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悪魔の鏡

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その1:冬の交通安全週間と……?

◆ 憲兵隊とは。
主に、軍隊内部の秩序維持、交通整理、捕虜の取り扱いなどの業務を行う兵科であり、軍警察とも呼ばれる。

「本当にこれが、私達の仕事なの……? ただの町のお巡りさんじゃない」
 その日、重大な任務を帯び空京の町へと派遣されてきたシャンバラ教導団憲兵隊の李 梅琳(り・めいりん)は、複雑な表情で町中を見回していた。
 手に持っている赤ライトの警棒がまばゆい光を放っている。
 聞いたところによると、この町に住むおかしな錬金術師とやらが作り出した鏡のおかげで、シャンバラ教導団の長である金 鋭峰(じん・るいふぉん)のニセモノが町中をバイクで爆走しているという。
 見つけ出して捕まえなければならない。
 事件の概要が聞いた通りなら、確かに面倒くさい事態ではあるのだろうが、団長である金鋭峰から直接事態の早期収拾を厳命されるとは少々予想外だった。ニセモノの存在がそんなに気になったのだろうか。基本的にこういうよくわからない事件は軍はノータッチで、フットワークとノリのいい契約者たちに任せておけば、騒ぎは自然に……。
「……大きくなるだけよね。あ〜あ、早くも見知った顔が町にやってきているし」
 梅琳は事件を聞きつけてやってきたらしい契約者たちの姿を目ざとく見つけて、小さく首を横に振った。自由気ままな契約者たちに、引っ掻き回されそうな予感がしてならない。
「主要道路の検問配備終わりました。この町の警察が『飲酒運転取り締まり』の名目で協力してくれるそうです。ニセモノの団長がバイクでやってきたらすぐに制止および追跡できる体制になっています」
 今回、憲兵隊としてドッペルゲンガーを回収するためにやってきていた香 ローザ(じえん・ろーざ)が、さっそく準備を終えて報告に戻ってくる。
 まさか、憲兵隊が本当に町の交通整理をすることになるとは思わなかったといわんばかりの表情だ。いや、非常時の交通整理は憲兵の正規職務の一つなのだが……。
「赤ライトの警棒の他に、警笛も貸してくれました。町を走る危険運転の車両をビシバシと取り締まってあげましょう!」
 真顔でピッピッとホイッスルを鳴らすローザを見て、梅琳はため息をつく。
「まあ確かに……、むやみに動き回るより、道路を封鎖して待ち構えていたほうが、ニセモノ団長に遭遇する可能性は高いでしょうね。表立って軍の部隊が動かせない以上、地元の警察組織と協力するのは自然なことってわけです。郷に入れば郷に従え、ですよね……ピピ〜ッッ!」
 比較的車両の通りの少ない道端で、梅琳とローザは取り締まりを行う。
 町の警官たちに混ざっての職務は似合ってはいるが、あまり軍関係の人物に目撃されたくない姿かもしれなかった。
 連れて来ていた、ペットの【賢狼ヘリュ】をなでながら、ローザは言う。
「こうして無知蒙昧な民衆どもに媚を売っておけば……もとい、善良な一般市民の安全で安心な社会を保持するために我々軍人がいかに堅実で誠実で役に立つ必要な存在であることを十分認識させておけば、いざ重大な事態の際にも市民からの協力が得られやすい場合もありますし。既得権益を守るので必死の地元の官憲も手なづけられるってわけで……ピピピ〜〜ッ! ……あ、そこの車、道路脇に寄って止まりなさい!」
 赤ライトの警棒をかざして、交通整理の警官のように車に駆け寄るローザ。怪しい車両を取り締まっていけば、そのうち敵も網にかかるだろう。
「一台ずつ当たっていくしかないようね。ニセモノ団長じゃなくとも、関係者かもしれないし」
 梅琳も、口調こそ渋々ながらも任務をおろそかにするつもりは毛頭なかった。
 目撃されたニセモノ団長はバイクで移動中とのことだったが、その後、車に乗り換えた可能性も否定はできないのだ。せっかく空京警察の協力も得られたことだし、まじめに取り締まりをしてみよう。
「……すいませ〜ん、飲酒運転の取り締まりをしているんですけど、発砲されたくなければ、ちょっと鞄とトランクを開けろください。おかしな鏡とか積んでないですよね? 早めに自白したほうが、刑は軽くなります」
「任務、お疲れ様。……ってか、そこはまず免許証の確認だろう。飲酒運転と荷物検査関係ないし、腰低いのか威圧的なのかよくわからないし。何やってんの、お前ら……?」
 車から降りてきたのは、同じシャンバラ教導団の軍人でもあるスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)だった。ドッペルゲンガーのうわさを聞きつけて捜索にやってきた一人らしい。
 赤ライトの警棒を持ち交通整理の腕章をつけたローザを上から下までまじまじと見やって、スティンガーはふむと頷く。
「……何か?」
 ジロリとローザに睨まれて、スティンガーは小さく両手を挙げた。
「いや……天下の国軍憲兵隊が、地元警察に交じって交通整理とは、なりふり構っていられない事態のようだな。……あ、ボディチェックする? パンツの裏にブツを隠しているかもしれないぜ?」
【賢狼ヘリュ】がスティンガーを臭っていたが、首を横に振った。何もなかったようだ。ローザはふん、と鼻を鳴らす。
「……そんな小汚いものを見る趣味はありませんので結構です。まあいいでしょう。不審な人物を発見したら、速やかに報告してくださいね」
「もちろんだとも」
 肩をすくめて、スティンガーは言う。
「車からバッグからも鏡らしき物は見つからなかったわ。……行ってよし! 安全運転でね」
 丹念にスティンガーの載っていた車を検査していた梅琳は、親指でくいっと指示する。
「ところで……パートナーの姿が見えないみたいだけど?」
「ああ、あいつならどこかその辺りで買い物でも楽しんでいるんじゃないかな? 俺は、ただお使いに来ただけなんだ」
「何をしているの……? 彼女も憲兵科の一員でしょう。すぐに我々に合流するよう伝えて。職務放棄は許さないわ」
 横断歩道を渡る子供たちを親切に誘導しながらも、横目でスティンガーを睨み付けてくる梅琳。軍人には厳しいのに、町の子供たちには優しいところが微笑ましい。
「おお、怖い怖い。これは本気だな。ニセモノ団長とやらが出没しているらしいが、この様子じゃ、間もなく検問の網にかかるだろうな」
 こりゃ出る幕はなさそうだ……、とスティンガーはおどけた口調で言って車に乗り込んだ。そのまま、ゆっくりと車を走らせ街の雑踏の中へと消えていった。
「……」
「どうしたのですか、隊長……?」
 不審げな目つきでスティンガーを見送っていた梅琳に、ローザは尋ねた。
「彼のパートナーが買い物、ねぇ……。一人で……?」
「……?」
「……いや、邪推でしょう。心配のし過ぎ、か……」
 梅琳は自分を納得させるように頷いて、元の持ち場に戻った。
 ローザと二人、すっかりお巡りさんになって行きかう老人や地元小学生たちを安全に導きながらも、梅琳は気になっていた。
 バイクで暴走するニセモノが目撃されたのは昨日の夕方のこと。契約者たちが集まるまで一日が経過してしまっていた。
 町の外に出てしまった、ということはないと思う。姿を隠すなら、町の外に出るよりも、空京の雑踏の中のほうが紛れ込みやすいからだ。
「さて、ニセモノはどうするかしら……? そう簡単には逃げられないわよ」
 梅琳は、じっと待つ。



「……さすがは憲兵隊だ、仕事早いぜ。町の警官たちが出張っている。俺が軽く町を車で流しただけでも、すでに何回か検問に引っかかった。下手な小細工は通用しないと考えたほうがいいだろうな」
 一方、車で走り去ったスティンガーは、検問から離れたところで車を止め、携帯電話でパートナーの少女と会話を続けていた。
「……そう、時間との勝負だ。彼女らが先にニセモノを捕らえるか、お前が先にニセモノ見つけ出すか。何もしないまま終わりたくないなら、全力で知恵を絞ることだ。もし団長なら……こんな場合どこに隠れるか……」
 スティンガーは、必死の思いが伝わってくる電話口で力強く励ます。
 ニセモノの金鋭峰と出会いたいと思っているパートナーの少女。全力でその手助けをすることやぶさかではない。
「だから、俺に聞くなって。もちろん全力で探してはいるが、俺だってわからねえよ、どこにいるかなんて。できるだけ地元警察に迷惑かけない程度に捜査の霍乱くらいはするがな。……おっと、それでももし俺が公務執行妨害などでしょっ引かれたら、留置所に差し入れくらいは頼むぜ。……ば〜か、冗談に決まってるだろ、マジになるなって。じゃあな……グッドラック!」
 ふふ……と微笑みながら携帯電話を切ったスティンガーは、再び車を急発進させる。注意深く町行く人たちを眺めながら、携帯を片手で弄んでいた。
 本物の、団長に聞かなければならない。
 ニセモノをどうするつもりなのか。だが……電話をかけて聞きづらい。
「速やかに処分せよ……」
 そう命じられたらどうしよう……。



「むぅ、そこの者! 汝には悪霊が取り憑いておる! 今、祓わねば大変なことになるぞ!?」
「……なんだって?」
 町を歩いていたセフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)は、呼び止められて振り返った。
 彼女は、この町で起こっているらしいドッペルゲンガーの事件を解決すべく、美緒に呼ばれてやってきていた。待ち合わせまでもう少しなのだが、こんなところで油を売るつもりはない。
「そなた、死相がでておる。祓っておかねば大変なことになるぞ。今なら一万Gで除霊して進ぜよう」
 占い師らしい女の子が言う。
「……間に合ってますよ。他を当たってください」
 全く、こんなのに引っかかるのがどこにいるんだか……。セフィーは興味なさそうに、結構と手を振ってその場を立ち去る。
「そうか……。くれぐれも気をつけてのぅ……」
「?」
 なんだかいやな予感がしてセフィーは振り返った。占い師がまだじっとこちらを見つめているが、放っておいていいだろう。
「まあ、美緒あたりなら素直に引っかかるかもれませんね。……そう考えたら心配になってきました。早く合流しなければ」
 セフィーは、待合い場へと急ぐ。
「……」
 占い師の女の子はずっと口元に笑みを浮かべていた。
 座っていた占い机の下から不吉なシルエットの鏡を取り出すと、セフィーに向ける……。


「……というような、事件が起こっておりましてね。我々警察としても捜査をしているところなのですよ」
「それでか……」
 不意の警察の訪問に、シャンバラ教導団の夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は驚いていた。
 先日、骨董市で手に入れて生きた謎の鏡。飾っていたものが無くなったので探していたのだが、何者かによって持ち出されてしまっていたらしい。というか……。
「目撃証言によると、その占い師は金品を巻き上げているようです」
 写真を見せられて、甚五郎は困った表情になった。その占い師の少女は、パートナーの草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)だったのだ。
「羽純」
 甚五郎は彼女を呼んでいた。
「警察が尋ねてきているようだが、何用だ? なに、わらわに用だと?」
 呼ばれて出てきた羽純は警察の疑いの目に戸惑う。
「空京の町で霊感商法が行われているらしい。その犯人が羽純だというのだが」
 甚五郎の説明に、羽純は眉根を寄せる。全く身の覚えのないことだった。
「ちょっと待て! 霊感商法とか何の話じゃ!? わらわは知らんぞ! 何処のどいつか知らんが妾の名をかたるとは……許さぬ!」
「名をかたっているだけじゃなくて、姿かたちもそっくりなんだよ」
 甚五郎は、やれやれと言った様子で羽純に聞いた。
「たんすの上に置いてあった鏡、触っただろ?」
「……ああ、あれなら手にとって覗いてみたが、いけなかったか? ……そういえば、それ以来、あの鏡を見んのう……」
「ということは、あれが悪魔の鏡。……その時に生まれたニセモノが鏡を持って逃げたと言うことか」
 仕方ない。空京の町へ捕まえにいくか……。
 甚五郎はすぐさま出立の準備に取り掛かった。
 さて、被害が大きくなる前に、無事に鏡とニセモノを回収できるだろうか……。



「ん……?」
 その日……。空京へと遊びに来ていた超国家神の異名を持つシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、ふと見知った顔が通り過ぎた気がして振り返った。
 超国家神にも息抜きは必要らしい。今日は存分に楽しむつもりだった。それはいいのだが。
「お、おい……、どこへ行くんだ? 無視することはないだろう……?」
 シリウスは、パートナーのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)にそっくりの女性が、自分を見ても何の反応も表さないので訝しがりながら声をかける。
 町の入り口でいきなりはぐれて探していたのだが、こんなところをうろうろしていたとは。
「まあ合流できて良かった。じゃあ、改めて一緒に羽を伸ばすとしようぜ」
「……」
 リーブラそっくりの女性は、シリウスの顔をまじまじと見つめていたが、何を思ったのか指を突きつけ、ぐるぐるとシリウスの目の前で回し始めた。
「……?」
 シリウスがじっと見つめていると、リーブラそっくりの女性は効果がないことにショックを受けた表情になった。ならば次の手段と、どこからともなく紙袋を取り出し中に息を吹き入れる。
「……いや、ほんと何をしているんだ?」
 パン! 女性は空気の入った紙袋を手で叩き割ると、無言で街中へと走り去っていってしまった。
「え……?」
 あっという間に姿の見えなくなったその女性に、シリウスはちょっと驚いてしばし佇む。あんなに露骨に避けることはないのに。というか、何だったんだ、今のは? もしかして、自分を怯ませようとしていたのだろうか。
「あれ……? オレ何か悪いことしたかな……?」
 またそのうちに見かけるだろう。次に会ったら、聞いてみよう。
 シリウスはすぐに気を取り直すと、今日一日を満喫するために空京の雑踏を歩き始める……。


 それぞれの思いが交錯する中、このお話はサクリと始まるのであった。