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第5章 ジャウ家の財政

「この紋章の品、大事にしないと!」
「何か問題でも?」
 ジャウ家の紋章について調査していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、その品の重要性にいち早く気づいた。
 その足でムシミスの所に向かうが、返ってきたのは気のない反応だった。
「えーっと、この紋章はジャウ家の中でも重要な品にしかついてなくて……」
「多分、そうなんでしょうね。扱いは使用人の中でも古株の方にしか任せていないので、大丈夫でしょう」
「そうじゃなくてぇ……」
「俺が話を聞く。こっちへ」
 噛み合わない会話に助け舟を出したのは、ムティルだった。
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)を連れた彼は、ムシミスに聞かれるのを憚る様にルカルカたちを自室に誘う。
「ジャウ家の財政を立て直そうかと思うの」
 ルカルカは事も無げに宣言した。
「ジャウ家の財産目録と、家計簿、領地経営に関する書類を見せて頂戴」
「ルカは意外にも経営の知識がある。俺は法学。ジャウ家の力になれるだろう」
「意外ってなによう」
 ルカルカとダリルの申し出に、ムティルは暫し考え込む。
「申し出は非常にありがたい。だが……」
「だが?」
「いや。ひとまず家財の目録については、クリスティーのデータベース化がたった今完成した所だ」
「現状、ジャウ家にある物は確認したよ。でも、古くからの使用人に聞いたらあるはずなのに見つからない物もあるみたいだけど……」
 ノートパソコンを持ったままクリスティーが眉を潜める。
「紋章の品の価値は知っている。しかし、物よりも生きている人間が大切だ。使用人たちの為に、いざとなればそれらを処分することも考えている」
 クリスティーの疑問には答えず、ムティルはルカルカたちに向き直る。
「昔からの遺産を切り崩しているだけでは先がない。無駄を省き、他にも収入源を作るべきだ」
「ルカ達が、領地経営について助言してあげる。その為には、兄弟揃って家を守る決断をして、力を合わせなきゃ」
 ルカルカは明るくしかし凛とした笑顔を向ける。
「幸い、ここには広い庭もある。庭や、他にも遊ばせている土地を観光などに活用してはどうだろう」
「庭や土地は元より広く開放している。今更金をとるわけにはいかない」
 ダリル達の提案に、素直に答えつつも今一つムティルの言葉は歯切れが悪い。
 どこか、真剣味が足りないような……
「お疲れ様です。お食事が出来ましたが、食堂で召し上がりますか?」
 コンコンとノックの後、遠野 歌菜(とおの・かな)が顔を出す。
「いや、ここで」
「ではお運びしますね。よかったら他の皆さんもどうぞ」
「ああ、頼む」
「はぁい」
 ルカルカ達の返事も聞かず、歌菜に答えるムティル。
 暫くの間の後、歌菜と月崎 羽純(つきざき・はすみ)が芳しい香りを伴って料理を運んできた。
「わ、美味しそう!」
「ルカ。……申し訳ない」
 目の前に並んだ料理に、思わずルカルカが声をあげダリルが嗜める。
「シチューの野菜は近くの畑で採れたものよ。こっちのお魚も、さっきまでそこの川で泳いでたんだって」
 嬉しそうに料理の説明をする歌菜。
「……すまないな。いつも」
「え、そんな、お仕事ですから」
「食費を抑えるためにわざわざ遠くまで足を延ばしたり、地元の店と交渉してると聞く。そこまでは依頼した仕事の内に入らんだろう」
「いえ、それは私も逆に楽しんじゃってる部分もありまして……それより、お味はどうですか?」
「とても美味い」
「良かった♪」
 微笑むムティルに歌菜も笑顔を返す。
「そういえば、妙な噂を聞いたんだが」
 空気が緩んだのを確認し、羽純がふと思い出したように呟いた。
「最近、この家で盗難事件が起こっているそうだ」
 あ、と反応したのはムティルではなく、クリスティー。
「それが本当なら、いくつか不明な品があるのはそのせいかも……」
 作り上げたばかりの財産目録を広げる。
 それを覗き込む歌菜と羽純。
 ムティルは黙ったまま彼らを眺めていた。
 どこか、居心地の悪そうな表情で。