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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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【五 闖入者】

 臨時指揮所では着々と救出作戦実行の為の準備が進められているが、一方の大講堂では、それどころではない騒ぎが発生していた。
 いや、騒ぎなどという軽い表現で済む事態ではない。
 吹き抜けを見下ろす形で三階をぐるりと一周する回廊に、ヘッドマッシャーが出現したのである。
「ちょっと、何であいつが、ここに居るってのよ!?」
 武装住民の侵入を許した場合に備え、敷地内に諸々の罠を張り巡らせている最中だったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、軽い驚きと苛立ちとを同時に表しながら、慌てて前庭から講堂建屋内へと駆け戻ってくる。
 傍らを奔るセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、渋い表情がますます険しい色に変じようとしていた。
「全く、ナンバー・テンどころか、ワン・サウザンドじゃないの」
 低い声音で比較的冷静に呟いてはいるが、その顔色には安穏な表情は微塵も無い。
 もともと、レオンの指揮下でフェンデスの警護部隊に参加していたふたりは、武装住民に襲われることなど全く予想していなかったし、ましてやヘッドマッシャーが現れるなど、想定外中の想定外だった。
 それでも、これまで何度も遭遇してきた敵である。
 恐怖に駆られて逃げ出すのではなく、立ち向かう為にフェンデスのもとへと駆け戻ろうとするその姿勢は、矢張り軍人としての使命を片時も忘れていないことがうかがえる。
「まさか、こうも堂々と出てくるとはねぇ……」
 つい先程、大講堂入りしたばかりの八神 誠一(やがみ・せいいち)も、驚くやら呆れるやらといった心境で、セレンフィリティ達が走る玄関内通路を駆け出していた。
 誠一はスタークス少佐の了解を得て、秘密裏に大講堂内の面々と合流を果たしていた。
 秘密裏にとはいっても、ここまで到達するまでの道のりは中々険しいものであった。コントラクターとしての能力をフルに発揮して大講堂へと接近し、更にバリケードを張り巡らせてある外壁を何とか敵に見つからないように乗り越えての到達である。
 これだけでも結構気力が削がれそうだというのに、そこへきて、いきなりヘッドマッシャーの出現ときたものだから、精神的な疲労は生半なところではなかったろう。
「プリテンダーが潜んでいる可能性は考えてたけど……報告を聞く限りじゃ、スティミュレーターかメルテッディンっぽいね。それにしても、奴らの目的は、一体何なんだろう?」
 足は急がせても、思考は冷静である。
 誠一はフェンデスが狙われているとの予測を立てたが、しかしそれなら、何故こうも堂々と姿を見せる必要があったのか。
 暗殺対象が明確になっているなら、可能な限り接近してからひと息に首を取るのが暗殺の常套手段である筈だが、しかしヘッドマッシャーは敢えて姿を現した。
 その目的がどこにあるのか、まるで分からない。
 ともあれ、誠一はフェンデス達が避難した小部屋へと急行した。
 大広間のヘッドマッシャーが囮で、本命のヘッドマッシャーがフェンデスに迫る可能性を考慮してのことであった。
 ところが、フェンデス一行が避難した小部屋には、敵らしい姿は無い。
 パートナーのセス・エディングス(せす・えでぃんぐす)がフェンデスの身辺近くに潜伏して、敵の接近を警戒してはいたのだが、今のところ危険な気配の接近は感知されていない。
 とはいっても、ヘッドマッシャーが現れたということは、この大講堂内のどこかに、鏖殺寺院に連なる者が間違いなく、居る筈である。
 ヘッドマッシャーはもともと、内部暗殺用に開発された兵器なのだ。
 鏖殺寺院と全く関係の無いところへ派遣されるという話は、今のところ聞いた試しがない。
(今回の事件も、何か裏が、ありそうだねぇ)
 フェンデス達の前で顔にこそ出さなかったが、誠一の胸の奥で黒い疑念が、むくむくと鎌首をもたげようとしていた。

 セレンフィリティとセレアナが大広間に飛び込んでくると、氷室 カイ(ひむろ・かい)夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)、そしてスワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)といった面々が、レオンと共にヘッドマッシャーとの接近戦に挑んでいる真っ最中であった。
「こいつは、メルテッディンだ!」
 セレンフィリティ達の姿を認めるや、カイが半ば怒鳴るような勢いで敵の属性を告げてきた。
 相手がメルテッディンなら、酸を中和する物質が有効――なのだが、生憎この場に於いては、メルテッディンの強力な酸性ガードを打ち破れるようなアルカリ性物質を、誰も持っていなかった。
「むぅ……対策は分かっているのに、肝心の品が無ければ話にならんか!」
 甚五郎もまた、セレンフィリティやセレアナと同じく、レオン指揮下の警護部隊員としてこの大講堂内に身を置いていた。
 警護部隊の装備としては、アルカリ性飲料は支給されていなかったのだ。
 常識的に考えて、フェンデス一行を警護するに際し、メルテッディンとの遭遇など普通は発想すら浮かばないだろう。
 スーパーモールでの戦闘は、生活用品が豊富なショッピングセンター内ということもあって、メルテッディンへの対処も容易だった。
 しかしここは、飲用水の確保すら難しい大講堂内である。
 そんなに都合良く、アルカリ性飲料など置いている筈もなかった。
「物理的な攻撃はことごとく酸性の壁にシャットアウトされ、魔術の類はPキャンセラーで無効化か……敵ながら、よく出来ておる」
「感心してる場合じゃないですよ! このままだとワタシ達、ジリ貧になっちゃいます!」
 どこか呑気に観察する様子のスワファルに、ホリイの半ば悲鳴に近い声が浴びせかけられる。
 一方、ブリジットは遠隔からの援護射撃で甚五郎達を手助けしようと考えていたが、屋内であり、味方に誤射する可能性もある上に、そもそもメルテッディン相手には通常の射撃武装は通用しない。
 仕方なく、動きを観察して甚五郎達に攻撃パターンに関するアドバイスを送るぐらいしかなかったのだが、ヘッドマッシャーの主武器たるブレードロッドはしなやかで鋭い無軌道なモーションを見せる為、観察などほとんど意味を為さなかった。
 だが、対処法が全く無い訳では無い。
「甚ちゃん、ちょっと手ぇ貸してくれる!?」
 セレンフィリティの呼びかけに、甚五郎が接近戦をカイに任せて、僅かに後退してきた。
「何か手があるのか?」
「あの酸性の壁は無制限に続く訳じゃないのよ。あたしがシュヴァルツとヴァイスでありったけの弾を叩き込むから、弾が抜け始めたら、つまり酸性の壁が途切れたら、甚ちゃんとカイで、そこを一気に衝いて頂戴」
 成る程、と甚五郎は頷いた。
 そういう対策があるのであれば、彼のパートナー達も援護することが出来る。
 作戦は、すぐに実行に移された。
 セレンフィリティが愛用の二丁拳銃を器用に操り、まるでフルオートマチックによる掃射を思わせるような連続射撃が繰り出された。
 渇いた射撃音が、硝煙の臭いに紛れて屋内にこだまする。
 やがて数秒と経たないうちに、セレンフィリティが説明した通り、数発の弾丸が酸性の壁を貫通して命中し始めた。
「よし、今だ!」
「了解!」
 甚五郎とカイがその瞬間を逃さず、繰り出されるブレードロッドをすんでのところでかわしながら、それぞれの一撃を加えた。
 すると、ヘッドマッシャーの3メートル近い巨躯はいきなり、宙に舞った。
 鮮やかと思える程に見事な撤退行動で、一気に吹き抜けの中を飛び上がって、三階の回廊へと退いていったのである。
「逃げられたか……っていうより、あいつ一体、何しにきたのかしら?」
 セレアナが、幾分呆れた様子で天井方向を見つめている傍らで、レオンは渋い表情を浮かべていた。
「ヘッドマッシャーが襲ってきた……ということは、この大講堂の中に、鏖殺寺院に関わる者が居るということになるな」
 誰に語りかけるともなく呟いたレオンに、甚五郎とカイは思わず、はっと顔を見合わせた。

 大講堂内にヘッドマッシャーが出現した、との報を受けて、大講堂周辺でゲリラ戦を展開していたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)、そしてフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)らと共に、慌てて大講堂の敷地へと引き返してきた。
 が、四人が駆けつけてきた時には既にヘッドマッシャーの姿は無かった。
「あら……もう帰っちゃったの? 何だか今回は、随分とあっさりしてたのね」
「しかし……こちらが上空で目を光らせていたにも関わらず、大講堂への侵入を許してしまうとは……」
 あっけらかんとした表情で頭を掻くローザマリアとは対照的に、グロリアーナは幾分、機嫌が悪そうに腕を組んだ。
 確かに高所から広範囲に亘って監視していたとはいえ、遮蔽物の多い街並みの中では、如何に巨体のヘッドマッシャーといえども、建物の陰を利用して移動されてしまえば、発見の可能性は極めて低くなる。
 そのことは理屈で十分理解しているグロリアーナだが、それでも矢張り、面白くないものは、面白くない。
 だが、グロリアーナの不機嫌さよりも、菊には少しばかり気になることがあった。
 先程から、レオンがフェンデスに対して詰め寄るというか、妙に詰問調の態度で何事かを聞き出そうとしているのである。
 遠目で見ている為、会話の内容はよく分からない。
 だが、本来なら一命を賭してでも守り通さねばならない筈のフェンデスに対し、あの態度は一体どういうことであろうか。
 今回ローザマリアは休暇を利用してソレムを訪れていた為、レオンの教導団員としての行動には然程注意を払っていなかったのだが、菊は違った。
 救出作戦が成功した暁には、フェンデスと接触を取り、グロリアーナと共にある行動を起こそうとしていただけに、レオンのあの態度がどうにも気になって仕方が無かった。
「御方様……レオン殿は、もしかしてフェンデス様と言い争っているのではないでしょうか?」
「ん? そうかな? 確かに強い口調で何かいってるみたいだけど……」
 菊に指摘されて初めて気づいたといった様子で、ローザマリアは大広間の隅で、真剣な面持ちでフェンデスと議論を重ねている(少なくともローザマリア達にはそのように見えた)レオンの横顔をじっと眺めた。
「レオン中尉は……フェンデス嬢のお連れの方の中に、鏖殺寺院関係者が居ないかどうか、確認しているところです」
 不意に、語りかけてくる者があった。
 ローザマリア達が視線を向けると、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)が複雑そうな面持ちで、レオンとフェンデスのやり取りを遠目に眺めていた。
「あっ、そうか……ヘッドマッシャーは基本的には、鏖殺寺院関係者を抹殺対象としてるって話だったね……ってことは、確かに奴がここに現れたってことは、そう考えるのも不思議じゃないか」
 フィーグムンドの言葉に、ローザマリアも思わずあっと声を漏らしそうになった。
 だがその一方で、レリウスはどこかやるせない気分に陥ってしまっていた。
 何が何でも守らなければならない――少なくともレリウスは命を懸けてでも守ろうとしている貴族の令嬢が、身内に鏖殺寺院関係者を抱えているというような発想は、出来れば持ちたくはなかった。
 一体、自分達は何の為に戦っているのか。
 そんな疑問さえ、浮かんできそうになるのを意志の力で必死に抑え込んでいるが、矢張り悶々とした気分になってしまうのはどうしようもなかった。
「まぁ、そう深く考えるなよ。あのお嬢さん自身が鏖殺寺院の一員って訳じゃねぇんだからさ」
「それは……分かってはいますが……」
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)がレリウスを励まそうとするも、当のレリウスは依然として、浮かない顔を見せ続けている。
「ここに居ても気が滅入るだけだし、バリケードの増設に行こうぜ。セレン姉ちゃん達も、罠の設置に戻っていったことだしよ」
「そう……ですね。今は、そうした方がまだ、気が紛れますか」
 ハイラルに応じて、レリウスは大講堂の大広間に背を向けた。
 ローザマリア達も構内での用は何もないと判断し、レリウス達に続いて大講堂を出ようとした。
「あ……あのひと、髪留めなんかつけてるよ。珍しいね」
 フィーグムンドが、レリウスの髪の合間にきらりと輝く髪留めの存在に、目ざとく気づいた。
 ローザマリアも、幾分珍しそうな顔つきでレリウスの頭にふと視線を向ける。
「何かの、おまじないかな?」
「おまじないよりも、今は防衛線の構築が先だ」
 グロリアーナの身も蓋もの無いひとことに、ローザマリアとフィーグムンドは、ただただ苦笑を返すばかりである。