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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション


【六 終盤を制するは打線か投手力か】

 更に日程が進み、シーズンも残りあと一か月。
 投手陣は最終盤に向けて日々の調整に余念が無く、ブルペンは連日の賑わいを見せるようになっている。
 スカイランド・スタジアムの室内ブルペンでは、移動日であっても投手達の投げ込みが続いている。
「あ、アレックス、丁度良いところに来てくれたね。悪いけど、バッターやってくれない?」
 汗まみれ姿でブルペンを覘いたアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が同じように汗を拭いながら笑顔で呼びかける。
 対するアレックスは、ふたつ返事でルカルカの要請を受けることにした。
 同じくブルペン内には、カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)鳴神 裁(なるかみ・さい)といった、先発・リリーフを問わず、多彩な顔ぶれが揃っている。
「今日は野手の皆さんは、全体練習は免除やったんとちゃうん?」
 カリギュラの問いかけに、アレックスはやや気恥ずかしそうな仕草で頭を掻いた。
「いやぁ、僕みたいなベンチウォーマーが、他のひと達と同じように休んでたら、すぐに置いてけぼり食っちゃうんで……」
 だからこの日も、午前中に監督である百合亜から直々のハードノックを受けた後、更に休憩を入れないままブルペンを覘いて、自身の目を活きた球に慣らせておこうと考えたのだという。
 恐ろしい程の勤勉さであるが、そんなアレックスの姿勢を、裁などは素直に称賛した。
「うん、大したもんだよ。練習は嘘つかないっていうからね」
 そういう裁自身も、シーズンに入って尚、新たな球種の習得に努めている
 ここ最近では更に二種類の直球と、クロスファイア気味に相手打者の懐をえぐるスライダーを習得したばかりである。
 もともと多彩な球種を誇る裁ではあるが、先発投手として息の長さを持続する為の方策として、豊富な球種という彼女独自の強みを徹底的に磨いていた。
「ボクは球威、裁ちゃんは多種多彩な球種……それにアレックスくんは、例のガニマタ打法で個性を磨いてて、中々おもろい面子が揃ってきてるやんか」
 カリギュラが、いつもの明るい調子でからからと笑う。
 随分と口調が軽やかなのには、理由があった。
「カリギュラくん、こないだ正子さんを抑えたのが、よっぽど嬉しいみたいだね」
 ルカルカが苦笑を浮かべて指摘すると、カリギュラは益々胸を反らして、自慢げに笑った。
「せやろせやろ、調子エエやろ。ボクが本気になったら、正子ちゃんも中々打てへんってことが分かったんとちゃうか?」
「……なぁんて調子に乗ってると、また一発、大きなのを浴びちゃうよ」
 裁の容赦ない突っ込みに、カリギュラは一瞬うっと詰まったように目を白黒させたが、その傍らで、ルカルカはバッターボックスの位置へ向かうアレックスの背中に視線を投げかけ、神妙な表情を見せた。
「でも……皮肉なものだね。野手の皆には悪いけど、正直、正子さんが去った打線って、一体どれだけ弱体化するんだろうって思ってたんだよね。それがいざ、蓋を開けてみたら……」
「正子ちゃんが居た時よりも、強力な打線になっちゃったもんね。ホント、野球って分からないもんだね」
 ルカルカの言葉を継いで、裁が幾分しみじみとした口調で続けた。
 実際、ワルキューレのチーム打率は正子が去ってから、三分以上も上昇し、今や他のチームの追随を許さない程の強力打線へと変貌を遂げた。
 勿論チーム打率も、リーグトップである。
 逆に投手陣の方はというと、チーム防御率はリーグ三位であり、良くも無く悪くも無く、といったところであった。
 抑える時も多いのだが、大量失点で大敗することも少なくない。
 ひと言でいってしまえば、守備に関してはかなり大雑把なチームであった。
「でも実際んところ、セットアッパーが抜けたのが痛いわなぁ」
「うっ……それはいわないで。その代わり、先発でちゃんと勝ち星稼いでるんだから、許して欲しいな」
 ルカルカは気まずそうな顔で頭を掻いたが、カリギュラはそれまでのむっつりした表情から一変し、にっと意地悪げな笑みを見せた。
「しゃ〜ないな、許したろ。その代わり、七回まではきっちり投げられるスタミナつけといてや。そうでなくても、中継ぎがちょっとへばってるんやしな」
 これには、ルカルカも反論の余地が無い。
 絶対的なクローザーも重要だが、同じようにセットアッパーも近代野球では極めて重要視される。
 ルカルカの先発転向は色々な意味で、ブルペンに大きな影響を及ぼしているようであった。

 投手の台所事情が苦しいのは、ワイヴァーンズも同じであった。
 翌日からの対ガルガンチュア三連戦を睨んで、ブルペンで入念に投球フォームのチェックを行っていた七瀬 巡(ななせ・めぐる)風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)、そして風祭 隼人(かざまつり・はやと)の三人は、ここ最近の駒不足について、バッテリーコーチ並みに頭を悩ませるようになっていた。
 光一郎のブルトレインズへのレンタル移籍が一番の打撃となっていたのは間違いないのだが、それ以外にも、主力級の投手達が怪我や不調などで大勢、二軍落ちしている。
 今やワイヴァーンズのブルペンは、火の車といって良かった。
「最近、登板数が増えてきてますよね」
 優斗に呼びかけられ、巡は幾分複雑そうな面で小さく唸りながら小首を捻った。
「出番が増えるのは、それはそれで良いんだけど……何ていうか、最近先発の持ちが悪いよね」
「やっぱ、そう思うか」
 巡の感想を受け、隼人が投球の手を休めて渋い顔を向けた。
 隼人自身は、ワイヴァーンズのエースとして長いイニングを投げるスタミナと投球術を披露し、大抵の場合、最低でも八回まで投げるか、或いは完投するかといった試合が多い。
 しかし彼以外はというと話は全く別で、ここ一か月の先発の平均投球回数が、六回に満たないようになってきているのである。
 中継ぎ陣への負担が増大しているのは、誰の目にもよく分かった。
「一体、どういうことなんでしょうね。普通プロ野球の終盤戦といえば、投手力がカギになるというぐらいですから、打線よりも投手が元気を出してこないといけない時期なのに……」
 とにかくここ十数試合の、巡の登板数は尋常ではない。
 勝ち試合だろうが負け試合だろうがお構いなしに、接線に於いてはベンチは少しの迷いも無く、巡をマウンドに送るようになってきている。
 このまま投げ続ければ、勤続疲労で来季の登板に影響が出るのではないかとさえ思える程の登板数だった。
「少し、バッテリーコーチに進言した方が良いかも知れませんね」
 優斗は本気で、そう考えている。
 彼はクローザーである為、勝ち試合、それも三点差以内での登板に限られているから、ほとんど疲労らしい疲労は溜まっていないのであるが、同じリリーフ陣として、巡のここ数試合に於けるキレの悪さが、どうにも気になって仕方が無かった。
「大丈夫だーいじょうぶ! ボクなら、ちっとも全然さっぱり元気だから!」
 誇張の仕方が完全に間違ってはいるが、巡は努めて明るい笑顔を見せた。
 が、矢張りその可愛らしい面の裏側には、確実に蓄積しつつある疲労の色が見え隠れしており、その笑顔が却って疲労の度合いを浮き彫りにしている。
 優斗と隼人は、互いに顔を見合わせた。
 矢張り、巡をこれ以上酷使させる訳にはいかない――後でバッテリーコーチに進言しに行こうと、ふたりして目線で語り合う。
 と、その時、不意に巡が何かを思い出したように、慌ててグラブを外し、ブルペン内の荷物置き場に放り出してある自身のボストンバッグへと奔った。
「どうしたんだ?」
 隼人が驚いた様子で、巡の背中に声をかけた。
 巡は妙に焦った色を浮かべて、スパイクからスニーカーに履き替えようとしている。
「うわ〜、すっかり忘れてた! 歩ねーちゃんを迎えに行く約束してたんだった!」
 曰く、百合園のカフェテリアでランチの約束をしていたのだという。
 優斗と隼人が呆れていると、巡はつむじ風のような勢いで、ロッカールーム方向へと駆けて行った。
 ところで、巡とランチの約束をしていたパートナーの七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、ネイチャーボーイズの新理事ラインキルドのもとへ挨拶に向かっていたのだが、どのような挨拶を交わしたのか、後になってさっぱり思い出せなかったのだという。
 ただ、名刺の数が一枚減っていることから、名刺交換はきっちり済ませたようである。

 各チームの投手陣が苦戦を強いられている一方で、強力な打線を誇るチームは、いよいよ優勝に向けて首位を窺おうとする姿勢を見せ始めている。
 例えばガルガンチュアの場合、元メジャーリーガーや、昨季SPBの他チームで活躍した選手等を大勢掻き集めてきた成果が、今になってじわりと出始めてきている。
 だが、新人選手達も十分に戦力として機能していた。
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は正二塁手として、そしてマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)は中堅手のレギュラーとして、中盤戦辺りからそれぞれの守備位置に固定され始めていた。
 並み居る実力者達を押し退けてのポジション獲得であるから、これは大いに評価されて良い。
 そして、この日。
 対ワイヴァーンズ三連戦の初戦を数時間後に控えた、グレイテスト・リリィ・スタジアム内のクラブハウスでは、全体練習後のチームミーティングが開かれていた。
 ロザリンドはほぼ毎回、球団スコアラーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が提出するスコアブックを情報源として、その日の相手打線や対戦投手の傾向を発表する係を仰せ付けられている。
 普通であれば、この手の分析は捕手であるジョージ・マッケンジーの仕事なのだが、マッケンジーはロザリンドが率先してチーム分析を披露してくれるので、そのままロザリンドに任せっきりにしてしまっているのが現状であった。
 尤も、ロザリンド自身は決して苦に思ってはいない様子で、アデリーヌがスコアブックと一緒に提出してくれる詳細分析結果などを頼りに、自身の考えも交えながら対策を開陳する作業に、やり甲斐を感じているようであった。
 ミーティング後、マリカがロザリンドに惚れ惚れするような視線を送りつつ、感心した様子で声をかけた。
「いつもながら、本当に素晴らしい分析と対策案ですね……同じルーキーでありながら、ここまで見事な頭脳を見せられてしまいますと、私などは、穴があったら入りたい気分です」
「それは、誤解ですよ……確かに私自身も色々データを取ってはいますが、やっぱり一番大きいのは、アデリーヌさんのスコアブックと詳細分析結果表の存在です」
 ロザリンドは決して驕る姿勢など見せず、判断材料となるデータを提供してくれたアデリーヌこそ功労者だと持ち上げた。
 クラブハウスの隅で突然、ロザリンドから褒めちぎられる格好となったアデリーヌはすっかり照れてしまい、はにかんだ笑みで頭を掻く。
「それは褒め過ぎですわ……わたくしはただ、自らの務めを果たしているだけでございますもの」
 いいながらアデリーヌは、不意に表情を引き締めたかと思うと、慌てて周囲に視線を走らせる。
 ロザリンドとマリカは不思議そうな面持ちで、アデリーヌの挙動不審な仕草を眺めた。
「どうか、したんですか?」
「いえ……その、またいつものように、サニーGMが仕掛けてくるのではないかと……」
 これまでの経験から、アデリーヌは何か機嫌が良くなるシーンになると、決まってあの奇人GMが襲撃してきて、訳の分からないクイズを叩き込まれるという恐怖に、ほとんど本能的に怯えるようになっていた。
 が、珍しく今回は、サニーさんの姿が無い。
 訝しげに小首を傾げるアデリーヌだが、ブリジットに予備のスパイクを届けに来ていた橘 舞(たちばな・まい)が、笑いながらその理由を説明してくれた。
「サニーさんなら、お客さんの対応に引っ張り出されていったみたいだけど」
 舞の目撃談によれば、ネイチャーボーイズの新理事がヴァイシャリーを訪れ、ガルガンチュア球団幹部に挨拶して廻っていたらしい。
「あの御二方、昔からの知り合いだそうね。ちょっとびっくりしちゃったわ」
 いかし舞のそんな言葉も、アデリーヌの耳には半分程度しか届いていない。
 今の彼女にとっては、サニーさんを封じ込めてくれている新理事ラインキルドが、救世主のように思えてならなかった。
「サニーGMに友人が居た、ということの方が驚きですが……」
 マリカが、心底驚いたといわんばかりの表情で、凄まじく失礼な台詞を本人も気付かぬうちに、何気なく呟いた。
 これに対し舞は、う〜んと小さく唸って腕を組んだ。
「でも、あんまり楽しそうじゃなかったっていうか……何ていうんだろう、凄く存在感を失ってたように思えてならなかったのよね」
 舞のこの分析には、ロザリンドもマリカもアデリーヌも、心の底から仰天した。
 あのサニーさんが存在感に於いて、他者に後れを取ろうなどとは、到底信じられなかったのである。
 しかし、舞はいう。
「窓辺のマーガレット、サニー・ヅラーで……っていう口上の途中で、声が聞こえなくなっちゃったの。別に喋るのをやめた訳じゃないのに。一体、どういうことかしら?」
 この場の誰にも、その答えは分からない。
 だが、知るひとぞ知る、ラインキルドの魔界空間ならば、決して不思議ではない。
 サニーさんは、やられてしまったのだ。