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リアクション
さて……。
「……いい取引だった。アワビの養殖に成功したら、あの錬金術師にもお裾分けをもっていってあげよう」
バビッチ・佐野と分かれたマネキは、出来上がった鏡を抱えたまま工房を出て、意気揚々と帰路に就こうとしていた。人々の行きかう町並みを見渡して、マネキはニンマリと微笑む。とても充実した一日だった。鏡の製作に苦労はしたが、おかげで念願の悪魔の鏡を手に入れたのだ。マネキのみに与えられた天からの贈り物。
「……そこいらの一般人どもよりも、一歩リードってやつだな」
この鏡をうまく使えば、なんでも手に入る。マネキとアワビ養殖の新たな歴史がここから始まr……ゴン! ボコボコ、ベギギギ!
「……ぐふ!」
マネキは、不意に背後から何者かに強烈に殴られ地面に昏倒した。手にしていた鏡だけは割れないように身体で庇うも、取り囲む人影にさらにボコボコにされてしまった。
「ヒャッハー! 鏡を奪い取ってやれ!」
「な、何をする貴様らー!?」
マネキを襲ったのは、鏡の噂を聞きつけた町のチンピラだったらしい。いや、遠くからやってきたモヒカンかもしれないが。彼らは半信半疑のまま、工房の様子を物陰から探っていたのだが、のこのこと現れたマネキが鏡を大切そうに抱えているのを見つけて、欲しくなったらしい。その本能に忠実に、マネキを殴り蹴り続ける。鏡を手放すまで。
「この自称『フエタ・ミラー』(悪魔の鏡)を殺してでもうばいとるだと!? やめろー、やめろー!」
マネキの静止の声も届かず、襲撃者たちは殴られまくってボロボロになったマネキから『フエタ・ミラー』(悪魔の鏡)を取り上げた。
「ゲットだぜ。これで町中を混乱させてやろうぜ」
町のチンピラたちは、鏡を手に入れるとマネキを置き去りに満足げに去っていく。
「愚かな真似はよせ……」
マネキは倒れ伏したまま、物騒なならず者たちを見つめていた。
痛い。全身傷だらけだ。だが、マネキの顔にはニヤリと不気味な笑みが浮かんでいた。
「……計画通り」
後は、テロリストたちが町中に拡散するのを待つとしよう……。混沌は、アワビについで望んでいたことである。敢えて街中で鏡を奪われることにより、騒動の原因をつくることに成功したのだ。あくまで悪ではない。これは祭りなのだ。アワビ収穫を祝う前夜祭。
「くくく……、愚民どもめ。泣け、叫べ、そして死ね! ハハハハハ……、は?」
マネキの哄笑は途中で止まった。倒れている自分を上から覗き込む影があったからだ。
「……」
すぐ傍でじっとマネキを見つめているのは、マスターのセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)だった。マネキが止めても聞かないので、途中で分かれたのだが、バビッチ・佐野の工房から出てくるのを待っていたらしい。
「セリス……、帰ったんじゃなかったのか?」
「お前などどうなろうが知ったことではないが、町の人々に罪はないからな。私は正義の味方ではないが、混乱が起こるのを分かっていて見逃すわけにはいかない」
セリスは無表情で答える。
「くくく……ふははははは……残念だったな、セリス……! 災いの種はすでに撒かれた。あのチンピラどもは存分に働いてくれるだろう。この町はニセモノ地獄となるのだ。アワビに当たって苦しむがいい、……ははははは!」
地面に寝転がったまま腕を組み高笑いをするマネキだったが、セリスは困った様子すら見せなかった。ふと、何かに気づくと身をかわすようにマネキからやや離れる。
「あっさり論破されたようだな。帰ってアワビでも食って寝て……ぐはああああっっ!」
バビッチの工房の方から凄い勢いで走ってきた和輝と和輝(♀)とアニスとアニスは(偽)が、マネキを踏みつけていった。彼らは、地面に転がっていた人物には気づかずに、場所を移動しながら戦闘を続けている。
「ちぃっ、自分と同格の相手がこれほど面倒だとは! まだ間に合う、絶対に止めなければ!」
「和輝、アニス(偽)に任せて! 手伝うわ!」
アニスは(偽)が、スキル【稲妻の札】を使って援護する。強力だが、アニスのスペックをそのまま引き継いでいるのだから仕方がない。
「ちょっと! ニセモノのクセにアニスのフリしないで! 和輝のこと慣れ慣れしく呼んでいいのは、アニスだけなんだよ!」
アニスが攻撃に割って入る。和輝を助けに行きたいのだが、偽者がアニスのフリをするのは凄く嫌だ。
スキル【聖霊の力】による無尽蔵のSPと【神降ろし】による魔法攻撃力増加による周囲の損害を無視した問答無用の魔法合戦を開始する。町のど真ん中で、魔力が破裂した。通りがかりの町人たちが逃げ惑うが知ったことではない。アニスはそれどころではないのだ。
「【歴戦の魔術】!」
アニス(偽)もすかさず反撃してくる。
「こっちまで巻き込むなー!」
と和輝。
「ぐふぅ……!」
と断末魔の悲鳴を上げて、一緒に攻撃を食らったマネキはその場で動かなくなった。
「……ふっ、よくぞやってくれたものだ。こんなゴクツブシといえども私のパートナー。やられたからにはお礼をしておかなければならない」
様子を見ていたセリスは低い声で呟きながら歩み出てくる。全身からオーラが立ち込めていた。
「ありがとう。折檻する手間が省けた」
「本当に礼を言うんかい!」
和輝は突っ込みつつも、間合いを取って後退していく。和輝(♀)が想像以上に強力だからだ。
「おほほほほほ! まとめて死になさいぃぃ!」
「下品な笑い方するんじゃねえよ、俺の女体化!」
集まってきた野次馬たちまで盾にして挑発してくる和輝(♀)に怒りを覚えた。
「くっ、いい加減に……」
ドン、と和輝は誰かに突き当たった。たたらを踏みつつも、取り繕う。
「すまない。すぐに片付け……え?」
「……何やってるの?」
「!!」
相手を見て、和輝は硬直した。一番見られたくない人物に今の醜態(?)を見られたからだ。
「……ル、ルーシェリア……どうしてここに?」
「どうしても何も、あなたがいるって聞いたから会いに来たのよ。愛にきたの。しばらくご無沙汰だったでしょう?」
「……はい?」
「捕まえた。もう離さないわ。……ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」
「ちょっと待て、何を言っているんだ、お前は……?」
いきなり抱きついてきた少女に、和輝は驚いた。耳元で吐息を感じ、ドキリとした。
「和輝さんこそ、誰と話しているんですかぁ……? ずいぶんと仲がよさそうですねぇ……」
その少女の背後からゆらりと現れたのは、和輝の配偶者の佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)だった。自分にそっくりの少女と密着している和輝にじっとりとした視線を投げかけてきた。
「私のニセモノがいると聞いたので、急いでやってきたのですけどぉ……。ずいぶんと楽しそうですねぇ……」
「い、いやこれは違う。……ちょっと、離せよ、お前……!」
和輝はニセモノのルーシェリアを引き離そうとする。が、相手はますます力を込め擦り寄ってきた。くねくねと腰をくねらせながら甘い声でおねだりした。
「いや〜ん、私ドキドキしちゃう〜。胸をさすって欲しいな……。大胆に触っていいのよ。ア、ソ、コ、もね」
「とんだビッチになってるじゃないか! どうするんだよ、これ!?」
「誰が、ビッチですってぇ……。私を貶めようとするニセモノと共に、ちょっとくくってしまいましょう……」
ルーシェリアが用意してきた紐を構え、まとめて捕らえようとする。
「おどきなさいな! その男は私の獲物よ。たっぷりいい声で鳴かせてあげるんだから、邪魔はさせないわよぅ!」
和輝(♀)は、和輝に抱きついたままのルーシェリア(偽)に向けて攻撃を放った。
「よくもやったわね!?」
「やりましたわね〜!」
ルーシェリア(偽)とルーシェリアがややキレ気味で反撃を加えてきた。それに乗じて、アニスとアニス(偽)もところ構わず魔法を連発する。
「……め、めちゃくちゃだ……」
全ての攻撃に巻き込まれた和輝は、ボロボロになってその場に立ち尽くす。
「貴様らか、街中で大暴れしている暴漢どもというのは!?」
憲兵隊の香 ローザ(じえん・ろーざ)が、警棒を持った保安官やジュラルミンの盾を装備した機動隊員たちをわらわらと引き連れて駆け寄ってくるのが見えた。和輝たちの戦闘が激しくて町の人が通報したらしい。ようやく交通整理から開放されたと、嬉々とした表情だ。問答無用で【魔銃ヘルハウンド】を発射する。
「よくやった! その褒美として貴様には、黙秘権も弁護士を呼ぶ権利も与えない!」
「なっ、ち、違っ……!」
「かかれ!」
ローザの号令の元、【賢狼ヘリュ】は暴漢たちに襲い掛かった。和輝は瞬くまに屈強な武装警官たちに取り囲まれ、否応にも目立ってしまうことになった。退避しようにも味方(?)の攻撃が危なすぎて動きが取れない。警官たちは問答無用で制圧にかかってくる。
「神妙にお縄を頂戴しろ、このテロリストどもめ!」
「ええい、離せ! ふざけんな。俺たちは被害者だ。官憲横暴だ! 人権蹂躙だ!」
数に物を言わせた警官隊の攻撃に、和輝はもみくちゃにされて非難の声を浴びせた。とはいえ、ここで司法権力に抵抗してさらに事態を悪化させてもドツボにはまるだけだ。もうどうにでもなれ、とばかりに両手を挙げる。
「確保! なのですぅ……」
ルーシェリアが投げ放った紐は、狙い過たずに和輝とアニスを捕らえていた。その隙を狙ってか警官隊が和輝たちを取り押さえてしまう。
「確保、じゃないだろ。捕まえる相手を考えろよ」
「ちょっと! ドッペルゲンガーが逃げちゃうじゃない。追うならあちらを追いなさいよ!」
一緒に捕まってしまったアニスもブーブー文句を言う。和輝は、もういい……とばかりに首を横に振った。和輝たちと戦っていたニセモノは、見事なまでに逃げ去ってしまった。まさに、最悪だった。
「ふふふ……、諦めなさいな、ニセモノさんたち。このまま官憲に突き出してやるのですぅ」
「お前……、今まで何を見ていたんだ!? 俺たちが本物に決まってるだろ!」
全力で抗議してくる和輝に、ルーシェリアは可愛らしく微笑んだ。
「お黙りなさい、なのですぅ。私の和輝さんが、こんなに簡単に捕まるはずがありませんわぁ。きっと、動きのすばやい彼らが本物なのですよぅ」
「悪かったな、鈍くて! あれだけの乱戦じゃあ、多少の後手に回ることだってあるだろ」
だが、そんな和輝の反論は華麗にスルーされた。
周囲への被害拡大を考慮して動きを制限されていた和輝たちが責められるとはどういうことだろう。この世の中は間違っている!
「ご協力ありがとうございました!」
警官は、ルーシェリアにビシリと敬礼すると、和輝とアニスをしょっ引いて行く。
「だから、待てって。俺は無実だ……!」
「もしもの時は、差し入れ持っていってあげますぅ……」
お勤めに出る亭主が視界から消えるまで、ルーシェリアはその場に佇んでいた。
「さて、私は逃げたニセモノを追いましょう。頼みましたよ、【賢狼ヘリュ】」
いい仕事をした表情でローザは笑った。
「ああ、やっちまったみたいだね。ボクたちと合流する前に退場とは、なんと不運なんだろう」
なんてこった、合流するはずが間に合わなかった……。今回、ドッペルゲンガーの噂を聞きつけて事件解決とニセモノの早期回収に駆けつけてきていたリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は、連れ去られていく和輝とアニスを唖然と見送る。
「あの和輝たちは、どう見ても本物だったんだけど……」
「あ、リアトリスさんもそう思いましたかぁ……? 私もそうじゃないか、と思っていたんですけどぉ……」
ルーシェリアはちょっと困った表情になったが、すぐにビシリと敬礼して返す。
「無茶しやがって、なのですぅ……」
「要するに、細かいことは捕まえてから考えようってことかな。確かに、迅速に事件を解決するにはそれが手っ取り早いんだろうけどさ」
だからこそ、リアトリスたちはチームを組んで事件に当たろうとしていたのだが、待ち合わせの時点で計画が狂い始めるとは思ってもいなかった。
「ま、まあ……、すぐに釈放されるだろうから、ボクたちは先に行動を起こすとしよう。あまり時間は残されていないみたいだしね」
最初から脱落されては大変、とリアトリスは携帯端末を手に仲間と連絡を取り合う。
「……ふむ、我々はもはや関係ないようだな。気づかれないうちに帰るとしよう」
様子を見ていたセリスは、マネキをずるずると引きずって空京の人ごみの中を去っていった。
「全く、自業自得にもほどがあるだろ……」
セリスが街中を歩いている時だった。行きかう人々の陰に隠れつつも、異様な雰囲気を纏った人物が正面からやってくるのに気づいた。
通り過ぎざま、倒れたまま引きずられ動かなくなったマネキにちらりと視線をくれて、小声で呟く。
「鏡の持ち出し、お疲れ様であります。奪われた鏡は自分が取り返したでありますよ」
小脇に抱えた鏡をちらりと見せながらニヤリと小さく笑ったのは、シャンバラ教導団からやってきていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。フリーテロリストとして活躍したこともある彼女は、今回もフリーダムな思想の元、この町での騒ぎを大きくしようとたくらんでいた。バビッチ・佐野と接触を図り悪魔の鏡を手に入れるつもりだったのだが、まさか錬金術師に会う前に棚ぼたで鏡が手に入るとは思ってもいなかった。計画通りに有効活用するとしよう。
「お前……」
セリスは、吹雪がやってきた正面に視線をやる。先ほどの、マネキから鏡を奪っていったチンピラ共が死屍累々と横たわっているのが見えた。
「悪魔の鏡は、それを持つにふさわしき物の手に渡るのであります。……では、ごきげんよう……」
「待て、何をするつもりだ……!?」
セリスが問いかけたときには、吹雪の姿は人波に飲まれ見えなくなっていた。
「……」
こいつは厄介ことになりそうだった。関わらないようにしよう……。
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