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第2章 洞窟 2

 洞窟と言えば修業の場所。瀬乃 和深(せの・かずみ)の脳内辞書にはそのように書かれていた。かつて軍神とか剣聖とか呼ばれた者たちも、みな一度は必ず通る道。洞窟での、修業。どこぞのコミックスでも、勇者を育てるために元勇者が自らドラゴンに変身して、修業をさせたという。
 話を聞いていたギフトのエリー・モリオン(えりー・もりおん)は、疑問を口にした。
「それとこれが、どういう関係があるのですか?」
「分かってないな、エリー」
 和深はチッチッチッと指先を振った。きっと生まれたばかりのギフトであるエリーには分からないのだろう。丁寧に説明してやつ必要がありそうだった。
「つまり、お前のギフトとしての性能を試すにも、洞窟はうってつけってことだ」
「自分の場合は試運転であって、修業とはいささか意味が違ってくると思うのですが」
「細かいことは良いんだよ。要はそれっぽくなれば」和深は眉をひそめた。「とにかく、だ。実力を試す良い機会ってことだよ。ここには、どうやら〈亡霊軍〉とか呼ばれるスケルトン集団もいるみたいだからな。きっと、この辺でうろついてりゃあ、敵さんもお目見えして……」
 和深が話している最中に、言葉を切った。気配と足音がする。洞窟の奥から、白骨のモンスターが姿を現した。
「タイミングよく、お出ましだ。さあ、エリー! 出番だぜ!」
「むう、なんだか腑に落ちませんが仕方ありません。不肖、このエリー・モリオン! 必ずやマスターの力になってみせましょう!」
 エリーが骸骨兵に突貫した。ギフト用のキャノンを撃ちながら、体当たりをしようとする。だが、その前に、骸骨兵の振った剣がエリーの身体をばきぃっと吹き飛ばした。
 どんっと壁にめり込む。がらがらと崩れる壁に埋もれて、エリーは白旗をあげた。
「め、めんぼくありません」
「……ま、まあしょうがねえか。お前は本当は武器だしな。さあ、エリー、来い!」
 和深が手を伸ばした。エリーがその手に触れた瞬間、カッ! と激しい閃光が起こる。目もくらむようなその閃光が消えたとき、エリーの姿はなく、代わりに、和深の手に黒と黄金が混じり合った巨大な槍がおさめられていた。柄と刀身との間にはバーニアらしきものが付いている。まるでエリーが呼吸でもしているかのように、バーニアが噴いた。
「こっからがエリーの本領発揮だ! 行くぜ!」
『はい、マスター!』
 和深は骸骨兵に躍りかかった。相手も反撃に打って出て、剣を振るう。だが、和深は真っ正面からそれに挑んだ。刃と刃がぶつかり合う。瞬間、槍のバーニアが噴き出し、剣の刀身が粉々に砕け散った。
「はああああぁぁぁ!」
 槍が、骸骨兵を真っ二つに斬り倒す。ばたん、と左右に倒れた骸骨兵を見て、和深は満足そうに槍を回し、地にその柄をどんっと突き立てた。
「やったな、エリー」
『はい、マスター。さすがはマスターです。自分をここまで使いこなすとは……』
「よせよ、誉めるない。お前の力もあってのことさ」
 照れ隠ししながら、和深とエリーは笑い合った。

 近づいてくる敵を、狙って、排除。近づいてくる敵を、狙って、排除。
 シャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)は自らにそう言い聞かせ、次々と骸骨兵を蹴散らしていた。凍てつく炎、天の雷、神の目。大まかに分ければ、使うのはこのへんの魔法だ。炎に氷、雷と、光。様々な属性を使い分け、スケルトンを燃やし尽くして炭にしたり、氷漬けにしたり、雷光で粉々にしたり、光で塵へと浄化させたりする。接近されたときの魔法の使い方。それを学ぶのが今回の目的だった。
 スケルトンが近づくとすぐに、左右の手を使い分けて魔法を放つ。詠唱は出来るだけ最小限に、高スピードで敵を撃ち抜くのだ。シャノンは次第にそれにも慣れてくる。最後の一体を塵にした頃には、ぐーっとお腹が鳴った。
「お腹、空いた……」
 特訓相手にはちょうどいいが、魔力の消費が激しかったか? どうやら体力的にも影響を与えてきているようだ。シャノンは岩場に腰を下ろした。その辺には骨が散らばっているが、気にしたら負けだ。
 ごそごそと、雑のうの中からハンバーガーを取りだして、ぱくり。
「美味しい」
 誰に聞こえるわけでもなく、シャノンは幸せそうな顔でぱくついた。

 骸骨兵どもを相手に攻防を繰り広げていると、やがて、洞窟の奥からひときわ異彩を放つ骸骨兵が現れた。上質な鎧と剣、それに盾。戦っていたのが骸骨兵だったなら、そいつはいわば骸骨騎士(ボーンナイト)と呼ぶべきか。ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)はそう思った。
「ローグ、あいつ……強いよ」
 ライナ・アーティア(らいな・あーてぃあ)がローグの傍でささやいた。ヤマネコの獣人で、ローグのパートナー。束ねられて尻尾のようになった青髪を揺らし、くんかくんかと鼻を鳴らす。ライナは気配にも敏感だが、鼻も効いた。骸骨騎士からただよってくるのは血の匂いだ。銀光を放つ剣に染みついた血の匂いによるものだと、ローグだけは気づいた。
「だろうな。一筋縄ではいかんだろう」
「どうする? 我が、主」
 手元から声がした。ローグが握る矛からだった。先の刃部分がくねくねとうねりを作っていて、まるで蛇のように見える。蛇矛と呼ばれる武器で、ギフトのコアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)が変形した姿だった。
「修業に妥協はいらない。これでひとまず締めにするぞ。心してかかれ」
 ライナとローグを挟む位置にいたユーノ・フェルクレーフ(ゆーの・ふぇるくれーふ)が、静かにうなずいた。
「サポートは任せて下さい。全力で戦えますよ」
 ローグ、それにライナがどんっと骸骨兵の集団に躍りかかった。狙いは骸骨騎士一体。あとは無視を決め込んだ。骸骨兵たちは、二人へと攻撃を仕掛けてこようとする。ユーノの呪文が、その前に完成した。
「眠りなさい。不死の子らよ」
 一時的なものだが、『ヒプシノス』と呼ばれる催眠術が骸骨兵たちを微睡みに誘った。
「ありがたい、ユーノ! いくぞ、コアトル!」
「うむ。我を存分に振るえ、主よ」
 左手に持っていた鞭が、骸骨騎士の身体を捕まえた。一瞬のうちに相手を引っ張って、蛇矛を振るう。ごうっと唸りをあげて、蛇矛の刃が骸骨騎士を狙った。騎士の剣がそれを受け止める。スピードは互角。力も、お互いにぶつかり合うだけだ。
 しかしその前に、騎士の後ろに回ったライナが拳を握っていた。
「ローグ、いくよおおぉぉ!」
 ゴッ! 拳が骨に大穴を開け、相手の胸を粉砕した。骸骨騎士はまさかというようにライナに振り返った。ローグは隙を突いた。蛇矛がふたたび唸りをあげ、骸骨騎士を頭部から叩き潰したのだ。がらがらがらっ、と音を立てて、粉々に砕け散った骸骨騎士の亡骸が地に落ちた。
「ローグさぁんっ! やりましたねぇ!」
 ユーノが飛び跳ねてよろこんでいた。どうやらこの場の骸骨兵たちは騎士の力の影響下にあったらしい。まるで最初からそこに死体となって横たわっていたかのように、骸骨兵たちはうんともすんとも言わなくなっていた。
「だっはぁ……つかれたぁ」
 蛇矛を地面に突き立てて、ローグは座り込んだ。
「情けなし、我が主。それで今後もハンターとして生きてゆけるのか」
「うるさい。誰が戦ったと思ってんだ、誰が」
「我が刃を持ってして、だ」
「それを使ってやったのは俺だろうが!」
 ローグは蛇矛にどなりつける。
「もおおぉぉっ! 二人とも、喧嘩しないでよぉ!」
 ライナに叱りつけられ、二人はぐっと声をつぐんだ。心の修業は、まだまだ時間がかかりそうだった。