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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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2ターン目:【シェーンハウゼン】 〜 ROUND2 〜

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「……というわけで、私が先ほどこっそり見て回ったところ、遠目からですが、あの敵陣にはあちらこちらに似たような罠や障害物が仕掛けられているのがわかりましたよ」
【シェーンハウゼン】が鶴翼の陣を敷いている戦場から少し離れた小高い丘のふもとで、偵察から帰ってきたゼノビア・バト・ザッバイ(ぜのびあ・ばとざっばい)は、マスターであるシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)に調べてきたことを伝えていた。
 戦いが始まるなり、シャノンとゼノビアは敵陣の様子をこっそりと探りに行っていた。あまり近寄れなかったが、離れたところからでも大体の状況は把握できる。
 教科書どおりの戦術に100点満点の布陣で、シャンバラ軍を待ち構えているのがわかった。
「敵の総司令官は、真面目な優等生みたいね。でもさ……教科書に載ってない事が起こったらどうなるんだろう……?」
 地面に大きく広げられた陣の見取り図に、シャノンはポンと駒を置く。
「結論から先に言いますと、罠のある地点を強引に通り抜けるのはリスクが大きいですね。何の障害物もなく進撃できそうな進路は唯一つ。中央だけです」
「……」
 ゼノビアの報告を聞きながら、シャノンはこの世界に持ち込んできていたハンバーガーをむしゃむしゃと食べていた。
 ジャンクフードをこよなく愛する偏食家の彼女は、ジャンク成分を補わないと動かないのだ。
「……鶴翼の陣を敷いている敵陣の中央に突撃していったら、あっさり囲まれてやられるのは明白じゃない。まあ、それが狙いなんだろうけど」
【めいりんバーガー】片手に、シャノンは考える。
「ハイナは、36000と戦うのではなく、3000と戦うでありんす、と言っていたわね。あの軍団を一つずつ各個撃破でコツコツ攻撃していくつもりらしいけど、そんなことが可能なのかしら。敵も黙ってないと思うんだけど……」
 シャノンは離れた戦場に視線をやった。
 命知らずの無謀な狂信者は、すでに騎馬隊を率いて敵陣に突撃していった後だった。「Amen!」
 シャノンは、ハンバーガーを食べ終わると、宗教に関係なく贈る言葉を呟きながら、空に二本の火矢を放っていた。彼らが無事、幸せな光の国へと召されることを、せいぜい祈っているとしよう……。



 さて、【シェーンハウゼン】右翼陣営との戦いの実況を続けよう。
「敵の突撃力は想像以上に強いぞ。防備を厚くせよ」
 右翼の中段に配置されていた、第二軍団長のティベリウス・センプローニウス・グラックスは、兵士たちに指示を与える。
 第十一軍団と先鋒隊との戦いが始まり、その戦闘音がここまで聞こえてくる。命知らずの騎馬隊は、ちょっとやそっとのことでは止まらないようだった。
「なるべく安全に戦いたいものだ。そのためには、準備は惜しまない」
 右翼の司令官でもあるティベリウス・センプローニウス・グラックスは戦況を見やりながら、工作の進捗状況に気を使っていた。
 戦いはいきなり始まった。急がないと間に合わない。
 そんな彼もまた、共和制ローマの時代の英霊なのであった。
 政治家にして軍人。元老院の議員でもあり、2度にわたり執政官を務めた。
 第二次ポエニ戦争(ハンニバル戦争)中、奴隷軍団を編成して積極的に戦いを繰り広げ、正規軍団にも優る戦果を挙げたが、紀元前213年の冬にハンニバルの部下に不意打ちで暗殺され、その生涯を終えた。結成した奴隷軍団はそのまま霧散してしまったという。
 彼の正体は、訓練中にヴァーチャルシミュレーターが暴走により取り込まれてしまった、シャンバラ教導団のケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)なのであった。
 彼は、指揮下の軍団に対して戦闘開始前に十分に防衛陣地を整えるように指示をしていた。特に、右翼軍は敵騎兵による攻撃にさらされる危険性が高いと予想し、馬防柵や逆茂木、空堀など、騎馬隊の突撃を阻む障害物をできるだけ多く設置していた。
 とはいえ、シャンバラ軍のいい意味で頭の悪い、命知らずな突撃先鋒は、施した罠すら踏み潰しそうだった。
「久しぶりに無双モードで暴れてみたいところであるが……、一軍の将ともなれば、そうもいかんか」
 大勢の部下たちを守るために、ティベリウス・センプローニウス・グラックスは自分を抑えてコツコツと工作を続ける。
 そんな彼は、こちらに突進してくる部隊に目を見張った。
 鶴翼の内側から、第十一軍団の隣をなぞるようにすり抜けて異様な集団がこちらにやってくるではないか。有り得ることではなかった。
「諸君、神の祝福はその手の中にある! 栄光を! さもなくば此の地での最後の奉仕を! 共和制ローマの邪教徒どもを一人残さず誅殺せよ! 父と子と聖霊との御名によりて、Amen!」
 胸に刻まれた真っ赤な十字架の紋。彼はテンプル騎士のグレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)であった。
 敵が鶴翼ならこちらは長方円陣で対抗とばかりに、彼の率いる騎馬隊は縦長の菱形◇に陣取られており、楔を打ち込むように真っ直ぐに突っ込んでくる。
「……!」
 ティベリウス・センプローニウス・グラックスは、手の動きだけで自軍の兵士たちに構えの合図をする。
 大将のグレゴワールを先頭に、平原の向こうの丘辺りからロングランの全力疾走してきたテンプル騎士団が、速度を落とすことなく第二軍団に勢い良く突き刺さった。
 ほんの一瞬で、周囲は乱戦に包み込まれる。
「バカな。敵は陣の内側に入ってきたぞ。他の軍団は何をしている。どうして計画通り誘導しなかった」
 ティベリウス・センプローニウス・グラックスは言ってから気付いた。
 誘い込みを図る中央の軍団が敵軍の動きに反応して陣の半ば辺りまで突出してきたものの、待機している。
 隣をすり抜けられた第三軍団にも同じようにグレゴワールの部隊から直前で分離した長方円陣が突き刺さっていた。
「敵は部隊を二分した……。ハイナもいない少数部隊ゆえ我が軍団だけで対処せよということか……」
【シェーンハウゼン】は、敵が外側から回りこんで攻撃してくるであろうという想定は十分になされており、対策も立てられていた。だが、内側から側面を突かれるとは考えていなかったのだ。
「落ち着け、敵は寡兵だ。包み込み、殲滅せよ」
 ティベリウス・センプローニウス・グラックスはすぐに気を取り直した。的確に指示を飛ばし、混乱している歩兵たちを立て直す。
 愚かな奴らだ。ただでさえ少ない1000の兵を二つに割って更に少数にするとは。たかだか500ほどの兵など、第二軍団だけで包囲殲滅できる。
「駆けろ、駆け抜けろ! 濁流となりて蹂躙せよ!」
 グレゴールの部隊は第二軍団とぶつかっても騎馬の勢いを落とすことはなかった。常に動き続けて騎兵の最大の武器である機動力を存分に活かす戦法で、そのまま向こう側へと突き抜けようとする。
「通りたい奴は通してやれ、その代わり側面と後方を狙い打て」
 ティベリウス・センプローニウス・グラックスは歩兵を小刻みに分散後退させながら絶妙の用兵で騎馬隊を執拗に攻め続ける。
「戦い、祈れ! 神はそれを望んでおられる! Amen!」
 テンプル騎士の前進は止まらなかった。死を恐れぬ兵士たちにどうして弱点があろう。
 イスラムローマ死すべし! その異様な迫力に第三十八軍団の歩兵たちは恐怖した。
 敵陣を突き抜けた先に、神の御元へと続く黄金の扉が見えた気がして、グレゴワールは胸の前で十字を切る。
 テンプル騎士団の無謀な狂信者たちは、共和制ローマ歩兵の邪教とたちを滅ぼすため戦場を止まることなく駆け回り何度も突撃を繰り返し500人ほど神の元へ送ってから、自分たちも全員天に召されていった……。
「外側と前方に施してあった罠、あまり役に立たなかったな……」
 こんなことなら、我慢せず自分も無双しておくんだった、とティベリウス・センプローニウス・グラックスはいささか消沈した。
 常識を逸した敵と戦うのは疲れる……。

▼グレゴワール・ド・ギー、戦死。
▼第二軍団:3000→2500。