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ハイナの『焼きヤミ』パーティー

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ハイナの『焼きヤミ』パーティー

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闇の味は、たのしい!



「ついに私の番がきたね!」
 とつじょ、レオーナ・ニムラヴスが叫んだ。彼女は巻きつけていたアルミホイルを脱ぎ、いつもの格好になっている。
「せめて食べ物を当ててくださいね」
「任せといて!」
 パートナーのクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)に元気よく手を振りながら、レオーナが焚き火に手を突っ込む。
 彼女が引き当てたのは――。
『淫らな獣らしきもの』としか形容できない、何かであった。
「ふむ。これはすごいでありんすね。テレビの生放送なら、お花畑の映像が流れるところでありんす」
 獣らしきものを見上げながら、腕を組むハイナ。彼女がうなるのも無理はない。
 その正体は、八木山バフォメットが装備していた淫獣だったのだ。
 名伏しがたい異界の生物に慌てふためく一同を、バフォメットは楽しそうに見回していた。
「本日のメインディッシュ、といったところでしょうか。まあ、食べるかどうかは皆様次第。私はどちらでも構いませんが」
「む、無理ですよ!」
 すっかり腰を抜かしたクレアが怯えながら言う。
「こんなもの、ただの猥褻物じゃないですか!」
 よりにもよって、どうしてこんなものを引き当てたのかと、頭をかかえるクレアだった。
 だが、レオーナは平然と淫獣へ近づいていく。
「よく見たらおいしそうだよ」
 などと言い放つレオーナ。気にせずむしゃむしゃと食べはじめる。
 彼女の様子をみて、クレアは思わずつぶやいていた。
「い、淫獣が、淫獣を食べてる……」


 しかし、さすがのレオーナも、淫獣を完食することはできなかった。
「こうなりゃ、紫月が食うしかないよな」
 朝霧垂が、唯斗の肩をポンッと叩く。
「いやいや! ムチャぶりにも程があるだろ!」
「『残飯は任せろ』と言ってたじゃないか。なんだ、あれは虚勢だったのか?」
「くっ……」
 友人の垂にけしかけられ、唯斗はもう後に引けない。
「ま、任せろってんだ。忍者の生き様、とくと見ておけ!」
 なかばヤケになった唯斗が、淫獣にかじりついた。そのとたん、彼の顔中にじわりと脂汗が浮かぶ。
「な、なんなんだ……。このみだらな味は……」
 青ざめる唯斗。だんだん目の焦点が合わなくなっていく。淫獣はまだ、牛一頭ほど残されていた。
 さすがに心配になったハイナが労う。
「大丈夫でありんすか。顔色が悪いでありんす」
「へ、平気さっ。このくらい……」
 ふらふらになりながら、唯斗は食べつづけた。
――そして。
 ついに、淫獣を完食した。
「やった……。俺はやったぞ……」
 それだけつぶやくと、彼はその場に倒れこんだ。
「きゃあ! 大丈夫ですか、唯斗様!?」
 返事がない。ただの屍になりかけていた。
 唯斗の意識が途切れる直前。彼が最後に聞いたのは、ハイナや垂の励ましと、必死に回復呪文をかけるクレアの叫び声だった。



「僕は納豆、大キライです。食べるくらいならセプクします」
 予めそう告げてから、焚き火を探りはじめたのは、アリステア・オブライエンだった。
 その彼が取り出したアルミホイルに、包まれていたものとは。
 ハイナが用意した納豆である。
「はっはっは。ずいぶんわかりやすい死亡フラグを、立てたでありんすね」
 心底おかしそうに笑うハイナの前で、アリステアは切腹を試みようとしていた。
「笑ってないで、あなたも止めてください」
「これは失敬」
 房姫にうながされ、ハイナがアリステアの刀を奪う。しょんぼりと落ち込む彼に、ハイナは納豆の良さを説明した。
「日本食の極みといったら、納豆に限るでありんすよ」
「でも、においがイヤ。食べ物のにおいじゃナイね」
 アリステアが鼻を摘んだ。本来は赤面症の彼だが、すっかり血の気が引いている。
 においが外に漏れないよう、ホイルはしっかり密封されていたので、納豆の臭気が凝縮されていたのだ。
「コラ! 好き嫌いせず食わんか!」
 パートナーを叱責したのは、鬼束 幽(おにつか・かすか)。アリステアの師匠に当たる人物だ。
「おぬしは育ち盛りだ、食べるのも仕事と思え」
「デモ師匠、肉は食べるナいったね」
「なにをぬかしておる。納豆は大豆だぞ」
「ダイズは、“畑のお肉”ネ。ツマリ、納豆は肉。食べちゃダメね」
「ぐぬぬ」
 幽が渋い顔でうなった。だが、すぐに師匠の威厳をとりもどす。
「屁理屈を言うな! さっさと食え!」
「ひえぇ〜」
 恫喝され、アリステアは涙目になりながら、納豆をほおばった。鼻をつまみながらなんとか健闘するが、すでに限界は近づいていた。
「も……もうダメね……」
 亡霊のように青ざめた顔で、アリステアが納豆を食べつづける。ふらつきながら、最後の一粒を口に含んだ瞬間。
 彼は、その場に倒れこんだ。
「アリステアよ。よく頑張ったでありんす。お主の勇姿、忘れないでありんすよ」
 合掌しながら目を閉じるハイナ。
 後に彼女は、今日という日をこう語る。


「全力を尽くした男は美しいでありんす。あれぞ忍者の生き様にふさわしい。まさに、以て瞑すべし、でありんすな」
――パラミタ忍者列伝『散りゆく運命の男たち』より抜粋




「いよいよ、妾が最後になったか」
 少し感慨深げに、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が焚き火から包みを取り出した。
 ラストを飾るのは、フォアグラ、キャビア、トリュフ……と言った豪華な料理の数々。
 一瀬瑞樹が用意した高級食材セットであった。
「これは凄い。妾が手を加える必要はなさそうだ」
 とんでもないものが出れば、チートばりの料理技術で調理しようと思っていたエクス。しかし、目の前を彩る高級食材を見て、それが杞憂に終わったことを知る。
「おお、いい匂いがする〜」
 遠くの方から、リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)が駆け寄った。先ほど納豆が出たとたん逃げ出した彼女だが、獣の嗅覚で高級食材をかぎつけ、戻ってきたのだ。
「いっただきまーす!」
 生つばをのんでから、かぶりつく彼女たち。
「こんな美味しいものが食べられるなんて! ヤミ焼きパーティー、来てよかったなぁ」
「うむ。素晴らしい企画だ。妾は満足だぞ」
 高価な食べ物が次々と二人の胃袋へ消えていく。
 秋の日が沈むより速く、あっという間にたいらげてしまった。
 至福の表情で満ち足りたお腹をなでる、エクスとリーズ。彼女たちの幸せのため、紫月唯斗が犠牲になったことは、すっかり忘れているようだ。




「宴もたけなわでありんすが。そろそろパーティーも終わりでありんすね」
 ハイナが焚き火を見上げながら言う。最後まで灯っていた火はついに消え、枯葉はすべて灰に変わった。
「文字通り、完全燃焼でありんす」
 充実感たっぷりにハイナはつぶやくと、枯葉のかたづけをはじめた。
 その時。
 まだ、なかに食べ物が残っているのを見つける。
「これはキノコ……。さっきのトリュフが、残ってたでありんすね」 
 キノコを拾い上げ、まじまじと見つめるハイナ。その様子を、房姫が興味深そうに見つめていた。
「房姫。食べたいでありんすか?」
「いえ、そういうわけでは」
 遮った房姫だが、ハイナは笑顔でキノコを差し出した。
「遠慮しないでいいでありんす。こうしてパーティーが無事に終わったのも、房姫が手伝ってくれたおかげ。これはささやかな、わっちからのお礼でありんすよ」
 そこまで言われれば、断る理由はない。房姫は雅やかな微笑みを浮かべると、キノコを受け取り、口元へ運んだ。
「トリュフなんて、そう食べる機会はないでありんすからね。ゆっくり味わうでありんす」
 ねぎらったハイナの前で、房姫が異常な行動をとる。
「ふふ……ふふふ……」
 視線を虚空にただよわせながら、彼女は意味もなく笑い出したのだ。
「可笑しい。可笑しいわ……。なぜ、夕日は赤いのでしょう。なぜ、血潮は赤いのでしょう。ふふふ……。可笑しいわ」
「ありゃ。房姫が変でありんす」
 ハイナは首をかしげながら、房姫の放り投げたキノコを拾う。
 じっくりと観察していたハイナは、急に「しまった」という顔をする。
「これ、トリュフじゃない。ワライナキオコリタケでありんす」
 ワライナキオコリタケ。
 それは、その名の通り、食べると“笑う”“泣く”“怒る”が同時に出てしまうキノコだった。
 てへぺろするハイナの隣では。
 房姫がしとやかに、涙を流していた。
「哀しい。哀しいわ……。なぜ、嘘と乳飲み子は赤いのかしら」
「そんなことで泣かれても困るでありんす」
 と思ったら、今度は般若の形相になる。
「腹に据えかねるわ! どうして、赤色は赤いのかしら!」
「もう、意味がわからんでありんす」
 すっかりお手上げのハイナ。
 彼女の前で、房姫は、ころころと表情を変えていく。
「どうして赤色の赤は赤くて、赤の赤色も赤いのかしら!? 可笑しいわ。哀しいわ……。腹に据えかねるわ!」
 世にも珍しい、笑いながら泣きながら怒る女。
 そんな房姫を締めのパフォーマンスにして、焼きヤミパーティーは、いよいよお開きとなった。

担当マスターより

▼担当マスター

水琴桜花

▼マスターコメント

お読みいただきありがとうございます。いかかでしたでしょうか?
自分から『コメディ』と銘打って書くことは稀なので、あまり感じたことのない緊張がありました。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
ちなみに、房姫が警告していた「自分で入れた食材が当たる」方はいませんでした。そのため今回は、食材を『食べる側』と、『提供する側』とで出番がございます。読み落としのないよう、目を通していただけたらと思います。

また、私は自分の「名前を覚えて欲しい」といいながら、ふりがなを忘れるミスを犯しました。
『水琴桜花』と書いて、『みことおうか』と読みます。
あらためてよろしくお願いいたします!


それでは、またお会いしましょう!