してるの?」
歩が声をかけると、巡るは口を色んな食べ物でベタベタにさせながら歩に目を向ける。
「あ、歩ねーちゃん、とりあえずねーちゃんが言ってたりょーりひはんっていうのしてたよ」
ほら、と見せるノートにはひらがなで料理の名前としょっぱい、からい、などと書かれていた。
「あのね? 自分たちのお店の批判をしなきゃいけなんだよ? いいから、もう帰ろう? お客さんも呼び込まなきゃいけないし」
「おお、呼び込みな。任せて! え〜っと、隣のお店カサンドラ美味しくて可愛い子がいっぱいいるから、ここで食べ終わったら遊びに来てね〜!」
そんなことを大声で叫ぶ巡を見て、歩はサッと巡の口を手で覆った。
「こ、ここでしたらお店の人に迷惑でしょ! あ、あの失礼しました! おつりはいらないです!」
歩は顔を真っ赤にしながらお金をテーブルに置くと、巡を引っ張ってバーボンハウスを後にした。
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