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リアクション
プロローグ
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)はその店を見つけた。知り合いのつてを使って調べたのだ。冒険者仲間の間では、その店は有名らしい。ただ、しょっちゅう店を構える場所を変えるため、その時々で店の場所を調べなくてはならないのが難点だった。
「〈夜の黒猫亭〉……」
アキュートは店名を口に出して確認した。簡素なデザインをしている店先に出された看板には、黒猫のマークと店の名前が描かれていた。間違いない。この店だ。
アキュートは扉をそっと開いた。
「だ・か・らっ! 何度も言ってるじゃないですかぁっ!」
突然、激しい怒りに満ちた声が飛び出してきた。
何事かと、アキュートは店内を見回した。狭い店内は食卓らしきテーブルが二つと、それぞれに三脚の椅子。奥にあるカウンターに身を乗り出して、幼い少女の背中がわなわなと震えていた。
「営業妨害もはなはだしいです! うちが請け負うはずだった依頼が、いくつも競り負けてる事実をご存知なんですか!」
触れたら包み込まれそうなやわらかな質感の青い髪。幼いながらも気丈な態度。アキュートも知っている、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)という名の少女が吠えている最中だった。
冒険者の店を経営している彼女がなぜここに? ノアに詰め寄られているカウンター向こうの人影が、肩をすくめながら言った。
「ボクは別に営業妨害なんてしてるつもりはないんだけど。仲介の獲得に負けたのは、そっちの技量の問題でしょ? 依頼人がボクに任せたほうが良いって判断したわけだ。しかたないことじゃない? 冒険者の店は他にもたくさんあるんだし。その中にうちを選んでくれただけの話でしょ?」
人影は平然とした態度だった。よく見れば、こちらも姿見は幼い。猫耳の形をしたニット帽を目深く被っているため、その瞳をうかがうことは出来ないが、身長はノアと良い勝負のように見えた。
こいつがクロネコか? 噂に聞いていた〈夜の黒猫亭〉の主人が、これほど少年じみた姿をしていることに、アキュートは面食らった。
「あれ、アキュートさん?」
ようやく、ノアがアキュートに気づく。
「よ、よう、ノア……」
邪魔して悪かったというように、アキュートは片手をあげながら言った。ノアはその意味を図れず、首をかしげる。先に口を開いたのは、クロネコだった。
「やあ、いらっしゃい。新顔さんだね」
「この店ではな。噂には聞いてたが、来るのは初めてだ。意外と中は普通なんだな」
「経営だって普通だよ。うちは懇切丁寧親身になって。冒険者の安全を保証するのが、モットーだからね」
クロネコはほほえんだ。
「何が懇切丁寧親身になって、ですか。うちの店の依頼人を奪ってったくせに!」
「だからぁ……それはしょうがないって言ってるでしょ? 依頼人だって人の子だよ。うちの仲介のほうが良いって判断されたんだから、仕方ないじゃない。悪気はないんだって」
「ふーんだ!」
ノアはそっぽを向いた。アキュートがその隣の席に腰を下ろした。
「なんだか、色々と大変みたいだな」
「おかげさまでね」
クロネコは諦めたように息をついて、アキュートに冷えた水を差し出した。助かった。喉はからからだった。グラスに入ったそれをぐいっと飲んで、アキュートはようやく、落ち着いて話が出来そうだと思った。
「それで?」
「ん?」
クロネコにたずねられて、アキュートは眉をあげた。
「なにか用件があったからここに来たんじゃないの? アキュート・クリッパーさん」
「名前を名乗った覚えはないんだけどな」
「噂話はたくさん耳に入ってくるからね。元神父の契約者さんなんでしょ? まさか、わざわざ道徳を説きにきたってわけじゃあるまいし」
「もちろん。そりゃそうだ」
アキュートは肩をすくめた。どうやら隠し事の類はあまり役に立ちそうになかった。
「聞きたかったのは、ジークとかいう子どものことだよ」
「ジーク? ジーク・ブリングのことかい?」
「そう。そのジークだ。骸骨王の退治をあいつに依頼したのはあんただろ?」
アキュートの射すくめるような瞳に、クロネコはぴくりとも動じなかった。
「正確には、たくさんの村や町から要望があってのことだけどね。と言っても、ジークを選んだのはボクだ。それは間違いないよ」
アキュートの眼力がひときわ強くなった。まるで刃物のような鋭さで、クロネコをぐっと睨みつけていた。
「本気か? あいては〈死の亡霊軍〉とか噂されてる奴らだろ? どうせお役所仕事に回されることだってあるんだ。正規のルートで解決しろなんて言わねえよ。でもよ、例えどれだけ力があっても、子どもが解決できるような仕事じゃねえ。それぐらいは、アンタでもわかってるだろ?」
「そりゃまあ、そうだけどね」クロネコはカウンター後ろの棚を開いた。「何か飲むかい?」
「……酒。あるなら、ウォッカで」
「地球産を求めるなんて贅沢だなぁ」
クロネコはウォッカの瓶を取ると、それをストレートでグラスに注いでアキュートに渡した。クロネコも自分のグラスに注ぐが、オレンジの果実飲料で割っていた。
「たぶん、大丈夫だよ」
「根拠はなんだ?」
「そこの冒険屋さんのマスターさんがついていってるから。責任は取ってもらう」
「はい!?」
突然話を振られたノアは、まさかといったように口をあんぐりとさせた。
「聞いてないですよ!」
「言ってなかったし」
慌てるノアを、平然としたクロネコがあしらう。そのやり取りを見ていたアキュートがくすっと笑った。
「この仕事を請け負ったやつは一人じゃないってことだろ? 回りくどい言い方しやがって」
「あははは」
クロネコは笑って誤魔化した。
信頼出来る者がいるのは、ありがたいことだった。だが、心配が尽きぬのも確かだった。もしかしたら新米の冒険者に対して、過保護になりつつあるのかもしれない。アキュートはそう思って、ぐいっと、グラスに残っていた酒を全て飲み干した。
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