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悪魔の鏡

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悪魔の鏡
悪魔の鏡 悪魔の鏡

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 その直後、朝斗達が駆けつけてきた。
「見つけましたわ!」
 エンヘドゥが指差す。朝斗がそちらに目をやると、確かにルシェンそっくりの女性が聡たちと向かい合っている。身に纏っている独特の桃色オーラは、メス(?)を惹きつけるフェロモンを放っていた。どうやら聡の連れている女の子達から好みを物色しているらしいルシェン(偽)は、朝斗たちに気づくと、振り返ってニィッと嫣然な笑みを浮かべた。
「これはヤバい」
 朝斗はゾッとして足を止めた。ルシェンのフルパワーバージョンと言うのだろうか、恐ろしいほどの色気を放っている。
「まあ……」
 エンヘドゥと美緒を見つけて、ルシェン(偽)が舌なめずりした。獲物を見つけた危険な目の光に、朝斗は覚悟を決めてニセモノに向けてダッシュ……しようとして出来なかった。
「女王様の邪魔はさせないわ〜」
 見知らぬ女の子が数人現れ、朝斗とアイビスを阻止すべく飛び掛ってくる。ルシェン(偽)が【ヒプノシス】や【吸精幻夜】などを駆使して虜にしているらしい。
「ちょっとどいてよ! 頼むからさ……」
 女の子に乱暴を働けない朝斗は、あっという間にもみくちゃにされてしまう。アイビスは極力ダメージを与えずに引き剥がしにかかるが、必死の女の子達はなかなか取り押さえられそうにない。
「朝斗たちに気を取られているうちに、あのルシェンを捕まえるぞ」
 聡が飛びかかろうとするも。
「一緒に遊ぼうよ!」
 シーニーそっくりの女の子が飛びついてきた。聡に纏わりついて邪魔をする。
 昌毅が目をやると、向こうでは酒瓶を抱えたままシーニーが目を回して倒れていた。どうやらドッペルゲンガーにやられたらしい。
「とりあえず、聡が連れていた女の子だけでも逃がしておくか」
 昌毅は、彼女らを急いでルシェンから引き離した。
 そうこうしている間に。
「うふふ……」
 ルシェン(偽)はエンヘドゥと美緒に向かって、見事な動きで間合いを詰めていた。
「……!」
 二人が身構えるよりも先に。
 ぶちゅっ。
 ルシェン(偽)は一瞬でエンヘドゥの身体を絡め取るように抱きしめると、自分の唇をエンヘドゥの唇に重ね合わせていた。
「……!」
 ちゅううううっっ、と精気を吸い取る音がしてエンヘドゥの全身から力が抜けていく。目が虚ろになり、ルシェン(偽)にしなだれかかる。
「あ、あわわわわ……」
 攻撃してくると身構えていた美緒は、ルシェン(偽)の予想外の行動に、その場に硬直したまましばしその光景を凝視していた。
「ふう……、おいしかったわ。ごちそうさま」
 ルシェン(偽)は、ツーッと細い唾液の糸を垂らしながらエンヘドゥの唇から顔をのけると、美緒に視線を移した。
 ドサリ、とその場に倒れるエンヘドゥ。
ルシェン(偽)の魅惑的な瞳の光に美緒は後ずさる。
 「あ、ああ……」
「ふふ、あなたも私の虜になりなさいな……」
 美緒に迫るルシェン(偽)。二人の身体が密着する、……その直前で。
 ドドド……! と全力攻撃のスキルが放たれ、ルシェン(偽)に直撃していた。
「ああああああ!」
 叫び声をあげるルシェン(偽)の背後から、ものすごい怒気をまとったルシェンが姿を現す。
 ニセモノに変なイメージを植えつけられるどころの騒ぎではない。大ダメージだった。普段は優しくて怒ったりしない女の子が怒るとこうなる見本だった。
「祈りなさい……。あなたに明日の朝日を拝ませるつもりはありません!」
 彼女は、纏わりついた女の子たちをそのまま引き連れていた。
「お姉さま、頑張ってください!」
 ニセモノではなく、本物のルシェンに惹かれたらしい女の子達。朝斗に纏わりついていた別の女の子達を力づくで容赦なく引き剥がしてくれる。たちまちにして両陣営に分かれて喧嘩を始める少女達。見てはいられない……。
「……」
 何をやらかしたんだ……。想像するだけで恐ろしくて、朝斗は見ないフリをした。
「ふっ……、あなたも私の虜になるがいいわ!」
 ルシェン(偽)が、ルシェンに飛び掛った。ニセモノは、問答無用で再び自分の唇を相手の唇に重ね合わせる。
 ちゅうううううっっ。
 それは異様な光景だった。同じ姿をした二人が、抱き合い顔を重ねている。
「ふっ……」
 ルシェン(偽)は、ふっと笑った。そのまま、ぐったりと力を失いルシェンの腕の中でがくりと崩れた。
「何を……やらせるつもりですか……」
 顔を離したルシェンは、ハァハァと息遣いを荒くしていた。興奮しているのではなく、相手の息を口からを全て吸い取っていたため苦しかったのだ。
「言っておきますけど、ただの肺活量勝負ですからね! 他に意味はありません!」
「もう手遅れだろう……」
 朝斗は、ああやってしまった……と天を仰いだ。
「……」
 アイビスがその光景を周囲に見られないよう、自分の上着を脱いで広げ視界を妨げていたため、通行人たちは何が起こっていたのかわからなかったらしい。そのまま興味なさそうに通り過ぎていく。
「所詮、ニセモノが本物に勝てるはずがありません」
 ルシェンは、得意げにドッペルゲンガーを捕らえて縛り上げると、エンヘドゥを助け起こす。特に魔法をかけられたわけではなく、息を吸い取られて呼吸困難になっているだけだ。程なく、回復して起き上がってくる。
「これはひどい」
 ……一体、なんだったんだ、今のは? 見てはいけないものをたくさん見てしまった気がした。
 まあとにかく……。ニセモノを倒したことで、少しは落ち着いて鏡の捜査に取り掛かれそうだった。
「ルシェンとキスする相手、気の毒だな……」
 聞こえないように小さく呟く朝斗。
 なんだかちょっと、ゾッとした……。


「……」
 朝斗たちが去っていくのを見送ってから、昌毅は聡に視線を戻した。こんな時、どんな顔をすればいいのだろう。
 聡が連れていた女の子達は、無事に開放してきた。ハーレムは二度と作られることはないだろう。
 聡とシーニーのドッペルゲンガーはくんずほぐれつしていたが、そのうちじゃれあいになり、とうとう二人は地面に倒れ込んだまま固く抱きしめあっていた。しばしの間二人は熱いまなざしで見つめあい、顔を近づける……。
「し、失礼しましたー!」
 彼方から、猿を連れた笠置 生駒(かさぎ・いこま)がすっとんできて、シーニーのドッペルゲンガーを引き剥がして行った。目にも留まらぬ早業で、倒れているシーニーも抱きかかえると、脱兎のごとく逃げ出していく。
「……」
 昌毅は暴れる聡の襟首を捕まえると、ずりずりと引っ張っていく。
 ニセモノか本物か知らないが、シャンバラ大平原にでも捨ててこよう……。
 

「そうでしたか。ありがとうございました」
 昌毅から事件の概要を聞いたサクラは、ほっとして受話器を置いた。まだ空京では騒ぎは続いているだろう。だが、そんなこと彼女らにとってはもはや無関係だった。
「ん? 何かあったのか?」
 天御柱学院生徒会長室では、居残りをさせられていた山葉 聡(やまは・さとし)が不思議そうな顔をしていた。サクラがそわそわしていたので気になったらしい。
 サクラは微笑む。
「何でもありませんよ。……さあ、帰りましょうか」