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【祓魔師のカリキュラム】一人前のエクソシストを目指す授業 8

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【祓魔師のカリキュラム】一人前のエクソシストを目指す授業 8

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第3章 幸せが妬ましいッ Story3

「治療をしてもらったから、次は毒の治療ね。タイチ、しっかりわたしたちを守ってよ」
「人使い荒いぞ、ツェツェ」
「文句言わないの!」
 セシリアは地面をカッと踏み鳴らし、太壱に守り役をさせる。
「スーちゃん、解毒用のジュースを作ってくれる?」
「1つでいいのー?」
「うん、いくつも持ち運ぶのは難しいからね」
「私たちは女の人の状態を調べようか。ミリィ、その人の気配は感知出来るかな?」
「はい、お父様。中に何もないようですわ」
 ペンダントのアークソウルが淡く輝き、憑依されていないことを確認する。
「眠っている間に、精神の浄化をしましょう」
 ホーリーソウルの力を引き出そうとした瞬間…。
 女は小さく呻き、ガリリと地面を引っ掻く。
「目を覚ましたようだね」
 横たわったまま薄っすらと目を開く女を涼介が見下ろす。
「ママー!」
「ま、待て。まだ近寄るな」
 母親にかまってもらおうと、子供が樹の手を振りほどいてしまった。
「あそぼー、ママー」
「―…うざい」
 だが、親は駆け寄った少女を、ギロリと睨んだ。
「こら、近寄るなといっているだろう」
「やだやだー、離してーっ」
 状況をまったくしらない子供は、樹に捕まりじたばた暴れる。
「本当に…生きてるんだね?よかった!一緒に家へ帰ろうっ」
「お前も行くな!」
 ぶっきらぼうに言い、ハウスの家主の手首を掴む。
「フン、誰があんたのところになんか帰るもんか」
「な、何を言ってるんだ!?」
「家はなくなっちゃったし、ろくな稼ぎもないし。この甲斐性なしがーーーっ」
「ごめんよっ、もっと頑張るから。だから戻ってきてくれ!」
「うるさぁああい。シネぇえええっ」
 起き上がった妻は手にしている物で夫に襲いかかる。
「お父様、旦那さんが刺されてしまいますわ!」
「危ないからミリィは下がっているんだ。やめるんだ、奥さん。それは、あなたの本心じゃない!」
 彼女は涼介の言葉にも耳を貸さず、得物の切っ先をギラつかせて迫る。
「あれって果物ナイフ?それは旦那を切るもんじゃなくって、果物を切る時に使うものよ!」
 セシリアは小型飛空艇ヘリファルテに飛び乗り、女の背後から迫りナイフを奪う。
「泥棒、返せ!」
「貴方が正気に戻ったらね」
「―…くぅ、だったらこれでいいわ」
 夫を殺す道具を手に入れようと、娘が握っている物をひったくる。
「あんたなんか殺してやるーっ」
「そんなにこの暮らしに不満があったなんて…」
「違う、あれは本心ではない」
 樹は子供とハウスの主を連れ、妻の殺意が込められた凶器をかわす。
「お袋、それ大丈夫と思う」
「何がだ、バカ息子」
「よく見てくれ、玩具だ。あのひっこむやつだ。刺さってもちょっと痛いくらいだな」
「そうだったのか…」
「樹ちゃん。ひっこむやつでも思いっきり突っ込んでくると、かなり危ないよ!」
「―…なんだと?攻撃能力があるというのか。まぁ、接近戦なら問題ないだろう。小娘、取り押さえろ」
 女に足払いをかけ、セシリアに確保させる。
「よぉし、ラリアット!…と見せかけて、ぇええいっ」
 相手の手首を掴み、頭部を両足でロックする。
「今のうちに解毒薬を飲ませてっ」
「ジュースじゃ飲ませづらいね。スーちゃん、薬を飴状にしてもらえるかな?」
「まんまるのあめにするねー」
 スーは茎に小さな花のつぼみをつけ、白い花びらで作った器につぼみを入れて、茎と葉で作ったスティックで器の中をかき回す。
 つぼみがとろとろに溶けていったかと思うと、互いにひっつきあい小さな球体として集まって固まる。
「できたよー」
「あったかいね。これを食べさせればいいんだね?」
「そー」
「セシリアさん、その人を押さえててね」
 暴れる女の口の中に飴を入れて食べさせる。
「ちゃんと食べなさいよ」
 吐き出そうとする女の口に、セシリアが無理やり飴を噛ませる。
 その様子を夫は心配そうに見守り、子供のほうはキラキラと目を輝かせて新しい遊びだと思っている。
 飴の効果が利き始めたのか、彼女は大人しくなっていき、眠ったことを確認したセシリアは女から離れた。
「ミリィを治療を」
「―…癒しの光よ、傷付きしものに活力を与えよ」
 精神を集中させて祈り、暖かく柔らかな光を被害者の体に送り込む。
 樹がその夫と子供の視界を遮り、治療の様子は見せていない。
 器にされていた者から憑依による邪気が消え、女はゆっくりと目を覚ます。
「あれ、なんで…こんなところに?…あ、あなた……」
 起き上がった女は夫のほうへ顔を向ける。
「よく覚えてないけど、私…あなたに酷いことを言ってしまったような気が…」
「いいんだよ、そんなこと。帰ろう」
「うん…」
「あ、あの。ありがとうございました」
 妻の亭主が終夏たちに礼を言う。
「ママー、あそぼー」
「お仕事が終わって、お家に帰ったらね」
 正気に戻った妻は子供と手をつなぎ、夫と共にハウスへ帰っていった。
「―……?グラッジが離れていくわ。どこへ行くつもりかしら」
 グラッジがしつこく狙ってくるかと思い、セシリアはアークソウルで位置を調べてたが、どういうわけか探知範囲から離れていく。
 家族と子供の友達がいる方向とは、まったく逆の方へ行ってしまった。



 カフェのほうでは、アニス・パラス(あにす・ぱらす)がグラッジの捜索をしている。
「むむ〜…。今のところ、気配の数に変化がないね」
 乱闘に巻き込まれたりしないか警戒している者もいるのか店内はかなり静かだ。
「来店客は少ないようだが、この状況で外出する者がいるとはな」
 アニスの箒に乗せてもらいつつ、禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は声のボリュームを下げて呟く。
「魔性のこと知らない人がいるから仕方ないよリオン。依頼してきた人も、何が原因か分かってないと思う」
「ふむ、いたずらに恐怖心を与えてはならぬから…ということか」
「グラッジからの物理攻撃は和輝が守ってくれるし。アニスたちは出来ることを頑張ろうよ!お仕事、お仕事〜」
 アークソウルに意識を集中させ、和輝の傍を飛びながら懸命に探す。
「(お店の外に気配が4つも!)」
「(どの辺りだ?)」
「(んーと〜奥側かな…、ぁあっ厨房のほうに移動するみたい!)」
 太壱たちと戦っていた魔性と、同種の悪霊が合流してカフェにいる者を襲おうとしているようだ。
「(厨房だと?まずいな…)」
 カタクリズムでも使われてしまったら、包丁や皿などの危険物が飛び交ってしまう。
 店員たちを避難させようと、和輝は厨房へ駆け込む。
「仕事中のところすまないが、ここから出てくれないか?」
「え、は…はい?」
「俺たちはイルミンスールに届いた依頼で来た者だ。安全を確認出来るまで、厨房には入らないように」
 詳細は告げず、店員をスタッフルームへ移動させる。
「(アニス、こっちにいる店の者は避難させた。そっちも魔性の気配がないところへ誘導してくれ)」
「(家に帰えるように伝えるの?)」
 閉店したことにして帰宅させようかとアニスが提案する。
「(それでは悪霊の器にされる危険性がある。アニスが感知したやつが、彼らを狙う可能性もあるからな)」
「(んー……。非常口とかどうかな?)」
「(そこでいい。俺もそこまで同行しよう)」
 厨房から出た和輝は二丁の曙光銃エルドリッジを構え、アニスから離れず客席へ向かう。
「ぅーん、どうやって誘導すればいいかな」
「え、えっと、“避難訓練”とかどうでしょうかー?」
「―…避難訓練?…ぅう、知らない人に……声をかけるのは…。で、でも…避難させないと憑かれちゃうかもしれないし…」
 女の子に対しては人見知りに改善の兆し在るが、和輝以外の男の人をかけるのはまだ怖い。
 どうしよう…と考えながら、ごにょごにょと小さな声音で言う。
「アニスはまだ人見知りなため、こちらは女の客以外は対応出来ない。わるいがそれ以外の者を頼めるか?」
「ぇ…えーっと、はいっ」
 ぶるぶると怯えている様子を見て、結和は女性客以外の者の誘導を引き受けることにした。
「み、皆さん。と…突然ですが、お店の避難訓練ですっ。ご…ご協力をお願いしますー」
「キミ、この店の店員?」
「ぁ……いえ。そ、その…」
「席に案内される前、店の者から聞かなかったのか?私たちは訓練日だと聞たぞ。貴様が聞いていなかっただけだ、さっさと非常口に集合しろ」
「てかさぁ、なんでそんなに離れたとこから言うわけ?」
「黙れ。店の者を困らせるような輩は、学校に連絡がゆくと思うがな。そうなれば、貴様の内申にも響くだろう」
 リオンの刺すような冷たい眼差しに、男子学生はレポートをカバンの中に放り込み、しぶしぶ席を立ち避難口へ向かった。
「あのような輩には、これくらい強くいったほうがよい。まぁ、嘘も方便なのだしな」
 誘導するための1つの嘘に、安全に移動させる嘘を重ねても問題ないという態度をとる。
「何も知らない人たちが相手ですからね…」
 正直に事情を説明してしまうと、確実にパニック騒動になる。
 結和もリオンたちと分担して、客たちを避難口へ誘導する。



 店内の客を誘導し終わると、アニスはアークソウルに店内の見回りをする。
「(さっきは厨房辺りにグラッジが行ってたけど、まだいるとは限らないからね)」
「(取り残されている客はいないか?)」
「(大丈夫、残っている人はいないよ!…あ、和輝っ、なんかいるっぽい)」
 箒に乗ったまま気配の位置を探る。
「(気配はいくつだ?)」
「(1つかな…。目に見えないからグラッジのはずだよ。なんだかうろうろしてる。どこへ行こうか迷ってるのかも)」
「(店の者と客が集まっている場所のどちらへ行くか考えているんだろう)」
 精神感応でアニスと話ながら、悪霊の行動を監視する。
「(わわっ、こっちに寄ってきてる)」
「何だ?アニス。魔性がこちらへ来ているのか?」
 ずっと動こうとしない少女にリオンが聞く。
「うん…、ゆっくり近づいてきてるね。アニスから分からないと思ってのかな」
 相手に位置を知っていると悟られないように小さな声で言う。
「グラッジ、和輝を狙っているっぽいよリオン」
 それは、まっすぐパートナーほうへ迫っているようだ。
「うーむ…?」
「なぜまた俺を…。学業が充実しているからか?」
 狙われた理由は学業だけでなく幼女2人に加えて、近くに女の子が1人いるという、他に男子が存在しないハーレム状態だからだ。
 それはセシリアたちが助けた住人を狙っていたグラッジだった。
 窓越しから見えた和輝を見つけ、ハーレムリア充を滅するべく標的を変更した。
「祓魔術は対象者以外は害がないんだったな、リオン」
「そのはずだ。憑依されたモノや、周りを無闇に傷つけないための術なのだからな」
「あれは大人しく話を聞くような相手じゃない。リオン、俺の周りに酸の雨を…」
「―…なるほど、よかろう。だが長く保てるわけではないし、術が消える度に唱える必要がある」
「了解だ」
「(和輝を囲む感じにすればよいか)」
 パートナーを狙っているのなら、術を邪魔されることなく行使しやすい。
 リオンは裁きの章のページを開き、彼を守るイメージをして詠唱する。
 赤紫色の雨に守られながら、和輝は精神感応でアニスにグラッジの位置を聞き憑依をかわす。
「(テーブルの下にいる!…あ、移動したみたい。むむーっ、天井のほうからくるよ!)」
「(まさかこう何度も狙われるとはな…)」
「(話も聞いてくれなさそうだし、悪い子はこらしめちゃわないとね)…高峰、あのね…リオンは和輝を守るために大変だから…、……お願いっ」
「わ…、分かりましたっ。(ずっとひきつけるもの大変でしょうし、早く大人しくさせなければいけませんね…)」
 結和は焦る気持ちを抑え、哀切の章を開く。
「汝……日の導を闇に染め、罪なき魂の道を迷わし、その命を貶めし罪人よ。穢れたその手を退けるのならば……。我…、汝の導に日の光を燈そう」
 アニスが示すところへ光の霧を放ち、グラッジの逃げ場を断つ。
「あ、あの…。私の言葉を聞いてくれるのなら…、この霧を消します」
「シャイセーッ、ブルシット!(畜生ーっ、ふざけんなぁあ!)」
 幸せを探す道へ導こうとする結和に、反省する様子を見せない。
 結和は静かに目を閉じて光の霧をグラッジの回りに集め、中空の球状に変化させて拘束する。
「それに、触れてしまうと…。人々を苦しめた罰を…受けることになります。出来れば……傷つけたり苦しめたくありません。…私の話を聞いてもらえますか?」
「ゥ………ウゥ…」
 諦めたのかグラッジは力なく呻く。
 もう和輝に憑依する気はないだろうと思い、拘束していた中空の球を消した。
「(ふぅ、やっと諦めてくれたようですね)」
 まだ言葉を聞き入れる気になってくれなかったら、聖霊の力でも精神力の回復が間に合わなかっただろう。
「幸せになりたい、のは、私たち人間も、他の生き物も、みんなきっと、一緒です」
 本を閉じた結和は、“幸せ”になりたいのは誰もが思うことだと語りかける。
 それを共有して、わがままは少しだけ我慢。
 人を幸せにするために努力すれば…、きっとみんな幸せになれる。
「グラッジさん…私と一緒に、幸せになろうって、頑張ってみませんか?」
 まずは自分が、幸せを一緒に見つけられる友達になれたらいいな、と言葉続ける。
「アナタ、…ハ、…スキ。……カモ。デモ、ホカノ…ワカラナイ」
 今まで妬みの対象だった者とまで、理解し合うのは難しい。
 小さな言葉で結和に途切れ途切れに言う。
「そう、…ですか」
 自分とだけじゃなく、“みんないっしょにしあわせに。”
 それが心に秘める本当の願い。
「(やはり、すぐには無理でしたか…。夢物語のようでも、願うこと、その為に行動することはきっと無駄にはならない…。私は、そう思いたいです)」
 どうしたら皆とも分かり合えるだろうかと考え、本をぎゅっと抱きしめる。
「…ホカノ、ヒト…ワカラナイ…。デモ…、イジメル、ノハ、…ヤメル」
 それだけ告げるとグラッジはカフェから去った。