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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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【四 出撃前】

 ルカルカ率いる第一分隊の各隊員は、大型飛空船SKチヌークH2の整備も担当することとなった。
 第二分隊は陽動と飛行経路の脅威排除を主な任務とするが、第一分隊は撤収戦そのものを受け持つ。
 その為、チヌークH2の準備とプランBへの対応の双方を並行して進めなければならない。
「ルカもまた随分と、忙しい任務を振ってくれたな」
 チヌークH2の機晶エンジンを調整しながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がやれやれと小さく溜息を漏らした。
 仕事が多いのは別段どうということはないが、並行してふたつの作業を進めるというのは、先程初めて聞かされたばかりであり、段取りのスケジューリングを改めて考え直さなくてはならなくなったのだ。
「救助班、対寺院班、支援班の三つに分けるって話は、通ったっぽいのか?」
 チヌークH2に搭載する支援火器の装弾ベルトをキャビン内に放り込みながら、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が面だけをダリルに向けて訊いてきた。
 ダリルは手にした調整用端末のキーパッドを操作しながら、うむ、と小さく頷く。
「各分隊にそれぞれ、三人ずつの補助担当がつけられたそうだ。この三人にそれぞれの役割が与えられるらしいが、結局のところは臨機応変という形になるかも知れんな」
「ま、救助に専念しようとしてても、敵がそうはさせてはくれんということもあろうしな」
 ダリルやカルキノスと一緒になってチヌークH2の準備を整えていた夏侯 淵(かこう・えん)が、降下用と救助用のハーネスロープをキャビンハッチ脇のフックに固定し終え、ひと息入れながら言葉を繋ぐ。
 上空撤収戦が作戦のメインとなり、プランBが地下坑道突破となった以上、彼らが用意していたぽいぽいカプセルの出番は今回は無さそうではあったが、何かの役に立つかも知れないということで、淵はキャビン内の装備棚に保管しよう思い立った。
「ダリルとカルキノスのも、ここに置いておこう。使える局面があるかも知れぬしな」
「……中に入れてるトラックを武装住民の頭の上に落とす、てのだけはご法度だぜ」
 カルキノスが冗談とも本気ともつかぬ物騒な台詞を吐いてきたが、流石にそれはない、と淵も苦笑で応じるしかなかった。
 何より、武装住民の殺害は厳禁だと指示が出ているのである。また、下手に衝撃を与えて機晶鉱脈に連鎖爆発が起きても困る。
 淵の発想は純粋に、移動手段補助としての保管という以外には無かった。
「飛空船の準備、ご苦労様です。飲み物をお持ちしました」
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、後方支援班から貰ってきた給水補助ドリンクをトレイに乗せて、整備に勤しむダリル達の前に現れた。
 ダリルは単なる調整だけだから然程に疲れてはいないが、カルキノスと淵はまともに力仕事を任されていた為もあって、セレスティアの差し入れは心底、有り難かった。
「やっぱり何だかんだいいつつ、結局は空から、という形になりましたね」
「迅速性を考えたら、上から拾ってさっさと逃げるってのが、一番手っ取り早いからな」
 撃墜される可能性よりも、とにかく一刻も早く救出するという発想は、今も昔も変わらない、とカルキノスは笑う。
 侵攻作戦や暗殺・襲撃作戦とは異なり、救出作戦はスピードが何よりも優先されるのである。
 スタークス少佐が採択した戦術は、いわば最もオーソドックスなセオリーに従ったといえるだろう。
 それでも尚、プランBとして地下坑道脱出案を用意させようというのだから、余程念が入っているとも考えられる。
「準備させられる方は、堪ったもんじゃないがな」
「……ぼやいている暇はないぞ。ひと息入れたら、次は地下移動装備の点検だからな」
 ダリルに釘を刺されて、カルキノスは小さく首を竦める仕草を見せた。
 結局、力仕事は全部押し付けられるのか――カルキノスと淵は、いくぶんげんなりした表情を浮かべながら、いそいそと立ち上がって次の作業に取り掛かった。
「プランBがある、ということは、大講堂内のどこかから、地下に降りるルートがあるということになるのでしょうか?」
 直前まで、大講堂の見取り図をつぶさに調べていたセレスティアだが、現時点でまだ、抜け道に相当するものは見つかっていない。
 幾分疑問に感じているセレスティアに対し、ダリルはいや、とかぶりを振った。
「大講堂に一番近い地下坑道入り口は、二百メートル西に離れた作業場だ。そこまで強行突破、という形になるから、リスキーといえば、確かにリスキーだ」
 ダリルの説明に、日頃から温和な表情が絶えないセレスティアも、この時ばかりはその美貌が緊張に引き締まった。
 教導団員はともかく、上流貴族のフェンデスにそのような突破戦が果たして可能なのか。
 背筋に一瞬だけ冷たいものを感じ、セレスティアは思わず喉を鳴らした。

 第二分隊の出撃準備風景は、第一分隊とは少しばかり様子が異なる。
 こちらはどちらかといえばチヌークH2の露払いが主担当となる為、機動性や突撃力を重視した装備や部隊運用を考えて、準備を進めなければならなかった。
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)などはまさにその典型で、最初から単身、或いは少人数での突撃を想定しての用意を進めている。
 ただ、不安が無くも無かった。
「S3で精神が支配されている輩が、果たして眠ってくれるかどうか、じゃのう」
「ヒプノシスは催眠術……いってしまえば、精神そのものに作用する術ですから、S3による脳幹支配部位によっては、全く眠ってくれないかも知れませんね」
 ルシェイメアにしろセレスティアにしろ、主な突撃手段として考えていたのが、ヒプノシスによる寝かせ技であった。
 殺害してはならない相手と対するには、眠ってもらうのが一番効果的であるのは、古今東西どんな状況でも変わらないのであるが、今回の相手は、そもそも眠ってくれるかどうかすら怪しい。
 睡眠とは、脳が肉体に命じて発生する現象である。
 その脳がS3によって侵されている者達に、果たしてヒプノシスが有効なのかどうか。
 こればっかりはもう、やってみる以外に確かめる方法は無かった。
「そういえば、ワタシの他に、先行して大講堂に向かおうっていうひと達が、居るみたいネー」
 うんうん唸っているルシェイメアとセレスティアの渋面を余所に、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は全く違うところに対して関心を寄せていた。
 アリス自身は、救出作戦開始後での大講堂直行である為、必ずしも先行しての大講堂入りという訳ではなかったが、情報で仕入れてきた別のチームは、既にもう、大講堂近くにまで接近しているとの話であった。
「ちょっと出遅れちゃったかしらネー。まぁでも、良いワ。味方同士で勝ち負けを競ってる場合じゃないし」
 あっけらかんとした調子ですぐに頭を切り替えたアリスだが、相変わらずルシェイメアとセレスティアは仏頂面をぶら下げて、ヒプノシスが効かなかった場合の対処について、あれこれ相談を重ねている。
 セレスティアはゴーレムを用意して壁とするプランも立てているようだが、武装住民の中には対空ロケットランチャーのような携行ミサイルを装備している者の姿も確認されている。
 爆撃機による火力支援は機晶鉱脈への影響が大き過ぎるが、携行ミサイル程度であれば全く問題無い為、武装住民達は好き放題撃ちまくっているのだという。
「如何にゴーレムの壁とはいっても、ロケット弾を何発も撃ち込まれれば即死じゃろうな」
 ルシェイメアの分析に、セレスティアはいささか意気消沈した様子で小さく頷き返した。
 臨時指令所でソレム内の情報を仕入れれば仕入れる程、自分達の用意している策がことごとく失敗するのではないかというネガティブなイメージばかりが湧いてくるのだが、ここまで来てしまっては今更引き返せるものでもなかった。
 一方、救出部隊の本分から、いささか外れている面々も居る。
 オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は、先程から若崎源次郎と遭遇した場合の対処について入念な打ち合わせを重ねていたが、救出部隊の目的はフェンデス一行をソレムから無事に脱出させることが第一であり、源次郎が現れた場合の対処などに力を注ぐのは、ややベクトルが逸れているといって良かった。
 実際、円が白竜の補佐に任命された折には、源次郎対策はほどほどにしておくようにと、白竜じきじきに釘を刺されるという有様であった。
「そうはいっても……もし若崎さんが現れたら、やっぱり何か対策が必要な訳だし……」
「ミネルバちゃんが頑張って、しっかり誘導してくるから大丈夫〜」
 あくまでも若崎源次郎に拘る姿勢を見せるオリヴィアとミネルバの姿に、後で円が、白竜からこんこんと説教される破目に陥ったのだが、当の本人達はまるでどこ吹く風であった。
「しかし……若崎源次郎以外のヘッドマッシャーが出てきたら、どうするつもりじゃ?」
 良い加減悩むのが馬鹿馬鹿しくなり、他の話題を探していたルシェイメアが、興味深そうな面持ちでオリヴィアとミネルバに問いかけてきた。
 この時、オリヴィアとミネルバは、完全に言葉に詰まってしまった。
 まさか他のヘッドマッシャーが出現する可能性があるなど、全く考えてもいなかったらしい。
「まぁ多分その辺は……レキさんのチームが何とかしてくれるわよ、きっと」
 苦しい弁明であったが、実際のところ確かに、レキの対ヘッドマッシャー戦チームに頼る以外、方法が無いというのが現実だった。

 ルカルカと白竜が各分隊の出撃準備状況を報告する為に、スタークス少佐の詰める司令官用テントに足を運ぶと、何故か入口の足元に大きな段ボール箱がひとつ、これ見よがしに鎮座していた。
 実はこの段ボール箱の中では、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がじっと息を潜めて、スタークス少佐に近づく不審な影の有無を逐一チェックしていたのである。
 本人としては、
(見よ、この歴戦のカモフラージュ……誰も見抜けまい!)
 などと内心で随分と鼻高々だったのだが、見るからに違和感ありまくりの段ボール箱という存在に、ルカルカや白竜のみならず、他の面々もあからさまに怪しいと見ており、その異常な存在感が却って不気味さを醸しているという異様な空間を作り上げていた。
 ちなみに、パートナーのイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)も同じくその辺で姿を消してうろうろと哨戒している筈なのだが、いちいち触れるのも面倒臭い為、ここでは割愛する。
 ともあれ、スタークス少佐に報告の義務があるルカルカと白竜がテント内に足を踏み入れると、そこには先客が居た。
 玖純 飛都(くすみ・ひさと)であった。
「……君は確か、スーパーモール内でダリルの手伝いをしてくれたひとだったかしら」
 ルカルカが記憶を手繰るように、小首を傾げて問いかけると、飛都は幾分面白く無さそうに、黙って頷くのみである。
 飛都の周囲は、教導団兵数名によってがっちり固められている。
 どう見ても今の飛都は、賓客としてもてなしを受けている訳ではないということが、ひと目見ただけで分かるような有様であった。
「彼は一体、何をしたのです?」
「ソレムの中央医療センターで妙なことをしておってな……斥候隊が尋問したところ、機晶鉱脈に対する共振現象を引き起こそうなどとしておったから、連行させてきたのだ」
 まるで犯罪者扱いである。
 飛都は飛都で、事件解決の為を思って独自の行動を取ったまでに過ぎないのだが、機晶鉱脈への共振など引き起こされては、連鎖爆発の引き金にもなりかねない。
 折角、教導団が部隊を編制までしてフェンデス一行の救出に乗り出しているというのに、たったひとりの中途半端な知識での独断で全てをひっくり返されては困るということで、やむなく逮捕に踏み切った、というのがそもそものいきさつだったらしい。
「解決に助力しようというその意気は良い……だがな、こういう局面では英雄は要らんのだよ。全く、どうしてこう、蒼学の餓鬼共はやたら格好つけたがる奴ばっかりなのかね」
「いえ、少佐……それは幾らなんでも、いい過ぎなのでは」
 慌てて白竜がフォローするも、飛都はますます、機嫌を損ねた様子で明後日の方角に視線を送り続けた。
 軍隊に於いては、単独での英雄的行動は最も忌むべき愚行と考えられるのが常である。
 仮にどうしてもひとりで行動を起こす必要がある場合は、事前に本隊と連絡を取り、周囲としっかり連携を取った上でなければならない。
 そういう正規の手順を踏まなければ、本隊の与り知らぬところで、とんでもない事態が勃発する可能性が高まるばかりなのだ。
 飛都も、事前にスタークス少佐に相談した上で行動を起こしていれば、それなりの支援やアドバイスを受けたかも知れないし、全てが許容されたかどうかは分からないにしても、ある程度の自由が認められた筈である。
 それが今ではまるで犯罪者扱いのように、こうして軟禁される破目に陥っているのだから、まるで目も当てられない。
 ソレムは今、冒険者達が財宝と名声を求めて集う秘境の遺跡などではなく、教導団が作戦行動を起こそうとしている戦場であった。
 思うところは間違ってはいなかったが、方法に問題があったといわざるを得ない。
「ともかくだ……君は本作戦が終了するまで、ここでじっとしていたまえ。多少見学して廻る程度の自由は許してやるから、気晴らしにその辺でも歩いてくるが良い……但し、監視は常に張り付いているから、そのつもりでな」
 飛都は、スタークス少佐の言葉を半分ぐらいしか聞いていなかった。
 そんな彼に対し、吹雪が段ボールの中から哀れな視線を投げかけている。
 よもや、段ボールからそんな視線が飛んできていようなどとは、飛都自身、まるで予測もしていなかったであろうが。
 もっといえば、イングラハムがテントの陰からこっそり、同じように憐みの視線を飛ばしてきているのだが、こっちはもっと存在感が無いので、誰も気付いてくれなかった。