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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション


【三 目にも見えず、記憶にも残らない恐怖】

 空京にオフィスを構える、SPB事務局広報室
 普段であれば、広報室員の空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)以外の姿はあまり見られない場所であるのだが、この日は珍しいことに、見慣れない顔ぶれが室を訪れていた。
「ほぅほぅ……SPB自体のマスコットでございますか……それは中々、面白い考えやも知れませぬ」
 狐樹廊は受け取った提案書に目を落としながら、熱い昆布茶をずずずっとすすった。
 広報室を訪れて提案書を出したのは、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)の両名であった。
 四月に行われたシャンバラ・ハイブリッズとSPB選抜チームとの対戦以降、プロ野球に対する興味が次第に湧いてきていた優希は、彼女なりに野球の振興に対して関わってみたいという意識が強くなっていたようである。
 実際、優希のパートナーである麗華はあの後、ワルキューレに入団を果たし、この四か月間、一軍と二軍を行ったり来たりしながらも、それなりに結果を残しつつある。
 その姿に触発された、という訳でもなかったのだが、優希の中で野球に対する意識が急激に変わってきたのもまた事実であった。
 そしてアレクセイはというと、優希が興味を抱いた野球というものについて、よく分からないながらも、何か形として残したいという意欲が湧いてきているらしい。
 そんなふたりが行き着いた結論――それが、SPB自体の公認マスコット創設、というアイデアだった。
 このアイデアは、狐樹廊にも無かった。
 だがしかし、よくよく考えてみれば理に適った話であった。
 SPBが何らかの行動を起こす際、いちいち各球団のマスコットを借用する訳にはいかない。仮に借用するとなれば、全球団のマスコットを起用しなければ不公平が生じてしまう。
 これは実際のところ、諸々の手間や手続きの煩雑さを考えれば、あまり現実的ではない。
 であれば、SPB自体が独自のマスコットキャラクターを用意しておけば、この辺りの杞憂は全て一瞬にして解決出来てしまうだろう。
 優希とアレクセイの発案は、非常に重要な意味合いを持っているといって良い。
「成る程、海賊風衣装をまとった、ややヒールっぽい立ち位置のキャラクターですか……空賊は多いシャンバラですが、海賊は少ない方でしょうからね。インパクトとしては十分でございますな」
 狐樹廊の評に、優希とアレクセイは一瞬だけ、嬉しそうに頬を緩めて互いに視線を送り合った。
「ただ、外見が外見なので、敢えて非公認という形を取ってみても面白いかも知れません。日本の東北地方に本拠地を置く球団では、悪役っぽいマスコットキャラクターを敢えて非公認とすることで、割りと好き勝手に、そして派手なパフォーマンスを繰り広げることで人気を博したという例があります」
 優希の説明に、狐樹廊は成る程、と小さく頷いた。
 その悪役マスコットキャラクターの話なら、SPB広報室員として種々の情報を取り扱っている狐樹廊もよく知っている。
 ただ、全く同じ方式を取ってしまうと単なる二番煎じになってしまう為、何か新しい形を模索しなければならない。
 ここで狐樹廊はふと、妙な案を思いついた。
「ならばいっそ、SPB事務局自体が悪役となり、各球団を正義とする形のアングルを取り入れてみては如何でございましょう。アメリカの大手プロレス団体では、オーナーが悪役を演じ、所属レスラーと抗争を繰り広げることで大変な人気を得たという例もあります」
「へぇ……公式が悪に染まるってか。それはそれで、面白いかもな」
 感心した様子で呟きながら、アレクセイは自身の頭の中で、既にある程度デザイン案が固まっているマスコットの姿を思い描いた。
 狐樹廊は手元の資料に再度視線を落とし、そこに描かれている二種類の海賊衣装と、目の前の優希とアレクセイとを見比べた。
「御二方、それぞれ黒と白の海賊風マスコットキャラクターを演じて頂く御用意は、ありましょうな?」
 狐樹廊からの問いかけに、優希とアレクセイは慌てて頷き返す。
 それはつまり、この案を採用するという狐樹廊の回答に他ならなかった。

 SPB公認取材班として活動するエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)のふたりは、レンタル移籍選手の数が、ブルトレインズとネイチャーボーイズとでは随分と開きがある事実に、多少の驚きを禁じ得なかった。
 ガルガンチュアとの三連戦を戦うネイチャーボーイズの現在の目玉が、ワルキューレから移ってきた正子と、謎の美人捕手として獅子奮迅の活躍を見せるリナリエッタのふたりだけというのも寂しい話ではあったが、それとはまた別に、フロント組の動きが気になるといえば大いに気になる。
 特に、このほど新たに理事として就任したラインキルド・フォン・リニエトゥトェンシィの噂は、選手以上に話題を掻き集めているといって良い。
 このラインキルド、球団理事という背広組であるにも関わらず、ほぼ毎試合、スタンドに顔を出しているという変わり者であり、しかも何故か彼が姿を現すと、周囲の空気が妙に薄くなるような印象を受けるのだというから、不思議な話であった。
「レンタル移籍選手達のインタビューはあらかた取り終えたし……次はこの、ネイチャーボーイズの理事さんに話を振ってみるのも良いかも知れないな」
 ガルガンチュアとの第二戦を控えたグレイテスト・リリィ・スタジアムのライト側スタンド席で、エースはレンタル移籍選手達のインタビューを取りまとめた資料を整理しながら、半ば独り言に近い調子で呟いた。
 隣ではクマラが、ネイチャーボーイズのユニフォームに巨躯を包み込んだ正子の球団公認ブロマイドを手にして、ひとりにやにやと笑っている。
「いや〜、こいつぁ中々レアな逸品だよな〜。来年になったら、この姿はもう見られないかも知れないんだし、ある意味これは期間限定ってやつだもんな」
 正子の強面をここまで嬉しそうに眺められるというのも、それはそれで凄い話である。
 それはともかく、エースは今後の予定についてどうしたものかと、再度試案を巡らせる。
 レンタル移籍選手達のインタビューをSPB公式ブックレットに寄稿するか、各球団のオフィシャルパンフレットに提供するかといった辺りで、相当頭を悩ませているらしい。
「んなことで悩む必要無いんじゃない? ホーネッツなんかは今回、レンタル移籍には全く関与してないんだから、SPB公式ブックレットに寄稿するのが公平だと思うにゃん」
「あ……成る程ね、いわれてみれば、確かにそうか」
 レンタル移籍で移った選手達のコメントは、いずれも未来志向であり、非常に力強いものが揃っていたのであるが、ホーネッツからはひとりも移籍した選手が居ないし、ガルガンチュアからも、控え捕手の輪廻ひとりが出ただけで、これといった大きな動きは見せていない。
 となると、矢張りここはクマラのいう通り、公式ブックレットに載せるのが最も無難であろう。
 方針は決まった。後は、空京のSPB広報室に原稿を送れば、ふたりの仕事してはひと段落つく、というところであったが――。
「ん? あそこに居るのって、もしかして例の、ラインキルド氏なんじゃ?」
 クマラが、レフト側スタンド席で、数名の人影と一緒にベンチに座しているスーツ姿の人物を目ざとく発見して、エースに顔を向ける。
 呼びかけられたエースも自身の記憶を辿りながら、その人物が確かにラインキルドであることを確認した。
「一緒に居るのは……」
 どういう訳かエースは、そこで思わずいい淀んでしまった。
 ラインキルドと接しているのは、美羽と一緒にネイチャーボーイズの球団職員にレンタル移籍してきたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)、SPB公認スポーツドクターとしてラインキルドのもとに挨拶の為に訪れた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)、たまたまグレイテスト・リリィ・スタジアム周辺を散策していた茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)といった面々であり、いずれも知っているといえば知っている顔ぶれであったが、しかし何故かこの時ばかりは、非常に影が薄く感じられてしまい、全く別人のように存在感が無かったように思えた。
 ここでエースは、もしかして、と変な畏怖感のようなものを覚えた。
 あれが、ラインキルドの醸し出す謎の雰囲気世界、行殺というものであろうか。
 であれば、下手に近づかない方が身の為ではないかという思いが、エースの中でにわかに巻き起こってきていた。

 同じくグレイテスト・リリィ・スタジアム内の球団事務所では、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)崩城 理紗(くずしろ・りさ)崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)の三人が、次の球団広報誌の紙面作りをどういう形にしたものかと、それぞれが知恵を捻りながら、ああでもない、こうでもないと議論を重ねていた。
 もともとの役割は、現在も変わっていない。
 ちび亜璃珠と理紗がそれぞれ担当のインタビューを敢行し、得られた原稿を亜璃珠が取り纏めて編集するというスタイルは、そのままである。
 しかし今回は取材対象を選手レベルではなく球団レベルへと拡大し、その一方で紙面としてはガルガンチュアを前面に押し出しつつも、全球団をまんべんなく掲載していこうという意図のもとに作り進めている。
 正直なところ、これまでのようにガルガンチュア一本で勝負するのは、マンネリ化に陥る危険性があり、ファンの間で広報誌が情報発信の役割を果たせなくなってしまうという危機感は、亜璃珠としても面白くない。
 そんな訳で、理沙はガルガンチュア、ワイヴァーンズ、ワルキューレの三球団を担当し、ちび亜璃珠はブルトレインズ、ホーネッツ、そしてネイチャーボーイズへのインタビューを担当した。
 が、その際ちび亜璃珠は、極めて不可解な事実に遭遇したのだという。
 事の発端は、グレイテスト・リリィ・スタジアムを訪れているネイチャーボーイズのラインキルド理事に、単独インタビューを試みようとした時の話であった。
「い、良いかい? 私の身に起きたことを、あ、ありのままいうよ!」
 曰く、ちび亜璃珠はインタビューした事実は覚えているものの、その内容に関する記憶が一切、無くなっていたのだという。
 勿論、インタビュー内容はメモとしてしっかり残っているのだから、インタビューそのものは普通に成功したと考えて良い。
 にも関わらず、ちび亜璃珠は自身の存在感が急激に希薄になったと感じられた瞬間以後の記憶が、綺麗さっぱりなくなっていたのである。
 奇怪な話であった。
「……本当に、そんなことが?」
 亜璃珠が怪訝そうな顔つきでちび亜璃珠を疑わしげに見つめるも、ちび亜璃珠は青ざめた表情で大きく首を左右に振った。
「催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったって気分なんだよ!}
 何をされたのか、自分でも全く分からない。
 だが、何かをされたのは間違いない。それが何であるのかさえも、全く分からないというのが、ラインキルドの恐ろしいところである、とちび亜璃珠は力説した。
 亜璃珠と理紗は、思わず顔を見合わせた。
「いってることが支離滅裂で……正直、何いってるか全然分からないんだけど」
 理沙は興奮気味に畳み掛けてくるちび亜璃珠の青ざめた表情を、困惑気味に眺めた。
 ワイヴァーンズでは、向こうの球団広報との連携が上手く取れた為に、思った以上の情報を得ることが出来てそれなりに充実感を味わっていた理紗だったが、ちび亜璃珠のこの様子を見るにつけ、球団によってはまるで雰囲気が違うという事実を実感せざるを得ない。
 いや、ちび亜璃珠にいわせれば雰囲気などという簡単な言葉で片付けられない恐怖が、ネイチャーボーイズの中に潜んでいるらしい。
「……球団広報誌としては、そんなオカルト話を掲載する訳にはいきませんけど……ただ、個人的には興味がありますわ」
 亜璃珠はふと、自身が所属する球団の敏腕GMの顔を脳裏に思い浮かべた。
 あの人物も、相当に奇怪といえば奇怪である。
 サニー・ヅラーという名の怪人と、ラインキルドという魔人が相まみえれば、一体どのような結末になるのか――変な方向に興味が飛んでいきそうになるのを、亜璃珠は自身の精神力で必死に抑えた。
「じゃ、取り敢えず、こっちの記事から紙面を考えていこうよ。その、ネイチャーボーイズの方は、後でもう一度よく考えるってことで……」
 理紗の提案に、ちび亜璃珠は渋々ながら同意した。
 今はまだ、ラインキルドの恐怖を思い起こす気力が無かったのである。