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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

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SPB2022シーズン 二年目の実りの秋

リアクション


【九 ペナントの行先】

 優勝争いもいよいよ佳境というところで、ここのところ好調を維持しているガルガンチュアは、これまた三連勝中で調子を上げてきているブルトレインズと正念場の決戦を迎えていた。
 ガルガンチュアの先発は、エースのミューレリア。
 対するブルトレインズはここ三試合負け無しの光一郎が、マウンドに立っている。
 試合は、ジェイコブの二打点を、光一郎と輪廻のバッテリーが中盤過ぎまで懸命に守っているという展開を辿っていたが、六回の裏になって、ロザリンドとマリカを塁に於いたブリジットが逆転の3ランを放ち、試合をひっくり返していた。
「だぁ〜、やられっちまったぜぇ!」
 ダッグアウトに戻るなり、光一郎はグラブをベンチに投げ捨てながら、自分自身に対して呪詛に近しい罵倒を口にした。
 一方、女房役の輪廻も責任を痛感しているのか、何度も溜息を漏らしていた。
「あそこで、あんなでかいのを持っていかれると……流れが、変わってしまうかもな」
 単純に一点差、というだけの話であれば然程の問題でもなかったのだが、ゲームの流れがガラっと変わってしまいかねない豪快な一発だっただけに、その精神的ダメージは計り知れない。
 だが――と、ヘルメットを被り、バットを担いでネクストバッターズサークルへ向かうジェイコブが、光一郎と輪廻にちらりと一瞥を与える。
「一点ぐらいなら、すぐに追いつける。気持ちを切らさず、切り替えていけ」
「……それもそうか」
 ジェイコブのひと言に、光一郎は素直に頷いた。
 そのジェイコブはというと、まずは一点を取りに行くという姿勢で出塁を心がけるバッティングに徹していたのだが、勢い余ってソロ本塁打を放ち、あっという間に同点に追いついた。
 打たれたミューレリアはがっくりきていたが、打った方のジェイコブも、ミューレリアをじわじわと攻略する筈が、出会い頭の一発で終わらせてしまった為に、失敗した、という思いが強かった。
「そこで機嫌の悪そうな顔をするのが、らしいといえば、らしいな」
 ベンチでオットーが、幾分呆れた様子で笑う。
 ここまで、打点王を窺う程に打点を稼ぎまくっているオットーだったが、ジェイコブの打点も実は相当に素晴らしく、このふたりが加わることで、ブルトレインズの打線は劇的に生まれ変わったといって良かった。
 それはともかく、ジェイコブの一発で同点に追いつき、ブルトレインズベンチは再び、活気づいてきた。
「よし、ここからまだまだ勝負は分からんぞ!」
 輪廻がジェイコブへの他力本願ながら、まるで我が意を得たといわんばかりの勢いで、ベンチを鼓舞する。
 後半勝負だ、という意識が、ブルトレインズナインの間に流れ始めた。
 対してガルガンチュアベンチは、ジェイコブの一発だけに抑えたものの、逆転後の失点ということで、ミューレリアが随分と気落ちした様子でダッグアウトに戻ってきた。
「悪い。折角、逆転してくれたっていうのによ」
「なぁに、気にしない気にしない。チャンスはまだまだあるから」
 珍しく素直に詫びるミューレリアに、ブリジットは笑いながら声を励ました。
 これからバッターボックスに入るロザリンドと、ネクストバッターズサークルで待機するマリカのふたりが、声を揃えてブリジットの言葉に同調する。
「終盤勝負になれば、こちらが有利ですわ。うちは、守り勝つ野球ですからね」
「クローザーレベルの勝負なら、こっちに分があります。どうか気を落とさないで」
 それもそうか、とミューレリアは次々と寄せられる励ましの声に、素直に頷くようになった。
 打線は水物と呼ばれるが、守備は練習量がそのまま結果として表れる。特に守り勝つ野球を標榜し、守備に重点を置いているガルガンチュアであれば、その傾向はより顕著であった。
 そして打順が巡ってこない選手も、ただ応援したり、無為に時間を過ごしている訳ではない。
 さゆみはアデリーヌが回毎に寄越してくれるスコアブックを何度も見返し、光一郎を攻略する糸口を何とか掴もうと必死になっている。
「何だかんだいって、結構のらりくらりとやられちゃってるからね……で、何か見つかった?」
 ブリジットが、スコアブックを真剣に眺めているさゆみの隣に座った。
 さゆみは、うん、と小さく頷き、四回までの配球を示しながらブリジットに応じた。
「投手っていうより、捕手との勝負になるかな、って思うけど……」
 曰く、ブルトレインズの捕手はリードにかなりの癖があり、こうして改めてスコアブックを開いてみると、何となく配球が読めてくるような気がしてならなかった。
「成る程……ある意味、オーソドックスっていうか、分かり易い配球だね」
 外角低めと内角高めを交互に出し入れし、勝負どころでそのいずれかにウィニングショットを要求する。
 ある意味、セオリー通りといえば、その通りかも知れなかった。
 そして、さゆみとブリジットの読みが的中し、捕手の配球を見切ったガルガンチュアが、この回に再び勝ち越し点を奪い、そのままミューレリアの完投で逃げ切った。

 だが優勝の行方は、ほぼ同時に行われていたワルキューレとネイチャーボーイズの試合で決まってしまいそうな様相を呈していた。
 というのも、この試合でワルキューレが勝利すれば、その瞬間にマジック2が点灯するのである。
 これまで、シーズン後半で息を吹き返したブルトレインズとネイチャーボーイズの奇跡的な進撃で、全チームが3ゲーム差以内にひしめき合う混戦が続いていたのだが、ここへきてワルキューレが頭ひとつ抜け出し、いよいよ優勝に王手をかけようかという情勢になってきていたのだ。
 この日、先発マウンドに上がったのは裁だが、ここで勝ちを拾って一気にペナント奪取の勢いを決してしまおうというチームの意向もあり、リリーフには、昨季セットアッパーとして十分な実績を残したルカルカがブルペンで待機することになった。
 試合は、初回に陽太を三塁に置いたカイが適時打で一点をもぎ取った後、緊迫した投手戦となった。
 ネイチャーボーイズの側も必死の抵抗を見せており、新人ながら正捕手の座をもぎ取ったリナリエッタが、リーグ随一の破壊力を誇るワルキューレ打線を、初回の一点だけに封じ込めている。
 但しネイチャーボーイズの投手力は、お世辞にも優秀だとはいいにくい。
 既にベファーナが四回からリリーフ登板するという早めの継投策に出ており、リナリエッタとしては、騙し騙しであっても良いから、とにかく要所を締めて失点を防ぐことだけに集中していた。
 逆をいえば、ワルキューレの側は正子さえ封じれば何とかなるという空気が漂っており、真一郎が対正子にほぼ全ての意識を集中させる一方、他の打者に対しては投手が真一郎に気を遣うという妙な現象が起きていた。
 いってしまえば、投手が捕手をリードする格好になっていたのである。
「いつも真一郎お兄さんには、助けて貰ってるもんね」
 ダッグアウトで正子への配球を改めてチェックしていた真一郎に、裁が陽気に声をかけた。
 それまで厳しい表情を浮かべていた真一郎も、裁の気遣いは本当にありがたく、その瞬間だけは穏やかな笑みを浮かべて小さく頷き返した。
「しかしもう一点か二点、欲しいな」
 この回に打順が廻ってくるカイが、小さく呟く。
 ベファーナとリナリエッタのバッテリーは、新人とはいえ、中々に手強い。
 今のところデータ不足で、これといった攻略法が見つかっていない為、連打は難しい、というのがカイの見立てであった。
「もう一度、脚で揺さぶってみますか?」
 初回の得点のきっかけを作ったのは、陽太の脚であった。
 ボテボテのサードゴロを打った陽太だったが、三塁手が陽太の脚に対して変に慌ててしまい、送球が僅かに逸れて内野安打を勝ち取るという結果になり、そこから犠打と盗塁を重ねて、カイの適時打に繋いだという経緯がある。
 陽太の提案に、監督・百合亜もうむ、と小さく頷き返した。
「ほな、それもっかいいこか……コロマルちゃん、一緒に付き合ったって」
「あいよ」
 監督から直接声をかけられた弧狼丸が、面を引き締めて短く応じた。
 適時打は要らない。犠飛でも、ゴロの間の一点でも良いから、とにかく二点目を何とか奪わねばならない。
 でなければ、流がいつ、ネイチャーボーイズ側に転がるのか分かったものではなかった。
「最後に決めるのは、カイちゃんやで。きっちり仕留めてきてや」
「了解」
 百合亜の言葉に、カイは重々しく頷いた。
 だがその前にとにかくも、陽太か弧狼丸が塁に出ないことには、話にならない。
 ここまでワルキューレは強力な打線の破壊力で勝ち進んできたという印象があるが、小技も多用しているという事実を、ネイチャーボーイズベンチは改めて思い知ることになるだろう。
「じゃ、何とかやってきます」
 ヘルメットを被り、バットを短めに握り締めた陽太が、打席へと向かう。
 弧狼丸がその後に続き、ネクストバッターズサークルへと入った。

 結局この日の試合は、結局二点目をもぎ取ったワルキューレがそのまま逃げ切った。
 マジック対象のガルガンチュアも勝った為、この時点でのマジックは1。
 だが、こうなるともう、後は時間の問題である。
 翌日の試合でガルガンチュアが負けるか、ワルキューレが勝つかすれば、ペナントの行方は決まってしまうのである。
 そして優勝が決まろうかという試合で、ワルキューレが一点リードのまま回は進み、ルカルカが七回から登板した。
 真一郎のリードとルカルカの投球は息がぴったりと合ってはいるが、矢張り先発からいきなりリリーフへと戻る際の調整が難しかったのか、アウトをふたつ取ったところで連打を浴びてしまい、二死一三塁のピンチを招いてしまった。
 ここで、抑えのカリギュラを投入する決断をベンチが下した。
 ルカルカは一回と三分の二を投げ終えたところで、お役御免である。
「ごめ〜ん。変なランナー残しちゃった」
「ええで、ええで。気にせんといて。次、馬場ちゃんやんか。こらぁ燃えるで」
 マウンドでルカルカから白球を受け取りながら、カリギュラはからからと陽気に笑った。
 ここで抑え切れれば、九回は何とかなる――だがそれ以上に、この緊迫した場面で正子を迎えることが出来るという喜びの方が、今のカリギュラには圧倒的に強かった。
「まぁ見とったってや。きっちり抑えたるから」
「うん、お願い……真一郎さん、カリギュラ君をしっかりリードしてあげてね」
 ルカルカの申し訳無さそうな表情に対し、真一郎のみならず、カリギュラも頼もしげな力強い表情で、強く頷き返す。
 ここは、絶対に抑えてみせる。
 カリギュラと真一郎の間に、鉄壁のような強い意志が沸き起こりつつあった。
「ゴロは、体を張ってでも止めよう。ライナーは手が届かなくても良いから、とにかく飛びつくように」
 カイの指示に、陽太、弧狼丸、春美の三人は緊張した面持ちで頷き、そしてそれぞれの守備位置に散った。
 ここがこの試合の、ターニングポイントである。
 ルカルカも、ダッグアウトに戻ってから声を嗄らして声援を投げ続けた。
「ほんなら馬場ちゃん、勝負やで」
 カリギュラは、バッターボックスで鬼気を放つ正子の巨躯を、じっと睨みつけた。
 今なら、負ける気がしない。
 いつもは飄々としているカリギュラだが、この日の気合は、チーム全体の強烈な意志を代弁しているようであった。
 そして――。
「よぉっし、来た来た! 任せろ!」
 右翼で、垂が両手を大きく振り回しながら声を張り上げた。
 正子の放った打球は大きな放物線を描いたが、カリギュラの球威が優り、飛球は途中で失速を始めた。
 皮肉にも、かつて正子が守っていた右翼に、力無い飛球が落ちてくる。
 そして何の因果か、その正子の後継者として右翼手を任されている垂のグラブに、正子の放った飛球はしっかりと捕らえられた。
 この瞬間、試合はほぼ、決まったも同然であった。

     * * *

 試合後のネイチャーボーイズベンチは、マウンド付近での盛大な胴上げシーンを、ただ沈黙をもって眺めている。
 スカイランド・スタジアム全体が大いに沸きに沸き、四方八方から祝賀のカラーテープが投げ込まれているというお祭り騒ぎであった。
 優勝したのは、蒼空ワルキューレである。
 その現実を、正子やリナリエッタ、そしてベファーナといった面々が、来季への強い決意とともに、ただただじっと眺めている。
「……ねぇ、来季はどうするの?」
 不意にリナリエッタが、丸太の様に太い腕を組んだまま、微動だにしない正子に問いかけた。
 ワルキューレに戻るのか、と訊いているのである。
 対する正子はというと、否、と首を振った。
「最早、あのチームにはわしの戻るところは無い。寧ろ、あんな光景を見せつけられては、リベンジの念しか湧いてこぬわ」
「ふふ……そういうと思ったわ」
 試合に敗れ、ペナントを持っていかれたというのに、何故かリナリエッタは、随分と嬉しそうだった。