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黒の商人と封印の礎・後編

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黒の商人と封印の礎・後編

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「お願いです。彼を、シェーデルを止めて下さい――」

 イルミンスールの森の中。
 エーデルと名乗った女性は、塔の秘密と商人の正体について明かした後、先ほどまで被っていた道化の仮面を胸に抱きしめて、深く頭を下げた。
 エーデルから話を聞いた四人の契約者――紫月 唯斗(しづき・ゆいと)佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)、そしてネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)バステト・ブバスティス(ばすてと・ぶばすてぃす)は顔を見合わせて頷き合うと、塔に向かった仲間達へ連絡を取ろうと試みた。しかし。
「ダメですぅ……電波が不安定で、届きませんねぇ」
 ルーシェリアが携帯電話の画面を見詰めて落胆の声を上げる。塔の内部に居るはずの夫に連絡を取ってみたのだが、繋がらなかった。塔の内部と連絡を取るには、少なくとも、もう少し塔に近づく必要がありそうだ。
「仕方ない、大急ぎで塔へ向かおう」
「やっぱり、直接……商人さん、いえ、シェーデルさんと……お話したいです……間に合わないかもしれないけど……それでも」
 自信なさそうに、途切れ途切れに言うネーブルだったが、その瞳にははっきりとした決意が宿っている。それを聞いた唯斗もまた、同意を示すように頷いた。。
「俺も、奴には一言言ってやらなきゃ気が済まないな。急ごう、余り時間は無いはずだ」
 三人は意思を確かめ合うように視線を交わすと、森の奥へと急いだ。

 先に塔へと向かった人達が下生えを踏み分けてくれていたので、道に迷うことは無い。
 ただ、魔物は掃討しきれなかったらしく、時折ちらほらと遠くにその影が見えた。しかし、相手にしている余裕は無い。四人は極力魔物に気付かれないように息を潜めながら、森の中を駆け抜けて行く。
 しかし、圧倒的に魔物の数が多い。できる限り正面切っての戦闘を避け、一撃で怯ませた隙にすり抜ける様にして進んでいるが、やがて、背後から追いかけてきた狼と、行く手に現れた人食い花に挟み込まれてしまった。近くで蠢くキノコの気配もある。
「これは、厄介ですねぇ……」
「とにかく、先を急ごう」
 唯斗が居合いの構えを取る。とにかく行く手を切り開き、少しでも塔に近づきたい。
 その間にルーシェリアとネーブルは、後ろから追ってきた狼と対峙する。ここから先のことも考えると、体力も精神力も極力温存したいところだが、温存しすぎて足止めを食ってしまっては本末転倒だ。
「下がっておれ、主」
 バステトがネーブルを背中に庇い立つ。ネーブルは小さく頷くと、光学迷彩でスッと森の中に溶けた。
 ハッ、と気合い一閃、唯斗が居合い切りを放つ。それが合図となって、四人は魔物達と切り結び始めた。
 と、そこへ。
「下がってー!」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の声が響いて、次の瞬間、炎の弾が飛んできた。唯斗が切り結んでいた人食い花はひとたまりも無く炎上する。
「ジョーカーとは会えた?」
 向こうの茂みからぴょんと飛び出してきたレキは、唯斗達の真ん中にすとんと降り立つ。
「ええ、会えました」
 狼に油断なく視線を遣りながら頷くルーシェリア。その言葉に、レキはよかった、と笑みを浮かべる。
「エーデルさん……ジョーカーさんの思いを……ちゃんと、塔の中の人達に……伝えたいんです……」
 光学迷彩で身を隠したままのネーブルが、レキの隣で呟く。レキはわかった、と力強く頷いた。
「塔はあっちの方向だよ。露払いはボク達に任せて、みんなは先を急いで!」
「朱鷺もお手伝い致します」
 そこへ、纏った狩衣の裾をふわりと膨らませ、東 朱鷺(あずま・とき)が姿を現した。
 と同時、朱鷺の放った符が狼に向かい一直線に飛んでいく。魔力の込められた符が狼の巨体を捉え、狼は遠吠えを一つ残して地面に伏した。
「思案に耽っておりましたら出遅れてしまいましたが――帰り道を少しでも安全にして皆様を迎える為にも、森の安全確保には、尽力させて頂きます」
「ありがとう、心強いよ!」
「……ところでだな、アレは放って置いて大丈夫なのか?」
 強力な増援の到着に浮き足立つレキに、唯斗が呆れたように声を掛ける。その視線の先には、先ほどレキに燃やされた人食い花。
 見事に燃えているので、もうこちらを襲ってくる余力は無いだろう。後は燃え尽き、倒れるのを待てば良い――のだが、その前に多分、森林火災に発展する。
「大丈夫大丈夫、ちゃんとフォロー係が居るから」
 しかしレキは慌てず騒がず、唯斗に向けてウインクをひとつ。
「こらレキ、余り無茶をするでない!」
 するとタイミングを同じくして、森の影からレキのパートナー、ミア・マハ(みあ・まは)が現れた。お小言を言いながらも、ひらひらと手を振り、燃えさかる人食い花の周囲に向けて氷術を放つ。できあがった氷の壁の中で、人食い花は静かに燃え尽きていく。
「ははあ、なるほど、ジョーカーの正体は商人の恋人だったのだな。大体の事情は分かった、おぬしらは先を急ぐが良かろう」
 パートナーの無茶をきっちりフォローしたミアは、レキの横までやってくると訳知り顔で頷いて、手元に稲妻を呼び寄せる符を構えてみせる。
「え、あの……どうして、わかったんですか……?」
 ジョーカーと会えた、と言うことまでは伝えたが、伝わったのはそこまでのはず。それなのに、何故ミアがジョーカーの正体を知っているのだろう。ネーブルが不思議そうに問いかけると、ミアは自信たっぷりに、
「お告げじゃ」
と胸を張った。
 はあ、とネーブルは納得したような、しないような返事をする。実際ミアは御託宣を受けているのだが、それを理論的に説明する手段はない。説明しても無駄と割り切り、ミアはとにかく早く行くのじゃ、とネーブル達を促す。
「じゃあ、ここはお言葉に甘えるですぅ。でも、このまま地上を行っても埒があきませんねぇ……」
 最終手段です、と言って、ルーシェリアはどこからともなく、巨大な注射器型飛空艇、レティ・インジェクターを取り出した。そしてその上にひらりと飛び乗る。
「私は上から行くですぅ。あと一人なら乗れますけど、よかったら、乗っていきますか?」
 その、なんというか突拍子もない外見に、一瞬ネーブルとバステトは顔を見合わせる。いずれにせよ、あと一人しか乗れないのならば自分達は下から行くしか無い。
「ならば、俺が同行させて貰おう」
 二人が名乗りを上げないのを確認してから、唯斗が手を挙げた。
「気をつけて来て下さいねぇー」
 唯斗が後ろに乗ったのを確認して、ルーシェリアはネーブルを気遣うように手を振った。
「大丈夫です、朱鷺たちが必ず無事にお連れします」
「そゆこと! そっちも気をつけてね!」
 飛び去ったルーシェリア達を見送り、朱鷺とレキは改めて周囲に視線を遣る。人食い花と狼は沈黙したが、まだキノコの影は消えていない。
「とりあえず……動きを、封じますね……」
 レキと朱鷺が、キノコ達を一掃しようと動くその直前、ネーブルの声と共にキノコ達の足下が凍り付いた。相変わらず口調はおずおずとして居るが、狙いは正確だ。
 しかしそれでも数匹仕留め損ねる。そこへすかさず、レキの朱の飛沫が飛んでいく。一気に燃え上がるキノコに、またミアが慌てて氷術を放った。
「全く……おぬし、さっきまで火の術は燃え広がるからやめろと言っていたのではなかったか」
「だってキリがなさそうだし、それに、ボクの無茶はミアがフォローしてくれるからね」
 ぱちり、とウインクひとつされてしまっては、ミアは何も言い返せない。
 先を急ぎましょう、という朱鷺の声に従って、四人は塔へ向かって走り出した。