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リアクション
野外−カレー
「えと、そうそう体はこう斜めに構えると、まな板に対して包丁の刃がまっすぐになるの」
「こ、こうか?」
「そんな握り方じゃ怪我するわ。包丁はこうやって持つの!」
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が隣の海に基本から説明していた。
海とは逆側のミルディアの隣で杜守 柚(ともり・ゆず)は杜守 三月(ともり・みつき)と二人で根野菜を丁寧に洗っている。
美味しいカレーを作ろうと意気込みながら同時に料理の楽しさを伝えたいミルディアは優しい眼差しで三人を見守っていた。
「カレーでしょ? だったらあたしの出番だよ!」
野外テーマがカレーと聞いて、それならあたしの出番だね! と飛びついたのはネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)だ。
持ち込みを許可してもらった愛用のスパイスミルに、こちらも持参したターメリック、コリアンダー、クミン、カルダモン、グローブ、チンピ、カイエンペッパーを入れて、ゆっくりと熱を加えずにカレー粉にする。
スパイスの配合具合は彼女のこだわりそのものだろう。出来上がったカレー粉の香りからして完成度の高さが伺えた。
キーマカレーを作ろうと提案したのは蒼空学園の調理実習を耳に入れ急にカレーが食べたくなった黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
「料理の事になると、僕よりブルーズの方が積極的なんだよね。料理ってあまり自分ではした事がないのだけれど、下手でもないとは思うよ」
ニンジンと包丁を手にそれぞれ持って、客観的な自分分析にそんな事を言うが、その愉快げな表情は料理というより、一緒に参加し張り切るブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の姿に楽しみを見出している目をしていた。
「ふむ……秋空は晴れて風が涼しいな。せっかくの野外、ピクニック気分で飯ごうを使おうか。テーマに沿ってさつまいもご飯を予定していたが、このままでいこう」
校長の意向か、調理法の自由度はかなり高いらしく薪や炭、七輪まで用意されていた。台車に積まれている道具から必要な物をブルーズは取り出す。
同じく飯ごうを台車から持ち上げた大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は側で食材を籠に入れているコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)を見た。
ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、豚肉。そして、舞茸。
ルゥは多少こだわって、液状、粉状、固形の三種類。粉状は剛太郎自身がスパイスから用意したものだ。
他の生徒に振る舞うつもりで多めに作ろうと米をはじめとした材料を籠いっぱいに盛った少女は籠の重さでよろけかけるが、その肩を剛太郎は自然な動作で支えた。
「大丈夫でありますか?」
「あの……ご、ごめんなさい」
「転ばなくてよかったであります。自分が持ちますよ」
そして、荷物を彼女の代わりに引き受けた。
カレー作りは始まったばかりである。
カレーを作っている。お手伝いではなく、同じ立ち位置でカレーを一緒に作っている。目に映る情景を自分なりに解釈して柚は一人舞い上がっていた。加速度的に考えが突っ走っていて、いつしかその手が止まった。
ネージュのカレー作りの本格さに感心し見とれていた三月はハッと我に返って、包丁を持ったまま動かずミルディア越しに海を見ている柚の脇腹をせっついた。
「海より調理に集中して」
小声で注意すると、三月と同じくハッと我に返った柚は照れたように顔を赤くして、「集中してます」と怒るように答えた。
二人はミルディアの指導の元、食べやすい大きさに人参やじゃがいもを切っていく。パートナーの恋の応援をする手前調理器具の出し入れや洗い物と裏方に徹しようとした三月はゆっくりとした流れで進む作業に、ほんのりと楽しそうにしてる柚に、まぁ、これくらいの速さが丁度いいかと軽く肩を竦めた。
心を込める料理を心を込めたい人と一緒に作る時間は、大切な思い出だ。積み重ねては輝きを増す、宝だ。
ではそんなパートナーを見守りながら彼女と料理を共に作る時間は、二つと無い自分の宝になるだろう。
同じ歩調で、同じ物を作り、同じ物を完成させる。その達成感にコーディリアは普段では味わえない幸せを噛み締めていた。
「お肉はこう切ると味が染み込みやすくて、かつ、食べやすいんです」
「なるほど。次はタマネギ……でしたか」
「はい。目にしみないように手早く切ります」
常に無い互いの立ち位置に、教えられる内容の、細心の注意を払うかのような細やかな指示に、剛太郎は気を配り自分好みの食事を作ってくれる彼女に改めて感謝した。
肉と野菜が煮えるまで、今度は二人で剛太郎の指揮でご飯炊きを始めるのだった。
「お肉と野菜が煮えたらカレールゥを入れるんだよ。だから煮えるまで一旦カレーは終了。とりあえずここまでお疲れ様」
「難しいのな」
ふー、と緊張が解けた海に、ミルディアは首を横に振る。
「難しくないよ。緊張してるのは上手く作ろうって気持ちがあるからだね。円高寺さんは焦らなくてもいいよ。先生が言ってたじゃない、時間をかけてでも丁寧に心を込めれば美味しく作れるって! あともうちょっとで完成だから頑張っていこう」
励まして、ミルディアは同じく肩の荷が降りてほっとしている柚に振り返った。
「じゃぁ、今の内に片付けられるものは片付けちゃお。料理上手は片付け上手だよ」
「は、はい!」
「面倒とか、最後にまとめてやるほうが楽かなとか思われがちだけど、こういうのが肝心なんだよねー。そうだな、この順で片付けていこう」
使った道具を洗って、生ゴミはコーナーにまとめて置いて、カレールゥの準備をしてと二人はてきぱきと忙しい。
終盤に近づくにつれ、周囲には屋外でありながらカレー独特の香辛料の匂いが立ち込めて、匂いに誘われたのか遠くに数人の人影が見える。
「真面目にやらないと叱られそうだね……」
他人に振る舞うのが好きで拘りは人一倍、しかし食堂メニューに並ぶやもと手間と調理時間も考慮しつつカレーを仕上げていくブルーズに一瞥を向け、
「でも、あっちで作ってるのもどんなものなのか気になるな」
自分の本能に素直な天音は美味しい匂いに目を細め、気づけば持っていた道具を調理台に置いた。
「天音、そっちの焼き栗の様子はどうだ? ……? 天音?」
視線を向けると、彼の姿はそこには無かった。見える範囲にも居なかった。
「また、どっかに……まったく」
盛大な溜息を吐いてブルーズは彼に頼んでいた焼き栗の様子を見ようと移動した。
鍋を見つめるネージュの目は真剣そのものである。
秋ということで、胡桃のペースト、柿ジャム、梅干しエキスを隠し味にしてルゥが出来上がる。
ふかした栗の渋皮をむいて、さいの目に切って、キノコやじゃがいも、ひき肉と炒め合わせ、ルゥとチキンスープ、ブイヨンと一緒にさっとあわせれば、秋の香りのキーマカレーの完成だ。
「うん。完璧」
ネージュ渾身の自慢の一皿だ!
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