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リアクション
実習→試食会
カレーを作る上で、圧力鍋を使うのは良い手段だ。
と、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は考えている。こういう時間の制限があり料理に慣れていない人間が調理するというのなら、効率的だろう。
「さて、少々時間はかかったが全部切り終わったな。ルカ、後は見ていてやるから調理はお前たちでしろ」
「え?」
「授業だろ? 自分たちでやってみろ」
材料は食材も調味料も調理道具も全て揃えたし、作り方はレシピに書いてあるから問題無い。手を出さないと宣言するダリルに優勝を視野に入れていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)はむっとした。
「ダリルも作ろうよ。この中で一番料理上手いのダリルじゃない」
「だから、今の時間は調理実習だろ。俺が作るのは簡単だが、誰のための授業だと思ってるんだ?」
食い下がろうとしたルカルカにダリルは首を横に振った。
頑として動かないシェフに一緒に料理できると思った彼女は、わかったと引いた。
「ダリル、作るのはカレーとサフランライスだったかの?」
確認し、サフランライス作りに取り掛かった夏侯 淵(かこう・えん)の横で、
「俺ぁ試食専門だ!」
と、宣言も高らかに仕事放棄したカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)。
「こらー手伝えー」
そんな試食専門なカルキノスの背に向かってルカルカは大声を張った。
「あとは混ぜるだけだし、ダリルさんも居なくなるわけじゃないから、なんとかなるだろ。ダリルさん、これ炒めればいいのか?」
匿名 某(とくな・なにがし)は鍋に刻んだ人参と玉葱、キノコ、牛肉、ザグ切りにした半量のトマト、半量の純カレー粉を入れ、混ぜ込んだ。
下拵えがきちんとしていれば料理なんてそれほど難しくない。そう思わせる手際の良さである。
「匿名、これ」
と、突如ダリルが差し出したカップに某は、おお、と目を瞠った。
「コーヒーなんてダリルさんは気が利くなー。では、遠慮なく」
「あ、ダメーッ」
ルカルカがパフニングの幕開けを叫んだ。
「騒がしいけどどうかしたのか?」
揉めている声を聞きつけて海が自分の持ち場を離れて近づいてくる。
「気にすることは無い。それより、そっちも落ち着いた様だな。こっちは休憩中だ、飲むか?」
見ると人数が二人減っている事に気づいてきょろきょろと周囲を見回している海にダリルは水を差し出した。
「え? ああ、ありがとう」
慣れない料理に緊張を強いられて喉が渇いた海はカップを素直に受け取った。縁に口を付けた所で、
「着替えを覗こうなんてルカルカさん絶対楽しんでるでしょ! にしてもダリルさん、しれっとした顔でとんでもないことしおってぇ……何で、何で、女にならないといけなかったんだッ」
「だーかーらー、私も責任取るって言ったじゃない。現にこうやって私も男になって制服交換してんだし。蒼空学園の制服って肌触り最高だね。良い生地使ってるんだなー」
と、欠けていた男女が戻ってきた。性別を逆にして。
興奮しているのか声はどちらかというと大きく、それは海の耳にも届いている。
海は今まさに飲もうとした水から、口を離した。瞳だけで横に居るダリルに視線を向ける。
「いや、なに。ひとりだけだと寂しいだろうと思ってな」
しれっとした顔で答えられ、巻き込まれかけた海は絶句した。
「元はと言えばダリルがコーヒーを飲まなかったのがいけないのよ」
「この俺を謀ろうなんて十年早い」
仕掛けたのはルカルカ、それをダリルは某に流し、某は二人のいざこざの犠牲になったらしい。
アイテムの桃幻水とメタモル飴を使ってそれぞれ性別を交換した某とルカルカに海は頭を抱えそうになる。
「高円寺殿、いずれ元に戻るゆえ、なんとか抑えては貰えぬか」
申し訳ないと淵が頭を下げるのを見て、海は肩を竦めた。
「ほどほどにしておけよ。それと某はネームプレートをどうにかしておけ。首から下げてたら隠しておきたいこともバレるぞ」
素直に首から下げられた物を指摘し、騒動の理由を知った海はまだ続きがあるからと担当しているカレー鍋の元に戻っていった。
「どれ、俺も手伝おう」
落ち込んでいる某に同情した淵は労うようにやんわりと声を掛けた。
男女の入れ替わりというハプニングが発生したが、調理への影響は差程も無く平穏無事に盛り付けが完了した。暖かさを保つのと開けた時のサプライズ視覚効果を狙ってドームカバーを皿に被せて終了だ。
風通りの良いスカートの裾を気にする某が、顔バレを恐れて俯き加減で配膳台を押していく。
− − − − − − − − − −
続々と試食会用にと用意された教室に料理が運ばれていく。
その様子を足を組んで椅子に座る伊勢島 宗也(いせじま・そうや)は目を細めて静かに眺めていた。そう、ただ静かに、だ。
「あれ、家庭科室が騒がしいと思ったら調理実習やってんのか」
通りかかった瀬島 壮太(せじま・そうた)は教室に首だけを突っ込んだ形で窓側に座る山葉夫妻に軽く会釈した。
「って、オッサンも居るのかよ!」
入り口付近で不遜に構えている宗也に壮太は驚きを隠せない。賑々しい彼に宗也は溜息を吐いた。
「居たら悪いか?」
「や、悪くないけどさ、何、オッサンも実習やってたわけ?」
「やってた様に見えるか?」
「じゃぁ、なんで居るんだよ」
「試食だ」
「試食?」
「黒板を見ろ」
「え? お、おお。食材自由の秋の調理実習試食会会場。おおお。しかもコンテスト形式! え、食べれんの?」
「ああ」
「つか、なんでオッサンがそんな事知ってるわけ?」
「大人の情報収集能力を舐めるなよ瀬島」
「なんでそんなに胸はって言うの? つか、何、オレも参加できる? 最近割のいいバイトがなかなか無くて、わびしい飯ばっか食ってたんだよ。さっきから良い匂いしてお腹ぺこぺこ」
「そうか」
「そうか……って、オッサンはどうやって試食役って奴か? それになったんだ?」
オレも食べたいと訴える壮太に聞いてくればいいだろうと、宗也は主催者に視線を向けた。
視線が向けられた先で、山葉 加夜(やまは・かや)は夫である涼司の隣でゆっくりと息を吐き出した。
「緊張してきました」
握った両手を胸に添えて、軽く目を伏せる。
「でもそれ以上に、とても楽しみです」
「そうだな」
同意と頷く涼司に加夜は閉じた目を開けた。
「皆さん楽しそうでしたね」
特に問題も無く料理が得意な生徒も苦手な生徒も一生懸命授業に取り組んでいた。中には声を掛けるのも躊躇われるほど真剣であったり、情熱に燃えていたり、で本当に楽しそうだった。
微笑む加夜に涼司は頷いた。
「俺は料理は作ってもらう方だが、見ていて感心してしまったな。他校の生徒もアピール精神旺盛で、蒼空学園も負けていられない」
「そうですね。私も作ってみたい料理とかありましたし、後でレシピとか見せてもらえるでしょうか。コツとかも教えて欲しいです」
「ん?」
生徒として参加して料理作りを楽しみたいというよりも、どうしても隣に居る人の為に何か作りたい感情が先行してしまう加夜は向けられた疑問の眼差しに、なんでもありませんと淡く微笑んだ。
教室内にいよいよ食欲をそそる匂いが漂い充満していく。
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