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【祓魔師のカリキュラム】一人前のエクソシストを目指す授業 6

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【祓魔師のカリキュラム】一人前のエクソシストを目指す授業 6

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第5章 食は命・美味なるものならば食らう Story3

 ケルピーから救出されたセイニィの呪いは、ずいぶんと深くかかっているらしく、彼女は魔性の方へ行こうと手足を無茶苦茶に暴れさせている。
「あ、暴れるなって!」
 牙竜はセイニィの肩を掴み、必死に止めようとしているが、呪いで意思を支配されている彼女はまったく言うことを聞かない。
「そのままおさえていてくださいね」
 エルデネストはペンダントに触れ、ホーリーソウルでセイニィにかけられた呪いを解除しようと試みる。
 呪いは精神を深く蝕み、捕らわれた彼女の意思はなかなか開放されない。
 彼女の首筋から黒い影が現れ、魚のようにズルズルと頬や頭、腕の方へ這い回る。
「これは…、かなり時間がかかってしまいそうですね…」
「なんだこれは…」
 あまりの不気味さに牙竜がそれを凝視する。
「それが潜んでいる呪いでもあり、具現化したように見えるものでもあるでしょうね。ホーリーソウルの力に、かなり抵抗しているようです」
「くそ、こいつ。セイニィから離れろっ」
 捕まえようとするが彼の手をすり抜け、セイニィの中へ潜ってしまう。
「呪いにかかってしまっては、ホーリーソウルで解除するしかありませんよ」
「俺は…何もしてやれないっていうのか」
「セイニィさんが正気に戻った時、傍にいてあげるだけでもいいんじゃないかな?」
 愛する人のために何も出来ない…と嘆く彼に、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が声をかける。
「今回は治療に時間かかりそうだ。私も手伝おう」
 涼介も呪いの解除を手伝い、ペンダントを媒体に白い宝石の力を引き出す。
「全てを癒す光よ、傷付き苦しむものに再び立つ活力を」
 彼女の額に片手を当て、祈りの言葉を紡ぐ。
 影は苦しげにぐねぐねと蠢き、彼女の身体から這い出る。
 それは金切り声を上げ、ホーリーソウルの力に浄化され、消え去ってしまった。
 ケルピーの呪いから開放されたセイニィは、糸が切れた操り人形のように手足をだらんとおろし、気絶してしまった。
「ふむ、眠っているようだな。無理に起こさないほうがよいだろう」
「ありがとう…。本当に…ありがとう…っ」
 すやすやと眠るセイニィを抱きしめ、顔を俯かせて彼らに礼を言う。
「泣くな、カサハリ」
 牙竜の腕にポタリと垂れる滴を、樹が見下ろした。
「違う…、林の姉さん。これは汗だ…」
「―…そうか。いつまでもここで抱えているわけにはいかないだろ?村に避難するんだ、私たちも同行しよう」
 樹が牙竜の肩に片手を置くと、彼はセイニィを抱きかかえたまま立つ。
 飲まず食わずの彼女を抱えたまま、戦うわけにもいかず、彼らは獅子座の乙女を連れて村へ帰還する。
「無事に戻れればいいが」
「和輝、日陰側で魚類どもと遭遇した者たちの状況はどうだ?」
「連絡を取ってみるか…。―…裁きの章を使える者を応援によこしてほしいらしい」
「ならば、こちら側の者を何名かいかせるか。結和、レイカ、頼めるか?」
「わ、私ですか…?は…はい、行きます…っ」
「え…、私は本を使わないのですが」
 なぜ自分が指名されたのだろうか、とレイカ・スオウ(れいか・すおう)が首を傾げる。
「向こうも魔性と遭遇しているらしいからな。近づけば気配で発見しやすいだろう?和輝が向こう側とコンタクトを取りながらレイカにテレパシーを送る。それで早く合流も出来るはずだ」
「はい、分かりました」
「レイカさん、私の箒に乗りますか?」
 結和は自分の空飛ぶ箒スパロウに相乗りするかとレイカに聞く。
「い、いえ…。合流地点までは、翼で飛んでいけると思うので、大丈夫です」
 背の昂翼のアネモイを広げ、レイカの後に続いて飛ぶ。
「さすがにこれ以上は、人員を回せぬな」
 新たに魔性が現れてしまうと、他のチームに人を行かせることは難しそうだ…とリオンが呟いた。
「マスター…。呪いとは…、深くかけられてしまうと厄介なものなのですね」
 時折ケルピーから視線を外し、呪術の解除を見ていたフレンディスが言う。
「そうみたいだな。俺らもかからないようにしないとな、フレイ」
「は…はい、マスター」
「俺の指示なしでもまだ見えるか?」
「えっと…、少しずつ見えなくなってきていますね」
 陣たちの術の効力が弱まってきたのか、ぼんやりと見えていた魔性の姿が、だんだん見えにくくなってきた。
「フレイ、俺が指示するところを狙え。…フレイ、絶対に無茶するんじゃねぇぞ?」
「了解です」
「(さて随分厄介な化け物みてぇだな、俺もガード役するか。守り役をアウレウスばっかりに任せるわけにもいかねぇしな)」
 フレンディスたちの詠唱を邪魔されないように、ベルクはフレアソウルの炎を纏う。
「ねぇーねぇー、ジブンたちと川で遊ぼうヨ?そうすれば、探してるヒトも見つかると思うシ」
「そうやって語りかけて、呪いにかけるってわけか」
「えぇー?ジブンたち、案内してあるって言ってるだケ。この先にね、行くと会えるはずだヨ?」
「残念だったな。全然、効いてねぇよ」
 クリストファーが使役するクローリスの香りが川辺に漂い、ベルクたちを呪いから守っている。
 そうだと知らないケルピーたちは、“なんでこっちに来ないノ?”と不思議そうな顔をした。
「じゃー、潰してから引きずるゥー。えぇえぇ〜、避けられたァー」
 ケルピーは水柱でベルクを潰そうとするが、簡単にかわされてしまった。
 ベルクは相手の出方を観察し、“術を使う”と言った瞬間に、宝石の飛行能力で避けたのだ。
「こっちに来るヨォ?」
「今、俺が触ったらどうなるんだろうな」
 ニッと笑みを浮かべてケルピーのたてがみを掴と、ルビー色の宝石が赤く輝く。
 フレアソウルの炎はその手から緑色のたてがみへ燃え移った。
 魔性はギャッと悲鳴をあげ、炎を必死に消そうと狂ったように暴れる。
「あいつ…危険ッ」
「逃げるのか?まっ、俺を背に乗せたら燃えるだろうけどな」
「ヤダーッ」
 燃やされたくないケルピーたちは必死にベルクから逃げる。
 彼が触れようとしてる行動こそ、フレンディスたちに“狙え”という合図だった。
「グラルダさん、裁きの章を頼みます」
「分かったわ。―…万象の概理は覆らず、其の寄る辺も此処に無し…」
 ベルクの手元を見ながら詠唱し、じっくりと狙いを定める。
「君臨者が嘯き、槌が振るわれ、天秤が傾ぐ。天より注ぐ落涙にて身を濯ぎ、地に伏して乞え。見よ!此れが其の罪なり」
「ぃやダッ、この雨ッ。―…な、なんか…ジブンの力が…がなくなっていくゥウ!!?」
 魔法防御力を削がれた瞬間、明日香の哀切の章の力で憑依能力を失ってしまった。
「では…、参ります」
 川に逃げ込もうとするケルピーだったが、フレンディスが放った重力場に捕まり、ポニーサイズにされてしまった。
「ぅわ〜ン…」
「これで当分、回復出来ませんよ?」
 体力が戻られなければ回復どころか、餌を何人も背に乗せるスペースがなくなり、運ぶのが大変になってしまう。
 川辺にいる者たちは、あっとゆう間に祓われてしまい、ケルピーたちはしゅーんと沈んだ。



「お腹が減ッタ」
「木の実があるわよ?ほら、あの辺りとか…」
 ぐぅ〜っと切なげに腹の音を鳴らすケルピーに、セレアナは木のランタンの明かりを向ける。
「ヤダ、お肉……」
「そんなもの、却下よ。あなたたち…いい加減、反省しなさいよ」
「今何時かしら、セレアナ。明かりがないと何も見えないレベルだわ」
「さぁね。行方不明者を全員発見するまで、村に戻らないんだから。気にもしてないわ」
 昼食をお腹いっぱい食べたはずだが、お腹の減り具合で“夕飯”…だとか言いたげな顔をするセレンフィリティに、ため息をついた。
「あなたもその辺の木の実でも食べてなさいよ」
「うー…、レストランが閉まってそう…」
「村に戻ったら、私が何か作ろうか?」
「本当!?じゃあ頑張らないとね」
「セレン…、まじめにやりなさいよ」
「何よ、私はいつだってまじめよ?」
「どうだか…」
 “夕飯を作る”という単語に、元気になった恋人に対して嘆息する。
「ねぇ、セレアナ」
「今度は何よ」
「気配が……いくつかこっちに近づいてくるわ」
「はぁー…、そう。って、また来たってこと?」
 立ち上がったセレアナはホーリーソウルの力を、指先に集中して待ち構える。
「そこねっ」
 アークソウルで気配を探知したセレンフィリティは、林の中に祓魔の護符を投げた。
 小枝や草を踏み荒らす音が響いたかと思うと、暗闇の中を何者かが砂利道を走る。
「ひ、人が浮いてるっ!?」
 そこへランタンの明かりを向けたセレンフィリティが声を上げる。
「きっとケルピーの背に乗せられているんだわ」
 セレアナはホーリーソウルの光輝魔法を、光の鞭に具現化させて振るう。
 パシィイッ。
 激しく打ちつける音が響き、馬の悲鳴が聞こえた。
「む…、人が乗っているようだが。そのまま術をかけてしまってもよいのだろうか、月夜」
「ん?人や物を傷つけないように、作られているものだから大丈夫じゃないの?」
 被害者に影響はないだろうかと言う玉藻 前(たまもの・まえ)に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が答える。
「ほう、ならば遠慮はいらぬというわけだな」
「私が川へ近づけないようにします。…たいぶお腹を空かせているようですね」
 魔性はフレンディスたちに囲まれて、ぐったりしているケルピーよりも凶暴化している様子で、川に駆け込もうとしている。
 明日香がそれの行く手を阻むように、酸の雨を降らせる。
「いくら美味いものを食べたいからとはいえ、なんでもかんでも襲うとはけしからんな」
「お食事の邪魔しないデッ」
 玉藻の術をくらい、弱りながらも川に近づいていく。
「(玉ちゃんの攻撃の後に、私が哀切の章で攻撃をすると効果が上がるんだよね)」
 ハイリヒ・バイベルを開いた月夜は祓魔術の力を、玉藻が弱らせたケルピーの身体へ進入させる。
 魔性は光の嵐から逃れられず、器から祓われてしまう。
「うん、このほうが祓いやすいね、玉ちゃん」
「油断するな月夜、まだくるようだ」
「―…玉ちゃん、なんか聞こえる…。おいで…?ん…そっちにいなくなっちゃった人がいるの?あの林の中から聞こえるね」
「耳を貸すな、月夜。やつらはそうやって、我らに呪いをかけようとしてる」
「餌にされるなんていやっ」
「クリストファーが継続してクローリスの香りで、我らを守っている間は問題ないが…。やつらめ、姿を現さんな」
「こっちから近づいていくの?」
「留まるだけでは、いずれ標的にされてしまうだろう」
 ベルクに精神力を回復してもらっているようだが、彼に使い魔の効力をずっと使わせているわけにもいかず、自分たちが出向くしかない。
「ジブン、そっちじゃないヨ、こっちにいるヨ?おいデ」
「わざわざ呼ぶとはな」
「玉藻、反対側にいる…」
 グラキエスは声のボリュームを下げ玉藻に言う。
「―…何だと?」
「俺からも見えないから、不可視化してるはずだ。死角を狙って背に乗せるつもりだろう」
「トラップとは、それなりの知恵があるということか」
「(禁猟区の反応がないね。やっぱり通常のスキルじゃ、無理なのかな…)」
 彼のアークソウルは反応を示しているが、北都のほうは何も感じ取れない。
「来なイ、来てくれなイ?ジブンから喰いに行くヨォッ」
 北都にかぶりつこうとしたが、リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)がパートナーを抱えて草の上を転がってかわす。
 食べ損なったケルピーはますます苛立ち、姿を現して大口を開けて襲いかかる。
 2人はとっさに木の裏側に走り、盾代わりに隠れて屈んだ。
 魔性がその木をベキベキと噛み砕いてしまう。
「ほ…北都、齧られるって感じを超えてますよっ」
「噛まれると危険だね…。あ、また消えちゃった」
「皆、川辺へ走れ」
 グラキエスはケルピーの気配を探知しながら彼らを誘導する。
「お、お腹、減ったーァアアッ」
「玉藻、生体反応があるぞ。…あいつの背中に、人が乗っている!」
 銃型HC弐式で被害者の生存を感知した刀真の視線の先には、子供が2人乗せられている。
「きゃー、玉ちゃんっ。ケルピーが川に飛び込んじゃった!」
「(くっ、届くだろうか…)」
 焦る気持ちを抑えながら、玉藻は裁きの章を唱える。
「俺が泳がなきゃいけないってことか」
 ケルピーを陸へ追いやるために、刀真は川へ飛び込んだ。
 神降ろしで水の術への耐性を高めてはいるが、相手が真っ暗な川の中のどこにいるか分からない。
「(上から水圧がっ、ぼばっ!?)」
 水柱を脳天からくらい、さらに沈んでしまう。
「(これじゃあ俺が食われる……っ)」
 晩御飯にされてたまるかと、必死に水面へ出ようとするが…。
「(―…動きが鈍いな、玉藻の術が効いているということか?いったん呼吸を…、ぐぶはっ)」
 再び水柱に沈まれてしまった。
「なんか浮かんでこねぇぞ?」
「マスター…、お願いします」
「へっ!?俺が川ん中飛び込むのかよ」
「で、でも刀真さんが…っ」
「―…ち、仕方ねぇな」
 攫われた者に加え、さらなる犠牲者を出すわけにもいないかと、ベルクはしぶしぶ川に飛び込んだ。
「(あいつか……っ)」
 フレアソウルの炎を纏ったまま、ベルクはケルピーの頭部を掴んだ。
 魔性は“熱ィイッ”と叫び声を上げ、逃げるように陸へ上がった。
 彼が刀真の腕を引っ張り陸へ戻ると、相手はすでに月夜によって器から祓われ、子供たちはエルデネストと涼介が呪術の治療を始めていた。
「げほっげほっ、すまない…」
「別にいいって。真冬は簡便だけどな」
「マ、マスター、ハンカチをお使いください」
「フレイ、これじゃあすぐに濡れるぞ」
「は…、すみませんっ」
「(まあいいか)」
 フレンディスの気持ちを無碍に出来ず、受け取ったハンカチで顔を拭った。