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 その頃……。
「……?」
 天御柱学園から空京の町へと一人で遊びに来ていた斎賀 昌毅(さいが・まさき)は、街角のベンチで新聞紙を敷いて寝ている女の子を見つけて足を止めた。
 どういうことだろう、こんな寒空の下で……。家出少女にも見えない、小奇麗な風貌。
 これだけ人通りが多いのに、誰もその女の子を気にかけようとはしていなかった。いや、むしろよく無事なものだ。
 気になった昌毅は、近寄っていく。
「おい、大丈夫かお前……。こんな所で寝ていたら風邪引くぞ」
 声をかけた昌毅は、目を丸くした。
 辺りに漂うアルコールの匂い。ベンチの周辺にはお菓子類が散らばっている。その女の子は、酒瓶を抱えたまま寝ていたのだ。もしかして、酔っ払いだろうか。未成年にしか見えないのだが……。
 とりあえず、警察にでも保護してもらうか。昌毅がケータイを取り出した時だった。
「……ん、んんっ。……ああ、おはよう。ショーはまだなの?」
 彼の気配に気づいて、寝ていた女の子が目を覚ます。
「ドッペルゲンガーの騒動があるっていうから見に来たんだけど、なかなか始まらなくってね。先に一杯やっていたら気分よくなっちゃってさ」
 彼女はシーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)だった。酒が好きで、よく酔っ払って寝ているヴァルキリーで、今日はパートナーたちと一緒に空京へと遊びに来たらしいのだが、はぐれてしまったらしい。仕方なしに酒をちびちびやりながら時間を潰していたという。
「心配して損した」
 昌毅は、ため息をついて回れ右した。いくら一人でヒマだからと言って、こんな所で酒瓶抱えて待ち構えている女の子を誘うつもりもない。
「よくわからんが、まあほどほどにな」
 片手を挙げて立ち去ろうとした昌毅は、見知った顔を見つけてもう一度立ち止まる。
 天御柱学園の生徒会長である山葉聡が、数人の女の子を引き連れて歩いているのがわかった。楽しそうな女の子たち。聡は、人目もはばからずイチャイチャしながら昌毅の目の前を通り過ぎて行く。何人もの女の子を侍らすナンパ王の風格さえ備えていた。
 じっと見ていると、聡はあれだけ女の子を引き連れているのに、さらに可愛い子を見つけて声をかけている。遠目から見ていても巧みなトークが繰り広げられているようで、その少女もすぐに聡の誘いに乗って仲間に加わった。
「さあ、みんなで楽しいところに遊びに行こうぜ!」そんな聡の声が聞こえてくる。
「はは〜ん、あいつめ。さては、生徒会長の仕事に疲れてこっちまで遊びに来たんだな。お盛んなことだ」
 昌毅は苦笑を浮かべたままその場を去る。まあ、自分には縁のないことだ。一人で楽しんでくるとしよう……。
「……。……って、ちょっと待て、こら!」
 ナンパにいそしんでいた聡をやり過ごしかけて、昌毅は振り返った。
 山葉聡は、任期中はナンパを自制するという公約を掲げて生徒会長を務めているのだ。一人や二人でもアウトなのに、何人引っ掛けてるんだ、あれ……? 公約違反ってレベルじゃなかった。
 ちょっと忠告してくるか……、いやちょっと待て、だがしかし……。昌毅は躊躇った。  
「あいつ……、もしかして生徒会長を辞めるつもりなのか……?」
 急に不安がよぎってくる。考えてみれば、天御柱学園生たちは聡にプレッシャーをかけすぎたかもしれない。そのストレスでヤケクソになって会長の座を放り出す考えなのだろうか。ナンパをすれば堂々と会長職を去ることが出来るから、それで……。
 いずれにしろ、こんなスキャンダルが発覚したら天御柱学園は大騒ぎになる。
「早まるなよ、聡……。まだ辞めてもらっては困る」
 昌毅はケータイを取り出すと、聡のパートナーの{SNL9998828#サクラ・アーヴィング}に電話する。告げ口をしておこう。
「聡さんでしたら、私の目の前にいますよ」
 電話口のサクラは知っているかのごとく答えた。
「今、アリバイ作りのために、彼を学園に押し止めているところです。……昨日、空京へ所用で来た時に、もう一人聡さんを見かけた気がしたのですが。どうやらその人らしいですね。私は……責任を持って本物の方を連れて帰ってきたはずなのですが……。聡さんは二人いると言うことになります。……まだ彼には言ってないけど、伝えておきましょうか?」
「いや、伝えなくていい。オッケーわかった。後は何とかするから、出来るだけ学園に残って多くの人と会っておいてくれ」
 昌毅は電話を切ると、視界から遠ざかっていく聡を見つめた。
「今、町で騒ぎになっているドッペルゲンガーか」
 彼は呟く。きっとそうだろう。そうにちがいない。そうであってくれ。
 実のところよくわからなかった。あちらの聡もとても聡らしく見えたからだ。
「……」
 仕方がない。彼は意を決する。他の誰かに見つかってスキャンダルが大きくなる前に、こちらで始末しておこう。
「いよいよ、始まるね」
 酒瓶を抱えたシーニーが期待に満ち溢れた顔で言った。
「あっち行ってろ」
 昌毅はシーニーを追い払っておいてから、去りゆく聡を追いかける。彼らは、イチャイチャだらだら歩いていたためすぐに追いついた。
「あれ〜、天学生徒会長の聡くんじゃな〜い。こんな所で出会うなんて奇遇だね〜」
 あまりにも白々しすぎて、昌毅の声は裏返っていた。
「女の子一杯引き連れて何してるのかな〜、かな〜? いけないんだ、いけないんだ〜」
「誰……?」
 聡は、怪訝な目つきで昌毅を見つめた。
 これで昌毅は確信した。聡が昌毅を知らないはずはないし、もし本物なら今の現場を見られたら何がしかのリアクションがあるだろう。
「歯ァ食いしばれや!」
 昌毅は地声に戻ると、聡の顔面に向かってストレートを繰り出した。スキルも装備も使わずに、右にえぐり込むように打つべし!
「きゃああああ!」
 傍にいた女の子達が悲鳴を上げる。
 ぐぼぁ! と聡は昌毅のパンチをモロに食らってたたらを踏んだ。すぐに体勢を立て直した彼は、手で制する仕草を見せた。
「ま、待て……。言いたいことは大体わかる。だが今はそんなことをしている場合ではないのだ。あの魔女が……」
「いいからちょっとツラ貸せや。路地裏でゆっくり話し合おうぜ」
 昌毅は、カップルに絡むチンピラのごとく指をぽきぽきと鳴らす。
「お前らも、散れ! 帰って寝てろ! お遊びは終わりだぜ」
 ハーレムを解散させるために、昌毅は女の子達に凄んでみせた。だが……。
「……」
 集まっていた女の子達は、怯えた目で聡の背後に隠れるが、逃げて行こうとはしなかった。
「この街には、女の子を魅惑し、精気を奪い取る魔女が出る」
 頬を押さえながらも、聡は突然そんなことを言い出した。
「俺は、手当たり次第にナンパしていたわけじゃねえんだぜ。狙われそうな子を庇護していたんだ」
「……?」
 予想外の展開に、昌毅は驚く。聡が言い逃れのでっち上げ話をしているようには見えなかったからだ。聡は真剣な表情で続ける。
「すでに可愛い子が何人かあの魔女にひきつけられ姿を消した。俺は、この街の女の子達を脅かす、そいつと戦うつもりだ」
「……」
 あれ、これ……。なんか、ちょっとかっこよくね? と昌毅は思った。
 次の瞬間。
 突如、周囲を甘ったるい空気が包み込んだ。魅惑的な魔力が充満し、頭をくらくらさせるようだ。
「……!」
 昌毅は、振り返って目を見張った。
 彼らの前に姿を現したのは、圧倒的な色気。
「魔女だ。俺の猟場を荒らす女……」
 聡が出現した女性を見つめながら言う。
「ルシェン・グライシス」
「ふふ……」
 ルシェン(偽)は笑った。

「来たー! やっぱりこうじゃなくちゃね」
 シーニーは、酒を飲みながら見物する。他人の騒動を眺めながら飲む酒の旨いこと。もっと盛り上がれ……! と応援する彼女の背後から、そっくりの人影が迫ってきていて。
 一升瓶をシーニーの頭に振り下ろした。