天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

タイトライン:ヘッドマッシャー3

リアクション公開中!

タイトライン:ヘッドマッシャー3

リアクション


【六 招かれた客】

 ソレムの北街門上に位置する、古びた楼閣。
 そこに、今回の騒ぎを引き起こした張本人である若崎 源次郎(わかざき げんじろう)の姿があった。
 この楼閣は、城塞の一角を担う構造となっている為、内部はそこそこ広い上に頑丈でもある。
 十数人が一度に乱戦を仕掛けてもびくともしないような、極めて頑丈な耐久力を誇っている。
 時代によっては、屋内戦闘舞台とでも呼ぶべき場として活用されていたというから、源次郎はここで襲撃者を待ち受けるつもりでもあったのだろうか。
 実際、源次郎はある来客を待っていた。
「……連れてきたぞ」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の幼い顔が、楼閣から城壁上通路へと続く出入り口から覗いてくる。
 彼女は、S3の効果の程を調査すべく町中をうろうろと歩き回っていたのだが、源次郎から割り込みの依頼を受けて、ある人物をこの楼閣上にまで案内してきたのである。
「へっ……てめぇの方から呼びつけるたぁ、大した自信だな」
 刹那に続いて楼閣内に姿を現したのは、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)であった。
 竜造は、スーパーモールで源次郎の姿を見た時から、その存在について興味を持ち続けていたらしい。
 その後ヘッドマッシャー・ディクテーターの能力について様々な情報を入手し、一戦交えてみたいという欲求が日に日に高まってきていたらしい。
 そして、今回のソレムでの武装住民による集団テロ事件である。
 源次郎と相まみえるのは今しかないという猟犬的な嗅覚が働き、こうしてソレムまでわざわざ足を運んできたのであるが、まさか源次郎の方から招待を受けるとは、思っても見なかった。
「こんなちんまい餓鬼を小間使いにしてるなんざ、良い趣味してるじゃねぇか」
「ちんまいいうたかて、よう働いてくれるんやから、わしも助かっとるよ」
 竜造と源次郎の双方から、ちんまい呼ばわりされた刹那であったが、別段気分を害した風も無く、ベンチからのっそりと立ち上がる源次郎の巨躯を、ただ黙然と見つめるのみである。
「お、もうひとりも着いたみたいやな。あれを人数換算して呼んでええんかどうかは、また別問題やけど」
 源次郎が妙に嬉々とした様子で別の方角に視線を巡らせた為、竜造も思わず、そちらに目線を向けた。
 直後、その表情が僅かに引きつった。
「おい……マジか」
 竜造が喉の奥で小さく呻いたのも、無理からぬ話であった。
 刹那と同様、源次郎の依頼を受けて、S3の観察からある存在の案内役を仰せつかっていたファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)が、幾分緊張した面持ちで楼閣内に駆け込んできた。
 その直後に、到底ひととは思えぬ異形の姿が、獰猛な勢いで楼閣内に踏み込んでくる。
 存在そのものが災厄として、ひとびとを恐怖と混乱に陥れる魔人エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が、竜造と源次郎の前に現れたのである。
「ご苦労さんやったねぇ。何も喰らってへんか?」
「大丈夫です。少し、危なかったですが」
 源次郎からの労いの言葉に、ファンドラは依然として緊張した面持ちのまま小さく頷き返してから、刹那の傍らへと駆け寄った。
 竜造、エッツェル、そして源次郎。
 とんでもない顔ぶれが、一堂に会した。
 しかも、この組み合わせを望んだのは他でもない、源次郎自身である。一体、何をしようというのか。
「まさかとは思うが、俺と奴を同時に始末してやろうって魂胆じゃねぇだろうな? もしそんなことを考えてるんなら、てめぇは究極の大馬鹿野郎だぜ」
「何いうとんねん。自分らみたいな大事な戦力を、始末なんてする訳あらへんがな」
 竜造は、思わず耳を疑った。
 源次郎は間違いなく、竜造とエッツェルを戦力と呼んだのである。
 この時、刹那は源次郎の意図を何となく察した。

 刹那とファンドラは、尚も源次郎の為にソレムの町を駆け巡った。
 無論、源次郎に挑もうと考えているコントラクター達を、源次郎のもとへと案内する為である。
 ひと段落ついたら、またS3の観察に戻っても良いという許可を得てはいたが、こうなってくると逆に、源次郎が何を企んでいるのか、多少の興味が出てくるというものである。
 次に刹那とファンドラが北街門上の楼閣へと案内してきたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の三人であった。
 実はもうひとり、強盗 ヘル(ごうとう・へる)がザカコから距離を置いて源次郎を狙撃する機会を窺っているのだが、源次郎は楼閣の窓近くには身を置かず、堅牢な壁を背にしている。
 恐らく、狙撃の可能性は源次郎自身も考えていたのだろう。
 それはともかく、彼らはいずれも、源次郎との戦いを見据えてこのソレムにやってきた面々ではあったが、まさか源次郎の方からわざわざ遣いを出して呼びに来るなどとは、予想だにしていなかった。
 だが、楼閣に招かれた三人を驚かせたのは、それだけではなかった。
「あ……あなた方は……!」
 思わずザカコが絶句したのも、無理はなかった。
 パイプ椅子に座ってがぶがぶとコーラを飲む源次郎の左右には、何故か竜造とエッツェルが、源次郎を守るような格好で控えていたからである。
 それにしても、何故竜造とエッツェルが源次郎と共に、刀真やザカコ達を楼閣内で待ち受けていたのか。
 この場でそのいきさつを知るのは、源次郎本人の他には、刹那とファンドラのふたりだけである。
(なるほど……あのふたりを戦力と呼んだのは、こういうことだった訳じゃな)
 刹那は改めて、源次郎の本当の恐ろしさがヘッドマッシャー・ディクテーターとしての能力ではなく、その熟練さが光る戦術眼にあるところを思い知った。
 竜造とエッツェルが源次郎の左右に控えている理由は、ただひとつ。
 生胞司電である。
 他生物の筋肉組織と脳細胞、そして全ての神経内に走る微弱な電気信号を意のままに操り、完全に己の下僕と化してしまう恐るべき能力――源次郎は、その生胞司電を駆使して、竜造とエッツェルを味方に引き込んでしまったのである。
 竜造にしろエッツェルにしろ、源次郎の能力を警戒してか、対抗措置は取っていた筈であった。
 だがそれでも、源次郎には通用しなかった。
 何故か。
(竜造とやらも、そしてエッツェルとかいう化け物も、ヘッドマッシャーとしての最も基本的な能力……Pキャンセラーに対しては何の対策も取っておらなんだ。それが唯一の敗因じゃな)
 刹那が分析した通り、竜造とエッツェルは源次郎のPキャンセラーの前に敗れ去った。
 彼らは源次郎の能力を警戒して、それなりの対策を練ってはきていたらしいが、時空圧縮や生胞司電に拘るあまり、Pキャンセラーの存在を完全に忘れてしまっいたきらいがある。
 折角の対抗策も、Pキャンセラーで打ち消されてしまっては、何の意味も無い。
 後はもう、源次郎の為すがままであった。
 竜造とエッツェルは、時空圧縮で瞬間的に間合いに踏み込まれた直後、軽く触れられただけで肉体の全細胞内の微弱な電流を支配されてしまい、源次郎の配下に成り下がってしまったのである。
(さて……こやつらは、どうかな?)
 刹那は、新たな訪問客達に視線を転じた。
 源次郎ひとりだけだと思い込んでいたところへ、竜造とエッツェルという加勢が現れたのだ。
 それまで練っていたプランが、果たして通用するかどうか。
 いや、それ以前にPキャンセラー対策は、取ってあるのかどうか。
「たとえ敵が増えようとも……狙い、撃つ!」
 先手を取ったのは、月夜である。
 ラスターハンドガンをほとんど瞬間的に構え、銃弾を連続して叩き込む――が、そのことごとくが、エッツェルの触手の壁に阻まれ、源次郎にはかすりもしない。
 更に、エッツェルの肉体を傷つけたものには、混沌の体液がカウンターとなって襲いかかる。月夜は、ただ攻撃だけをしていれば良いという立場ではなくなった。
「くっ……ならば、接近戦といきますか!」
 刀真は意を決したように小さく叫び、ザカコと並んで源次郎に殺到した。
 その前に、得物を構えた竜造が素早く割り込んできた。
「おっさんよぉ。こいつら、斬っちまって良いか?」
「どっちか残しといてくれたら、それでええわ」
 驚いたことに、竜造の意識は――いや、人格や記憶は、生胞司電による支配下でも健在のようであった。
 恐らくは、源次郎に味方するという強迫観念のような意識だけが強烈に働いている以外は、従来の竜造の人格はそのままに残されているのだろう。
 しかし、刀真とザカコには竜造対策は何ひとつ用意されていない。
 更にそこへ、源次郎がゆったりと立ち上がって戦闘に加わる姿勢を見せた。
 コントラクター達が用意していた対源次郎戦用のプランは、その全てが瓦解したといって良い。

 竜造とエッツェルの猛威は、ザカコ、刀真、月夜の三人に無残な結末だけをもたらした。
 ザカコから距離を取って、何とか源次郎を狙撃しようと目論んでいたヘルは、そのあまりに凄惨な光景に、最早居てもたってもいられなくなった。
「くそっ、何てこった……ありゃ、拙いぞ!」
 もう既に、狙撃でどうにかなるような展開ではなくなってきている。
 だが、ここでヘルが今更飛び込んでいったところで、何がどうなるという訳でもない。
 そして楼閣内では、恐るべき事態が進行しようとしていた。
 源次郎、エッツェル、竜造の三人に敗北したザカコ、刀真、月夜の三人のうち、ザカコと月夜のふたりが半ば意識が朦朧としている中で仰向けに寝かされ、その口元に、透明の液体が入った試験管のようなガラス製の管が差し出された。
 息も絶え絶えになっているザカコと月夜の唇の奥に、その透明の液が流し込まれる。
 何をされているのか自分でもよく分からないふたりだったが、刀真には源次郎の意図が咄嗟に理解出来たらしく、その表情が見る見るうちに青ざめていった。
「な、何をするんだ……やめろ!」
 珍しく声を荒げる刀真の前で、源次郎はザカコと月夜を、単なる実験用の試料を見るような渇いた目つきで、じっと見下ろしている。
 やがて、ザカコと月夜は、それまでとはまるで別人のように冷たい表情で、のっそりと立ち上がった。
 刹那とファンドラが興味津々といった様子で、蘇生したふたりのすぐ傍にまで歩を進めてきた。
「源次郎殿……まさか、この者共は……」
「上手い具合に、S3に感染したわ。これでやっと、今回の実地試験の進捗は五割ってとこやなぁ」
 源次郎はまるで茶飲み話でもするかのように、軽い調子でからからと笑う。
 だが、刀真にしてみれば堪ったものではなかった。
 今や月夜は、自分のパートナーではなく、源次郎の配下としてコントラクターに襲いかかる戦闘人形と化してしまっていたのである。
 竜造、エッツェルに加えてザカコと月夜が源次郎側に身を置く結果となった。
 コントラクター達にとっては、まるで予想外の勢力が膨れ上がりつつある。
「中々、ええ感じに仕上がってきたなぁ……ところで、いつまでそこでこそこそしてんのや? もうええから、顔出しなはれや」
 源次郎が、楼閣から城壁通路へと繋がる出入り口の向こう側に、間延びした声を投げかけた。
 すると静かな含み笑いを漏らしながら、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を魔鎧状態で身に纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が、魔王 ベリアル(まおう・べりある)を従えてその姿を現した。
 源次郎の時空圧縮に随分と興味を駆られた様子の綾瀬は、先程までの戦闘を秘かに観察し、時空圧縮が発動した直前と直後の時間差を計測するなどして、どの程度の時間変異が発生するのかを調べていたのである。
 が、未だにその正確な数値は出ていないらしく、不敵な笑みの中に、幾分不満げな色が見え隠れしている。
「源次郎様……貴方様の全てを、観させて頂いて宜しいでしょうか?」
「見るだけやったらタダやねんから、まぁ好きにしなはれや」
 綾瀬の言葉を受けて、ほとんど興味らしい興味を失ったのか、源次郎は適当な返答を口にしてから、パイプ椅子に腰を下ろそうとした。
 ところが、ベリアルが素早く綾瀬に傍らから飛び出していき、源次郎目がけて殺到してゆく。
「おっちゃん! 少しの間、僕と遊んでよ!」
 気合のこもったベリアルの声は、しかし、壁のように立ち塞がったザカコと月夜の前であっさり跳ね除けられてしまった。
「邪魔だよ!」
 ベリアルは吼えたが、ザカコと月夜は全くの無表情のまま、有無をいわさずベリアルに襲いかかってくる。
 その様子を、竜造はやや呆れた表情で眺めた。
「なぁ、おっさん。良いのか?」
「ほっといたらええねん。あんなしょうもない悪魔なんぞ、相手にしてられっかいな」
 源次郎にとって、利益に繋がらない戦闘は関わる価値が無い、ということらしい。
 結局、源次郎の側にこれだけ大勢の味方が誕生したという事実は、綾瀬にとっては全くの予想外であった為、ベリアルの戦闘もそこそこに切り上げ、途中で退散せざるを得なくなった。
 この時、刀真は駆けつけたヘルによって救出され、辛うじて脱出を果たしている。
 ふたりとも、ザカコや月夜を源次郎に奪われたままでの一時退却に、後ろ髪を引かれる思いだった。