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暴走する機械と彫像の遺跡

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暴走する機械と彫像の遺跡

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■開幕:石工の街


 即興演奏の楽団、飛び交う客引きの声、露店の並ぶ大通り。
 ここはツァンダ東部に広がる草原とシャンバラ大荒野に挟まれた石工の街だ。
 街の中央には大時計があり、鳴り響く鐘の音は街の人々に時を知らせてくれる。
 街に住む人たちは鐘の音を合図に行動することが多い。朝に鳴れば起床し仕事を初め、昼に鳴れば腹を満たしてまた仕事に励むのだ。
 今日もそれは変わらない。

 大学のフィールドワークで街の近くを訪れていた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は街案内の地図に目を通しながら、オススメルートと書かれた順路に従って歩を運んでいた。道端で開かれている露店の品を目で追う。気分転換になっているのだろう、並ぶ品々を追う瞳は輝いているように見えた。
「たまにはこういう時間があってもいいわよね。半日くらいゆっくりするわ」
 綾原は満面の笑みを浮かべると地図を広げた。
 そこにはいくつかの赤い丸が書かれている。それは彼女の今日の日程であった。

 街の東側、石女神の遺跡へと向かう街路の途中に博物館がある。
 綾原は館内へと入ると展示品を見て回った。遺跡内で発見されたものが展示されているようで、物珍しそうに見に来ているお客がちらほらと見受けられる。なにやらソワソワと落ち着きのない様子の男性や、個性的な四人組の男女らの姿もあった。服装から察するに冒険者なのだろう。
 聞き耳を立てていたわけではないが、彼らの会話が自然と綾原の耳に入ってくる。
「見ろ。機晶姫のパーツまで展示されているぞ」
「ふむ、大昔の技術の名残ですか。やはり今とは趣が異なって……機械暴走の噂もありますが、まさかこれらの展示品が稼働などはしていないでしょうね?」
「展示されてるんですから管理はしっかりされてますよ〜。たぶん」
「しかし甚五郎、博物館とはなかなか渋いチョイスですね」
「たまには観光もいいからな」
 彼らは観光でやってきたらしい。
 甚五郎と呼ばれていた男が見ていたあたりに近づいてみると機晶姫のパーツが展示されていた。案内板を読むと石女神の遺跡から発掘されたものだということが分かった。彫像からは金属反応も出ているらしく、一部は機晶姫の残骸らしい。
「写真を撮りたいけど、さすがに館内撮影禁止になってるわね」
 視線の先、注意を促す掲示板があった。

 博物館からさらに東へ向かい、最東端に位置しているのが石女神の遺跡だ。
 郊外という立地からか地元の人は少ない。しかし街の観光名所にしようという話が出ているからか、道は整備されていて歩きやすかった。
 遺跡の中を一巡りする。特に目新しいものがなかったのでそのまま外に出て街へと戻った。パンフレットを開き順路を確認する。
「次は大時計かしらね。でもその前にちょっとお買いものっと」
 綾原は露店に並んでいるストラップを手に取る。
 簡素な作りだが、手にした石細工は素人目から見ても精巧にできているのが分かった。
「これも、これも、良く出来てるわ。石細工が発展したのはやっぱり石女神の遺跡の関係かな? 大時計も石造りって話だし、石細工の技術が発達した歴史的背景って――」
 と、そこまで考えが進んでハッと気づいた。
(今はフィールドワークの時間じゃないのよ!)
 息抜きをしているはずが考察を始めようとしていた。
 これも一種の職業病なのかもしれない。
「あ、これください」
 綾原は石像の付いたストラップをいくつか購入した。
 お土産を鞄にしまうと大時計へ向かう。大時計は街の中央、広場の中心に建っている。
 パンフレットにはかつて街が災厄に巻き込まれた際に建築されたということが書かれていた。
 街を代表とする観光名所のようで、広場には多くの観光客の姿があった。
「でかぁぁぁぁぁい! 説明不要!!」
 観光客の一人が叫んだ。大谷地 康之(おおやち・やすゆき)だ。
 大谷地は手にしたカメラを大時計に向ける。カシャリ、という小気味の良い音がしばらく続いた。とちゅう、彼は綾原と視線が合うと近づいてきた。
「おまえも観光で来たんだろ。ちょっとお願いがあるんだ。写真撮ってくれ」
「そのくらいならいいわよ」
 綾原は大谷地のカメラを手にして、彼と背景の大時計が綺麗に収まるように距離を調整し、カシャリ。
「ありがとな! それじゃ、オレは時計の中に用事があるんで失礼するぜ!」
 返事を聞かずに走り去る大谷地の背中を見送る。
「忙しないわね……あ、私も記念に写真撮ってもらえばよかったわ」
 仕方がない、と綾原は大時計を撮った。デジカメに映る大時計の姿を見て思う。
(資料にはなるわね)

                                   ■

 綾原が大時計にまつわる話などを街の人から聞いている脇を通り過ぎ、大時計の入り口へ向かう女性の姿があった。何故かミニカボチャを手にしている。それだけならちょっと変わっているだけで済むのだが、カボチャがケヒケヒと声を発しているようで、変わっているどころか怪しさが滲み出ていた。一見すれば女性は美人なので気にしない人もいるだろう。
 美人、の名前は九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)
 先日とあるお手伝いで声を発するカボチャをもらったのだが、どうやらお気に入りのようで今日も一緒に行動しているようだ。
「ケヒー」
「ジャックも楽しんでるみたいだね。来てよかったー」
 大時計の周りを一周し入口へと戻ってくる。
「全面石造りみたいだよ」
「ケヒ、ケヒヒ」
「そうだね。この街、少し私の故郷に似てるかもね……気に入ったよ。ジャックも気に入ったみたいだね?」
「カハッ! ヒハハッ!!」
 ジャックと時計台の写真を撮っていると、時計台の上の方から何かを叫んでは写真を撮りまくっている男の姿が見えた。
「んー……ゆっくりしたいし露店でもまわろっか?」
「ケヒャヒャ」
 彼女はカボチャを連れ立ってその場を後にする。
 通りを歩いていると多くの露店が並んでいた。
 布製のシートの上には雑多な石細工が置かれている。
 ネックレスやストラップ、ちょっとした置物と品数は多い。
「あ、カボチャの石細工もある。ジャックの仲間だよ、ほら」
 九条は言い、ジャックにストラップを見せた。
「ケーッヒッヒッヒ!!」
「大喜びだね。気に入ったのかな。せっかくだから買っちゃおうか」
 九条は露店でカボチャの石像が付いているストラップを購入した。
 それをカボチャの蔦に絡ませる。まるでカボチャがネックレスをしているようで、それが可愛くみえたのだろう。彼女はくすくすと笑った。
「似合ってるよジャック」
「ケヒー」
 楽しくなってきたのか、九条の足取りは軽い。
「よーし。今日はこのまま露店めぐりしよう!」
 彼女たちの休暇はまだ始まったばかりである。

                                   ■

 九条が時計台から去るのと入れ替わりに広場へ足を踏み入れる者がいた。
 彼、は時計台の中へと入っていく。
 時計台の内側も石造りになっていた。
 管理されているせいか古くはあっても汚れやひび割れは見当たらない。
 修繕の跡が見えるので当時のままの姿というわけではないらしいが、それでも歴史的価値があることを感じさせる何かがそこにはあった。
「ん?」
 彼、瀬乃 和深(せの・かずみ)は壁に打ち込みの跡があることに気付いた。
 ちょうど正面に手を伸ばした位置に等間隔に跡が残っている。
「なんだろうな。これは」
「それはですね――」
 瀬乃の背後、覗くように顔を寄せてきたのは綾原だ。
 闖入者に思わず仰け反り、距離をとってしまう。
 瀬乃の顔には驚きと警戒の色が見てとれた。失敗したことに気付いたのか、綾原は両手を合わせる。
「ごめんなさい。悪気はなかったのよ?」
「あまり驚かさないでくれ。心臓に悪い」
 胸を押さえて息を整える。
「あんたはこれが何の跡なのか知ってるのか?」
「さっき街の人にこの時計台の逸話を聞いたのよ。元々は武器や食料が備蓄されていたらしいわ。主に石弓とかね。ずっと昔に東から災いがやってきて、街の人たちが追い払ったという話があるのよ。その時に建てられた見張り台がこれらしいわ。いつからか時計台に変わったのね」
「なるほど、ね。これは弩弓を立て掛けていた跡か」
 跡の残る壁を撫でる。
 瀬乃は目を細めると難しい面持ちになった。
「けど、それなら街の中央に一つだけ残ってるってのが理解し難いぜ。他のは時間の中で朽ちたのか。それとも――」
 俺たちの言うところの見張り台とは用途が違うのか、という言葉を呑み込む。
 怪訝な顔を向けてくる綾原に瀬乃はなんでもない、と応えると塔を上り始めた。
 可能であれば時計の針にでも触れてみようと考えていた瀬乃であったが、関係者以外立ち入り禁止になっていて目論見は崩されてしまった。